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神無月の巫女から2017年百合作品たちへ

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思えば神無月の巫女が根幹として、後に生まれた作品たちは神無月の巫女を礎としつつも少女同士の思いが世界を救うという方向にブラッシュアップされて更に近年、多くの百合作品が発芽して、そこにメインとなる少女同士の思いと絆を強くメインで描くことで同性愛的な表現が当たり前のように昇華された感じ。
魔法少女物を含めてアイドル物や、戦闘少女もの、様々なジャンル派生した少女同士の絆や思いがメインに広がったことによって根幹に通じるものは神無月の巫女の姫千歌の功績であるともいえる気がする。
そうなると改めて神無月の巫女の影響って凄いし、それらのアニメのカプは姫千歌の子供ともいえる。
ロボットアニメと百合というジャンルを組み合わせたからこそ、マリみてや、ストパニから始まった女学園的な現代劇と言う部分から殻を破ることで神無月の巫女以降は様々な少女の絆をメインにした試練を乗り越える様々な作品が生まれた。神無月の巫女は現代百合アニメにおけるプロトタイプなのかもね。
アイドルマスターシンデレラガールズ
レガリア
プリンセスプリンシパル
ヴァルキリードライヴ
レガリア
結城友奈は勇者である
あまんちゅ!
AKB0048
よるのないくに
チアフルーツ
……数えたらきりがないけどね。
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神無月の巫女以降の、この手の構成の作品に出てくる百合カプは全てにおいて姫子と千歌音の子供達と、そういう風に表現した時、なんだか、それって凄い幸せなことだなーって、今、思いました。
神無月の巫女が無かったら、もっと、この手のジャンルの百合作品は遅れていたような気がするのです。
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ただ、その前身にキディ・グレイドや、初代プリキュア、セーラームーンの百合界のカリスマ等、古く言えば80年代OVAのイクサーと様々な作品があって、ある意味、それ等の集大成の一つとして神無月の巫女が生まれて、そして、神無月の巫女を根幹とした様々なアニメが生まれたと思われる。
神無月の巫女も本格的な基礎、マザーともいえる「マリみて」も無ければ、また神無月の巫女も無かっただろうし、そこから静なつやら、様々な形が生まれることで現代劇的な百合作品も今なお多い部分は百合作品の制作者は根本的に「マリみて」と言う作品に大きなリスペクトを込めてる証なのかもね。
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そして「マリみて」をマザーとして「神無月の巫女」が生まれて、そして「神無月の巫女」をマザーとして様々なジャンルと融合した百合作品が生まれながら、今なお「マリみて」をマザーとした現代劇的な百合作品が生まれ続けているというのは、なんていうか、感慨深いものが自分の中にあります。
「結城友奈は勇者である」を見ていたら、なんか、こういう感じの多くなって、そこに通ずるものは神無月の巫女を感じられて、やっぱり、嬉しいなーって、そういうことを思ったりするんです。
様々な過去に行われてきたジャンルが百合と融合することで全く新しい形へと進化したことへの感慨深さが。
必ず大きな試練を少女が二人で絆の力を見せて一緒に乗り越えることで少女たちの絆は更に強化なものに昇華されて、それに人は尊さを感じて百合の素晴らしさや、様々なモノを我々に与えてくれるのだろうと。
だからこそ、百合というジャンルは改めて降臨してから、今なお絶たれることなく続いているの。
所謂、百合漫画に多々あった異性愛を傷害とする作品が増える中で少女同士の絆と愛を育む存在として、異性を敵とすることなく、少女たちの絆は世界規模の障害であったり、魔女だったり、過疎化した街、それ等を乗り越えることでも尊い百合を感じることが出来ると言う部分に大きく進化したのは大きな躍進
「神無月の巫女」と言う作品から始まった新たなジャンルの百合は、こうして現在まで躍進して進化したのだと、そういうことを感じることへの嬉しさ、それを辿ってきたことに対する嬉しさ。
百合の進化というのを、こうして感じることが出来たような気がする。
改めて「結城友奈は勇者である」に感謝。
異性愛とは違う少女同士の絆、百合の物語における障害を、こういう形で為すということ。
少女たちのどんな些細な問題であろうとも、その人によっては小さくても個人にとっては大きな試練であるということに着目されて、それを隣にいる友人達と乗り越えることで百合としての描写が強く昇華される感じ。
そして時代の世相もあってか同性の葛藤というネガティブに捉えられる思考以上に世界を救う、歌う事で生まれる障害のが大きくて同性愛故の葛藤は当人達にとってとても些細なことであるかのように演出されたのは百合は大きく躍進を遂げたような気がする。
歪と言われたものが歪でなくなる瞬間を感じる。
同性愛は人から歪と言われる世界を乗り越えるために百合作品には乗り越える試練としての異性やら、同性愛故のネガティブ思考やらが必須と言われることが今でもあるけど、世相の変かと合わせて歪ではないと徐々に認められてきた現代社会の変遷も、この手の百合作品から感じることが出来るのは幸せな事。
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「おかしいよね…女同士なのに」
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「私は貴女が好き。何がいけないの?それでいいじゃない。」
と言うネガティブ思考からポジティブ思考のスタイルに変わってきたのは時代の同性愛に対する価値観の変化を肌で感じることが出来る。
一方で、それを軽くなったという人もいるかもしれない。
でも、それで良いんですよ。
同性愛であれ、異性愛であれ、愛は平等なんですから。同性愛だから重く無ければいけないというのは、それこそ、全時代の逆行だと思うのです。
だからこそ、LGBTの方々が当たり前のように恋愛する近年の作品は大事なんです。
だって、それを為さなくても作中のキャラ同士の強い絆の描写があれば、それが愛だと解るのだから。
近年の百合を思わせるアニメは、こういう部分が強く感じられるようになりました。これは時代の変化を表しているようにも感じるのです。同性愛故の葛藤は、既に、アニメや漫画の中では「agony」ではなくなっているのは、これは、良い時代になってきている証拠なのかもしれません。
百合、BL含み、色々とね。
そして、それは歪に無理やり見せようとするだけで歪ではない。
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彼女たちにとって、もう、同性愛故の葛藤は神無月の巫女以降、「agony」ではなくなってきたんだよね。それは、姫子と千歌音が示した道、神無月の巫女の功績は大きいことであると改めて実感できるともいえる。

| 百合有り日記 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

「神無月の巫女」の前に「鋼鉄天使くるみ2式」

| 可愛い女の子は可愛い女の子とアナルを舐め回さないといけない | 2017/09/13 08:59 | URL |

可愛い女の子は可愛い女の子とアナルを舐め回さないといけない さんへ

あぁ、そうでした……
鋼鉄天使くるみ2式もありましたね……まだまだ、未熟者でした。

| 月 | 2017/09/13 12:16 | URL |















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