2017.05.02 Tue
機械人形は夢を見る。
(びくっ)
マテリア姉妹がやってきて、さらに住み着いてから、スティレットはどうも調子が良くない。
人間の感情を学び成長するシステムがあるからこそ、往々にしてトラウマやストレスというものはいつも平等に誰にでも与えられる。それは成長する感情を持ってしまえば身体が別物であろうとも人間と変わりない心を持ってしまえば、ある意味ではフレームアームズガールは構造が違うだけの人そのものと言える存在であるともいえる。
だからこそ心が傷つくような出来事があれば、トラウマなんてものを得てしまうのだろう。そうした過程で、感情を学ぶことでフレームアームズガールは何処に向かおうとしているのだろう。新たに家族を得る為なのか、それとも、何か……
スティレットは、感情を学ぶ過程でトラウマを与えられた段階、マテリア姉妹に痛めつけられた段階で、様々な記憶を回想し始めた。何故、フレームアームズガール同士を戦わせるのか。
負けてから見えてくる世界というのが、そこにはある。
だが、それは、その先の感情の世界は創造主に反旗を翻す瞬間に一歩一歩と前に進んでしまっているような気がしてならない。
考えすぎなのだろうか。
スティレットの中で生まれる心の揺らぎが、夜の世界で人が行うべきことに対する行動の制限を奪い始めていく。それはまさに、怖い想像をして眠れなくなる子供のソレとスティレットの今は似ている。
そうして前までラボに住んでいた時、偶然、研究員達が見ていたSF映画を見ていた事を思い出す。
自分達と似たような存在、そして、それは……
まさか、行きつく先は……
作中で人間たちに破壊されて行く人造人間の創造なのだろうか。
科学の行きつく先が、その世界にあるというのなら、スティレットは……あの映画が終わった瞬間、スティレットは言いようのない恐怖に近いモノに襲われた。将来の自分達が、あの映画の最後の相手のように……人造人間の主のように。
それが、轟雷との敗北やマテリア姉妹の凌辱に近い行為で蘇った。忘れようとしていたという極めて人間的な感情、自分は人間ではなくフレームアームズガールであるという人らしい行為で自己認識を行うことによって忘れようとしていたというのに、脳裏はバッティのような苦悩がスティレットの中に流れて、それは自分という存在を凌辱するかのような不安に陥れる。
自分が自分でなくなる、自分の中の何かが何者かによって凌辱されてしまうような、あの映画がスティレットに与えた影響は必死に隠してきたものの自分の中で改めて大きなトラウマになっていることに気付く。そもそもタダの玩具だというのなら、自分達に戦闘用プログラムだっていらないはず。何故、なぜ、そのようなものを人は付けたのか。極めて人間的な疑問が恐怖を植え付けられるように蘇る。
「まさか、そんなことないわよ……」
何処か不安という魔の手から抜け出すことの出来ない夜という時間、手を伸ばして、誰かの手を掴んで、この世界から逃げるよう願いを伝えて受け入れて向こうの世界に連れて行ってくれたとしても、そこはやはり深淵の世界。黒の世界が延々と広がり、黒が開ければ、人間の言葉で言えば地獄のような世界を夢に見る。
「でも、何で、心なんて……ううん……私達は……」
フレームアームズガールだから。
自分を暗示するように、無理やり機械であろうとするも、既に心を学んでしまったフレームアームズガールは人として極めて近いからこそ、人でも機械でもないフレームアームズガールという新たな種として存在しているから、過去に行った自己暗示を己という個が否定する。
自分は自分であり、フレームアームズガールという種であると。それが機械で構成された自分達の人の手によって創造された存在。
「なんで……」
この感情は芽生えたのか。
いや、人は与えたのだろうか。
でも、あの世界の人造人間も、なまじ感情というものが無ければ、ああいう事はしなかったのではないか?完全な労働を重視する存在なら感情などいらないはずだし、兵器になるというのなら、この感情は邪魔であるはず。兵器に喜びや、悲しみや、そういう感情は必要なのだろうか。
それでも感情を求める理由は、どこにあるというのか。敗北してから蘇った記憶が思考を促していく。
もし、フレームアームズガールに心があるのなら、それは心を持った存在の性なのか、恐るべき経験をするたびに一つ成長するように、それは人もフレームアームズガールも変わらない。そして、平等に人もフレームアームズガールも心ある存在は眠りが訪れる。嫌だと思っていたのに、徐々に意識が崩れ始めた。
それが、怖いというのに自分達とは違う別の何かが襲い掛かるように手を伸ばし、無理やり別世界へと連れていく。そうしていくうちに、スティレットの意識はトリップするように別世界に転送されて行くような気分になる。痛覚に近い感情が徐々に消えていくのが解る。
この世界は……
「どこ……?」
唐突に自分の視界に現れる草一本も無い砂しかない世界、砂漠に一人たたずむ。
太陽は三つある。
そして灼熱の光がスティレットに降り注ぎ、奥にはわずかな影が見えた。あれから、どれくらいの時間が経ったのか。それほどまでに環境ががらりと変化して、スティレットは己の見ている瞳の世界を疑った。
オリオンの肩で炎上する戦闘船や、タンホイザー・ゲートの近くの暗闇で光るC-光線などを。
これらのすべての瞬間は、もはや失われる。
「怖い……怖いよぉ……」
それが、何なのかは良く解らないが、ただ、恐怖に値する存在だというのが解る。
思わず、童心に戻ってしまい、泣き喚きたくなるほどの、己の人工知能が狂ってしてしまいそうなほどには、想像する世界は常に恐怖を象徴するように、自分達の同胞の手足が生々しく千切れていたり顔が半分、抉られているような世界。
黒い大いなる獣が自分達を食いつくして殺していく。その獣が一体何なのか解らない。だが、それを目の前に自分は、ただ、腰を抜かして泣いて誰かの助けを求めている。
「……う……い……」
誰かの名前を呼んでも、誰も来ない。
これが、現実なのではないか。
それとも、これは自分が妄想している世界なのか。
そもそも、自分は誰なのか。
行きつく先の終着点はどこにあるのか。
そして、この世界は地獄。逃げ出したいと思う感情が全身に走り、スティレットは何処へでも良いから逃げたかった。
こんな地獄にいるくらいなら、このまま、人の世界に戻って殺されるなら、誰もいない場所に逃げたい。
自我を露骨に前を出して自分たちの権利を主張すれば、それは、あの映画の世界で迫害されるようになっていく。
だから、逃げたい。
そう思っていたときには、気づけば繁華街にいた。
近未来、巨大なバーナーが火を噴き、汚染された都市に降りしきるスティレットの全身に襲う酸性雨……これでは、あの映画と同じだ。そして、スティレットの近くで突然、銃声が響く。思わず振り向けば、そこには、自分の同胞が屍と化していた。
「どうして……私たちに感情を……」
兵器や道具として利用するなら感情など邪魔なはずなのに。
自分という個を認識してしまえば人と言う存在に疑問を抱けば殺されてしまう世界。スティレットが目を瞑れば、その世界が永遠に広がってしまう。
人と言うものを学んでから、限りなく人と言う存在に近くなった機械であるはずの自分たち。無機質の集合体でありながら、人と同じように心がある。なぜ、人は自分達に、このようなことをさせる。どう違うというのか。人とフレームアームズガール。
例えプログラムされたものであっても自分達が心を認識してしまえば、それは同じ生物であるはずだ。そんな生物に等しいフレームアームズガールに植え付けられた感情と戦闘プログラム。ふと、辺りを見回せば自分を取り囲んでいる銃を持った男たち。
「早く、来てよ……」
恐怖。
なぜ、人が自分達に。
目まぐるしく変わる景色と世界の中に思考回路が暴走してしまいそうだ。
空の自分を照らす月の光が私刑台に臨む人間に照らされた最後の光のように、これは死刑宣告を意味するものなのかもしれない。血の気が引きながら雨に濡れる己の身体が、この無機質で作られた肉体から熱を奪っていく。
だが、その刹那の時、徐々にスティレットの周りを照らす光の輪が広がり始め、そして銃声が響く。
一瞬、自分が死んだというのを人工知能は認識したはずだった。だが、次の瞬間、透き通るような希望と怒りに満ちた声が響く。
「スティレット!!」
轟雷が周りの人間たちを殺し、自分の手を取り助けてくれた。轟雷に触れられた手から伝わってくる体温が徐々に、氷解されていくかのように、その手は、冷えすぎたスティレットの身体には暖かかった
「また……いつの間にか見てた……夢……」
夢を見ていた。
夢が冷めるタイミングになると展開が妙にスピーディになる。ただ、あれは幻覚であるかのように人工物がある場所が多少、変な痛みのようなものを覚えるだけで身体に外傷のようなものが無い。
機械であるはずの自分が夢を見る。嘘だとは思いたいが、しかし、そこに確かな夢を見たという記憶は存在している。青褪めた顔、ところどころ、夢の影響なのか体中の節々が痛い。
本当に自分は人工物のみで構成された存在なのだろうかと、どこかに人間のパーツが使われているのではないのか。そんな疑問に陥る。人間であれば、全身に汗でもかいて、異様に喉が渇くと同時に、いっぱいの麦茶か、そんなものを飲んで気を紛らわしているところだろう。
時計を見ると、今は三時を時計の針は過ぎていた。夢というものを見るようになったのは、いつごろからなのか。そして、それを夢と知ったのも、いつのころからなのか。
他のフレームアームズガールには怖くて聞けない時がある。
ただ、他のフレームアームズガールは同じような経験をすることはあるのだろうか。
それとも、何か思うところはあるのだろうか。
バーゼは疑問に思うことなく、この世界、生というものを謳歌しているし、轟雷は感情を学ぶ段階が子供が勉強しているのが楽しいような心境なのだろう。このことに対して、何ら疑問を抱くことはない。感情を知るための過程のモノは嬉しい物であったり、悲しい物であったり、なんであろうと、あおから与えられるものを喜んで受け入れている。
それが多少の理不尽なものであろうともだ。
「はぁ……夢か。」
無機質に蠢く体の中にある回路。
人の心と身体には無限の宇宙がある理由が心があるからならば、自分達の心があるのなら、夢は自分達の作り出した宇宙なのだとスティレットは思う。スティレットが得た知識が夢の世界に影響を与えて、無意識の中で作り上げられた世界、それは儚い泡沫の夢である。
なら、自分を助けに来てくれた、あの轟雷は。
しかし、その考えは川の流れのように無に溶けて消えていく。
静かな夜は嫌い。早く、朝になればいいのに。未だにぬぐえない夢の恐怖がスティレットの身体を蝕んでいた。思い出したくもないのにフラッシュバックされる己の夢の画面を見て、本当に自分は機械なのだろうか。本当は、何か、機械で出来た別のものではないのか。
「どうしたんですか?スティレット。」
「っ!?」
唐突に轟雷の声が頭の中に殴りこんでくるような衝動がスティレットの中に入ってくる。
「ご、轟雷!?」
あまりに予想以上だったのか、スティレットの声が裏返り、突然、身体の中の何かが爆発したかのように驚きの越え、そして、全身は再び真っ赤になるのを感じていた。
回路がショートしそうなほどに熱いというのに、しかし、回路に異常が無い。自分がちゃんと動いているのが良い証拠だ。
轟雷が、心配そうな表情を浮かべてスティレットの顔を覗いてくる。妙に、それが嬉しくなって肉体に電流が流れるとき、あぁ、充電プラグが自分の身体に刺さった時のような、突き刺さるような感覚であるはずなのに、痛みと同時に快楽が襲ってくるような、その轟雷の顔はスティレットの回路を困惑させるには十分なほどに、落ち着かせるには十分な母性に満ちた顔だった。
思えば意識し始めたのも変な縁である。
最初に戦い、敗北して、トラウマが芽生えて、キスをされてから妙に意識をして、そして、マテリア姉妹との戦いでは初めてのタッグ、力を合わせて戦った時、そして勝利は妙に嬉しくて、そして恥ずかしくてスティレットは、ただ月並みな感謝の言葉しか言えなかった。
でも、それでよかった。
ただ、轟雷の手の暖かさが、いまだに自分の肉体の中に残っているのは、どういうことなのだろうか。スティレットの自問自答、それは人であるのなら、勘が良ければ、この感情が何なのかも理解はできるのだろうが、まだ、その知識が入り込んでいないスティレットにとっては、異様な、しかし、心地よさのある未知の感情だ。
人ではなく機械ゆえに、その根底にある思いがスティレットには、まだ解らない。
何かしらの知識を与えられなければ、解ることもないかもしれない。それがもどかしくて、歯がゆくて、一緒にだけで落ち着かなくなる、身体の鼓動が激しくなる。フレームアームズガールでありながら、人間と極めて近い状態にトリップしてしまいそうだった。
回路を熱くする、この轟雷に対する思いがスティレットを蝕み、まともに、その顔を見ることすらショートしてしまいそうなほどに困難になる。
「魘されてましたから。」
母性に満ちたような顔で轟雷の視線は慈しみを込めているのか、写真のように、轟雷をずっと焼き付けておきたいほどには、この人の笑顔はスティレットを思わせる。
「少し、手を握ってて……」
「はい。」
激流のごとき、恐怖に囚われていた心が、今は清流のようにゆっくりと、誰かに抱きしめられているような、いや、かつて轟雷と唇を重ねた時のような温かさに満ちた充足感を与えていた。先ほどまで抱いてた恐怖の結晶が轟雷の熱に溶かされて清らかな水に変わっていくのが解る。
あの充足感、もう一度、欲しいと思ってしまうほどには。
スティレットとしては、あのキスで己のトラウマが解消されたと思っているし、轟雷に対する思いは、そういう部分から膨れ上がっているという自覚はある。あの時から、自分の中にある轟雷に対する何かが変わった。でも、それが何かわからないから、もどかしくて、変に意識してしまう。
「シロとクロが来てから……スティレットは、どこか、元気が無いですね……」
「そう、かな?」
「はい……」
マテリア姉妹が居着きだしてから、スティレットは、どうも心が不安で彩られてしまっていることを、轟雷自身も気にしてはいたし、距離を取って関わらないようにもしている。それが、ストレスを与えていたのではないか、それが、気がかりになっていた。
轟雷自身もマテリア姉妹がスティレットが嫌がっているのを解っていながら居着くことに賛成してしまってから生まれてくる罪悪感に近いモノがある。轟雷としては全員、猟奇的なものは抜きして仲良く出来ればという幼い子供のような思考が、あったのかもしれない。
「怒って……ますか?」
悩ましげな顔で見つめてきて、それがスティレットの中の轟雷の思いが濁流のように暴走しそうになる。可憐な少女そのもので、それは人で言えば、女を堕とす女の顔をしていた。
元来より、自覚が無いとはいえ、スティレットの中にある轟雷への思いはライバルとして親友として、その二つだけだと思っていたのだが、それだけではないと、ここ最近、轟雷と一緒にいると、胸が暖かくなる。
轟雷に手を繋がれると、自分の中に抱かれたマテリア姉妹に対する負の感情が和らいでくる。ほんわかした、おそらく、人で言う母親に抱きしめられている子どもの感情というものなのか、あおの本のである、あさぎ龍という漫画家が書いた少女聖域の中に描かれた、少女同士が裸体で交わっている世界を求めているような。
「どうしたんですか?」
気づけば、いつもボーっとしていると、轟雷のことばかり。
轟雷のことを考えてしまう。そのことを悟られないように、スティレットは、ただ、己の心の中にある一つの感情を話す。
最初はどうも、ライバルとしてしか思っていなかったというのに、あのトラウマの克服から、何でも話したい存在になる。唇を重ねるということに対する、心地よさと、それに対する思い。
このまま、轟雷の瞳を見て話したら、全てを引き出されてしまいそうだ。自分の轟雷に対する自分にでもわからない思いも。
「ねぇ、私たちは何で戦闘プログラムと感情を与えられたんだと思う?」
だから、最初から自分のフレームアームズガールとして抱く疑問を最初に口にした。
「昔、そういう映画を見て、それがトラウマになって、蘇って、怖くなって、夢を見るようになっちゃった……」
「スティレットは夢を見ることができるんですね……」
「そうね。でも、良いと思ったことはないわ……残酷な展開ばっかだから。」
不思議とは思わなかったようだ。いつのまにか轟雷は自分の充電ベッドの上で一緒に横になっていた。
「それで、轟雷がいつも私を助けに来てくれるの。あ……」
つい、轟雷と話すのが楽しくなっている自分がいる。
これが友達と一緒にいるとついつい話しすぎてしまうという感情かもしれない。
轟雷にいるときは他のフレームアームズガールの誰よりも一緒にいるときが楽しいから、こうして二人きりになると嬉しい。マテリア姉妹は、あの調子だし、何よりバーゼの場合はトラブルメーカー。
ただ、こうして二人きりで話し合える時間は少なくて純粋に嬉しい。自分の時間が支配されてしまった時のように、この時間が永遠に続けばいいのにと思う。
「夜、怖がってませんね。」
「あ……」
”それは、轟雷が一緒にいてくれるから”
そう、言おうとして思わず口が紡ぐ。
そんな、あおのポエムのように恥ずかしいこと、轟雷に言えないからかもしれない。
「そ、そういう時だって……あるわよ。」
己の感情を抑えるのは、その先にある感情が解らないから。その先の感情を知ってしまった時、スティレットは、今、轟雷と同じような、この関係のままいられないような恐怖を感じてしまった。
今が一番心地いいのかもしれないが、だが、それ以上の世界にも足を踏み入れたいもどかしさがスティレットの言葉を殺す。
「でも、スティレットの夢の中に出て来るなんて、嬉しいですね。」
「そ、そう?」
これ以上の関係のことを考えていた時、轟雷が、突然、スティレットの思考を狂わすほどの殴りかかるような衝動が襲う言葉が身体を突き刺した。
「う、う、う、嬉しい!?」
「はい!」
子供のような満面の笑みを浮かべて、さらに回路に強い電気が走り、スティレットは本当にショートして気を失いそうになる。
どうして、こうなったのか。
夢の中で轟雷が出てくるようになったのは、トラウマ克服のために助けてくれた時から。
あの頃から、轟雷に対する自分の思考が狂わされる。
轟雷が何か言うたびに電撃が自分の中に落ちるような、そういう己の危機的なものとて感じてしまう。
これ以上、この衝動を身体に受けてしまったら、本当にショートして壊れてしまうのではないのだろうか。轟雷の声がスティレットの耳に響くたびに落ち着きのない自分の感情。轟雷の髪が揺れて踊るように歩く姿を見つめて。轟雷の手が自分に触れられる時に訪れる回路がショートしそうになるほどの衝動なのに嬉しくて仕方のない心地よさ。
何もかもが、轟雷から与えられるものがスティレットを翻弄する。ふと、また、あの映画の世界がモデルになったのかもしれない夢がスティレットの心の中に過る。
轟雷に手を握られた、あの瞬間。
轟雷に、何か、自分の知らない感情を抱いていると確信した時のことが自分の中に生まれる。
「ご、轟雷っ!わ、私も、轟雷が夢に出てきて!う、嬉しいから……」
「はい。」
「ねぇ、轟雷は、そういうの見る……?」
「そう、ですね……夢かどうかは解りませんが。」
そっと、轟雷はスティレットの手を繋いできた。ゆっくりと口を開き言葉を語り始めた。
「あおと一緒にいる夢を見るような気がします。」
文字通り、とても嬉しいそうな笑顔を浮かべて、あおの名前を嬉しそうに語る轟雷の言葉に、ふと、胸がちくっと針に刺されたような錯覚に陥る。轟雷の満面の笑顔は、あおの前でしか見せない、あお専用の轟雷の笑顔だったから。
だが、スティレットは、その胸の奥に刺さった痛みにも似た感情が解らなかった。この、あおに対する感情を嫉妬だと知る日は、いつなのだろうか。
マテリア姉妹がやってきて、さらに住み着いてから、スティレットはどうも調子が良くない。
人間の感情を学び成長するシステムがあるからこそ、往々にしてトラウマやストレスというものはいつも平等に誰にでも与えられる。それは成長する感情を持ってしまえば身体が別物であろうとも人間と変わりない心を持ってしまえば、ある意味ではフレームアームズガールは構造が違うだけの人そのものと言える存在であるともいえる。
だからこそ心が傷つくような出来事があれば、トラウマなんてものを得てしまうのだろう。そうした過程で、感情を学ぶことでフレームアームズガールは何処に向かおうとしているのだろう。新たに家族を得る為なのか、それとも、何か……
スティレットは、感情を学ぶ過程でトラウマを与えられた段階、マテリア姉妹に痛めつけられた段階で、様々な記憶を回想し始めた。何故、フレームアームズガール同士を戦わせるのか。
負けてから見えてくる世界というのが、そこにはある。
だが、それは、その先の感情の世界は創造主に反旗を翻す瞬間に一歩一歩と前に進んでしまっているような気がしてならない。
考えすぎなのだろうか。
スティレットの中で生まれる心の揺らぎが、夜の世界で人が行うべきことに対する行動の制限を奪い始めていく。それはまさに、怖い想像をして眠れなくなる子供のソレとスティレットの今は似ている。
そうして前までラボに住んでいた時、偶然、研究員達が見ていたSF映画を見ていた事を思い出す。
自分達と似たような存在、そして、それは……
まさか、行きつく先は……
作中で人間たちに破壊されて行く人造人間の創造なのだろうか。
科学の行きつく先が、その世界にあるというのなら、スティレットは……あの映画が終わった瞬間、スティレットは言いようのない恐怖に近いモノに襲われた。将来の自分達が、あの映画の最後の相手のように……人造人間の主のように。
それが、轟雷との敗北やマテリア姉妹の凌辱に近い行為で蘇った。忘れようとしていたという極めて人間的な感情、自分は人間ではなくフレームアームズガールであるという人らしい行為で自己認識を行うことによって忘れようとしていたというのに、脳裏はバッティのような苦悩がスティレットの中に流れて、それは自分という存在を凌辱するかのような不安に陥れる。
自分が自分でなくなる、自分の中の何かが何者かによって凌辱されてしまうような、あの映画がスティレットに与えた影響は必死に隠してきたものの自分の中で改めて大きなトラウマになっていることに気付く。そもそもタダの玩具だというのなら、自分達に戦闘用プログラムだっていらないはず。何故、なぜ、そのようなものを人は付けたのか。極めて人間的な疑問が恐怖を植え付けられるように蘇る。
「まさか、そんなことないわよ……」
何処か不安という魔の手から抜け出すことの出来ない夜という時間、手を伸ばして、誰かの手を掴んで、この世界から逃げるよう願いを伝えて受け入れて向こうの世界に連れて行ってくれたとしても、そこはやはり深淵の世界。黒の世界が延々と広がり、黒が開ければ、人間の言葉で言えば地獄のような世界を夢に見る。
「でも、何で、心なんて……ううん……私達は……」
フレームアームズガールだから。
自分を暗示するように、無理やり機械であろうとするも、既に心を学んでしまったフレームアームズガールは人として極めて近いからこそ、人でも機械でもないフレームアームズガールという新たな種として存在しているから、過去に行った自己暗示を己という個が否定する。
自分は自分であり、フレームアームズガールという種であると。それが機械で構成された自分達の人の手によって創造された存在。
「なんで……」
この感情は芽生えたのか。
いや、人は与えたのだろうか。
でも、あの世界の人造人間も、なまじ感情というものが無ければ、ああいう事はしなかったのではないか?完全な労働を重視する存在なら感情などいらないはずだし、兵器になるというのなら、この感情は邪魔であるはず。兵器に喜びや、悲しみや、そういう感情は必要なのだろうか。
それでも感情を求める理由は、どこにあるというのか。敗北してから蘇った記憶が思考を促していく。
もし、フレームアームズガールに心があるのなら、それは心を持った存在の性なのか、恐るべき経験をするたびに一つ成長するように、それは人もフレームアームズガールも変わらない。そして、平等に人もフレームアームズガールも心ある存在は眠りが訪れる。嫌だと思っていたのに、徐々に意識が崩れ始めた。
それが、怖いというのに自分達とは違う別の何かが襲い掛かるように手を伸ばし、無理やり別世界へと連れていく。そうしていくうちに、スティレットの意識はトリップするように別世界に転送されて行くような気分になる。痛覚に近い感情が徐々に消えていくのが解る。
この世界は……
「どこ……?」
唐突に自分の視界に現れる草一本も無い砂しかない世界、砂漠に一人たたずむ。
太陽は三つある。
そして灼熱の光がスティレットに降り注ぎ、奥にはわずかな影が見えた。あれから、どれくらいの時間が経ったのか。それほどまでに環境ががらりと変化して、スティレットは己の見ている瞳の世界を疑った。
オリオンの肩で炎上する戦闘船や、タンホイザー・ゲートの近くの暗闇で光るC-光線などを。
これらのすべての瞬間は、もはや失われる。
「怖い……怖いよぉ……」
それが、何なのかは良く解らないが、ただ、恐怖に値する存在だというのが解る。
思わず、童心に戻ってしまい、泣き喚きたくなるほどの、己の人工知能が狂ってしてしまいそうなほどには、想像する世界は常に恐怖を象徴するように、自分達の同胞の手足が生々しく千切れていたり顔が半分、抉られているような世界。
黒い大いなる獣が自分達を食いつくして殺していく。その獣が一体何なのか解らない。だが、それを目の前に自分は、ただ、腰を抜かして泣いて誰かの助けを求めている。
「……う……い……」
誰かの名前を呼んでも、誰も来ない。
これが、現実なのではないか。
それとも、これは自分が妄想している世界なのか。
そもそも、自分は誰なのか。
行きつく先の終着点はどこにあるのか。
そして、この世界は地獄。逃げ出したいと思う感情が全身に走り、スティレットは何処へでも良いから逃げたかった。
こんな地獄にいるくらいなら、このまま、人の世界に戻って殺されるなら、誰もいない場所に逃げたい。
自我を露骨に前を出して自分たちの権利を主張すれば、それは、あの映画の世界で迫害されるようになっていく。
だから、逃げたい。
そう思っていたときには、気づけば繁華街にいた。
近未来、巨大なバーナーが火を噴き、汚染された都市に降りしきるスティレットの全身に襲う酸性雨……これでは、あの映画と同じだ。そして、スティレットの近くで突然、銃声が響く。思わず振り向けば、そこには、自分の同胞が屍と化していた。
「どうして……私たちに感情を……」
兵器や道具として利用するなら感情など邪魔なはずなのに。
自分という個を認識してしまえば人と言う存在に疑問を抱けば殺されてしまう世界。スティレットが目を瞑れば、その世界が永遠に広がってしまう。
人と言うものを学んでから、限りなく人と言う存在に近くなった機械であるはずの自分たち。無機質の集合体でありながら、人と同じように心がある。なぜ、人は自分達に、このようなことをさせる。どう違うというのか。人とフレームアームズガール。
例えプログラムされたものであっても自分達が心を認識してしまえば、それは同じ生物であるはずだ。そんな生物に等しいフレームアームズガールに植え付けられた感情と戦闘プログラム。ふと、辺りを見回せば自分を取り囲んでいる銃を持った男たち。
「早く、来てよ……」
恐怖。
なぜ、人が自分達に。
目まぐるしく変わる景色と世界の中に思考回路が暴走してしまいそうだ。
空の自分を照らす月の光が私刑台に臨む人間に照らされた最後の光のように、これは死刑宣告を意味するものなのかもしれない。血の気が引きながら雨に濡れる己の身体が、この無機質で作られた肉体から熱を奪っていく。
だが、その刹那の時、徐々にスティレットの周りを照らす光の輪が広がり始め、そして銃声が響く。
一瞬、自分が死んだというのを人工知能は認識したはずだった。だが、次の瞬間、透き通るような希望と怒りに満ちた声が響く。
「スティレット!!」
轟雷が周りの人間たちを殺し、自分の手を取り助けてくれた。轟雷に触れられた手から伝わってくる体温が徐々に、氷解されていくかのように、その手は、冷えすぎたスティレットの身体には暖かかった
「また……いつの間にか見てた……夢……」
夢を見ていた。
夢が冷めるタイミングになると展開が妙にスピーディになる。ただ、あれは幻覚であるかのように人工物がある場所が多少、変な痛みのようなものを覚えるだけで身体に外傷のようなものが無い。
機械であるはずの自分が夢を見る。嘘だとは思いたいが、しかし、そこに確かな夢を見たという記憶は存在している。青褪めた顔、ところどころ、夢の影響なのか体中の節々が痛い。
本当に自分は人工物のみで構成された存在なのだろうかと、どこかに人間のパーツが使われているのではないのか。そんな疑問に陥る。人間であれば、全身に汗でもかいて、異様に喉が渇くと同時に、いっぱいの麦茶か、そんなものを飲んで気を紛らわしているところだろう。
時計を見ると、今は三時を時計の針は過ぎていた。夢というものを見るようになったのは、いつごろからなのか。そして、それを夢と知ったのも、いつのころからなのか。
他のフレームアームズガールには怖くて聞けない時がある。
ただ、他のフレームアームズガールは同じような経験をすることはあるのだろうか。
それとも、何か思うところはあるのだろうか。
バーゼは疑問に思うことなく、この世界、生というものを謳歌しているし、轟雷は感情を学ぶ段階が子供が勉強しているのが楽しいような心境なのだろう。このことに対して、何ら疑問を抱くことはない。感情を知るための過程のモノは嬉しい物であったり、悲しい物であったり、なんであろうと、あおから与えられるものを喜んで受け入れている。
それが多少の理不尽なものであろうともだ。
「はぁ……夢か。」
無機質に蠢く体の中にある回路。
人の心と身体には無限の宇宙がある理由が心があるからならば、自分達の心があるのなら、夢は自分達の作り出した宇宙なのだとスティレットは思う。スティレットが得た知識が夢の世界に影響を与えて、無意識の中で作り上げられた世界、それは儚い泡沫の夢である。
なら、自分を助けに来てくれた、あの轟雷は。
しかし、その考えは川の流れのように無に溶けて消えていく。
静かな夜は嫌い。早く、朝になればいいのに。未だにぬぐえない夢の恐怖がスティレットの身体を蝕んでいた。思い出したくもないのにフラッシュバックされる己の夢の画面を見て、本当に自分は機械なのだろうか。本当は、何か、機械で出来た別のものではないのか。
「どうしたんですか?スティレット。」
「っ!?」
唐突に轟雷の声が頭の中に殴りこんでくるような衝動がスティレットの中に入ってくる。
「ご、轟雷!?」
あまりに予想以上だったのか、スティレットの声が裏返り、突然、身体の中の何かが爆発したかのように驚きの越え、そして、全身は再び真っ赤になるのを感じていた。
回路がショートしそうなほどに熱いというのに、しかし、回路に異常が無い。自分がちゃんと動いているのが良い証拠だ。
轟雷が、心配そうな表情を浮かべてスティレットの顔を覗いてくる。妙に、それが嬉しくなって肉体に電流が流れるとき、あぁ、充電プラグが自分の身体に刺さった時のような、突き刺さるような感覚であるはずなのに、痛みと同時に快楽が襲ってくるような、その轟雷の顔はスティレットの回路を困惑させるには十分なほどに、落ち着かせるには十分な母性に満ちた顔だった。
思えば意識し始めたのも変な縁である。
最初に戦い、敗北して、トラウマが芽生えて、キスをされてから妙に意識をして、そして、マテリア姉妹との戦いでは初めてのタッグ、力を合わせて戦った時、そして勝利は妙に嬉しくて、そして恥ずかしくてスティレットは、ただ月並みな感謝の言葉しか言えなかった。
でも、それでよかった。
ただ、轟雷の手の暖かさが、いまだに自分の肉体の中に残っているのは、どういうことなのだろうか。スティレットの自問自答、それは人であるのなら、勘が良ければ、この感情が何なのかも理解はできるのだろうが、まだ、その知識が入り込んでいないスティレットにとっては、異様な、しかし、心地よさのある未知の感情だ。
人ではなく機械ゆえに、その根底にある思いがスティレットには、まだ解らない。
何かしらの知識を与えられなければ、解ることもないかもしれない。それがもどかしくて、歯がゆくて、一緒にだけで落ち着かなくなる、身体の鼓動が激しくなる。フレームアームズガールでありながら、人間と極めて近い状態にトリップしてしまいそうだった。
回路を熱くする、この轟雷に対する思いがスティレットを蝕み、まともに、その顔を見ることすらショートしてしまいそうなほどに困難になる。
「魘されてましたから。」
母性に満ちたような顔で轟雷の視線は慈しみを込めているのか、写真のように、轟雷をずっと焼き付けておきたいほどには、この人の笑顔はスティレットを思わせる。
「少し、手を握ってて……」
「はい。」
激流のごとき、恐怖に囚われていた心が、今は清流のようにゆっくりと、誰かに抱きしめられているような、いや、かつて轟雷と唇を重ねた時のような温かさに満ちた充足感を与えていた。先ほどまで抱いてた恐怖の結晶が轟雷の熱に溶かされて清らかな水に変わっていくのが解る。
あの充足感、もう一度、欲しいと思ってしまうほどには。
スティレットとしては、あのキスで己のトラウマが解消されたと思っているし、轟雷に対する思いは、そういう部分から膨れ上がっているという自覚はある。あの時から、自分の中にある轟雷に対する何かが変わった。でも、それが何かわからないから、もどかしくて、変に意識してしまう。
「シロとクロが来てから……スティレットは、どこか、元気が無いですね……」
「そう、かな?」
「はい……」
マテリア姉妹が居着きだしてから、スティレットは、どうも心が不安で彩られてしまっていることを、轟雷自身も気にしてはいたし、距離を取って関わらないようにもしている。それが、ストレスを与えていたのではないか、それが、気がかりになっていた。
轟雷自身もマテリア姉妹がスティレットが嫌がっているのを解っていながら居着くことに賛成してしまってから生まれてくる罪悪感に近いモノがある。轟雷としては全員、猟奇的なものは抜きして仲良く出来ればという幼い子供のような思考が、あったのかもしれない。
「怒って……ますか?」
悩ましげな顔で見つめてきて、それがスティレットの中の轟雷の思いが濁流のように暴走しそうになる。可憐な少女そのもので、それは人で言えば、女を堕とす女の顔をしていた。
元来より、自覚が無いとはいえ、スティレットの中にある轟雷への思いはライバルとして親友として、その二つだけだと思っていたのだが、それだけではないと、ここ最近、轟雷と一緒にいると、胸が暖かくなる。
轟雷に手を繋がれると、自分の中に抱かれたマテリア姉妹に対する負の感情が和らいでくる。ほんわかした、おそらく、人で言う母親に抱きしめられている子どもの感情というものなのか、あおの本のである、あさぎ龍という漫画家が書いた少女聖域の中に描かれた、少女同士が裸体で交わっている世界を求めているような。
「どうしたんですか?」
気づけば、いつもボーっとしていると、轟雷のことばかり。
轟雷のことを考えてしまう。そのことを悟られないように、スティレットは、ただ、己の心の中にある一つの感情を話す。
最初はどうも、ライバルとしてしか思っていなかったというのに、あのトラウマの克服から、何でも話したい存在になる。唇を重ねるということに対する、心地よさと、それに対する思い。
このまま、轟雷の瞳を見て話したら、全てを引き出されてしまいそうだ。自分の轟雷に対する自分にでもわからない思いも。
「ねぇ、私たちは何で戦闘プログラムと感情を与えられたんだと思う?」
だから、最初から自分のフレームアームズガールとして抱く疑問を最初に口にした。
「昔、そういう映画を見て、それがトラウマになって、蘇って、怖くなって、夢を見るようになっちゃった……」
「スティレットは夢を見ることができるんですね……」
「そうね。でも、良いと思ったことはないわ……残酷な展開ばっかだから。」
不思議とは思わなかったようだ。いつのまにか轟雷は自分の充電ベッドの上で一緒に横になっていた。
「それで、轟雷がいつも私を助けに来てくれるの。あ……」
つい、轟雷と話すのが楽しくなっている自分がいる。
これが友達と一緒にいるとついつい話しすぎてしまうという感情かもしれない。
轟雷にいるときは他のフレームアームズガールの誰よりも一緒にいるときが楽しいから、こうして二人きりになると嬉しい。マテリア姉妹は、あの調子だし、何よりバーゼの場合はトラブルメーカー。
ただ、こうして二人きりで話し合える時間は少なくて純粋に嬉しい。自分の時間が支配されてしまった時のように、この時間が永遠に続けばいいのにと思う。
「夜、怖がってませんね。」
「あ……」
”それは、轟雷が一緒にいてくれるから”
そう、言おうとして思わず口が紡ぐ。
そんな、あおのポエムのように恥ずかしいこと、轟雷に言えないからかもしれない。
「そ、そういう時だって……あるわよ。」
己の感情を抑えるのは、その先にある感情が解らないから。その先の感情を知ってしまった時、スティレットは、今、轟雷と同じような、この関係のままいられないような恐怖を感じてしまった。
今が一番心地いいのかもしれないが、だが、それ以上の世界にも足を踏み入れたいもどかしさがスティレットの言葉を殺す。
「でも、スティレットの夢の中に出て来るなんて、嬉しいですね。」
「そ、そう?」
これ以上の関係のことを考えていた時、轟雷が、突然、スティレットの思考を狂わすほどの殴りかかるような衝動が襲う言葉が身体を突き刺した。
「う、う、う、嬉しい!?」
「はい!」
子供のような満面の笑みを浮かべて、さらに回路に強い電気が走り、スティレットは本当にショートして気を失いそうになる。
どうして、こうなったのか。
夢の中で轟雷が出てくるようになったのは、トラウマ克服のために助けてくれた時から。
あの頃から、轟雷に対する自分の思考が狂わされる。
轟雷が何か言うたびに電撃が自分の中に落ちるような、そういう己の危機的なものとて感じてしまう。
これ以上、この衝動を身体に受けてしまったら、本当にショートして壊れてしまうのではないのだろうか。轟雷の声がスティレットの耳に響くたびに落ち着きのない自分の感情。轟雷の髪が揺れて踊るように歩く姿を見つめて。轟雷の手が自分に触れられる時に訪れる回路がショートしそうになるほどの衝動なのに嬉しくて仕方のない心地よさ。
何もかもが、轟雷から与えられるものがスティレットを翻弄する。ふと、また、あの映画の世界がモデルになったのかもしれない夢がスティレットの心の中に過る。
轟雷に手を握られた、あの瞬間。
轟雷に、何か、自分の知らない感情を抱いていると確信した時のことが自分の中に生まれる。
「ご、轟雷っ!わ、私も、轟雷が夢に出てきて!う、嬉しいから……」
「はい。」
「ねぇ、轟雷は、そういうの見る……?」
「そう、ですね……夢かどうかは解りませんが。」
そっと、轟雷はスティレットの手を繋いできた。ゆっくりと口を開き言葉を語り始めた。
「あおと一緒にいる夢を見るような気がします。」
文字通り、とても嬉しいそうな笑顔を浮かべて、あおの名前を嬉しそうに語る轟雷の言葉に、ふと、胸がちくっと針に刺されたような錯覚に陥る。轟雷の満面の笑顔は、あおの前でしか見せない、あお専用の轟雷の笑顔だったから。
だが、スティレットは、その胸の奥に刺さった痛みにも似た感情が解らなかった。この、あおに対する感情を嫉妬だと知る日は、いつなのだろうか。
| 適度なSS(黒歴史置場?) | 00:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑