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仮面ライダージオウって自分の中ではスッゲー暴力的な作品だったなー……


仮面ライダージオウの好きだった部分……主題歌。

ライダーファンは言う。
どんなダサいデザインでも、いざ、放送を開始すればカッコ悪い、ダサいデザインのライダーもカッコよく見えると。それこそが真のライダーファンであると。
なら、私は真のライダーファンでなくていいや。
って、そういうことを思ったりする。
いや、ダセーものは、だせーんだよ。
カッコよく見えることは無いし、ジオウもダサいままだよ。
かっこいいと思えたことは無い。

……まぁ、タイムジャッカーって魅力がなかったよね。なんか、スッゲー重そうでちゃんと描けば泣けるような展開を入れてきたのに、なんかね。スウォルツとツクヨミの関係、ただ、なんか、アメコミ映画チックに関係性を消化しただけ。みたいな感じで、惹かれるものではなかったよね。
別にツクヨミ、裏切る必要性、全くなかったじゃん。とか真顔で思ったりとかね。
なんだろうね。これね。
さて、まぁ、仮面ライダージオウなんですけどね。この作品は主人公であるソウゴに対する捉え方ひとつで大きく方向性を変える作品であるというのは言うまでもないって言うか、仮面ライダーに限らず、この手の作品って、そういう話なんですけどね。ただ、それでも脇役とかに魅力的なやつがいれば主役が微妙でも……とはなるのだが。
まず、結論から言うと私はソウゴに魅力を感じなかったので、そんな面白く無かったです。いやいや、ソウゴは魅力的な人間だよ。っていう人もいるだろうし、それを否定する気は無いんだけど、私は、彼に対して魅かれるものが無かったんですよね。例えば特撮で言えば冴島家の人間や他の黄金騎士たちであったりだったり、ウルトラマンであれば朝倉リクやネクサスのデュナミスト達や他のウルトラマンとかであったり、スーパー戦隊で言えば代表的なところで言えばジェットマンの結城凱とかシンケンジャーの殿とか、ライダーで言えばそれこそ先輩の本郷猛とか、五代雄介とかですよ。
ましてや、王になるという部分を考えれば、これらのヒーローに匹敵するような魅力的なヒーローとして出なければならない。と自分はそう思っているわけです。
ましてや最高最善の王だからこそマーベラスやディケイドのように威張り散らすのではなく、王としての威厳を見せつつ、民や臣下に優しくあるべきであり、そういった部分からオーマジオウになる運命から自分を変えていくというのが、この作品の運命だったはず……
しかし、序盤からの彼のへらへらとしたような態度、時折、まじめな顔を見せても、特に何も思うところが正直なかったりするわけでごぜーますわ。
そもそも、初めてオーマジオウに出会った時、「何でそうなってしまったのか。」ってのを話せよ。とか思ったり……最終回でもわからないまま終わってしまったし!
だから、なんで、そうなったんだよ!!
いや、マジで教えてくれよ!www
なんで、オーマジオウに変身出来たんだよ!!!www
大体、オーマジオウになって、ああいうことが出来るんだったら、最初っからそうしろよ!ともなるよね。あれほど、いやだ、俺はオーマジオウとは違う最高最善の魔王になる!って言っていたのに、結局、なんか、その初志は貫徹できなかった感はあるね。
わかんねーよ。なんか、語られないよね。まぁ、そこを語るのは野暮ではあるんだろうけど、でも、やっぱり、ね。あそこまで嫌がっていた力を使うんだしね。
まぁ、北斗の拳的なものではあるんだろうけどね。
でも、別に、ああいう選択が出来るんだったら、オーマジオウになっても問題は無かったよね。結局、望まなかった自分の姿になってしまったことに対するデメリットって言うとおかしいけど、それに対する思いが何も無いよね。未来の自分がゲイツやツクヨミを苦しめた力だから使いたくない!ってのはあったんだろうけどさ。
なんか、雑じゃない。
だって、ソウゴはオーマジオウの姿に特に嫌悪感とか出してないわけだしさ。
そこで、なんか、そういう感情があったのかどうかは知らんけど、変身に対してのドラマに何も感じないよね。
未来の自分がゲイツやツクヨミを苦しめた力だから使いたくない!ってのはあったんだろうけどさ。
雑じゃない。
だってソウゴはオーマジオウに喧嘩は売ったけど未来の自分の力に対してのドラマは弱いしさ。
そういう感情があったのかどうかは知らんけど、変身に対してのドラマに何も感じないってか薄い。
ましてやオーマジオウって言う全く自分の望まない姿に変身するのであれば、現代のソウゴと未来のソウゴに対してのドラマは本来、もっと描かなければいけない筈なのに、どうだった?
未来と過去の二人のドラマは、全く、そこの未来に対する心の変化や、そういう部分に対して無頓着だし。
そういう部分があるからオーマジオウのドライバーに対しても唐突感があるわけだし。
なんか、なんかね。
本当にのれないなーって思いました(・ω・)
うーん、なんだろうね。
仮面ライダージオウって何だったんだろうね。
結局、デメリットらしいデメリットと言えば、ライダーになる力を失ってしまったから、本当に、そこから王になる未来は失われたし大変だよ―みたいなのがあるんだけど、でも、別に生きていく上では不便なデメリットではないよね。
ついでに冬に映画もやるから、本当に、この結末はデメリットも悲しみも糞もないね!って話よ。
オーマジオウのドライバーを使って、まさに最高最善の魔王のオーマジオウとは違う新しい姿にでもなれば、また話は違ったんだろうけどさ。
結局、元に戻して何がしたかったの?この物語。ってなったし。
そこで物語が無駄になってしまったというか、ソウゴの歴代ライダーとの出会いも記憶もリセットされたようだし。
ゲイツが死んで、ツクヨミも死んだから哀しみから?!でも、なんか、無理やり殺した感はあるけどね。あの二人も。無想転生に近い変身なの!?って言っても、解んないもん!
なんで、未来の自分が、ああも暴虐武人になったことに対して明かされないまま終わっちゃうの!
ちゃんとそこ本編で説明してよ!
大事だよ!
最終回で明かされると思ったら、明かされないまま終わっちゃったんだもん!
何で、白倉作品ってまずは人の話を聞こうとしないのよ?
牙狼のホラーとも違うし、ウルトラマンの宇宙人や怪獣とは違って、ソウゴとオーマジオウって本人同士でしょうよ。

「何で、まず、未来の俺はそうなったんだよ。」

的なことを聞いても、別におかしくは無いよね?いや、そういう状況なんですよ。明らかに他の作品のように切羽詰まった状況ではなく。寧ろ、未来の自分であろうともちゃんと人の話は聞くことが王の器ではないのか?などと感じてしまい、どうにも面白みが無くなってしまうし、ソウゴに対しての魅力も相対的に下がってしまう。
そういう部分もあってか、さらに王を目指すとか言いながらも致命的な部分はソウゴに王のカリスマ性を感じない部分だと思う。って言うか、そういう描写を一般の人たち、ゲストキャラに対して入れなかったところだと思う。そういうキャラクターって自然とカリスマ性があるような話があるはずなんですよ。シンケンジャーの丈瑠とか、そうじゃない。
役者の演技力の問題もあるんだろうが。
ましてやジオウの仮面ライダー剣編の始がカリスに変身した矢先に前触れもなく現れて攻撃する剣崎レベルの問題があるよ。仮に力を使ったとしても、変身したとしても、剣崎はいきなり始に攻撃したりしないし……ってか、なんで、あんな感じに都合よく傍にいるんだよ。ちゃんと原作を見たのかな?とすら思えてくる。
周りは良かった。って言うけど、そりゃ、ディケイドの剣崎が、ああも原作を無視した存在ならそうもなるだろうよ。と。
ってか、アナザーアギトに関しても、そうだよ。
白倉、お前の担当した作品なのに、どうして、あのアナザーアギトのデザインで通したんだよ。って気分にもなるし、オリジナルのアナザーアギトを尊重しろよ。となる。
って言うか、色んなライダーに対して尊敬の念を抱いてレジェンド回を創りなさいよ。ってことは言いたい。
ゲストライダーに不満を持つ人がいるけど、結局、そこは白倉がライブ感で楽しませるために設定を無視したところが散見されるのが大きな原因なんだよね。
でも、あの加賀美がカブトになったりとか、京介が響鬼になるのは、「これはこれで良いんじゃないの?」とは思ってた。面白くは無かったけどね。結局、対等ではなくジオウを際立たせるためのレジェンドライダーだからこそ。
ってか、ジオウが存在するとオリジナルライダーが変身出来ないとか、そういう設定、何処に行ったのよ?ゲイツリバイブの副作用は?とかね。
なんか、ジオウⅡになってから、ソウゴの願いがどうのこうので未来のソウゴの玩具が仮面ライダーキカイに―ってのがあったから、そういうことなんだろうけど、そういう大切な設定はちゃんと説明しろよ!とはなる。ツクヨミが、どうたらこうたら言ってたけど、なんで、そうなるんだよ!
ジオウの文字の、あの力はなんなのさ?って感じで未だに良く分からんしw
って部分が結構、いい加減な説明だったり、省かれたりと、仮面ライダー鎧武のいい加減なところと言うか、やっぱり、白倉と武部って、こういうところあるよなぁ……呆れたり。
色んな悪い意味で白倉の悪いところの集大成であるアマゾンズを見ている気分。
結局、ライダー同士だから対等ってわけではなく、王であるジオウの前には歴代ライダーは家臣のような存在であることを描きたいんだとしたら、ちょっと他のライダーのファンである自分から見ると失礼な部分を感じてしまう。ソウゴの主体性が薄いのに歴代ライダーの先輩にアドバイスして妙に納得してウォッチを貰う展開だけど、恐らく製作陣には、そこにソウゴの王のカリスマ性を感じて欲しいんだろうけど、あの人生経験の薄さが顔や言動に出てるソウゴじゃ無理よ。
ソウゴのキャラクターは漫画版「風の谷のナウシカ」に出てくる土竜の王である「ミラルパ」のようなキャラクター性を持っているのだろうとは思っていたけど、まぁ、そのミラルパ自身、若い頃はナウシカと似ていた。って設定もあって、んで、そうなっていくんだろうとジオウも期待したら現状よ。

此処は、勝手に期待した自分が悪い。

ジオウのソウゴって、そういう部分と似ているんだよ。
でも、ぜんぜん、あれだった……
なんで、先輩ライダーも普通にソウゴの言葉に納得してんだよwましてや、経験豊富な、おめーさんたちが、そんな人生経験が薄そうな若造に何で、そんな頷いてんのさwってなる。
王様になることに対して、そこにメッセージ性やテーマ性はなんじゃろな。って考えると、正直、良く分からないわけだし、歴代ライダーの客演と絡めて見ると色々とね。面白い話もあるけど、ジオウのテーマと絡み合っているかどうかと言えば、まぁ、微妙なところな訳です。
ジオウはさ「お前さんは将来、王様になるんよ」ってのを言われたから王様になるのは良いとしてさ。
それが子供のころから、今のソウゴの時代までを作り上げているのは良いけど、そこに主体性が無いよね。
言われたからなる。
ではなく、なってどうしたいか?が掴めないからソウゴの魅力が掴めない。
結局、そこがレジェンド要素を抜いたジオウの魅力を考えたら見つからなかった。ってことですよ。
ウォズもウォズで、なんか、言葉だけだし。
ゲイツも、何か、あれだし。
ツクヨミは良く分からんしで。
三バカトリオも、なんか、魅力的ではないし。
役者に助けられてる感ある。
自分の場合、ジオウのバカっぽいデザインを含めてソウゴと言うキャラクターに対しては面白みとか魅力、そういうものを感じなかったので、無理やり「ジオウは凄いんだ!」「我が魔王は!」みたいに持ち上げるウォズや中盤からのゲイツが気持ち悪くてなんやかんやで違和感を抱いたまま今に至る。
結局、キャラクターをよいしょして、歴代ライダーや仲間たちによいしょされて、「ほら!仮面ライダージオウの物語って魅力的でしょ?ソウゴってかっこいいでしょ?王様になったら凄い良さそうじゃない!?」ってなっても、その背景のいい加減な描写によってソウゴを無理やり魅力的なキャラクターにしようとしているんだろうけど、それってすごい暴力的じゃない?って思うわけ。
やり方は違うけど、やってることがディケイドのレジェンドライダーの扱いと変わらないわけですよ。歴代ライダーを糧として、結局、主役を立てる部分はエース以降の昭和ウルトラマンや、最近の平成ライダーの客演と、そう変わらない。
春映画を強引に4クールまで伸ばした結果が、これだよ。
って感じ。
んで、レジェンドライダーがソウゴの言葉に色々と突き動かされてウォッチを渡す流れでレジェンドライダーと出会いソウゴは成長する物語だと思ってたんだけど別に後の流れを見てもソウゴがレジェンドライダーによって成長した要素が見られない。
それよかレジェンドライダーを諭す役割になってる訳で。
そういうふわっとした現代的な若者の言葉がレジェンドライダーの悩みとか、そういうのを解消させることで、ソウゴは王としての資質を持っているんだよ!って言うのを狙っていたんだろうけど、でもソウゴと言うキャラクターに魅力を感じなければ「何を言ってんの?こいつ」って感じになるわけです。
なんか、歴代ライダーたちに力を返すとか、そういうことをしないのは如何なものか。って正直、思った。
平成ライダーから力を授かっておいて、最終的には、この最終回において、なんか、もうね。
ゴーカイジャーだと力を返していたわけだしね。
なんか最終的に、そこらへんがどうなったかも曖昧だし。
やっぱり、そこはダメなんじゃないかね。
歴代ライダーの力がどうなってしまったのか。って言うの、すっごい、曖昧だったし。
とりあえず、オーマジオウの力を創造を使うことで消滅したとか、そういう説明すらもないし。
どうせ映画やらOVで語られるんだろうけど、そこまで興味ないからさ。
大体、凄いここって大事なことじゃないのよ。
それこそお金を払って真相を見せるべきことではなく、ここまで一年追ってきた視聴者の為に必要なアンサーだと思う。
ゴーカイジャーの場合は、最終回で皆に力を返していたしね。
オーブは彼のウルトラマンを見込んで力を貸してくれた先輩達への経緯だし。
結局、凄い大事な伏線とかをそのままにしておきながら蔑ろにして最終的にライブ感で、そのままを終わらせてしまう。って言うのは、正直、どうなんですかね。
そして、最終的には、やっぱり路上で背負い投げをするのは危ない!って言ってるのに、どうして、それをやるのか!?っていうね。暴力的だわ。倫理観!!このシーンを含めて倫理観!!!大事にして!!!!
ついでにアナザージオウⅡの能力を見る限り、歴史改変って出来るようだし、オリジナルのジオウにも出来るのは当たり前としてオーマジオウの力を破棄しなきゃ出来ない事だったのかな?とか思うし。
後、文字の力の意味って何だったの?
って部分が明かされないまま終わる「おいおい」感。
惜しさを吹き飛ばすほどの力ってのがジオウには無かった気がする。
ウルトラマンタイガの惜しさを吹き飛ばすほどのトレギアの一連の言葉やタロットカードの意味とかに惹かれるような、そういうのがジオウってないんだよね。
そういう部分を暴力的な部分で誤魔化して「凄いだろ!」って言ってる感じ。
ジオウは仮面ライダーアクアはお亡くなりになったまま終わってしまったけど、まさか「歴史改変したんで生きてるよ!」ってことになったら、これこそ酷い暴力的な展開だよね。
そこ、仮面ライダービルドとか、ジョジョの6部の展開ではなかろうか?とか思うしね。ライダーで熱いエヴァンゲリオン的なことをやりたかったんだけど、まぁ、別に熱くは無かった。
なんて言うか、なんか、ここまでする?みたいなね。
納得いかない部分を吹き飛ばす力を感じなかった。
この感じ、何なんだろうね。

なんか、平成最後のライダーが、これって言うのはなぁー・……って言うのが大きいね。一応、クウガから全部、見てきた身としては「うーん……」って部分も大きかったね。いや、それ以外にも、まぁ、ジオウ以上に「うーん・……」ってなった作品もあるから、そこは、そこなんだけどさ。
ただ、やっぱり、そこは白倉以外のプロデューサーもかかわっている作品があるわけで、ただでさえ、仮面ライダークウガに至っては、おめーの作品じゃねーだろ!って部分も強いからさ。
やっぱり、なんか、ね。
歴代ライダーの力を、ねぇ。
まぁ、見ようによっては、そういう力をすべて破棄して平和な世界!ってのを描くのも一つの手段であるとは思うんだけど、「結局、お前ら、また映画で変身するじゃねーか!!」ってツッコミを入れちゃうのでw
ダメじゃん!
って気分にはなるよね。
まぁ、あの、そうですね。
作業BGMとしてなら、有なんじゃないですかね。
一年、お疲れさまでした。
平成ライダーも20年、がんばったよ。
お疲れさん。

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