PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||を見に行ってきたよ。

131cad66fb69a7e7.jpg
シン・エヴァンゲリオンを見終わった。
最初の一時間は面白かったよ。
希望を失いつつも旧友たちと出会って、そこで色々とこなして泣いて、新たな希望を見つけるところとか、ここでの出来ごとの中に全てのドラマが詰まっていると言っても過言ではないので。
それによって彼らの中にある希望と言うのが確実に実っていて、希望と言うのは何気ない小さな幸せから生まれてくるという、そういうスタイルも嫌いではない。
寧ろ、この手のロボットアニメに対して、それが結構、重要なのはよくあることよ。
それによって自分のすべきこと、贖罪や、親との確執……
各員の心との葛藤などなど、正直、見ていて立ち直るドラマ、第三村における彼らのやり取りと言うのは良かった。

んだけど……

A1uO_JQJ5QL.jpg
んで、その後に、「頼まれなくたって生きてやる。」
普通に「IN MY DREAM」が流れて、この言葉が脳裏に浮かぶ。いうまでもなく、上記の言葉はブレンパワードの表題ですね。ブレンパワードのエッセンスにラーゼフォンを混ぜたような作品になった。

つまり、「あれ?この映画、ブレンパワードやラーゼフォンで見たような内容、ばっかりだぞ?」ってなったわけよ。

まぁ、言うまでもないんだけどエヴァンゲリオンって言うのは旧劇含めて難しい言葉で取り繕って面倒くさいことを伝える作品で、実はブラフなのよ。
本質さえ捉えてしまえば簡単な映画な気がする。所謂、エンジェルブラッド、エヴォオップファータイプ、コモディティ化、ネブカドネザルの鍵ーとかあるけど、今回の映画は、そういう感じでメッセージ性が露骨だったからブラフなのが良くわかった。
だから、アスカだのアヤナミだの、そんなのはどうだっていいんだよ。
結局、これらの登場人物は全てメッセージを伝えるための舞台装置に過ぎない。人が作った神なんて言葉があるけど、正に、それです。エヴァンゲリオンなんてのは庵野が作った舞台であって、己のメッセージを伝えるためのなんとやらよ。
所謂、メタフィクション的な、あの風景を見ててそんなことを思った。

そして、それがブラフだと理解した時、これがどういう物語だったのかと思い浮かべれば、頭に浮かんだのは「ブレンパワード」って作品だったのよ。
ブレンパワードが目指したものが健やかさは勇の自立から他人と出会い関係性を磨き合い、互いの理想や弱さを認め合うことで自分を鍛えることになる……ってのを1話から2クールかけて丸丸描いてるのよな。
同時に親はちゃんと子供を育てないと本来持つ人間の健やかさまで殺しかねない危険性も描いてる。
そういう父性や母性を描くことで富野流のエヴァつぶしをやったことは作品的には大成功なんだけど認知度が低いのは悲劇で、んでー、あれから20年近く経ってシン・エヴァを見た結果が「これ、直接説教してるだけの劣化版ブレンパワードじゃんwww」ってなる。
例の村において土いじりして人と接して希望を得るシーンなんて完全にブレンパワードの序盤だよ。1クール目だよ。

ラストシーンのゲンドウとシンジとか言いたいこと、ブレンパワードやラーゼフォンでやっちゃってるよ!ってなってね。ラーゼフォンだと、既に綾人と麻弥の母子の関係で完全に美しい形で描き切っているんですよ。
それこそ、恋愛と言う要素を使ってね。
ブレンパワードを知ってしまうとシン・エヴァは物すごく映像技術が凄いだけの陳腐な作品に見えてしまうわけです。
ウルトラマンや仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズや牙狼やさ。
他のアニメで散々やってきたことをいまさらシンエヴァでやる意味って庵野監督の自慢よなあ。
そして、それは言ってしまえば旧劇場版の答えに説得力を持たせたものになってるのよね。
んでー、お話はどうだったかーって言うとさー
ドラクエユアストに並ぶような説教映画だったように思える。
いや、いいたいことわかるよ?人はこんなに優しいのよーとかさ。
アニメばっか見てないで、アニメに自分の都合の良い人間を求めずに外を見なさいよ。とか人と接しなさいよ。
10年かかって出したエヴァって作品の答えが結局、旧劇の答えに対して説得力を持たせただけでしかなかったような感じ。
そうやって孤独に身をやつしていたら見えるものも見えないわよーとか。
自分の弱さを受け入れればどうのこうのーみたいな感じでさ。
でも大多数は知っているし頑張っているんだけど、そうそう、アニメのようにうまくいかねーから、アニメって世界に足を踏み入れるしそこを安らぎにするわけでね?
アヤナミとアスカの出生の秘密の時点で自分にとって都合の良い二次元キャラに逃げるな。とか、そういうの言いたいんだろうね(=ω=)
なんか、もう説教されてる感じ。
富野さんがエヴァをやってるときにブレンパワードを作った理由が分かった気がする。んで、今度は庵野がブレンパワードのようなことをしている。って言う。
逆に富野さんがブレンパワードを作った理由を考えてしまうと、このシン・エヴァが、こういう作風になった理由って、とっても、押し付けがましさみたいなのがある。
結局、これは凄いうがった見方をするかもだけどさ。
庵野監督自身が成功した人間に対する思い上がりであり、良い年齢こいてアニメばっか見てる奴は「こういうダメな奴に違いない。」って思いこんでそうだなーとか思ったりした。
いや、そうじゃないじゃない。
結局、この人は、こういう映画を作っておきながら人を見てないのよ。これは、こういう奴が見ているに違いない!って感じで。
でも、現実は、そうじゃないじゃない。
基本は皆、嫌な人ともかかわりながらも頑張ってさ。
戦ってんのよ。
嫌な日常や人間関係と。
誰もがシンジのように逃げているわけじゃないんだよな。
みんな、頑張っていることを庵野監督は忘れているようで、結局、成就しない努力は努力と認めないって嫌いな言葉があるんだけど、この作品から見て取れる庵野監督の思い上がりのようなものが見える。
そりゃ、うつ病にかかって辛かったでしょうよ。
だから、その体験談を通して冒頭1時間くらいの集落におけるシンジの再生において、そこで自分の体験談やら、そういうものを入れて復活させてさ。主人公然としてかっこよく、人として子供から大人になったシンジが、成長することで、お前らもできたんだから、そうしろよ。みたいな部分も感じる。
そりゃ、言いたいことは解るよ。
でもね、多くの人はさ。

やりました・・・・・。やったんですよ!必死に!その結果がこれなんですよ!モビルスーツに乗って、殺し合いをして、今はこうして砂漠を歩いてる。これ以上、何をどうしろって言うんです!何と戦えって言うんですか!
って、この状況なのよ。
多くの人は。
じゃぁ、そこまで言うなら、俺たちに、これ以上、何をがんばれって言うの!?何から逃げてるって言うの!?って思っちゃってさ。
でもさ、シンジには、そういうオタクを導く相手としてマリってキャラをあてがったんだろうけど、あれもあれで結局、ヤロウに都合の良い女でしかないよなと。
結局、とある部分でマリを持ってきたことで、その部分を強く感じましてね。
シンジ単独で、あのラストだったら、まぁ作中の言葉や成長に対して説得力はあったよな。とか、そういうことを感じたりする。
ついでにシン・エヴァで出した答えって既に富野監督がブレンパワードでやっちゃってるんだよなー…だから「今更かよ!」ってなるよね。
あんだけ人間はどうしようもない、わかりあえねー。でも生きなきゃいけないからお前ら人と接しろアニメに逃げるな。ってこと旧劇でやっておきながら、シン・エヴァでやってんの結局、劣化ブレンパワードじゃん!ってなるし。
ブレンパワードは作中でシン・エヴァ以上に優しくアンサーを出してるのよ。
エヴァで描き切れなかったことを後年の作品、ラーゼフォンやブレンパワードとかがあっさり答えを出して説得力出して描き切ってるの、あれだよね。
なんやかんやで、あれらを見て庵野監督って「エヴァって、そんな神格化される作品じゃないのでは?」って色んな作品を見るたびに理解して、あの内容なら理解できるw
結局、神話になれなかったタダノアニメーション作品だと現実に戻されたとき、脱オタク的な映画をエヴァンゲリオンを使って改めて行ったんだろうよ。
まぁ、エヴァはエロ同人であれ公式であれ色んな連中に真意を理解されずに凌辱され続けた分、「いい加減にしろよ!!」って思いもあったと思うのよ。それが、エロ同人禁止事例だとも思うし。
さっき、旧劇はどうのこうのって言ったけど、結局、言ってること同じなのよ。
10年越しの答えが、結局、旧劇とそんな変わらない。って言うーねー。
シン・エヴァが庵野さんの成長記録だと思うと説得力は出るけど。
でも、お前に言われると、なんかむかつく。って言うねw
今更、なろう系の元祖のような作品を作った監督に、そこまで言われたかねーよ。ってなったりはする。
結局、この映画が絶賛している人を見ていると思うのは、あー、あんまり他のアニメって見てないんだなーって思うなんとやら。シン・エヴァを見る限り、エヴァってジャンルはブレンパワードが完全に終わらせてたんだな。ってなった。エンディングのラストの曲をびゅーてぃふるわーるど(つ=ω=)つで締めるのは確信犯だなーって
一回見ればもういいよ。
時代の遺物でエヴァは終わらせておくべきだわ。
次は金曜ロードショー辺りで。

「汝、隣人を愛せよ」って言いたいんだろうし、その精神もご立派ではあるが……それを成功者からの言葉から言われるとどうにもな。だって、こっちはどうやっても何をやっても……って感じだし。
このご時世、隣人を愛する余裕すらないのよ。
仮に愛したとしても所詮、向こうはーだし。
しかし、庵野監督がエヴァンゲリオンで何年もかけて出した答えが、既にラーゼフォンやブレンパワードで描かれていた。って、これは悲劇なのか、喜劇なのか……笑いしかねーな。
ついでにスパロボαやMXで描かれたエヴァの結末のが遥かに説得力もあるしなー……
未だにアニメを見てキャッキャ言ってる奴は大人になれ。
って話なんだろうが、だったら月9ドラマとか見てキャッキャしてる連中にもなんか言えよ(・ω・)
しかも、そのラーゼフォンにマリを演じた坂本真綾が出てるのも何の因果かね。

とりあえず面白いかつまらないかで言えば映像は凄いけど……
お話はそんなに……

| アニメ・漫画・小説感想 | 00:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

正直エヴァはスパロボで完結したようなものですからな
第三次Zが不憫に思えて仕方がない

| 名無し | 2021/03/16 00:29 | URL |

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| | 2021/03/16 00:32 | |

NO NAMEさんへ

スパロボMXや第三次αで見事に終結させましたからね。ある種、本編以上に説得力のあるスタイルで。

| 月 | 2021/03/16 00:35 | URL |

Re: タイトルなし

私、中国版ウルトラマンのデザイン、ほほが削げ落ちすぎて気持ち悪い。って感想しか出ないんですよね。
地底懐柔に関してはネロンガが、バラゴンの意匠を引き継いでるんでやりそうな感じはします。

| 月 | 2021/03/16 00:38 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://civer.blog122.fc2.com/tb.php/8446-f43e069d

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT