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『ウルトラマンタイガ』 第25話(終)「バディ ステディ ゴー !」

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ウルトラマンタイガとは「共存」をテーマにしたウルトラマンである。

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さて、ウルトラマンタイガと言う作品は作中のメッセージを理解すれば、それはとても印象が変わってくるものです。
私の意見だけど、結局、タイガの共存というテーマにおいて、視聴者がタイガがタロウの息子という部分に拘ってタイガというウルトラマンを見ようとしない時点で作中の他者を理解し合うというテーマを全く理解していないように思える。
何よりM78のタイガU40のタイタスO-50のフーマと出自の異なるもの同士が共存し合って絆を深め合い、トラウストリウムを生み出した。って言うのはあるんですよね。
共存をテーマにしてるから、異なる星のウルトラマンがチームを組む。ってだけで大事なのよ。
タイガというウルトラマンが、トレギアを説得するという行動に出たのは、やっぱり、それだけでタイタスやフーマと共にいたからであり、彼等の存在意義がーってあるけど、探せばいっぱいあるよ。
タイガって「共存」を作品全体のテーマに置いて一話一話、共存に対して起きる問題や、メッセージ、その難しさを描いている。って言うのが自分の考えでさ。
だから、タイガが異なる出自のウルトラマンとチームを組むって言うのは本当に、これは大事な要素なんですよ。
そしてウルトラマンタイガは宇宙人との共存とかを扱うからこそ綺麗ごとで終わらせるような話ではなく、ちゃんと、難しい問題を入れる、こういう話を入れるのは偉いと思った。
ちゃんと負の要素を入れるというだけでも、ウルトラマンX同様、個人的に評価が上がるポイントですよ。
これって言ってしまえばニュージェネで言えばウルトラマンXと同じなんですよね。
今日はウルトラマンタイガの最終回ってことで。
6話以降から前半の総集編終了までは正直、傑作もあるけど微妙で。
ただ後半から作品のテーマが見えた時から見直したら凄い面白い作品だと自分は感じた一作だった。
ようはテーマに沿っていてもお話の根幹がつまらない。ってケースが前半多いのが辛い。正直に言えば、ガーディアンエンジェルとか社長をだまし続けて、最後だけ良い人な部分を見せた奴の話とか、ああいうの苦手なんだよね。
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でも、あのガーディアンエンジェルの中にカナのイージスとしての根幹の思想があるんですよね。
だからこそラストに政府のモデルケースとして、どの宇宙人も受け入れるというスタイルに出たのはイージスはカナさんの強い強い志が大きな器を作って、たくさんの出会ってきた人を惹きつけたように寛容な組織になったんだろうとは思う。
侵略宇宙人だろうがヴィラン・ギルドだろうが彼等の本質を見抜き組織に引き入れる暖かさがイージスのアットホーム感を生み出したんだろう。
ウルトラマンパワードのジャミラの話でも、この流れは描かれたな―。
「ウルトラマンは宇宙人であっても戦う怪獣や宇宙人がいるからこそ人類の味方として受け入れられる。そうじゃない宇宙人や怪獣は敵になってしまうことは怖いこと。」
って、そういう話ね。ウルトラマンパワードのね。ジャミラの話を思いだすんですよ。
あそこで語られる台詞の一つ一つが、割と真面目にタイガの「共存」やウルトラマンと他の宇宙人の違いという部分を同じように描いているので、そこを抑えるから、割としっくりくる。
ところどころ不満はあるけどタイガの全体的なテーマであろう「共存」ということに対して捉えていたとは思うのよ。
それを見せつけたのが、ウーラーとの共闘作戦で解ったけどさ。侵略や破壊は何も生まないけど、ウルトラマン、地球人、宇宙人が手を貸せば今まで文明を滅ぼしてきた存在を救うことも出来る!これが、共存なんだよ!って話になるんだよね。
ただ、宇宙人の排斥を願う人間達はやけにあっさりだった感じがある。尺の問題かなー……
序盤の宇宙人排斥運動について、やけにあっさりしたのは「ウルトラマンがウーラーを何とかしてくれたから、もういいや。」っていう部分があるのかもしれない。
そして、その根源がトレギアが護るべき存在達に対して絶望した身勝手さなのだろうとも思う。
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さて、やっぱり宇宙人の排斥を願う人間を裏で嘲笑する存在として、当ブログでは注目してしまう、あのトレギアという男の存在ですね。
どれだけ黒いものを見てきたんだろう。ってなる。
トレギアが人と宇宙人とウルトラマンが共闘してウルトラマンの光をもってウーラーの光に暖かさを感じても、それすら虚無に陥る。って、何を見てきたのかが気になる。
これを混とんと言うのは、ある種、これがトレギアが虚無の申し子になった存在なのかもしれない。
この人間の言ってしまえば身勝手な部分なんですよね。
ウルトラマンって言うのは常に正しい選択を迫られる存在だからこそ、それが正しかったとしても絶対とは限らない。
現に、それが間違いだった。って話もあるからこそ、トレギアが虚無になった理由って言うのが、この一連の言葉から出てくるのかもしれない。
多分、これからのウルトラマンで敵として存在し続ける存在だからこそ、タイガでは明かされないだろうけどね。
生物って言うのは生きている限り、間違いを犯すからね。
タイガだって作中、間違いを犯しながらヒロユキと出会うことで己を成長させて、この最終回があるわけでさ。ウルトラマンとて生物だからこそトレギアはウルトラマンが光の番人を気取ることの危険性を説いているのかも。
自分の光の力とタイガの光線の力でウーラーを救い、それについて説いたタイガに対して親友の面影を見て散っていく。
タイガの中にタロウを見て感じたのは羨望と絶望の感情なんだろう。
トレギアはタイガのメッセージのアンチテーゼであると同時に、もう一人の主人公なんだろうね。
かつての光の暖かさに思いをはせたのは、たぶん、タロウとの間にあった楽しかったころの、まだ光の国を抜け出す前の記憶がよぎったんだと思う。
でもタイガと敵対したということは、それすらも苦痛に感じる程、彼が今の姿になってからの時間が長かった。ということなのかも。
トレギアの虚無は、どこまで深いんだろう。
タイガの中にかつての親友の影を見ても、なお、タイガと戦う心と言うのは。
それこそ、どんな絶望を見てきたのか、それが明かされるのは今後になるのかなー。
そして、割とあっさり解決した宇宙人排斥運動を解釈するのであれば。
序盤の宇宙人排斥運動について、やけにあっさりしたのは「ウルトラマンがウーラーを何とかしてくれたから、もういいや。」っていう部分があるのかもしれない。
そして、その根源がトレギアが護るべき存在達に対して絶望した身勝手さなのだろうとも思う。でも、タイガは、それに対して道外流牙ですよ。
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でも、これ、ピット星人が語ったことですよ。あれで、あっさりとあの宇宙人排斥運動の部分が解決したけどさ。
でもピット星人が言ったとおりウルトラマンと地球人が一体化することが共存を示す可能性なのだというのを捉えて、これがウルトラマンとしての当たり前が地球人と宇宙人の蟠りを解消するのは「なる程」ってなる。信用を勝ち取るためには自分たちが、まず人間達を助けれなければならない。って言うのは、これは大事なことだよね。
思えば、ウルトラマンタイガは真正面から「差別」「偏見」と向き合った作品なんですよね。
そこから、メインの視聴者である子供層に向けてメッセージを発しようとするスタイルは思い切ったことをしたな。って思った。
ようは与えられるだけではダメで、互いに動くことで初めて共存の道が見えるという、だいじな描写だし、これなら排斥運動が解決した理由も解る。
周りに飲まれること無く、相手を個人を知って行けば、そういう世界は生まれない。って言うのをタイガはやってくれてさ。
それが、考えてみればウルトラマンタイガの全ての物語における根幹の話だった。だから、ナックル星人のオデッサの様な結末を迎える話もあれば、逆に救われる話もある。
これが、伝えたいことだったのかもしれないね。
ピット星人たちが動いた理由、人間を助けた理由って言うのは信用を勝ち取るためだと思うし、同時に、ウルトラマンと言う地球人と一緒に戦う存在が、自分たち宇宙人と地球人の共存の希望でもあるということを示す話し方って言うのは、人にも宇宙人にも凄い大事なことなんですよね。
牙狼の道外流牙のように「誰の心にも守るに値する心があることを作中で学んだ」からこそ、説得する手段に出たんだと思うのよ。
タイガの「俺は光を信じる!」って言葉は割とありがちだけど、タイガの場合はタロウを始めとしたアンドロアレス達の光や、何より闇落ちした時にタイガを救ったのはヒロユキの人としての光の部分であり、タイタスと、フーマの光だからこそ、この台詞に重みがあるんですよね。
タイガは、実は、あの作中の中で一番共存の可能性を見出した存在なのよね。
言うまでもなくアンドロアレスとの共闘だったり、そこからタイタスやフーマとの共存だったり。
そういう経験をしてきたからこそトレギアと改めて対峙した時、戦うのではなく「説得」という手段に出た。
これって、実は凄い変化で。
2話の時は「人を救うよりも怪獣を倒すべきだ。」って言ってたタイガが、今まで自分を苦しめてきたトレギアに対して「一緒に戦おう!」って言う構図は、これだけで彼が、この24話を通してヒロユキとどれだけ絆を育み成長したかが解る証でもあるんだよ。
さらにはタッコングと一緒に戦い理解することで、ウーラーの出自を聞いてからこそ「倒す」のではなく「救う」という手段に出たのも成長なんだよね。
一見、遊び回に思えたけど、ここで怪獣と共闘すること、チビスケとの経験によってタイガは怪獣の心を学ぶことも覚えたんですよ。
だからこそ、どれだけ自分たちを酷いめに併せた敵であろうとも、間接的にはウルトラマントレギアは、ウルトラマンタイガと共闘して救った存在であることは間違いないから、いきなり対峙するのではなくトレギアを「説得」する手段に出たのは本当に成長したなと思う。
タイガね。
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このまぁ一つ不満はあるけどタイガの成長物語としてなら、この最終回で良かった。不満のある話もあったけど、個人的に、この最終回でウルトラマンタイガの不満な部分は許した。
トレギアと対峙するとき、トライストリウムで挑むの、これは孤独なトレギアに対して自分が成長してきた要素である光や絆の象徴、その大事さを見せつける。ってことなんだろうね。
絆は確かに安っぽいかもしれない。でも、それは確かにタイガを成長させたのも事実だから。
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ウルトラマンタロウこと東光太朗も最初は明るくありつつも一匹オオカミな男だったけど、ZATのメンバーや健一、調子に乗ってテンペラ星人に敗北仕掛けた時も、ウルトラ兄弟と強敵を倒したことで成長してきたことを考えると奇しくも親子の辿ってきた道は同じなんだよね。
タイガは周りからタロウの息子としてしか見られないから数人の理解を示してくれる友人がいたとはいえ孤独だったし。
タロウは東光太朗が風来坊を気取って一匹狼だった部分、始まりは誰もが一人であるという部分が今思えば二人の共通点が凄い面白いな。
ZATの絆で強敵やウルトラ兄弟の絆で強敵テンペラ星人などの強豪宇宙人を倒して自分を強く成長させたウルトラマンタロウ。
ヒロユキ、トライスクワッドやアンドロアレスと出会い絆を育んで闇落ちから救われ思慮深くなりトライスクワッドという形で成長したウルトラマンタイガ。
そして最終回、タロウもタイガも二人は絆の力、人として成長した力をもって最後の敵を倒す。
ただし、タロウの場合は再度、旅に出て、タイガは地球に留まるという違いを見せつけて強敵に勝利する。って言うのはタロウとタイガは本当に上手いこと似てる親子だよね。
タロウの若さゆえに向こう見ずな部分なところがあるし、だから、タイガの物語って実は、あり得たタロウの物語でもあるという部分の証明でもあり二人は親子であるという部分が、今回の最終回はあると思うんだわ。
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それを実感した時の「タロウの息子だ!」って言葉は強い。
あのウーラーを救った瞬間、ウルトラマンの本質を理解したタイガが「俺はタロウの息子だ!」って誇って言えるほどの存在になれたこと彼の物語の軌跡に、それだけで意味があるんですよ。
こういう成長をタイガがしてきたからこそ!
そして、トレギアは、ここで「タロウ……」って言うじゃん。未来に進むタイガと、過去に囚われたトレギアの対比になってるの非常にいい。だからこそ、トレギアは見上げることしか出来ない、タイガは未来に進む構図として、既に高みに上るという意思があるんですよね。
それが、二人の決定的な差になってしまったこと。
タロウの息子を自分のものにしようとしたトレギアからすれば、それは屈辱であるし、そんな彼から「光の国に戻ろう!」って手を差し伸べたタイガとヒロユキの姿は、とても屈辱だったんだと思う。
最後の最後で、そのつもりもないのに助けちゃって、その行動が本来、壊すはずの行動が救いになってしまうって言う、それによって「トレギアも本質はウルトラマン」と勘違いされてしまうことに対する皮肉と言えば良いんですかね。皮肉ですよね。
劇場版ウルトラマンタイガで、ウルトラマンタロウと対峙したことで、それをどう示すのか。
いや、まぁ、作品のやることが渋滞していたり、序盤は正直、話が面白くないなーって思うものもあったりはしましたが、全て、この最終回の為にあるのなら、それもやむなしだとは思う。
これがすっごい楽しみになる、そういう最終回でもあったのは個人的に、タイガを追ってきて良かった!って思った。
あー、あと、「また綺麗ごとかよ。」みたいな感想もあるかもだけど、こういうのはきれいごとになるのが良いんだってば!そういう世界を目指そう!って言うのも、ウルトラマンタイガ の共存に必要なテーマでしょうがよ!って話で、その綺麗ごとのアンチテーゼとしてトレギアだしね。
それが、イージスの目指す世界だし、それは、カナが例の元上司との会話でも見て取れるしね。
だから、ウルトラマンタイガ を一周だけで片付けないで、できれば二周してから個人的に改めて語ってほしい。
私、ほら今週タイガ関連の再視聴したけど、タイガのテーマが「共存」であること理解して序盤を見直したら、楽しめた話も結構あったから。
それでもダメだったら仕方ないけどね。
宇宙人排斥運動の予兆としては修の話とかはあったしね。
ヴィラン・ギルドは正直もうちょい描いても良かったとは思うけど。
一方でヴィラン・ギルドばかりと絡んでいると見知った人だから…って構図が出来てしまうから、敢えてヴィラン・ギルドを多く出さずに多くの多種多様の宇宙人を出したとは思う。
イージスが、そうやってヴィラン・ギルド以外の宇宙人と接することで宇宙人全体が悪いと言うわけではないという、ありがちな部分を描くし、ヴィラン・ギルドのやってきたことが、宇宙人排斥運動に繋がったのだと思うけど、ヴィラン・ギルドに関係のない宇宙人が地球人を助けたことによって、そして、ウルトラマンと人間の関係性を説いたことで変わっていく布石として描かれたし、マーキンド星人とマグマ星人は、これから彼等はイージスに就職して地球を侵略するのではなく護る立場につくこと、そうやって個人として接していくことに意味があるんですよね。
そうやって、徐々に変えていくスタイルが大事なわけで。
そういうイージスのメンバーが宇宙人や特殊な能力を持つ人間たちと接してどうしていくのかが序盤の物語だったわけだし。
設定面での宇宙人と人間の関係は、そこまで壊れているようには思えないし。
寧ろ、トレギアが物理的に壊してたことも多かったけど。
そもそもイージスって言う組織がアンドロイドやら宇宙人やら人間やらウルトラマンに変身する人間やらを普通に受け入れている時点で空中分解も糞もないとは思うけど。
周りに飲まれること無く相手を個人を理解すれば悲劇は生まれない。
これがタイガが共存をテーマとする中で一番伝えたいことだったんだろう。
これが思えば #ウルトラマンタイガ の全ての物語における根幹の話だった。だからナックル星人のオデッサの様な結末を迎える話もあれば逆に救われる話もある。
これがタイガが共存をテーマとする中で一番伝えたいことだったんだろう。
イージス主体のドラマは、いつもこうだった。
多少の粗さはあれど。
世間からの評価は厳しい部分もあるけど、それでも、私はタイガを好きだと胸を張って言えるウルトラマンよ。
#ウルトラマンタイガ を見ていて思うけど、いつもウルトラマンって言うのは何かを大人の視聴者にも教えてくれる、そういう作品なんだってのを改めて感じさせてくれるシリーズだなと思う。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

自分は……そうですね、タイガを「タロウの息子」とタイガ自身でなくその向こうにいるタロウを見ていた様な気がします……
タロウ的なものタロウ的なアクションタロウ的な怪獣タロウ的なエピソード……そんなものばかり求めてましたね……
私はリアルタイムでタロウを観ていたオンタイム層では無いですが……幼児時代はセブン、エース、タロウの三作品が再放送を繰り返していた時期だったからか妙にタロウやエースにオンタイム層並に思い入れがあるからかも知れませんが……
マンや新マンもたまに再放送をしてましたが大抵がビデオでした……
なぜか再放送をしてもジラース回に限って停電で観られなかったあの頃……

| 毒穴子四太夫 | 2019/12/22 02:02 | URL |

毒穴子四太夫 さんへ

タイガに、それを求めてしまうと結局、奥底にあるタイガのアイデンティティを受け入れていないように思います。一応、エピソードは過去のタロウの物語のオマージュは、それなりにあったりはするんですけどね。
悪魔でも、タロウの息子であるとしても、タイガはタイガであるという部分を描くのが、ウルトラマンタイガの成長物語として描いてきた意味でしたからね。
トレギアと言う、やたらタロウの息子とコンプレックスを刺激する存在がいたりと。
恐らく、こういう意図はあったんだろうとは思います。

| 月 | 2019/12/22 12:32 | URL |















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