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どろろ #23「鬼神の巻」

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百鬼丸からすれば、勝手なことでしかないんですよね。
百鬼丸が鬼神との約定を望んだわけではなく、国のこととはいえ、彼の父親が勝手にしてしまったことであるからこそ、百鬼丸の身体を国のものだという三人を許せないし、それは、もう、百鬼丸の身体は、そういうものであると決めつけてしまった多宝丸含む三人との和解は難しいし、それがなすのは三人が死ぬときなんだよね。
いや、死んでも、死んでも、それは、あの三人のことだからこそ無いのかもしれないけど。
原作だと、百鬼丸が妖怪に狙われる理由ってのが解らないんですよね。でも、このアニメ版だと百鬼丸が狙われた理由は鬼神の一体が食い損ねたから、だからこそ、百鬼丸は生きることが出来たし、そして、この因果が始まってしまった。恐らく、縫が持っていた、あの仏がそれを守ったのだろうと言うのは、ある種、親が織りなす壮大な因果とでも言ったところなのかね。縫が百鬼丸にも生きてほしいという感情が、そうさせたんだろうが。
あの緑の光は、縫の願い、そのものの、願いの光なんだろうとは思う。
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そして、多宝丸は、とうとう、己の分身たる兵庫と陸奥を失ったことで、、また、瞳から光を失っている。
ってか、非情になってる。
そこは、もう、ひかりを失った時の百鬼丸そのものではなかろうかね。
そして、百鬼丸も、取り戻す身体は血に塗れている。
それでも、百鬼丸にとっては寿海の言うとおり、百鬼丸が取り戻す身体は血に塗れているなぁ……それでも、百鬼丸にとっては、どろろが傍にいれば良いという信念があるからこそ、血に塗れようとも肉体を絶対に取り戻すために鬼神になってでもと、覚悟を決める姿が見ていて辛い。
さて、まぁ、ここで語られる力のありよう、どこか、ウルトラマンや仮面ライダーに通じるものがありますね。力は無ければいけないが、それを持ちすぎてしまえば修羅、鬼神になる。
そして、誰かに犠牲を得ての戦いの脆さ。
結局、そうなれば、奪われたものが復讐しに来る。
現実にも言えることで、常に隣国に脅かされる日本と言う国は、そうではなかろうか。
どっちにしても人ではない。
人としての哲学だなぁ。
力を得ることも大事だが、得すぎると鬼になる。でも、そこは、結局、どろろの言うとおり、心の問題なんだよね。
そこは、もう見事にウルトラマンジードで、王道の朝倉リクと覇道のベリアルの描き方で、その意味も理解できることでしょう。
でも、心の持ちようでも、信念が違えば百鬼丸と多宝丸のようにぶつかり合う。ニュータイプと呼ばれるものになったとしてもぶつかり合ったアムロとシャアのように。
そして、縫は向かうか。
寿海も向かう。
そこに言っても、結局は、何か巨大なものが邪魔をするからこそ百鬼丸は心が鬼になってしまうし、そんな百鬼丸を見るのが、どろろは嫌で。
どろろにとっては、己の身体を百鬼丸に捧げても良いから、ただ傍にいたいんだよね。自分に優しく微笑んでくれる百鬼丸が、どろろは好きで。
この戦いは哀しみしか生まないだろうが、どうなるかなぁ……
全ての人が見つめる中で、身体を取り戻すんだろうが、その先にあるのは人か、鬼か。

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