PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

劇場版ウルトラマントリガー エピソードZ


劇場版ウルトラマントリガー、見てきた。
あの、テレビシリーズが正直、惜しい作品だったから不安もありつつ、色んな感情を混ぜて、見に行ったけど良い意味で期待を裏切る王道な良作になってた。
ウルトラマンティガに対する一つの回答を掲示したようにも思える。
トリガーの伏線も9割ほど回収してるしイーヴィルトリガー一体にヒーロー三体は最強形態とか含めてイジメになるのでは?とか思ったけど、そこは、イーヴィルトリガーの強さや、その理由をちゃんと描写とかで説明していたりとか、かつてのイーヴィルティガ以上の強さや、ナースデッセイをぶん投げる描写とかで説得力は出てた。

さて、ちょっとあらすじさん。



エタニティコアが安定したことで、怪獣も出現しなくなったものの、ここ数か月再び怪獣の出現が相次いでいた。一方、世界各地にある超古代遺跡に「ライラー」と名乗る集団が侵入を繰り返していた。ほどなくして怪獣が出現し、そこにウルトラマンゼットも出現する



ってことで。
イーヴィルトリガーの変身者も、どうして光を求めたのか。ってのも、また共感性を持てる描写で良かった。
仲間を失ってしまったのに、今まで苦戦してた三巨人を彼から見ればあっさり追いやったウルトラマンの力に対しての渇望と嫉妬と羨望が混ざり合って求めた中で、力に溺れてしまったのは、ある意味、マサキケイゴよりも共感できるものになっている気がする。
そして、敗北した後に仲間達と勝利を分かち合うユナの姿を見て、かつて自分が守りたかったものを思い出して消えていく姿は、正直、皮肉な終わり方だな。って言うのも、結構強かったですね。
武居監督の演出が良く聞いてた。
また、ウルトラマントリガーの光の意志がどうして「ケンゴ」の姿になって転生したのか。ウルトラマンの光とは、どういうものか。「人は皆、光である。」のトリガーなりの解釈って言うのが、良い感じにイーヴィルトリガーに対する皮肉になっているところも、結構、面白いところよね。
ってか、この理由を先に出しておいた方が、テレビ版でやったほうが、ケンゴの口癖である「スマイル」に、ある程度の説得力は出たよな。って、そう言うのは思ったりする。
トリガーが人間に転生した理由は、人のもつ暖かな光の力に惚れ込んだから。
だからこそ自分は人となって、そして笑顔から生まれる
力を自分も感じたい。って思ったんだろうなーとか、そして、それが脅かされた時、また自分が光になってトリガーとして人々を守りたいという想いもあったからこそなんだろうね。
そういう部分も含めて、テレビ版では描かれなかったウルトラマントリガーの道筋を、整理して一本の映画にしたのは良い采配
ひたすら一人で光の力を求めたイーヴィルトリガー
劇場版トリガーで語られた通り「誰の心にも光はある。されど、それは一人では輝けるものではない」の言葉の通り、誰かの笑顔を守るために、そこから生まれる大切なモノを守りたいという感情が良い感じに解りやすく燃えやすい対立の構図は良い。
思えば、負の感情や劇場に囚われて自分が嫌悪したカルミラと同じ末路を辿ってしまったイーヴィルトリガーの末路と言うのは、こいつ、皮肉で出来ているとしか思えないような、そのスタイルな。
こいつは皮肉で出来ているような感じがしないでもない。
ダークヒーローとしては三巨人よりも魅力的ね。
ついでに、今回はケンゴは復活したは良いけど序盤からウルトラマンになれずに助けてもらってばかりで、何気に、これが、マナカケンゴが人になる道を選んだのか、その答えを出すことにも繋がっているのは良い構図だと思ったね
それによって終盤の会長の「人は誰でも光になれる。でも一人では輝けない」とかケンゴの「なぜ、トリガーは僕を人の形で生み出したのか。どんな強い光も一人じゃ輝けないんだ。」って言う言葉の重みが伝わってくるし、同時に、この物語を見てから今までのウルトラマントリガーの話を顧みれば、トリガーが伝えたかったこと。って言うのは、より明確になってくるんですよね。
「光から人」になったケンゴだからこそ出来る人間ウルトラマンとしての側面もあるんだよね。
グリッターになった時の部分とか、正に、そういう部分を象徴するような展開になってるんだよね。
例え、ウルトラマンと言う凄い存在であろうとも、人によって助けられて強くなるし、そんな人の笑顔を守りたいと思うからウルトラマントリガーと言う存在は強いのだと。
そこ行くと、やっぱり、イーヴィルトリガーって言うのはケンゴとは真逆であるからこそああなってしまったと言うのは皮肉でしかないんだよね。
本当に、イーヴィルトリガーってのはトリガーの対の存在なんだなーと、それこそ本当に「影を継ぐ者」ですよ。
新たに力を得るときは吸収してたからなー……イーヴィルトリガーはさ。
そういう意味で、マナカケンゴと言う人間を辿るには、良い悪役だったよなーと。良い意味でケンゴの魅力を引き立てる、良い悪だったと私は思いますよ。
ついでに、イグニスのハルキを助けようとするケンゴに背中を押すシーンで正直、泣くしね。
あのイグニスが利害関係なくだからねー。
誰かを助けたいという想いがウルトラマンの力を強くする。
そして、助けた人の笑顔と言う名の光によって、ウルトラマンを、もっと強くする。
なんというか、今までウルトラマンでやってきた当たり前のことが「ケンゴ」と言う人間であるからこそ、意味があるし、それがテーマとしてありきたりのものにならなかったのは、ウルトラマントリガーって作品の力ではあるんだろうなーとか思えてね。
ケンゴと言う存在だからできたことなんだという、なんか、エンディングの時、そんなことを思えて感動したわ。
ラストの「TRIGGER」が流れる戦闘シーンとかね。良かったよねー。
ついでに言いたいことと言えば、あのさー。
セレブロ、まだ解剖されてなかったのね。
いや、もうとっくに解剖されてお亡くなりになっていたのかと思ったら、そんなことはなかったわ。
ついでに、今回の映画で今度こそ。って思ったら、また、そんなことなかったし。ウルトラマンに取り着いたら強いし。
割と真面目に、ハルキ、元の世界に戻った時、「あいつ、ちょっと、トリガーさんと一緒に殺っちゃいました(・ω<)」みたいなことを言っても罰は当たらなかったとは思うw
しかし、あの世界で、まだセレブロが活かされているのは、なんていうか人間の業って言うのを感じてしまいますわね。
まぁ、そんな感じでね。
今回の物語を見た後に、もう一度、ウルトラマントリガーの本編を見ると、また違ったものが見えてくるような気がします。
それほどのパワーがあるような作品に私は、感じましたね。
ある種、この映画のテーマこそが本編で曖昧だった「ウルトラマントリガーとはなんだったのか」って言うのを、強く感じさせてもらえるようなものだった。
思えば、ウルトラマンティガもさ。
イーヴィルティガの話で明確に「ティガってウルトラマンはこういう存在なんです。」ってのをやったように、それに近いものは強く感じるよね。
だから、この映画はトリガー本編の「思想の補完」だよね。
正直、自分のようにトリガー本編が微妙だと感じる人間ほど、「ウルトラマントリガー」の求めていたものが見つかる映画ではなかろうか。
って思ったりするんですけど。
そうなると良いなーって。
イーヴィルトリガーがトリガーの全てにおいて対の存在だからこそ「思想の補完」が上手く行ったんだよな。
それがケンゴが、ウルトラマントリガーが人になってケンゴとして生きることの哲学にも繋がってるんだよな。それが、彼の「スマイル」の意味だったのだと。
だからさぁ。
この答えを何でテレビ本編でやらなかったのさ!そうなってれば、テレビの評価は結構、変わってたと思うんだよw
だって、私、ウルトラマントリガーの評価を知っている人は、わかっているとは思うけ度、あれでしょ?でも、この映画でやっと「ウルトラマントリガー」って言う作品そのものを好きになれたから、別に、それ劇場版でやらんでもなー。
いいよねー
テレビでやれよー
とか思っちゃった部分もあるけどね。
主題歌は、こんなに歴代のニュージェネソングで一番かっこいいのに、どうして本編は、こうも残念なんだろうなーとか思っていたところで、この映画が来たから、微妙なまま終わらなくて本当に良かったなーって思いました。
それだけ、面白かったんですよね。
グリッターになるシーン、かっこいいしね。
そりゃ、話の元ネタがウルトラマンティガで人気のある「影を継ぐ者」のオマージュだからこそ「そりゃ、面白くない方がおかしいだろ。」て声もあるだろうけどさ。
それを上手く、トリガー流の話にやってくれましたよ。
それだけでも、良いんじゃないかな。
そこは、ねぇ。良いと思うんだわ。
後、今回は真面目に坂本監督じゃなくて武居監督が劇場版のメガホンを取って脚本も根元脚本にしたのは正解だったと思う。
坂本監督にやらせちゃうと、やっぱ、今回のようなパワーは出なかったと思うんだよな。
お話を大事にする武居監督だからこそ、これが出来たんだよなーって思ったよw
後ねー、やっぱり、そういう話だからこそグリッターになってイーヴィルトリガーが巨大化して主題歌の「TRIGGER」が流れるシーンは、ある種、感動なんだよね。
ケンゴが力を持った意味と、戦う理由って言うのを明確に描かれたから。
それぞれに夢見た未来なんですよね。
根付く花のような覚悟なんですよ。
ケンゴと言う人間が本当の意味で描かれた物語なんだよな。
今までネットじゃ「スマイルbot」とか、そういう風に呼ばれていたからこそ、本編じゃ誰も教えてくれないからね。
そこから自分を導いて、他者に助けられて導く答えがあるんですよ。
それは明確にケンゴが、あのウルトラマントリガーと言う世界に置いて生きる理由なんだよな。
そういうクリアになっていくケンゴの人間性とか、そう言うのが描かれるから良いんだよ。
んで、今のライダーや戦隊のように説明じゃなくて、明確な描写で自然な流れでケンゴから言葉を発するからこそ響くんだよなー。
最後の最後で、本当に有終の美を飾れた作品になったと思った。
なんか、こう最後に好きになれてよかったなーって思ったわ。
好きだよ。
真面目に、この映画もウルトラマントリガーって作品も、好きだなーって。
あー、よかった。
劇場版ウルトラマントリガー、良い映画でございました。
ついでに、田口監督、劇場版ウルトラマンZ、やってほしいな。
ライダーのほうが終わったらやるのかな。とか思いつつも、やっぱり、改めて劇場版ウルトラマンZは欲しいね。
ウルトラマンZ、やっぱ、カッコいいんだもんなー。
あの1話のあたりを思い出すと本当に頼りになる先輩ヒーローだったしね。
んで、ここまでくると思うんだけど、やっぱり個人的にダイゴとケンゴの共演を今回の映画で見たくなっちゃったな。
ちゃんと、ダイゴとケンゴが向かい合って会話する映画が見たい。
所謂、キリエル人との戦いで出たティガではなく、ダイゴのティガと改めて共演してほしい。
って思いが強くなった。
ウルトラマンデッカーは、どうやら、トリガーと地続きの世界らしいのでね。
やっぱり、アスカと同時にダイゴもやってきてほしいよね。
下手にダイゴはティガにならない。とは言うけど、やっぱり人類の危機になれば困ってる人がいればティガになって助けるのがダイゴだと思うので是非、お願いしたい。
そんな感じで、劇場版ウルトラマントリガー エピソードZ、あの、本当にトリガー本編に不満を抱いている人なら見に行くべき。
と思えるような映画でございましたので、ね。
言って後悔はないです。
少なくとも10周年記念の映画で主人公が死ぬ奴よりははるかにましだと思うので。
テレビ本編でどことなく描写不足もあって浮ついてたケンゴが改めて「ウルトラマン」として「人」として「光」として「闇」として己のアイデンティティを確立する話として、あれ以上の話はないだろう。
ウルトラマントリガーの完結編にふさわしい物語だった。
ケンゴのアイデンティティの確立がさ。
ウルトラマントリガーと言う作品のアイデンティティの確立にもなったんだから、ある種、この効果は奇蹟のようなものですわ。
この映画をもってして、自分としては、ウルトラマンティガの呪縛から、トリガーは解き放たれたようにも、思いましたね。
やっと憑き物が落ちた感覚だわ。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| | 2022/04/28 02:18 | |

Re: ちょっと管理人と話したいです

何故、他の作品を引き合いにウルトラマンを上げるのか。
いや、別に、他の作品を引き合いに牙狼シリーズも上げているんですけどね。
まぁ、そう見えているならしゃーないですが、言っちゃえば比較です。まぁ、自分はそーとーひねくれてますし、言ってしまえば、もうかなり特撮に長く触れすぎたが故の「偏愛」ですので、そういう文章に見えるのなら、そういうことでしょう。老害に思えるなら、それは正しい認識です。「愛」なんてのは言ってしまえば「呪い」と同じですので、「愛ほど歪んだ呪いはないよ」ってやつですね。
これで納得したなら、ここでお帰りください。
下記に詳しく話しますが。

んで、何で、そういうことするかーって話ですが。
超傲慢な考えですが東映に気合を入れて作品を作ってほしいという部分がデカいからです。めっちゃくちゃ、傲慢です。近寄ったら面倒くさい堀江貴文のような嫌な人間だからです。
ついでに言うと、他の作品と比較したほうが楽だからって言うのもありますね。
所謂、Vガンダムで言う「私達、リガ・ミリティアが連邦軍のお尻を叩かないと。」って感情でやってます。人から見れば不快でしょう。でも、こっちもウインスペクターとか、カクレンジャー、タイムレンジャー、ゴーカイジャーとか、クウガとかアギト、ZO等を楽しんだ人間からすれば、あの頃の情熱を感じない、取り戻してほしいからです。
これに対して「じゃぁ、卒業すれば-」とか「子供向けだからー」って言うのは簡単ですけど、今更簡単に切り捨てられない面倒くさい人間的な感情が渦巻くわけです。

最近で言えば仮面ライダービルドの凄い真面目なシーンの後に水を差すかのようなギャグシーンの連発や、セイバーのすっごい重要なシーンなのに場面が混沌とかではなく、すっごいほのぼのだったり、ジオウで言えば折角の最強フォーム登場シーンなのに場末の観光地にしか見えない場所で戦ったり画面作りをちゃんとしていないところが如実に見えて辛いところがあります。ゼンカイジャーも言ってしまえば私からすると全部、つまんないギャグのごり押しで、適当に熱いシーンを入れておけば誤魔化せんだろ。って感じが、製作スタッフは、そのつもりがなくても強くて無理です。
そこ行くと予算不足で正直、お話も褒められた部分も少ないギンガから現状の同じくお話は褒められた部分が少ないトリガーとはいえ作品に対する真摯な扱いの差はどうしても肌で感じてしまうからこそ、文句の一つも言いたくなる老害的な思考ですね。

んで、更に言うのであれば、このブログは私の運営であり、言っちゃえば私の庭に等しい場所です。その庭で何をしようが何を言おうが私の勝手でしょ?って話。

だから、こんな私のような人間に関わっちゃいけません。
貴方は、素直に自分の好きな特撮ライフを進んでください。

| 月 | 2022/04/30 01:51 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://civer.blog122.fc2.com/tb.php/8821-6a66bd37

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT