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どろろ #12


この作品の良心は、百鬼丸の母親と、どろろの両親よなー。さて、まぁ、百鬼丸を生贄にしようとした理由は完全に原作だと己のエゴなんですよね。
しかし、ここではエゴと同時に民を思う心から出たものであるからこそ原作に比べて非常に難しいものとなってしまっているというのが悔しいというか、何ともいえない虚しさが残るのです。
人を斬った魂には紅い炎が浮かび上がるという虚しさ。百鬼丸も殺してしまったがゆえに、それがある。
しばしば、原作よりも百鬼丸の家族に対して取り上げられていて多宝丸は原作だとDQNだったからこそ、ここで己の兄に対して、家族に対して、そして民に対しての思いで悩むというのが非常にいい。
そして神像が破壊されれば破壊されるほど、国が不幸になってしまうという苦しみに対してどうすれば良いのか。
善と悪。
親と子。
親の業を全て子供に背負わせすぎた結果、最終的に実の子供、兄弟同士が殺し合うことになってしまった結果と言うのが、何とも。
これが景光の受けた罰だというのなら、百鬼丸が鬼になることもまた仕方ないことなのか。
さらに、母の死か。
原作よりもドラマチックに描いているのが何とも。
何ともなぁ……
見ていて辛い。
百鬼丸も最終的に人を殺したことで罰を受けるのかねー。
しかも、殺すと決めつつも百鬼丸を呼ぶときは絶対に、多宝丸は「兄上」なのが、またつらいね。
多宝丸が原作と違って善人にしてしまった結果、百鬼丸を斬るということに対しての覚悟を思うと物凄く地獄な感じあるよね。
これからの多宝丸を思うと、あいつはどんな地獄を進むのだろうと思うと、何か、辛いね。
原作以上に味付けをしたら、兄殺しと良心の間で悩むって言うのも、また。
何の因果やら。
善人の性格で国や民の為に兄を斬る覚悟を持つ。
ってのも、これからどうなるんかね。
本当に大きく、多宝丸というキャラクターを変えてきたと。原作だと、本当に、あの設定を持て余した感じがあったから余計にね。原作と同じ結末を迎えるんだとしたら、それが百鬼丸が人を斬った業になるんだろうね。
でも、助六は原作だとお亡くなりになったのに生きててよかったわ。

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