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『ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA』第11話 「かげろう 〜陽炎〜 」

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次でサイキが狂った歪な正義を抱いた理由がやっとわかる気がする。幼少時代の度が過ぎるほどに強いトラウマって大人になってまで引っかかることがある。虐めが原因で後の人間関係に支障をきたすように。
サイキの強烈な思想って言うのは、ここから生まれたのだろうと見て取れる。
和泉元彌の演技が光る。
正義の裏にある闇の部分を象徴したかのような人物。
これほどまでに世界を憎んでいると言っていいほどに人から自由意思を奪おうとする断固たる姿勢と言うのは正直、恐怖に近い。
そして次回の展開で、そこに行きつく根源を知ることが出来るから楽しみだ。
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そして自らの理想を具現化するために互いの肉体を再構成して生まれ変わった、サイクイーン……その姿は正義と言うよりも、むしろ悪魔と言う言葉が相応しい。
ただ、どこかヒロイックな部分を残しているのはサイキの持つ正義の心には闇しか存在していないという、そういう表現であるのかもしれない。
人の抱いた正義の持つ闇の醜さ。
それを象徴したのが、このサイキとクイーンの融合した姿から見て取れるメッセージだと私は思う。
十人十色の誰だって持ってしまう正義の裏にある醜さと言うのは、案外、こういう凶暴なもので構成されているのは現実で正義を謳う人を見れば解る。
そしてウルトラマンとは正義の光の部分の象徴であるともいえる。#オリジンサーガ って正義の光と正義の闇のぶつかり合いなんだよね。どちらも正しいし、何とも言えない部分もある。サイキの抱く犠牲だって彼からすれば確かに理想の世界を築く正義でもあるし、光の戦士が抱く正義はそれを許さない。
そしてガイもサイキも多くの人を救いたいと思っているし、理想の為に殉じる覚悟の出来る共通点を持っているわけで。
サイキはもしかしたら抱く正義の思想が違えばウルトラマンになれたかもしれない、そういう高潔な精神を持っている人であったということも考えることが出来る。
ただ、高潔すぎる精神と純粋さを持つ人間が何かのきっかけで崩れてしまう事なんてのは様々な創作作品である展開なんだよね。サイキは、その一人で、そういう意味では高潔すぎた精神を持った人間なのかもしれない。
ある意味、正義と言う毒に支配されたサイキは悲しき存在なのかも。
故に彼の友人と言える存在がパーテルと言う酷いことを言ってしまえば機械しかいないというのも、彼の抱く正義の理想の異常さと、そして理解されない理想を抱いてしまうことに対する孤独感の象徴。
そんな中、クイーンのような存在に出会ってしまえば心髄してしまうものなのかもね…
そしてパーテルしか理解者がいないのも当然なんだよね。だってサイキが作ったモノなんだし、何でもサイキの思考を肯定するに決まってる。パーテルと会話している時のサイキが一番孤独に見えてしまうのはサイキと言う人間を理解できる存在が誰一人いなかった象徴でもある。
サイキの抱く人間性って言うのは非常に単純だからこそ考察しがいのある存在でもあると思うのです。
そして誰もがサイキのような思考を抱く危険性のある正義の闇の部分を象徴している、ある意味、一番視聴者に近い存在だし、だからこそ和泉元彌の演技も相まって思わず惹かれう。
正義とは何かを考えると同時に、正義の光と闇を同時に描く #ウルトラマンオーブ #オリジンサーガ。特撮ドラマでも一般ドラマでも描かれず、敢えて口にせずに登場人物の台詞と行動だけで正義を描くって言うのは、最近こういうドラマが全くなかった中で良くここまでできたな。とか、んなことを思う。
正義の内面と言う部分における勧善懲悪のようなスタイルなんだよね。#オリジンサーガ は。
それは最近の特撮ヒーローが忘れてしまったモノであるとも、私は思うわけです。終盤、集まる同じ正義を持ちながら光の側面を持つ光の戦士と闇の側面を持つサイキとの最終決戦が幕を開ける!!!
って言うのが、全体的な感想かなー。
さて、今回の話はサイキだけでなく、ジャグラーとリッカが世界を助ける為に動き出すのが良かったね。
そしてジャグラーの「俺は光の戦士を超える!」って言うのはやはりジャグラーが、ある意味、力に関しては鍛えれば鍛えるほど光の戦士に近いモノを持ってしまったことに対する由縁
光の戦士に対する反骨心が等身大サイズにまでベゼルブを倒すほどにまでジャグラーを成長させたんだろうけど、でも正義なき力は暴力であると銀河伝説で語られていたように、その光の戦士に対する反骨心が増長して、テレビ本編のジャグラーに繋がっていくのでは?と思うと辛いよね。
全ては光の戦士の力でも守れなかった出来事から、いや、本来、多くの人を出来る限り助ける為に光の戦士の力を求めようとして選ばれなかった事から。ガイの期待も相まって自分にプレッシャーもあったのでは?と思う。
かつてのガイの思いが自分でなければと言う部分を強めたとかね。
でも光の戦士に選ばれずに自分の得た力は闇の力。それが光の戦士達との間に生まれたコンプレックスを埋めながら光の戦士を超越しようとジャグラーが頑張る姿と言うのは応援したくなる要素に溢れている。
それで必死にガイをクグツから助ける為に叱咤激励する姿とか締め付けられる。
決別しておきながらガイ達を放っておけないジャグラーとしての人間性がかっこいいんだよね。
人から見れば優柔不断とか、そういうのに見えるかもしれないけど、私は、そういうジャグラーの人としての情が残る部分はかっこよくて好きなんですよね。そして、これが最終回にも生きる。
そしてガイはジャグラーに心髄していた部分もあったと思うし、ガイからすればウルトラマンになったジャグラーをサポートするつもりであったんだろうね。ガイからすればジャグラーって理想の戦士だし。
それって、何だろう。って思ったらアイアンキングの二人の関係にも似てる。
思えば、#オリジンサーガ のガイが良く解らない。って声もあったけど、それってガイがウルトラマンの力を得たことに対して戸惑いを感じているのかも。そういう部分からアマテにも興味を持ったし、そしてアスカの言葉について考えたりする姿、ジャグラーに教えを請おうとぶつかりあおうとする。それは他人を頼りにし過ぎて自分なりの考えの中で、どう己の思う平和を実現しようか。って言う部分の見えなさ。それが、ジャグラの、なんていうかペルソナに縛られた二重人格者と言う部分も感じ取れるわね。
ついでに本編にも見られる皮肉を込めたようなガイへの叱咤激励とも取れる言葉は、戦士としての本性と修羅としてのペルソナの狭間に揺れるジャグラーと言う人物を良く表している感じがする。
だから、ガイって正直、この時点においては凄い無神経さや、他人の痛みと言う部分が鈍感なんだよね。それは、やっぱり、こう自分の大切な人を失っていないから。
その無神経的な部分がジャグラーとの確執を生んでしまったと思うし。
そして一度、模擬戦でジャグラーのプライドを傷つけてしまう出来事があったけど、あれは自分に対する戸惑いが、ああさせたんだと思う。予想以上に強くなっている戸惑い。ジャグラーが物凄く遠すぎる存在だったが故に。
故に精神的な未熟さが埋められずに、わざと負けた形になった。
そういやジャグラーが片頭痛持ちになった理由って、オリジンサーガ でも描かれなさそうですわね。個人的には修羅から悪に堕ちるジャグラーからすれば、ガイのメロディは己が気高い戦士であること思い出させるからかしら。
ある意味、キカイダーのギルのメロディの逆版だね。
修羅か。
悪か。
戦士か。
あのメロディを聞くたびに、それらの三つの自分が葛藤してジャグラーを悩ませる。それが苦しいからこそ、その葛藤が片頭痛として現れる。まだ彼が完全に堕ちてない証……
ってことなのかなーとか、そういうことを思ったりする。
それから、ガイは闇を知ってジャグラーの苦しみを理解し、ナオミの言葉で立ち上がるんだと思う。
ガイさんが先輩戦士に対して腰が低い理由って言うのはアスカ達と知って先輩たちの偉大さを知ったのもあるだろうし、ガイさんからすればまだ彼らの領域に達していない。って部分が大きいと思う。
そして藤宮の言った「闇が無い」の部分が生きてくるんよね。
歴代の戦士は己の心との戦いに勝利して現在まで昇華させた存在。
本編が始まる前で闇を持ったけど、それの乗り越え方、克服の仕方に対して百年以上も苦労したガイさんからすれば先輩ウルトラマンと言うのは敬っても敬い切れない偉大な存在なんだと思う。
アイアンキングは弱い巨大戦士が人間サイズの戦士に助けられる構図なんですよね。そういう構図が初期のガイとジャグラーに似ているという、そういうことを思う。惑星カノンでの二人の関係なんて、まさにそれなんだよね。そういう関係、正直、もっと見たかったなーって。
悪に徹しきれない悪って描き方で非常に不味く調理されちゃうんだけど、ジャグラーは、それが見事に調理されている、あるいは、その完成形と言えるかも。
悪と言うか修羅に徹しきれない修羅になっていく中途半端な存在。でも、それがジャグラス・ジャグラーと言う男の魅力でもある。
本編で容赦なく宇宙人を殺した理由って言うのは簡単に言ってしまえば彼らが悪だからなのかもしれない。
こういう部分と、#オリジンサーガ からジャグラス・ジャグラーを繋げていくとなんだろうね。やっぱり、そういう風に見ちゃうと修羅になりきれていない心を持った存在、そこからガイに対する執着
悪と言うより修羅と言う言葉が似合うのはガイへの執着って剣心と蒼紫の京都編までの関係に非常によく似ている。
恐らく次回でオーブオリジンになって、それを見て力を求めてジャグラーは強くなるガイを見て光の戦士を超えらえない現実を見て歯車が崩れるように修羅になっていく。
実際、クイーンを追い詰めたところで強烈な一撃を食らったわけだし、ジャグラーの強さは確かに強くなっていってるんだよね。確かにジャグラーが倒せた可能性もデカいわけで。
仮にここで完全にクイーンを倒していたらジャグラーとガイの関係はどう変わったのか?妄想が止まらない。
現実を見て修羅になっていく過程で正義を忘れてガイへの執着と言う負の感情と闇に飲みこまれて生きてしまう”力”が産んでしまった悲しい修羅になってしまうジャグラーが見れるのは、#オリジンサーガ 二期か、前日談的な1時間のスペシャルドラマをやるしかないと思うわけです。
何かそうなるきっかけが欲しい。ハッピーエンドに終わりそうな、#オリジンサーガ の話の最後のシーンにジャグラーが複雑な表情を浮かべる感じ。そういう終り方。
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前にオーブを見直していた時は自分の中では悪ではなく修羅だと理解したジャグラーだけど、今回の11話の段階で修羅の片鱗を見せてた。
修羅と戦士の狭間で揺れながら徐々に修羅寄りになっていくジャグラーと言う男に目が離せなくなっていくし、本当に、#オリジンサーガ ってジャグラーが主人公って思えるよね。
それがウルトラマンの力から生まれた確執っていうのも、また改めてウルトラの光の力は絶対ではないと言う証よ。
ただ心を開きかけた存在を護ろうして守れずに己を悔やみ修羅になる段階で力を求めて求めすぎて闇に飲まれて気高き理想を捨ててしまう。そして本来の強さの源でさえも捨ててしまう。
修羅になる段階で捨ててしまったもの。それが23話でガイが語った例の言葉として強く生きてくる。
修羅になる過程で誰よりも光の戦士になろうと思った存在が光の戦士に必要な大切な心も捨ててしまった。
これがやっぱりジャグラーの人間的魅力なのよね。戦士であり修羅である。そして執着した先のガイは光であった。ガイが光であったからこそジャグラーは闇に染まりきれなかった。
思っている以上に、この二人って絡み合ってて、ある意味、一心同体ともいえる関係であるんだわな。
ジャグラーにとってガイは己の光であり、ガイにとってジャグラーは己の闇でもある。
だから最終回でガイがジャグラーを抱きしめるシーンは互いの光と闇を清算した。と見て取れる。
改めて言うけど私はジャグラーはもうテレビ本編では悪だと思っていたのよ。でも、#オリジンサーガ を見てから悪ではなく修羅になろうとする者であると知ってしまった時、本当にジャグラーと言う存在が180度見方が変わってしまったわけです。
その修羅になる過程と言うが、また見ていて辛い。
自分が超えようとした存在が光であったお陰で自分は完全な修羅になることなく闇に堕ちずに済んだ。ってジャグラーの、この人生は酷く皮肉に満ち溢れているなと思う。
でも皮肉がジャグラーを救ったというのも、また事実。ジャグラーの人生って現実は小説よりも奇なりを地で行く。
#オリジンサーガ がそうであったように正義に光と闇があるように、その光と闇は表裏一体で、これからの #ウルトラマンオーブ におけるガイとジャグラーの関係も光と闇の表裏一体な関係。
此処から、どう変わるかは来週でちゃんと描かれないんだろうけど匂わせる描写で終わってほしい。
ガイとジャグラーの二人の心の描写が繊細かつ大胆だよね。互いにぶつかり合いながら、どこか、それで傷ついていくような部分とかね。それで育まれる友情と決別、光と闇の側面、思った以上に二人の関係から本編へとつなぐミッシングリンクとして素晴らしいと思いますよ。
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そして、これがガイのウルトラマンとしての最後の試練ではなく、彼の中の真の試練は、これから始まるのだろうという部分も考えるだけでガイは、寧ろ、これから本当の物語が始まる。そして大切な人を失いジャグラーの抱えていた闇の恐ろしさ、そして闇の向き合い方を知る……
後、クイーンに利用されていただけのことを知ってでも、それでもクイーンと共に行く姿勢はやはり信仰心と言う毒と言うものを感じずにはいられなかったけど、それはもしかすれば信仰心よりも弱っている同胞だった存在を放っておけないサイキと言う人間が持つ本来の優しさなのかも。
クイーンを助けるサイキの持つ人間的な感情は自分が一番、知的生命体から取っ払おうとしていた自由意思の尊重。人の感情的な行動には常に矛盾が生じるから、そういう部分も人らしさを感じて好きだけど。切っても切れない長年過ごした関係は理屈を超える。ガイとジャグラーのように。
ガイはジャグラーが選ばれると思っていたウルトラマンの力に自分が選ばれてしまったが故の惑いがジャグラーと決別するまでになったんだろうと思う。そその惑いがジャグラーのプライドを傷つけたりアスカ達と出会う事で光の戦士としての矜持を身に着け互いの正義の価値感に差が出る。
互いに違う正義の価値感を持ちながらも、#オリジンサーガ では共闘する二人って言う姿はかっこよく映る。未熟なウルトラ戦士であるガイと言う存在は、まだ闇が無い。闇を抱えてないが故に世界を照らすことの出来ないガイ。
その身に宿る相棒のジャグラーの哀しみを知ることなく一度、物語を終える。
一方では自分一人では抱えきれないほどの闇を持った修羅となり、一方ではぬぐえないトラウマから闇が生まれ光によって抱きしめる存在になる。
そんな二人に明確な差が生まれて勝利したのは、とてつもなく戦士と言う存在において忘れてはならないものだった。
己の中に闇が無いから他人の闇も解らないし力はあるのに光を照らす事ができない。これは初期における平成ウルトラマンからよく顕著に出てる部分。皆、戦士と言う存在として悩み成長して戦士として完成していく。今のガイは成長しつつも歴代の戦士の様にまだ深みには至ってない感じ。
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さて、最終回……どうなる?

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