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「結城友奈は勇者である」をリアルタイムで見なかったことに後悔する。

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そんな感じで、タイトル通り。私、これをリアルタイムで見なくてかなり後悔したのです。
この前、見てですね。ハマりました(・ω・)
OPの歌詞から、もう不穏なことは怒りますよ感が物凄く出てましたけどね。まぁ、あれは、もう、そういう路線で行きますよ。って、証拠なのかもしれませんね。
「結城友奈は勇者である」を作業しながら見ようと思ってたのに作業を中断するほどに、その世界観にのめり込んでしまうほどに面白かったのであれです。
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謎と群像劇が良い感じに混ざり合った作品、前にも、こういうのありますわね。まどマギや神無月の巫女です。あれと同じスタイルだと考えて頂ければ、この手の作品のテンプレの中に何を盛り込むかが自然としっくりと来るスタイル。
それから、戦うことで訪れる絶対的な犠牲に対して、少女たちは、どう悩み、そして混ざり合っていくのか、その群像劇が見事に描かれていました。
ただ、神無月の巫女や、まどマギの二番煎じじゃあないか!って言いたくなる部分も、見ていて思いましたが、それでも、ちゃんと独立したスタイルを持つのは、ちゃんと意味がある。
それは、前者が誰かの為の犠牲になって、ある趣味、ハッピーではないビターなまま終わってしまう部分、まぁ、色々と前者に関しては、神無月の巫女は転生しても戦う運命とか、そういうのがあるし、あの再会の後でも、また闘いがあるような終わりをする中で、「結城友奈は勇者である」の場合は、二期が決定されたけど、この一期だけの世界では、彼女たちの戦いは終わり、失ったものが戻ってくる。
そして、まどマギや、神無月の巫女とは違う路線をハッピーエンドと言う形で打ち出したんだと思います。それに対して、ハッピーエンドに説得力を持ちだすためにどうするべきなのか。
それが、この作品における「勇者」の定義だと思うんです。自己犠牲的な部分が、尊くなるような、そういうスタイルであるとは思うのですが……
最終回エピローグの……
「勇者は傷ついても傷ついても決して諦めませんでした。全ての人が諦めてしまったら それこそこの世が闇に閉ざされてしまうからです。勇者は自分が挫けないことが皆を励ますのだと信じていました。そんな勇者を馬鹿にする者も居ましたが 勇者は明るく笑っていました 。意味がないことだと笑う者も居ました それでも勇者はへこたれませんでした。皆が次々と魔王に屈し 気がつけば勇者は一人ぼっちでした。勇者が一人ぼっちであることを誰も知りませんでした。一人ぼっちになっても、それでも勇者は、それでも勇者は戦うことを諦めませんでした。諦めない限り希望は終わることがないからです。何を失っても。それでも」
これを、ゆゆゆい一期の物語の根幹、彼女たちの戦いの中での物語を端的に良く表した台詞です。
でも……
一見すれば、なんと、救いようのない物語としても感じられます。
それでも、主役の結城友奈は、これに対して、最後に、これで締めくくる。
そんなの気持ちの持ちようだ!
大切だと思えば友達になれる!
互いを思えば、何倍でも強くなれる!
無限に根性が湧いてくる!
世界には嫌なことも、悲しいことも、自分だけではどうにもならないこともたくさんある。
だけど、大好きな人がいれば、くじけるわけがない。あきらめるわけがない。
大好きな人がいるのだから、何度でも立ち上がる!
だから、勇者は絶対、負けないんだ!

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この思いから、勇者における力を与える恩恵を与える神樹による宿命すらも負けないと言う部分が伝わってくるではありませんか。突き付けられた、真相を知って絶望しても、それでも暴走する友人を止めるためにずっと一緒にいる。これで救われる人もいる。
大好きな人がいるからこそ、彼女たちは戦い、そして愛し合うことで理解できた。心が挫けそうになった美森を救ったのも、友奈なんだよね。そのために戦うのが勇者であり、その大切な人の思いを全て受け止める。
勇者は負けることは無い。
そんな思い運命であろうとも。
ラストシーンとかね。予定調和だと解っている筈なのに、ここで、号泣してしまうという、なんていうかね。
主題歌から感じる試練の儚さを乗り越えるのは少女たちの愛と勇者としての覚悟。
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人によっては、ご都合主義と思う人もいるでしょう。でも、これで良いんです。何故って、「結城友奈は勇者」だからなんです。神樹であろうと何だろうと、自分で自分の未来と運命を司る、それが勇者であり、それが我々に込められたメッセージなのです。
ある種の現実世界、様々な障害と立ち向かいながら、自分の運命を掴む。それが、我々で、彼女たちも、そうして運命を自分の運命を得たからこそ、供物になった部分を取り戻すという運命を自分の手でもぎ取ったのですよ。
何故って、そのご都合主義を押し通して現実に変えるのが勇者だから。それが、この作品における勇者の意義なんです。
神無月の巫女における同性愛故の葛藤と、そして、まどマギでも見せた己の残酷な運命における葛藤も、彼女たちは、こうして目的を一緒にする多くの仲間達と一緒にいるからこそ、同じ運命を持った仲間がいるからこそ、同じ運命を持った者たちと思いを分け合うから一緒に乗り越える。それが、この作品における勇者の定義、スーパー戦隊シリーズの根幹とも似てますね。
だから、美森の中に抱いた闇を受け止めることが出来て、彼女を改めて勇者に戻すことが出来たのです。
思いの力とは良く言ったもので、更に少女同士の互いを思いやる感情と、勇者として世界を救う覚悟というものが、新たな力の覚醒と同時に更なるパワーを与えたと考えると、物凄い王道的で良い。だからこそ、神無月の巫女や、まどマギとも違う新たに「勇者である」というスタイルを確立したのだろうと思うのです。
それが、勇者の定義を最後に出したからこそ、神無月の巫女と、まどマギから大きな差別化を図ることが出来たのだろうと思います。
やはり、仲間を思いやる心が、この手の少女達の戦いにおいて最も大きなキーとなるのだと思い見てた。
献身的な愛から生まれてしまう暴走って展開は儚くも辛くも、そこには相手を思いやる絶対的な覚悟を持った美しさがある。そうして互いに解り合い、互いを乗り越えて和解した先がある絶対的な強さと強化な絆があるからこそ、いつも以上に感情が輝き強く、そして尊い物へと昇華される。
そして、劇中劇で語られた友奈の台詞は、我々も勇者になれるというメッセージでもあると、そういうことを思いました。
この物語の全てのメッセージは、そこに込められているのです。
あの台詞の中に、美森を救った理由の全てや、彼女が勇者であり続けた理由の全てが入っているのです。そして、そんな彼女だったからこそ、勇者部のメンバー全員は勇者であり続けることが出来て、そして神樹の呪いとも言える運命から解放された。
そういうことなんですよ。
百合作品としても、そういう残酷な運命を前にした群像劇としても、良く出来ています。ある意味、まどマギや神無月の巫女に対する残酷な運命へのアンチテーゼ的な作品としての側面があるからこそ、独自のジャンルを確立して、今でもシリーズが続いているのだろうと思いました。
まぁ、10月から二期ということで。
謎は終わってはいないけど、綺麗に終わった分、何とかしてほしいと思いましたね。
それでも、二期は楽しみです。

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