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機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星 #08

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あー、ジオン公国よー(つ=ω=)つ
なんやかんやで、この後、亡霊みたいに歴史を紡いでいくジオンの亡霊と言うのは、正直、なんていうか、結果的に地球に住む人間の愚かしさの象徴ではあるんだけど、でも、ジオンもジオンで、結局は最初の志を持ちつつ、しかし、それは結局、連邦と同じ穴の狢になっていることに気づいているのかいないのか。
まぁ、でも、兵隊を集めるには便利なのかもしれません。
クロスボーンガンダムDUSTでもガルマの名を騙った人間とかいましたし、なんていうかなー。まぁ、なんやかんやで、シャアと言う象徴としては、まだ、彼が生きているわけですし。
宇宙世紀200年時代のガイア・ギアのシャアコンティニューオペレーションなんて、その類ですよね。とはいえ、あれは、シャア・アズナブルとしての自我ではなくアフランシ・シャアとしてのアイデンティティを確立してしまったせいで、色々とあれなんですけどね。なんやかんやで、ジオンの復活って言うのもならなかったりするんですが。
まぁー、でも、ねー。
この戦争を終わらせる、ジオンを根絶やしにするには、ある程度、連邦がジオンの要求を呑んでいればねー、こんな馬鹿みたいに続くことも無かったんだろうけど。
あぁ、でも、それでも気に入らないから。って感じで。
結局、でらーずフリートみたいなのは出てたんだろうなー。

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機動戦士ガンダム THE ORIGIN:第4話「さよならアルテイシア」

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あー、そういえば、アストライアとハモンは店で繋がってたんよねー。そこで、恋に落ちたジオンとどうのこうのーって、言う感じで、まぁ、ジオンと、ああいう感じにならなければ、こういうことにはならなかったんだろうなーって思うし、ジオンも政治家として大成しなければーとはなるけど、まぁ、どのみち、IFでしかないのよね。
THE ORIGINの、どっちにも良いキャラがいるということ、そして、このキャラクターたちがお亡くなりになる、戦死する。それによって生まれるのは戦争と言う名の悲劇を強く描いていると思うのですよ。
割と真面目に、SFだけ戸井、その奥にある日本人が共感できる戦争の悲劇性と言うのはーなんて言うか、見ていて、これこそ夏休みに変なお涙頂戴ドキュメントよりも見せるべき作品だと思う。
後の展開を知るからこそ辛いのです。
そして、シャアの見せる冷酷性にドン引きするのです。
そんな感じで、ここでシャア・アズナブル(本物)が登場と言う形でね。
シャアに似ているが、シャアほど優秀ではないという、しかし、この運命は不幸だったなーと自分の中では思ったりする、若者、そういう血気盛んさを持った将来有望な青年だった。
シャアに出会った、男の不幸さを象徴するような気がする。
そして際立つシャアの冷酷さ、決して、彼はかっこいいだけではない、冷酷であり、本性は復讐の為に屑になれるような、そういう存在なのだと思うのよ。
福井晴敏がシャアの本性の中にある一つは、マザコン
って部分があったけど、このアストライアの死から、それに関わる出来事からすべてが伝わってきますね。
いや、マジで。

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機動戦士ガンダム THE ORIGIN:第3話「エドワウとセイラ」

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池田秀一さんって、まだ、この声を出せるからすごいよなーって思ったりする。
ジンバ・ラルが余計なことをしなければ、こういうことにはならなかったよなーとは、そういうことは思う。ジンバ・ラルの計略が、結局は、この事態を生み出してしまった訳だから。
そんな感じで、ここから、シャアの俺ツエー劇場青年期が始まったりはするんだけど、でも、この俺ツエーが、ラストに出てくる年端も行かぬ、パソコンオタクの少年に負ける。って思うと、それが、障害のライバルになって、そこから勝てないと思うと、それはそれで本当に面白いよね。明らかにプロの暗殺集団を、こうして倒しているわけだからさ。
それを、アムロ・レイって男が、シャア・アズナブルと、これから名乗る男を狂わしていくという。だから、ジ・オリジンを読みなおすたびに、これを考えると面白いんですよね。
さて、そんな感じで、今回から、本格的にモビルスーツのお話も入ってきます。
あの、モビルワーカー、個人的に好きなんですよね。
ランバ・ラルの好感っぷりとか、本当に好きでねー。
ワクワクしながら、見ましょう。

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機動戦士ガンダム THE ORIGIN:第2話「母との約束」


あー、皇族の子供なんかになるもんじゃねーわなー。

とか思う。
まぁ、日本の皇室に関しても、ああ見えて、なんか、もうストレスとか抱え込んでるんだろうなーとか、子供のころ、ジ・オリジンとか読んでて、そんなことを思ってた。
皇族の子供だからゆえに完璧さを求められて、子供らしい自由、いわゆる、ほら、アニメとか、そういうのを見たりとか、友達と遊ぶとか、そういう自由とかないんだろうねーとか思うと、それは、それで皇族の環境と言うのは牢獄であり、その牢獄で洗脳されるかのように、ああいうことを―とか思ってしまう。
まぁ、ああいう感じで、あの現役をやめて、そして、新しい元号が始まって今に至ると。
まぁ、親父がバリバリのアンチ皇族で、そういう感じなんだけど、まぁ、言うまでもなく思想的には極右と極左を両方、混ぜ合わせたような、そういう人間なんですけどね。
まぁ、右だと左だのとか、そういう意見は、まぁ、それは今後するのであって、そういう影響のもと、私も、そういう皇族とか好きではなかったんだけど、やっぱり、そこ行くとガンダムに触れることで皇族を知る。
そして、やっぱり、こうシャアとセイラの、ああいう環境に置かれるからこその大人のエゴに満たされた醜い世界の中で生きることの大変さと言うのは、ある種、現実の皇族と被るのではなかろうか?
見ていて、そういうことをね。
ガンダムジ・オリジンを読んでいて、そういうことを思いました。

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『機動戦士ガンダムNT』

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ガンダムの世界で生み出されたニュータイプ達が起こしてきた奇跡の神話を皮肉るような物語……
が、全体的なテーマだったような気がする。
いわゆる、フォウ・ムラサメとか、ロザミア・バダムとか、そういうキャラクターに思い入れがあると、この話は好きになるかもしれない。
機動戦士ガンダムNT、見てきました。
少年少女の間に襲い掛かったニュータイプであるが故の悲劇と、俗物的な大人の勝手な都合に振り回された被害者であり主人公でもある彼等の視点、ガンダムの世界の根幹である奇跡の力を持ちながら結局、殺し合いの道具にされる悲劇性のテーマが一貫してよかった。
最初は、もうガンダムはいいよ。って感じで気乗りはしなかったんだけど中盤のリタとヨナ、そしてミシェルに降りかかった悲劇の全貌が明かされる度に戦争で犠牲になる子供たちと重なって辛さや、そういう部分、ガンダムの世界だから描ける犠牲の描き方に感情移入しちゃってずっと泣きっぱなしでした。
そして友人を助けるために動いた子供ならではの浅はかな感情から生まれてしまった悲劇、それをどうにかする為の己の贖罪。
登場人物は多くあれど基本は、ヨナ、リタ、ミシェルのドラマであり、同時に、強化人間でシャアの失敗作の烙印を押されたゾルタンの悲劇が彼等とダブってしまう演出も良い。
そして成熟しきっていない人類がサイコフレームや、Ⅱネオ・ジオングなんてものを持っていても人のエゴに満たされている世界の中では破滅にしか繋がらない愚かさ、その愚かさゆえに起きた物語であるというのが見ていて辛い。
対応できる人間がいても、そこには悲劇しかない虚しさを常に物語が訴える。
とりあえずガンダム的な細かい設定は置いといて三人のドラマと、これまでのガンダムのナラティブ、つまりニュータイプが起こしてきた神話的な奇跡の裏で危険視しつつも、それを見ても争いをやめない愚かな人々、それを兵器に利用しようとする人々。
神話を継承することが起きても結局、傲慢な人間は変わることなく奇跡の力を兵器として運用しようとしてしまう。
ゾルタンの「オールドタイプが理解するのは現象だけだ!奇跡を目にしても、その本質を学ぼうとしない。人は変わらない!これからも、俺やお前らみたいな人間が奇跡のために切り刻まれる。」これが物語の本質そのものだろうと思う。
クワトロ・バジーナのダカールの演説から、初代ガンダム、Zガンダム、ガンダムZZ、そして逆襲のシャアのニュータイプが起こした奇跡のシーンをトレースしながら、そのあとに諄いほど描かれるヨナ、リタ、ミシェル、そしてゾルタンの哀しみと孤独が各々のガンダムの名シーンの皮肉として描かれてる。
ガンダムの世界では常に奇跡と悲劇は表裏一体で、その裏で振り回される年端もいかない望まぬ道を受け入れざるを得ない少年少女のやり取りというのは胸が痛んでしまう。
そして「これがガンダムのテーマの本質」そのものであったことを述懐して涙してしまうんだよね。
非常に狡いが効果的なんですよ。
一本の映画だから上手く纏まっていたような感じがする。だからこそヨナ、リタ、ミシェル、ゾルタンの四人の中のドラマがニュータイプや、サイコフレーム、人間の業と言った舞台の上で踊るような感じですね。
それに対して何もできない、何も知らない大人たち、そこには悲劇しかないんですけどね。
でも、そこには悲劇の中で常に前に進もうとする少年少女たち、そして理解してくれる大人の温かさと、変わらぬ三人の愛や、ゾルタンがヨナ達に向けた理解する心。ハマーンとシャアでは成し得なかったことをすることで悲劇でしかないガンダムNTの世界に希望の奇跡が訪れるのは、ある種の皮肉にも感じた。
なぜ、これを皮肉に感じたのかと言えば、ガンダムを知っている人からすれば、結局、この奇跡を起きてもザンスカール帝国や、マフティーの処刑、クロスボーンバンガードの大頭は免れないから。
結局、ニュータイプが起こす奇跡というのは人の温かさであるけど、これが、物語の希望でありつつも後の悲劇を知れば色々とね。ガンダム的な奇跡が起きても羽根を捥がれた鳥のように、ゾルタンの言葉の通り、その後の世界は悲しみに満ち溢れてる。
その哀しみを象徴するようにフェネクスの中で大事な二人を失ったヨナの孤独と虚無の表情は、まるでガンダムの世界の虚無感そのものに感じた。
ガンダム的な奇跡の人の温かさは、同じ世界の人間の冷酷さによって相殺されて、これはガンダムのテーマの根幹そのものであり、現実世界のすべての人の持つ業そのものである。アムロから始まったニュータイプ神話の中で起きた奇跡と悲劇。決して創作の話なのではなく、人の心の中にある問題としても十分に受け取れることが出来る辛さがヨナ、リタ、ミシェル、ゾルタンの辛さに繋がってしまう。
それゆえに神話を意味するガンダムNTってタイトルは実に見事な絡め方だし、ガンダム的な奇跡と悲劇を取り扱い終始一貫して両立させて終わらせるというのはですね、あ、これがガンダムなんだよな。って改めて思いました。
4クールだとぶれることもあるから、一本の映画で主要核である四人のドラマを上手く纏めてドラマの濃度を最大まで上げた実に最近のガンダムで言えば、一番出来が良い気がする。
そして最後に、それでもと足掻いて「可能性」を信じたバナージがフェネクスに取り込まれて虚無の世界に落ちそうになったヨナを助けて物語を締めくくるけど、ここでバナージが来るというのは、あのラプラス事件の中で人の可能性を体現した彼だからこそ、彼が来たからこそ、ある意味では奇跡を起こしつつも自分の大切な存在を失ってしまった、奇跡と悲劇を両立させた体験をしてしまったヨナにとっての救いだと思いたい。
そんな感じで、アムロの最後とか、フォウとか、カミーユの精神崩壊とか、ハマーンの孤独とか、エルピー・プルやプルツーのラストを思ってからのガンダムNTの物語を見てしまうと自分は物語の中盤、特にニュータイプ研究所で徐々に悲劇が明らかになっていく部分から泣きっぱなしでした。
ガンダムはもういいよ。
って思ってたけど、やっぱり、ガンダムは良いな。
って感じになってしまった。
それだけ、ずっと泣きっぱなしでしてね。
リタの「生まれ変わったら鳥になりたい」って言葉から、フェネクスが翼をはばたかせるように現れるのは……色々と思うよね。
いや、泣いちゃったなー。
エンディングでLisaの唄うバラード調の「NARRATIVE」の歌詞がガンダムという世界の中で振り回されるニュータイプと呼ばれた少年少女たちの思うガンダムの世界を皮肉りながらも”可能性”を信じたガンダムの裏と表の世界を歌ったような、そう言う感じがした。
歪んでしまったジオニズム、狂言回し的な存在でもあるけど、ガンダムNTの話そのものとガンダムの世界そのものを実に的確に捉えているのがゾルタンそのものだから、なんかね。
「進化なんて、そんな簡単なものじゃない。」
って部分が実にガンダムだなと。
ゾルタンが凄い好きなのよ。
以上。
ガンダムNT、期待はしていなかったけど、正直、思った以上に楽しめたので、まぁ、見るのもいいんじゃないですかね。
Lisaの唄う「NARRATIVE」が流れた時はもう画面が見えないほど泣いてた。

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