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『ウルトラマンジード』第17話「キングの奇跡!変えるぜ!運命!!」

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キングが「若きウルトラマンの魂」って言ったシーンが個人的にすごい好きね。
模造品の烙印を製作者から押されようとも、本家のウルトラマンの、ある意味、神に近い存在から、リクの崇高な精神はウルトラマンとして認められていたということを証明するセリフそのものなんだね。
ウルトラマンであるというのは、その素性などではなく偉大なる力を正しいことに使う
さて、まぁ、今回はドラマが短いながらも要点はちゃんと抑えていたようにも思えます。
そのもっともたる部分が、ドンシャインとリクが拳を重ねるシーンでしょう。ヒーローショーに混じれず泣いていたところを、ドンシャインが拳を交えていた時とかね。ああいうみなしごの時期に、ドンシャインが一人の友人として認める行為は凄い大事なことだと思うし、あれがリクの中におけるヒーローへの憧れの根幹なんだと思う。
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ドンシャインが朝倉リクの運命そのものに携わっているという言葉をインタビューで見たけど、こういうことだったんだな。って思いました。
やっぱり思うんだけどジードの変身シーンにおいてアーリースタイルが出てくる理由というのはリク自身がベリアルの良心の象徴という意味としてとらえることも出来るんじゃないかな?って思う。
ベリアルがリクを息子と呼ぶ部分も、そういう良心も己の心の象徴の一つという感じ。
ベリアル自身も、ただ、息子としては認識してはいるけど、それが己の良心の象徴としては気付いていないような感じにも見える。
結局のところ、その良心の象徴であるリクを吸収しようとした際、ベリアル自身は息子としての認知と同時に、あくまでも己の力を強めるモノとしてしか認識していない。
息子と認知していても道具しか見ていない、ましてや一度は銀河を収めたから人心掌握術もたけているんだろうから、ケイの絶望を与える言葉ではなくベリアルは優しさと甘い言葉で導こうとしたというのは、なんか、そこにあるのは歪だけど本当の愛情というのか、それとも、やはり道具としてしか見ていないのか、どっちだろう。
あのベリアルとリクの対峙のシーンにおいて雨が降っていたのはリクの心の中にベリアルが介入したのか、それともベリアルの捨てきれない光の戦士としての情がリクと融合し始めたことで生まれてしまったのか。
そのどちらかである気がする。
そして、個人的に最終回はリクがベリアルと融合するような。
後、個人的に思うところとしてはベリアルとして吸収される己の哀しみと怒りを表したリクの涙が、あの雨のシーンにおけるベリアルとリクとの戦いに繋がるということね。
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ベリアルの歪な愛の象徴というのも解る。
ただ個人的にリクとの融合においてベリアルに再度芽生え始めた良心というのも捨て難い。
そんな感じになってもおかしくないと思う。
リクの大きな良心がベリアルを取り込むことによってウルトラ戦士としてジードはベリアルになっ、ベリアルはジードになるような感じ。
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ついでにマグニフィセントを見て反応するベリアルにニヤリと来たり。
父親の知らないところで己の良心の象徴はドンシャインというヒーローから様々なことを学びを象徴する戦士へと成長した。
して今日の話は完全に「支え合う笑顔の仲間が力」の言葉通り、リクは様々な仲間に助けられることによってベリアルの遺伝子から生まれた模造品としてではなく一人の人間、一人のウルトラ戦士として独立したことを意味する。そして、それを象徴するのがキングの「若きウルトラマンの魂」って台詞だね。
ベリアルから生まれた力であろうとウルトラマンFで語られたように出自ではなく強大な力を正しきことに使うことがウルトラマンであると初代ウルトラマンが語ったようにウルトラマンジードという存在は父親のように荒々しい部分を見せながらも力を正しいことに使ったからこそウルトラマンに認められた。
その根幹にあるのがドンシャインという、この世界における場末のスーパー辺りで行われた小さなヒーローショーというのが、所謂、このちっぽけな模造品、恐らく、この頃は自分が何者であるのかすらわからなかったであろう時期にヒーローのリクに対する応対というのが大きな成長の種になったんだろうと。
何気ない場末の、ヒーローショーというテレビの画面では本物としての力を出せない、所謂、ヒーローという存在が偽物と解ってしまう場所において、それでも泣いてる少年だったリクを勇気づけるために動いたドンシャインの心意気というのはリクにとって誰よりも絶対的な憧れを持つ存在に昇華したんだね。
解りやすい例といえば、ウルトラマンオーブにおける偽物のブルースを見れば、このシーンの意味はより強く解ることでしょう。
それがウルトラマンの模造品であるリクにとって、今回の話の中で助けになったわけだし。
場末の偽物と解ってしまうショーの中でも、そのドンシャインの行いがヒーローだからこそ、リクを強くしたんだよね。
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如何なる場所においてもヒーローであろうとするドンシャインの姿に憧れを持ったリクが、ベリアルとの完全な決別、運命を変える力すらもロイヤルメガマスターという形になって芽生えたというのは、まぁ、今回のドラマは色々と思うところはありつつも要点を抑えているからこそ生まれた感動でもあった。
ロイヤルメガマスターに変身するためにベリアルのカプセルを使うのは、ベリアルの遺伝子を受け継ぐ者であるというのを認めつつ、その運命や宿命を己は己として乗り越えていくという意味と、否定するつもりも逃げるつもりもなく己は己として受け入れて己の魂と肉体を崇高な精神を持ってベリアルの遺伝子と戦うという意味もあるのだろうね。
台詞を聞いてて思う。
ってかブラザーズシールドは、この三人からリトルスターを受け取った後だと思っていたのに、普通に、使っていたから結構驚いてしまった思い出があるんですがね。
え、もう、その時点で使えるの!?(・ω・;)
って感じで。
これ6兄弟がロイヤルメガマスターと一緒に光線を放つ技とかありそう。
しかしロイヤルメガマスターの姿を見ているとキングの若かりし頃の姿って、こういう感じなのかな?とか、彷彿させるのが面白いね。
ネタバレを見た時は、なんかかっこ悪いなーって思ってたけど、なんか、この初登場時で一気に引き込まれてしまった。
ジードって言うのは不思議なウルトラマンだねぇ。
ただ、なんで、ジードがキメラベロスを地球に落としたり、ついでに言えば、建築物を武器として利用したのだろうか?とか、そういうことを思ったりします。
ま、まぁ、細かいことはさておき、地球に行くまでのレッキングバーストの展開はかっこよかった。
でも、今回のジード、面白かったといえば面白かったんだけど坂本監督の悪癖も戦闘シーンで出てきた気がする。
その問題だと思うのがジード復活からロイヤルメガマスターの登場までジードが終始、キメラベロスを圧倒しすぎてキメラベロスがロイヤルメガマスター無しでも倒せるのでは?と思ってしまう流れね。
これはウルトラマンXのグア・スペクター戦やウルトラ銀河伝説のゼロVSベリアルでも感じたことなんだけどヒーローを強く見せようとするために悪役を思いきり弱く見せてしまう癖が坂本監督にはあるんだよね。
それでいてアクションが凄い派手だから余計に悪役が弱く見えてしまうことが辛いんよね。
ドラマパートはアクションを撮りたいために、結構いい加減に撮影してるんだろうな。って部分もあるし、そう言う部分も不満はある坂本監督だけど、それでも、やっぱアクションも素晴らしいし良い画を撮る人だからこそヒーローも大切だけど悪役も大切にしてほしいんだよね。
東映作品でも見ていて思う。
やっぱ、そこ行くと…って感じで比べちゃうんだけど田口清隆監督は敵の見せ方が凄い上手いよね。
田口監督の怪獣好きが、そうさせている部分もあるんだけどドラマも魅力的に描くしで、やっぱり上手いんだよね。
ペダニウムゼットンの絶望感はやっぱり個人的にはキメラベロスよりも上だった。
やっぱり自分の中で初登場はロイヤルメガマスターよりもマグニフィセントの降臨の方が燃えたな。ってのはある。
新フォームの登場って言うのは、やっぱり如何に敵を怖い存在として映すか。って言うのも凄い大事で。
やっぱり、坂本監督って言うのはそれが出来てない。
そして田口監督の背中は良い。

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