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あ、うん。お帰りなさい……

”スーパー戦隊シリーズ”を”戦隊モノ”って呼ぶ人ほど、一本でも真剣に全話、見たことない説を推したい。


そんな感じで、見終わったのよ。
スタンドバイミー
スタンドバイミー戦隊パワーレンジャー!
ってことで、これは嘘ですけどね。
いやはや、まぁ、そういう感じですよ。
パワーレンジャーという事でね。
ま、もう、この時点でわかるでしょw
とりあえず、これですよ。
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POWER RANGER!って感じでね。
ついでに、キャラクターも好き嫌いでるだろうなーって感じで、まぁ、個人的にはどうでも良いかなーって。
日本のスーパー戦隊を……超えてないよなー。いや、金をかけている分、そういうところでは、お金をかけている気はするけどね。
スタンドバイミー版パワーレンジャーって感じですかね。でも、これはスタンドバイミーに比べると残念と言うか、何と言うか。
しかし、まぁ、折角のアクションも退屈と言うか、何と言うか。
ってか、レッドの悪友、後に出てないやん(つ=ω=)つ
あぁ、これは受けねーわ。
って感じにもなる。
日本のヒーローの戦闘初心者だと「力を与えられたなら自分達がやるしかないじゃん!力を与えられて何もしないんだったら、大切が人が死んじゃうよ!だから戦う!」みたいな流れがデフォだからこそ、力への恐怖や個人の問題を後の話に描いて成長に繋げて、まずは目先の恐怖に立ち向かう事から描く訳で。
ウルトラマンジードや、ジュウオウジャーの第一話を見ればわかるでしょう?
でもさ。
アメリカは、そうじゃないんだなーと思いました。
1時間半ほど5人のメンバーの成長を描いてて、それが、まぁ、日本じゃ出来ねーだろうな。って設定のオンパレードなんだけど、それが話の面白さに直結してるか?って言うと、別に、そういう訳でもない。丁寧なんだろうけど、そこに、スタンドバイミーのような盛り上げ要素があるかどうかといえば、そういう訳でもない。
ついでに、日本の青春系のスーパー戦隊でも、そういう展開は3,4話以降、ゆっくり一話丸々使って描いていく訳だしね。
別に、このパワーレンジャーが日本のスーパー戦隊を越えただろうか?って言うと別に、そういう訳でもない。
寧ろ、ゆっくりキャラクターを掘り下げる図は日本のスーパー戦隊もちゃんとやっているからです。
なんか重い設定、母親は病気とか、自閉症とか、まぁ、色々と日本じゃ出来ねーな―って部分ははあるけど、それがドラマに良い感じに響いているかどうか?って言うのもさ。別に、そういう訳でもない。
また微妙なところでさ。
ようはスーパー戦隊の第一話を2時間かけて作りました。って映画だから、まぁぁぁぁぁ、間延びしてるなーと。
制作サイドは、何故、スーパー戦隊シリーズが今でも続いているのか、それを改めて考えた方が良いような気がする(つ=ω=)つ
スタンドバイミーのような青春群像劇としても正直、あっちを知っちゃっている。って言うのもあるんだろうけどさ。
それに比べても、なんか、ティーンエイジャー特有のものからマイノリティなものまでねぇ、まぁ、自閉症とか同性愛とかのマイノリティな問題を持ってきました感あるんだけどさ。それが根本的にヒーローになる要素として、どういう関係があるのか?って言うと、さほど、それ、マイノリティである必要性はないよね?ってか、マイノリティであることを作品の物語に押し込めてないよね?ってなるしね。それがヒーローになる為のドラマに響くか?って言うと、そうでもないし。
キャラクター分けをしっかりするために、マイノリティとか、自閉症とか、そういう設定を態々、持ってきたなら、これ、物凄く暴力的じゃない?って思っちゃったわけですよ。
ULTRAMANの真木さんのように家族要素とウルトラマンの融合とか、そう言うのがある訳ではないし。
そういう彼らが、どういう風にヒーローになるか―って、流れも強引さはあったけど、パワーがない。
日本特有のスーパー戦隊の一気に認めてしまう強引なパワーが無いんだ。
それがね、スーパー戦隊のリメイクとしても一本のヒーロー映画としても面白くないなーって。
んー、あー、成長、成長ねー……って感じなんだけどさ。
青春群像劇としてもかなりいい加減な作品だなーって。
個々のメンバーの問題を出しておきながら、まぁ、うん。それだけ……みたいな。なんだろうね。そういう設定を出しておけば重いでしょ?みたいな、ね。そういう悩みを抱えてる彼らがさ。
どういう経緯でヒーローになるのか楽しみでしょ?みたいな部分も透けて見えちゃっててね。
青春してるでしょ!?みたいなね。青春、特有の悩みだぜ!?みたいなね。
別に日本だって青春してるターボレンジャーとかさ、メガレンジャーとか、ジェットマンとか、ライブマンだって悩まないわけじゃないし、寧ろ、物語上の節目やら、そうでないときも彼らは青春等で悩むしさ。別に、このパワーレンジャーにおける青春ドラマ要素がクールだとは思わない。
なぜなら、日本のスーパー戦隊シリーズは、必ず、そういう話を入れるから。
デンジマンとかも、バイオマンとかもさ、そうだしさ、ダイレンジャーやカクレンジャーだって、あれ、全員、初心者だぜ?トッキュウジャーなんて全員、実は子供なんだぜ!?って知ってるからさ。「あ、はい、そうっすね。」って感じでね。それにウルトラマンジードの主人公であるリクは大罪人の息子って設定だし「そうでもねーよ?」とはなる訳です。
そう言う問題はありますよ―って感じで、まぁ、それが特にドラマに響くわけでもなく、いや、それっぽいのがあるんだけど、なんか印象が薄いし。最終的に、あの設定は必要あったのだろうか?ってくらいには、あの、うん。
だって、「なぜ正義のヒーローへと変身できないのか?」という“理由”を模索する内容であるはずが、そこに個人の問題はさしてある訳でもなく、大事なことだから、もう一度、言うけど、変身する条件、個人の問題、関係ないし仲間を思う心って言う、うん。本当にあれだしね。「スタンドバイミー版パワーレンジャー」だね。って感じになっちゃうし。
んで、いつから、お前たち、そこまで気が許せる仲になったの?とも思うし。
個人の問題ではなく、じゃぁ、真の友達になる映画なんだね!っていう風になるし、そういうところ、スタンドバイミーだけど、あれは個人の問題が4人の少年たちに深く関わり合っていたのに、じゃぁ、これだって、そういう風に変身条件をスタンドバイミー風にすれば良いじゃん!ってなるし。
あの中で、ちゃんと、一本の映画として解決するためにスタンドバイミーはちゃんと正面からぶつかり合って自分なりの正しいとは限らないけど前へ向くための解決とか、そういう部分を見せているのに、こっちの場合は、「そういう問題はあるけど、俺たち、選ばれたし仲間だよなー!」になっちゃって、結局、それは、個人の問題であって、ヒーローとしての問題と一致しなくなってるような気がする。
これがスタンドバイミーとのデカい差なんですよ!
しかも、根本的に個人の問題は続編構想の影響があるのか解決してないし。
何か薄いな―とかね。
前半のドラマに面白さを感じなかったらダメな映画だと思う。
日本のスーパー戦隊だと、そういう個人の悩みを仲間達と成長に繋げて戦いを盛り上げるから面白いんだしね。

ここ、あんまスーパー戦隊を見ない人の忘れがちな大事な部分ね。所謂、パワーレンジャーを肯定するスーパー戦隊をあまり見ない映画評論家の意見は、こういう日本のスーパー戦隊ののドラマを忘れがちという部分がある。そして、こういうことを忘れている人ほど「スーパー戦隊」では無く「戦隊もの」という言葉を使う。
スーパー戦隊でスタンドバイミーをやりたい映画だったんだろうなーって思った。
でもスタンドバイミーに比べると微妙な青春群像劇ではあるけど。
だって五人の個々の問題とか日本の場合だとさ、1話以降にやるお話だからさ。別に、こういうことをしても真新しさも無いという、微妙な処ですよ。
だって同じ高校生であるターボレンジャーやメガレンジャーだって、毎回、様々な問題とぶつかって青春して深いドラマが生まれたしね。
別に、この作品、ドラマ的な部分で見せようとしてるんだろうけど「こういうことしてるから日本よりも凄いでしょ!?」アピールされても「そうでもないっすわ。」ってなっちゃうんだよね。
別に青春群像劇としてもターボレンジャーとメガレンジャーの方がよく出来てるしね。
単にパワーレンジャーの方は個々の問題の面倒くささと言うか、それが違うくらいで、暴論を言ってしまえばですね。
「金をかけて映画にしただけのスーパー戦隊第一話」というだけなんですよ。
と、言う感じでですね。
最終的に「あ、はい。日本のスーパー戦隊の方がドラマのテンポの流れとか素晴らしいんで、私、日本のスーパー戦隊で良いです。」みたいな感じになってしまった訳ですよ。
肝心のアクションも「まぁー、あ、うん。金かけてるなー」くらいだけど、やっぱ日本特有の面白さが無いよね。みたいな感じで。
「あ、パワーレンジャーも面白いじゃん!!」って言える部分が無いのが辛いのよ。
続編構想がある。って言うから、ここのメンバーの問題は次の話とかで色々とやります―って感じだからさ。
元より続編ありきの映画って、もう、そういうキャラクターの設定が単なる記号になっちゃってるようで、あれね。出し惜しみ感がつまらなくなっちゃってるね。
そういう部分が余計に退屈というかね。
じゃぁ、そういう思い設定は臭わすだけでも良いじゃん!とかさ。
無理にもうもろに、そういうスーパー戦隊で言う2話以降で明らかになる設定を、もろに出しているから、何か引っかかるしで、それが別に何か、映画本編では打ち明けるだけで終わっちゃうからさ。
いや、別にさ。
変身シーンまでが長くてもさ。
それまでの1時間半ほどのドラマが面白かったら、まぁ、これはこれで良いんじゃないの?って思うけど、明らかにBGMから「スタンドバイミー」を意識してる感が出過ぎて、その前半ドラマが物凄くつまらない。って言う致命的な自分の中での欠陥がね?辛い。意識していながらも、彼等の個々の問題は、そのまま放置で、しかもいつの間にか解決しているような部分が、もう続編構想丸見えな部分が金を出せ!って言ってるようでダメなんですよ。
んで、さらに、スタンドバイミーを意識して真似して滑っているような、そういうアレですよね。
「うわ、寒い……」
みたいな、まぁ、そういうアレですよ。
強引に友情を結び付けるような流れとかね。元より友人で良いじゃん。面倒くさいしさー。
「変身するキャラクター、皆、色々とあるよね?でも、これって青春だろ?」みたいなノリをアメリカンでやられても、ねぇ?
「まぁ、あるけどさ……じゃぁ、この映画の魅力ってスタンドバイミーのコピーなの?」
みたいなこと程レンジャー関連の問題の薄さは結構ある訳でしてね。
んで、続編構想ありきで作ったからか、まぁ、掘り下げ時間は多いけど全然、掘り下げ切ってないし、敵の描写もあるから、そっちにも時間は割かれるし。問題あって皆でワチャワチャやって「仲間大切やで。友達やで。」みたいな感じでね。
強引な流れでお涙頂戴展開をやって―みたいな。
何かねー。
あれだよね。
こういうキャラクターなんですよ!って感じだけで終わる。
日本の高校生戦隊と比べると物足りないし、アメリカのアクション映画としても、青春群像劇としても続編構想ありきで描き切ってないし、次に持ち込む感全開だから物足りないし、仮に、これをスーパー戦隊として見ても物足りないし、スーパー戦隊関係なく一個のヒーロー映画としても物足りないしで。
「なんか、うん、そうねー」
って感じでいつの間にか終わった。
ついでに、何で、ジュウレンジャー的な外見してんだろ?って言う、説明描写はありましたけどね。
まぁ、そこは見て頂ければわかるしいいんですけどね。
変身してからのBGMのラップとか変な恥ずかしさもありましたけど、やっぱ、金をかけて作った分、羨ましいなーとは思いましたね。はい。
まぁ、元よりスーパー戦隊の1話の流れを丸々、二時間映画にする。ってのもあれよねぇ。
って感じなことを思ったし映画という媒体を制作陣は解っていないような気がする。
日本製だけど「ULTRAMAN」だって第一話を、そのまま一本の映画にしたけど、映画としての出来は良いしねぇ?
まぁ、でもアメリカンな流れでしたし、アメコミ映画が好きな人は楽しめるんじゃないですかね?
とかは思いましたよ。知らんけど。
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「ULTRAMAN」の場合は良い感じの真木の家族への苦悩とウルトラマンになってしまった苦悩、日本で本当にベムラーが来た場合の要素を混ぜ合わせながらテンポ良くドラマに見せ場がある訳なのよ。
「パワーレンジャー」の場合、本当に1時間半後まで盛り上げ的な見せ場が無いのよね。いや、あれが、そうなのかなー?って思っても、別に、そこに魅力は無いしなーって感じだし。
簡単に他の映画違いを美比べるのであれば、こういう感じ。
最後に……
マイノリティ的な問題を描こうとしたら続編構想の為か敢えて描かなかったのか、それとも描き切れなくて単に「そういう設定です。」で終わらしたのか、その問題を描く続きが見たいなら「お金を出してね!」って露骨に言ってるような映画の内容は正直、下品だし本当に悪手。
そんな感じで、パワーレンジャーの感想、終わり。
あ、最後にね。
「よくも大獣神をあんなかっこ悪いデザインにしやがったなぁぁぁぁぁ!!!!!!絶対に許さんぞぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
はい。以上です。

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COMMENT

パワーレンジャー系は観ていませんが……バトルフィーバー以降は殆ど(ライブマン、ターボレンジャー、ファイブマン、オーレンジャー、カーレンジャーは未視聴)観ている私ですが戦隊物と言います……
ダイナマンとか観ていた世代は寧ろスーパー戦隊シリーズという方が馴染み無いですね……
メタルヒーロー呼びは慣れましたがメタルヒーローもギャバン世代は一括りにするより宇宙刑事と他作品って感じですし

| 毒穴子四太夫 | 2018/05/20 08:52 | URL |

毒穴子四太夫 さんへ

えー、そういう感じなんですかー。
なんか、戦隊モノって言い回しは、個人的にイラっと来るものがあるんですよねー。
何か、複数のヒーローは全部、内包してますんで―って、そういう部分のいい加減さが。

| 月 | 2018/05/20 10:01 | URL |

>>複数のヒーロー
忍者キャプターを戦隊、マシンマンとバイクロッサーをメタルヒーロー呼ばわりする当時の世代が多いのは同年代や近い世代としてイラっときたりはします
特に忍者キャプターは違うだろうと
ゴレンジャーとジャッカーはスーパー戦隊シリーズのイメージはゴーカイジャーを観るまでは戦隊シリーズと認識出来ていませんでした
それ以降はこの二作を戦隊ではないと言う方が違和感出来ましたが
確かに複数のヒーローなら戦隊と考えるのはいい加減ですね、自分の場合はスーパー戦隊シリーズという呼び方が浸透していない時代だった……とそんな感じでしょうか
ウルトラマンジャックの呼び方が帰りマン、帰マン、新マン、ウルトラマン二世、ジャックと呼ぶ世代や地域がある……感じでインターネット的なものが当時は無いので正確な呼び方より周囲の認識している呼び方になるんですよね……
あとは……今ほどシリーズとしてイメージが無かったことでしょうか
フラッシュマン等の頃はテレビマガジンなどの漫画で前作が噛ませになってバトンタッチという漫画がある以外は毎回何々戦隊と独立した作品と考えていたような……タイトルコールでスーパー戦隊シリーズとも出ていない頃があったのも……
まぁ大多数の”戦隊物”と呼ぶ人は五人の戦士が活躍する番組としてしか認識していないのは確実です……一部のご当地ヒーローを除いて十把一絡げなご当地ヒーローとかが殆ど戦隊方式なのもそう言った認識の甘い人間が多い証拠でしょうね

| 毒穴子四太夫 | 2018/05/20 13:40 | URL |

毒穴子四太夫 さんへ

認識が多いというか興味のない人間なんだとは思います。
グランセイザー等でさえ、興味ない人から見れば戦隊モノの一言で片付けちゃいますし。
大雑把な組み分けが何か嫌いなんですよねー
なんやかんやで、公式が、そういう風に名称を付けたのなら、そういう風に呼ぶべきなのが流儀だろうというのは個人としての考えだったりしますし。
日本の特撮を見ない映画評論家の言葉を考えると、やっぱり、戦隊モノって言い回しは凄いバカにしてるな。って部分を感じちゃうんですよね。

| 月 | 2018/05/20 16:57 | URL |















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