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読書をするようになったからこそふと思う。

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「そんなものより、本を読みなさい。」


結局、本の興味って薦める人の言い方ひとつでがらりと変わる。
本はまず、読みたいものを読んで、そこから色々と発展させて木のように興味を伸ばして、様々な本に手を出す……子のスタイルが一番だと思う。
ここ、もう4,5年、ジャンルを問わずに色々な本を読むようになりました。大人向けの小説やら官能小説やら学生時代から読んでいる、ついでにライトノベルやら、まぁ、色々とね。
きっかけは、アメトーークの読書芸人とか、そう言うのなんですけど、それで、あ、なんか、本を読んでみよう。アメトーークの、こういう企画ものの上手い回って言うのは実に「あ、この作品に触れてみよう。」って思える部分が凄い強いわけです。まぁ、そんな感じで、アメトーークに乗せられて、個人的に、あれですよ。図書館に通うようになって色々と本を読むようになったわけです。今はミステリー小説で小林泰三の「ドロシィ殺し」を読んでいます。
これ、三部作の内の最新作なんですが結構、面白い。
小林泰三含めて、面白いと思った本はすいすいと泳ぐように読めますし、自分の書くSSにも応用できそうだ。とは思うんですが、それが活かされているかどうかはお察しください。
自分はやっぱり、国語の成績や記憶力が悪いので、そういう部分に活かされるかどうかと言うのは微妙なんですね。
さて、本題に戻るとして「あぁ、本ってこんなに面白いんだ。」ってことを思いながら、もっと、この面白さに目覚めていればよかった。とも、思う訳ですが、しかし、自分の幼少期やら、色々な時期を振り返ると自分の読むものは否定されてきたような気がしないでもないわけです。
さて、そんな感じで冒頭の台詞です。
「そんなものより、本を読みなさい。」
って言葉は、どうにも自分の中では暴力性を秘めているような気がしないでもない。
子供のころさ。
漫画や特撮ヒーロー系の絵本や雑誌ばっか読んでた時、親に嫌な顔をされたの思い出したりして、なんか、そう言うのを言われた時、自分の読んでいるものを否定された気分になって「伝記とか、なんか、嫌だな。」って気分になったことは無いだろうか?
同じことを言いますが「伝記とか読みなさい。」って言われたけど、なんか、それって自分の読んでるものを否定されているようで余計に伝記とか読む気は起きなかったんだよね。
寧ろ、子供ながらに自分にとっては子供向け雑誌や図書室にある遊び要素のある迷路の様な本があるでしょ?ああいうのを読んで、それなりに本を読む面白さを堪能していたわけです。
子供ながらに字ばっかりの本って言うのは本能的に疲れそう。って部分もあったわけです。
んで、母親や父親にさ。
「また、そんな本を借りてきて。」
とか言われるのよ。
でも少なくとも、どんな本であれ、自分の知的好奇心を動かす大事なものである。それが、どれだけ親からすれば低俗的なものであろうとも。
「読んでるよ。」
って返すと。
「ちゃんとした本を読みなさい。」
って嫌な顔をして返される。
そこで、「これだから子供は。」みたいな顔をされて本当の本と言う名の字ばっかりの子供ながらにストレスが溜まりそうな、面白みのなさそうな本を差し出される訳です。
何だか、自分を否定されたような気分になる訳です。
まぁ、ここで自分の中にある本の興味は失せて、年を取る訳ですよ。そして、ある程度、まぁ、ガンダムとか、そういう作品に触れて、ふと、本の面白さって私達の年代で言えば、ガンダムや、その他諸々のライトノベルに触れて入り口に触れて立つわけじゃないですか。
親からすれば色々と知識を身に着けてほしいから言うのであるのだろうが、学生時代に「ガンダム」や「マリア様がみてる」の文庫にばっか触れて活字になれることを始めていたのだが、親から「そんなものは小説じゃない。」と鼻で笑われ否定されたことがある。思えば学生時代の私の読書に対する感触は、こんなもんだった。
でも、問題はこれだった。
思春期と言えば、親に反抗する年頃。
当然ながら、読んでたまるか!!ってなるよね。
自分が今好きなものを否定、また下劣な文化にされるんだから。
まぁ、親だってプロではないよね。
だから本を読んで欲しい、賢くなってほしいから本を!!という思いが先行してエゴを押し付ける。
そういう中で思うことって、思春期のライトノベルを楽しんでる自分を否定される。ってとても嫌なことだよなーって思ったり。
結局、ラノベって自分のペースで自分の楽しみで読むことが出来る―んですが、まぁ、これは他のジャンルもそうなんだけど、他のジャンルになれば押し付けられるという形が大きい。
押し付けられる本って読む気になるかな?
って思うと、自分は嫌だな。
ってなる。
自分が好きなガンダムの小説を読んでいる時に、陰口を言われて―ってなって、親の差し出す本を出されたら、色々とね。
だから、課題図書とか読むのも嫌いな人は多かったのではなかろうか?ってなる。
だから問題は「そんなのは本じゃない。」「そんなのばっか読んでんじゃねーよ。」って否定することだと思うんですよ。
自分は少なくとも、そういう部分から色んなジャンルの小説に敢えて、目を向けないようにしてきたから面白い作品を逃してきてしまったように思える。
ネットでも、こういう人いるよね。
所謂、「ラノベばっか読んでるバカが嫌いだ。」っていう読書家ね。
読書家がラノベやら、ラノベ読者を偉そうに嘲笑することを多々、見かけることがあるけど、あれって逆に本の楽しさの世界を閉ざすことになるのではなかろうか?
とか思ったりする。
なぜ、そうそう、高圧的なんだろうか?とか思いながらも、自分も別ジャンルでそうなるなーって思った。
ラノベを読んでる人たちをバカにするからラノベから本の楽しさを知り、入り口に立った人は本を読まなくなる人が増えるんじゃないのかね?とか思うようになる(つ=ω=)つ
そもそも、本を読まない奴は読まないわけだしさ。
あたしが実際にガンダムの小説を読んでた時、親から「そんなものじゃなくて、こう言うのを読め」とか言われた時は「絶対、読みたくない。」って思ったし(つ=ω=)つ
結局、読書家が高圧的に、本に興味を持つきっかけであるはずのラノベ読者を嘲笑する。って言うのは完全に悪手なのでは?とか思う(つ=ω=)つ
楽しみを共有できる可能性の目を自ら詰んでいるわけです。
まぁ、私みたいに、アメトーークのような企画で「あ、読んでみよう。ん?これ、面白いぞ?」ってなる人も、それなりにいるだろうけど、やっぱり、こういう読書家や親の高圧的な部分って、どうにかしないといけないよな。ってなる。
そもそも、読まない奴は読まないし、読む奴は読むし(つ=ω=)つ
そしてこれから他の本の面白さを知るかもしれない可能性のあるラノベ読者を嘲笑することで完全に芽を摘む訳だし。
結局、読書家が高圧的に、本に興味を持つきっかけであるはずのラノベ読者を嘲笑する。って言うのは完全に悪手なのでは?とか思う(つ=ω=)つ
そもそも、読まない奴は読まないし、読む奴は読むし(つ=ω=)つ
そして可能性のあるラノベ読者を嘲笑することでラノベ以外のジャンルを読むという芽を完全に摘む訳だし。
「ラノベよりも凄い本があるのに、あいつら、ラノベばっか読みがって。気に入らねぇ。」
みたいな感じなんだろうなー。
もし、この思考だったら「これも面白いから、それが読み終わったら読んでみてよ。これも同じくらい面白いよ。」って感じで進めたほうが絶対に良いよね(つ=ω=)つ
まぁ、それで合わなかったら、それまでなわけだし。
それで終わりなんですよ。
でも、「これは合わなかったけど、自分に合う小説があるんじゃないか?」って思えたら、それはそれで幸せなことだよなーって思うんですよね。
親御さんなら、子供の好きを否定せずに、自分の好きを押し付けないで上手く本を誘うことが大事なのではなかろうか?まぁ、難しいけどね。
って、そんなことを思いました。
しかし、現実は、こうは上手くいかない。



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