PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

誰が為の?


バービーって、あの今年の夏に炎上した映画を見たんだけど、個人的に凄い面白かった。
所謂、フェミニズムがどうって側面もあるけど、それが女性だけじゃなくて男性だからこうじゃなきゃいけないっていう、そういう世界であるが故の男性の生きづらさとかも書いててこういうのが大事よな。ってなった。
そんな感じで、あらすじ。


様々なタイプ、職種のバービーとケンたちが暮らすバービーワールド(女性が優位な社会)。ある日、主人公のバービー(マーゴット・ロビー)は完璧ではない自分に気づき、別の世界を知る変てこバービーに相談を持ち掛ける。現実世界でバービー人形の持ち主の女の子に会い、その子の問題を解決すれば、完璧な自分に戻れるかもしれないと教わったバービーは、人間が暮らす現実の世界へと自己発見の旅に出ることとなる。バービーに気を寄せるケン(ライアン・ゴスリング)も現実世界への旅に同行する。
バービーは自分の持ち主の女の子サーシャを探し当てるが、彼女は過激なフェミニズムとポリコレに思想が染まりバービー人形がいかに時代遅れなおもちゃであるかを説かれ落胆してしまう。サーシャの母グロリアもまた、加齢による不安感により娘のバービー人形で遊ぶようになっており、その不安がバービーに伝染していたことが分かる。
ケンは、現実世界はバービーワールドとは対照的な家父長制であり、男性こそが主権的地位にあり、男性のみに様々な職種やキャリアの選択肢があることを目の当たりにする。バービーワールドに戻ったケンはこれまでバービーたちに除け者にされていた鬱憤を晴らすべく他のケンたちを先導し、男性優位の社会を構築していく。



所謂、皮肉だよな。
トランスフォーマーで善悪が逆転したシャッタードグラスっていうのがあるけど、この世界のバービーランドってのは、正にシャッタードグラス、男性と女性の立場が、エンタメとはいえ逆転した世界。権威ある仕事は女性が行い、男性は基本、カーストで底辺な扱いを受けている。
女性フェミニストが唱える最高の世界をバービーランドとして描いて、そこにはバービーのおまけとして存在してる野郎がいるんだけど、そいつがバービーと一緒にって人間世界における男性優位社会の人間の世界における男性の立ち位置を見て「俺の世界っておかしくね?」って感じで描かれながらアイデンティティを確立してバービーランドを破壊する。
バービーはバービーで持ち主だった人間は出会ったら出会ったで過激なフェミニズム思想に満たされた存在として描かれててそれに対してバービーが一辺倒で肯定するわけでもなく、寧ろ、打ちのめされて黙ってしまうというのはちょっと辛いものがあった。
んで、野郎の方も、そういう暴力的な支配に暴れていくうちに、所謂、男性の醜悪さも出して、結局、暴力的なフェミニズムってのは、こういう醜悪な男性の思想と同じっていう、そういうメッセージが見て取れて、こういう作品をやるんだ。
ってなって、お前らがやってることは、こういうのとバービーランドに住んでる野郎を底辺扱いする女どもと変わらないし醜い存在だし、お前らがなろうとしているものは、お前らが嫌悪している男性社会において偉そうにふんぞり返ってる無能な野郎であり、お前らの過激な思想でこういう野郎を生んで無駄な対立を生んでるんだよ。っていうメッセージを感じで、面白いなーってなった。
一足先にバービーランドに戻って反乱を起こして自分の王国を築くっていう、おまけの存在に甘んじてた存在が人間の世界に行って自我を確立して「俺らはもっと自由であるべきだ」みたいな、そういう感じで彼等の悲哀が伝わる。女性主体の映画ではなく、寧ろこの映画を見るべきは男性女性、両方ではなかろうかと。カースト社会において、バービーランドでは底辺の存在として虐げられる男性は扱われているんだわ。
それが人間世界に来たらカースト底辺の存在じゃなくて女性と同じ目線で扱われたことでアイデンティティを確立していくと同時に、そういう世界に触れたからこそバービーはどうしていくのかという己の自由を持って彼女自身のアイデンティティを確立する物語でもある。
総じて、この作品は皮肉で出来ている。
バービーを作った人間達の会社が全員、男だったりするのもそうだろう。
所謂、あの世界の男性の生きづらいバービーランドっていうのが自分たちの世界の鏡のような存在で、男性に「お前たちの世界はこういう感じなんよ」って感じで警告しつつ、あの野郎たちの反乱は、こういうことが起きるかもしれんね。って部分もあるんだけど、同時に過激なフェミニストに対してもさ。
「お前等の作る世界も、所詮、今とは変わらない。立場が逆転しただけの世界である。」っていう男性社会に対する皮肉だけでなく、過激なフェミニズムに対する皮肉でもあるっていう、そういう処が面白い作品だなーと私は見てて思いました。
ただ、そっからのメッセージは陳腐とまではいかないけど弱いな。
それと同時にジェンダー問題の一筋縄ではいかない難しさっていうのも描かれてて、そういうのは抑圧するんじゃなくて「異なる人の考え方を理解しよう」っていうのが、あれ全体のメッセージって感じでさ。
男女等も併せてね。
フェミニズム以前に「この世界の生きづらさ」ってのが主題でもある気がする。
多分、フェミニズム、ポリコレによってこう面倒くさい社会になった世界や、いまだに残る男はこうでないと、女はこうでないとっていう、男女差別的な部分に対しての皮肉だよな。これ全体は、そういう物語なんだと思う。
そう言う皮肉を交えつつ、「この世界って難しいわな。」って感じさせるような、そういものだったな。
個人的に、やっぱり、色々と要素を入れまくったMCUとか近年の説教臭いディズニーの映画に比べると遙かに説教性とか、そういうのを感じない明るい良作だったなー。全体的に馬鹿映画風な感じだから、説教性がマイルドになって、それで作中のメッセージ性も伝わりやすいんじゃね?って思うと同時に「原爆問題が無けりゃなーもっと面白い議論ができる映画になったんじゃね?」とも思った。
ウルトラマンタイガで侵略する側の気持ちと、侵略された人間の気持ちを描いた「新しき世界のために」と「地球の友人」を思い出しましたね。なんかね。
これを真のフェミニズムだどうとかは言う気はないけど、現代の行き過ぎたフェミニズムの傾倒や強制的なポリコレや差別社会に対して風刺を入れるような、そういう皮肉のある作品だったんじゃねーかな?と。フェミニズムもジェンダーもポリコレも、大事だけど、行き過ぎると嫌われるよ?っていう部分を感じるし、
とりあえず、ぜひとも見てほしい一本だな。

| アニメ・漫画・小説感想 | 00:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://civer.blog122.fc2.com/tb.php/9439-1eb7b7eb

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT