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シン・ゴジラを見てきたよん。

ゴジラ
初代ゴジラが東京で暴れるのって東京大空襲の再現で、シン・ゴジラの熱線シーンが、初代ゴジラの東京蹂躙のオマージュであるのなら、東京にいるゴジラに核を落とす。って考えてみれば、東京に第三の原爆を落とす計画があったそうだけど、まさか、そういうアレですかね。
まぁ、語ると長くなるけど、なんていうか、そこまで絶賛されるほどのものでは無い。っていうのを見て思った。いや、なんか、うん。なんて言うかね。
前々から人の作った物語だから、多少のご都合主義は仕方ないし、それをどう隠して物語を展開するカーなんてのは、偉そうに言ってるわけですけど、シン・ゴジラってのは、なんか、そういう部分が露骨と言うか、なんというかなわけで。
自分としては、あの映画は前半の会議シーンとかすごい好きだし、ゴジラの何をしたいのかわからない不気味感もよく描かれて好きだったし、そこ行くと、中盤の初めて熱線を放つシーンを東京に放って焼け野原にするところまでがピーク。
前半が凄い楽しかったからこそ、前半が凄い良かったからこそ、なんていうかね。これ、もう、ネタバレしちゃっていいんですかね。
なんだろうね。ゴジラを見ているんだけど、そのゴジラが、なんていうか、話が進むごとに生物感をなくして、なんか、単なる舞台装置になっていくとでも言うべきか、そういう感じ。
怪獣映画に見えて怪獣映画ではない。っていうかさ、なんていうか、うん、ゴジラって名前を借りた災害シュミレーション映画っていうか、もう、そうとしか言いようが……
なんていうか、1984を除く、平成VSシリーズの荒神、一種の破壊神としてのゴジラの世代だからこそ、なんか、あの終盤の良いようにやられていく感じのゴジラとか、なんか見ていて、なんていうかなー。なんというか。
ゴジラの名前を使った、かっこいい政治家たちの災害シュミレーション映画。
だから、正直、言われている程に右とか左とか、そういう部分は無いんだよね。ただ、政府が、こういう事態にどう動くかーって感じだし。
ついでに、災害シュミレーション映画としてみるなら、あれは、あれで良いとは思うんだけど所謂恋愛とかホーム的な部分で人間ドラマを見たいと思う人は、あれで満足するのだろうか?
所謂、主人公の過去に何があったのか。とか、なんか、そういうのを入れた方が、そういうのを求める人にもいいのではないか?とか思った。そういうのを欲しい。って思う人もいるだろうけどね。でも、これは、ゴジラを通して生まれる政治ドラマであると同時に、その組織に所属する人間の間を描いた人のドラマであるとも思います。最初の教授のパトレイバー1のような死亡劇から巻き起こされて、組織と人間が振り回されて、そして法律によって縛られて後手後手に回る人間の生み出すドラマ。災害シュミレーション映画として見ても面白いとは思っていたんですけどね。
断片的に、なんていうか。
主人公は過去に災害の被災者だったんだーとか、被災で家族を亡くしたんだ。とか、そういうのを入れた方が、なんか、キャラの心情に対して乗れる人も出てきたんだろうなーってのは思うし、ついでに言えば、所謂、そういう部分を為しに淡々とこなす連中を見て無機質なゴジラ同様舞台装置に見えた人もいることだろうと思うんだよね。
ついでに、石原さとみの演じる、あの女が出てきた瞬間、なんか、どことなく作品のテンションが変わってポカーンってなった思い出。
んで、テーマの現実VS虚構の名の通り、あれ全体がデーマなんだろうけど、日本は、まだまだやれる。っていうのがテーマでもあるんだろうけどさ。後手後手に回る政府の対応とか、そういう部分の前半は正直、結構好きだったんですがね。あの憲法とか、法律に振り回されて、結局、良いように破壊を許してしまう日本政府の情けなさにはリアルを感じて結構、好きだったんだけどね。
例えば、後蒲田辺りのシーンで、いざ攻撃!ってなりそうなところで逃げ遅れた老人かなんかを見つけて自衛隊が攻撃できなくなって総理が「弾丸を国民に向けることは出来ない」ってシーン、凄い好きね。
あのシーンの日本の優しさであると同時に、最大の弱点が露呈した感じが凄い好きなの。そういう部分から、まだ殺せたかもしれない第2形態辺りのゴジラを殺せずに進化を許してしまった日本の今の法律の甘さと言う部分を思い知ってしまった、あの部分とかね。
日本の法律が、ああいった災害の被害を食い止められずに足枷になってしまうような、そういう展開、凄い好きなのよね。
なんか、プロジェクトXのゴジラ版を見ているような、そういう部分で現実VS虚構と言うテーマを描こうとはしたんだろうけどね。
そこで、日本は「こういう焼け野原になってもスクラップになっても、また、建て直してきたんだし、大丈夫。」みたいなシーンがあるけど、これが作品的に伝えたい事なんだろうなーってのは思いました。
まぁ、そういう感じなんだけどさ。そういう状況にまで日本を追い込んで、そういうことを言えば、まぁ、説得力は出てくるだろうなーってのは、なんか、そういうことは考えてた。うん。
まぁ、楽しい部分もあったし、だからこそ残念な部分もホント残念なんだけどね。
所謂、そこまで考えるスピリッツに対して、政治家である。って立場の弱さを表したような感じがします。とはいえ、3.11を経験した。ってなると、なんか、それはそれで、あのちゃんと描かなきゃいけないしでダメなんだろうけど。
これに対してね、押井守の奥さんだか何だかが、空っぽだよ。こんなの。っていってたけど、それは、こういうキャラクターの新庄に対する部分から、こういう結論を乱すことに対してのあきれ果てた答えなのだろう。っていうことを思うし、まぁ、それは、それで、確かに的を得ている。とは思う。
こういう災害シュミレーション映画であろとも、そういう部分は描けるし、やっぱ、そう感じる人は感じるんだよね。
いや、まぁ、そういう感じで会議シーンは好きなのよ。おそらく、特撮オタクが全力で考えたであろう、ゴジラのような災害が出たら、こうするのがベターなんだろう。って必死に考えた、そういう妄想が垣間見える部分が、やっぱ、自分も特撮オタクだから解るんだけどね。
ってか、直立になってからいきなり場面転換して「ゴジラがいなくなりましたー」ってなったり、鎌倉に上陸してから、一気になんか気づけば東京までゴジラがいたりとか、そういう部分も「描いてよー」って、んなことを考えたりもしますね。まぁ、今までのゴジラ映画って、そういう部分もあったけさ。そういう部分ってやっぱり気になっちゃうよね。
1954からに囚われず完全に独立したゴジラであるからこその、そういう意味でのシン・ゴジラであるとは思うんだけど、まぁ、うん。それは、それでいいんだけどね。繋げておけば老いたで、あのゴジラの立ち位置も、まだ、理解と言うか、そういうのは出来た気がする。
遠回しに憲法9条なんてのは、目の前の侵略の前じゃ意味がねーんだよ。みたいな、そういう描き方とか、結構好きだったけどね。
後さ、シン・ゴジラで、序盤辺りに「ゴジラを守れー!」って叫ぶSEALDsみたいなデモしてる連中がいたけど、あいつら、もうちょい掘り下げても、なんか、どういう連中なのか、説明をしてあげてもよかったんじゃないかな。そうすりゃ、シールズって、こんなバカな連中なんだよ!ってなった気がするんだよね。現実的にも教えるような感じで。
あそこまで怖さを演出しておきながら最後の最後の倒し方っていうかさ、あれかよ。っていうかさ。
いや、在来線爆弾ってのは好きだけどね。
ただ、ボロクソには言ってますけどね。
未来を感じる作品であったことは間違いないです。はい。
まぁ、あの、前半から中盤にかけての、あの夜の東京に熱線を吐くシーンを見て、「うわー、こんなの出して、どう完結させるんだよ。」って思ったら……っていう、そういうアレね。
まぁ、従来のシリーズで、色々と凄い武器で人類は倒しているのは解るにしても、なんていうか、シン・ゴジラの、あれはなー……って、なんか、なる。現実的な倒し方ではあるけど、やっぱり、中盤までの破壊神っぷりを見ちゃうと、なんかなー……ってなっちゃうんだよね。
なんか、お粗末だなーっていうか、そういう感じよね。
何やかんやで、思うのは、あのゴジラは何だったんだろ。ってことを考える。
あくまでも災害という視点で、ゴジラと言う存在の思考を読み取らせない、描かないことによって不気味さを強調しているように描いている感じなのか、どうなのか。人知を超越してる感は出てたんだよ。中盤の東京を焼き払うまでは。そこから、鎮座して、なんかさ、もう脚本の都合の良いように、そこに鎮座させられて、在来線爆弾を食らわせるためとか、そういう部分が見えてきちゃって、辛い。
昨日、おとといで、あの、ゴジラはただ歩いてるだけやろ。って感想があったけど、まぁ、それも解る気がするけど、結局、そこは、ゴジラが何をしたかったのか。なんてのは、こちらの想像にゆだねる。ってことにもなるのかね。
描かないことで不気味さは増してたけど、まぁ、なんだろうね。うん……東京に鎮座したシーンから、なんか、もう破壊神っていうか、災害でもなく舞台装置になっちゃったのがなー。シン・ゴジラに求めていたものはゴジラ像と言うもの、前半は理想そのものだったのに、後にどんどん、ゴジラの魅力が損なわれるような中盤からの演出が脚本の都合によって、なんか、どんどん最初のインパクトが削り取られていくような、あの感覚は正直、仮面ライダーゴーストの残念な部分を見てる気分。
ゴジラが災害以上の意味を持たず、それ故に、初代ゴジラのように人間が科学によって犯した過ちを科学者として償った芹沢博士のような、ああいう部分が見えないんですよね。昭和ゴジラであれば核の申し子や、正義のヒーローポジション、平成VSシリーズであれば身勝手な人間への破壊神……ゴジラってのも、ある種の被害者なわけです。故にゴジラ映画ではなく災害シュミレーション映画に見えてしまったのが悲しいのです。
自分が平成VSシリーズ世代だからこその、偏った思考ってのは出ちゃうような気がする。
ただ、なんていうかなー……ラストシーンの呆気なさと言うか、まぁ、続編がやったら呆気なく復活するんだろけど、なんだろうね。なんか、こんな簡単にやられる存在じゃねーよ。って言いたくなるわけでござーます。やっぱり、初代の1954から平成VSシリーズとか所謂、人間の傲慢と欲望から生み出された破壊神としての存在が脚本や物語の都合で一気に、なんていうかさ、好き勝手されちゃったような、ああいう感じのシーンはね。前半の荒ぶる神の復活は何処に行ってしまったのだろうか。っていう部分がね。そこで、やっぱ、あのゴジラは何がしたかったのだろうという感じにも、また自分としては繋がってくるわけで。あのゴジラは、なんだったの?平成VSシリーズのような、怒りの象徴でもあるわけでもなく、初代ゴジラのようなものでもなく。ましてや、ギャレゴジのような守護神でもない。ホント、ちと、あの「散歩しに来ましたー」ってテンションだからね。邪魔な連中、イランから、もう、ドーン!するわーみたいなね。
まぁ、明らかに目に見えてしまうほどに脚本の都合に合わせて暴れたり、暴れるのをやめたりするゴジラは、正直、見ていて辛かったなー。って、そういうことを思いますよ。ついでに血液凝固剤をゴジラに飲ませている最中、口の端からダバーッてこぼれるシーンが無いのに「?(・ω・)」ってなった。
ってか、ホントにゴジラを災害として描くなら、あんな都合の良いように暴れるのをやめたりしないだろ。って思うし。
災害として描くなら、もう鎮座とか必要なく、ああいう在来線爆弾とか使えなくなるほど動き回って、関東一帯をドーン!!ってやっちゃってもいいわけですよ。個人的には、アメリカが核爆弾を落として、もっと手の付けられない存在に進化するんじゃなかろうか。って、そういうゴジラを期待していたところもあるわけですが、そうはならなかった。そして、そこから、そういう原発なんて使う人間の愚かさとか、なんか、そういう核エネルギーを弄ぶ人類に対する傲慢さを具現化した怒りの存在、それこそ、初代ゴジラみたいな役割で出るのではなかろうか!?って思ったら、そうでもなかった。
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賛否両論だけど、あの映画ってゴジラに対して災害以上の役割を与えなかった部分が自分的には物凄く辛かったわけです。まぁ、でも、やっぱ正直、そこ行くとさ。なんか、あんな呆気ないっていうか、脚本の都合に合わせたゴジラのやられ方を見ちゃうとアタシとしては「シン・ゴジラ」よりも「劇場版ウルトラマンXきたぞ!われらのウルトラマン」のザイゴーグが有終の美を飾ってたよ。
なんだよ!在来線爆弾とか、すっごい面白い兵器を使っておきながら、なんか、えー……みたいなさ。
なんか在来線爆弾とか現代的で、こういう戦法、好きだなーって思ったとたんに、あの、ゴジラが倒れた瞬間に、あのトラックが寄ってたかって、口の中に血液凝固剤を注入するシーンは「えー……」ってなるんだよね。
前半の絶望感、そこまでやっておきながら、そんな原始的な手段かよー!って。破壊神から、突然の……っていうかね。
ビオランテに出てきた「薬は注射より飲むのに限るぜ、ゴジラさん!」のオマージュかよ。とか、そういうことを思ったりしたり、なんか、なーって、正直、もう、ゴジラに凝固剤を打ち込むシーンは笑った。まぁ、死んだわけではないけどね。ゴジラね。脚本の都合で平然と街に鎮座するゴジラとか見たり、あの、直飲みされるゴジラとか見ていると、何かね。
どうせ、続編が出たら某国が要らんことして復活させるんだろうけど、ついでに別の怪獣を出して戦わせる。みたいなね。
アメリカとか、中国とか、韓国とか、北とか、そこら辺がね。
だから、一方的につまらないとも言えないんだけどさ、ただ、そこまで手放しに「100点満点で、スゲー面白い映画だー!」とも自分としてはならないわけですよ。
この映画は、面白い部分は本当に面白いに、残念なところはホント極端なほど残念な映画だと自分は思う訳でございます。でも、私がゴジラ作ったら、ああいうのは出来ないし、ただ、こうしてぶーたれて不満と感想を言うことくらいしかできない。
でも、お金を払って映画を見たんだから、これくらいは良いよね。庵野監督が、まさか、ゴジラをああいうぞんざいに扱うとは思いたくなかった。ってのも強いな。
あの、ゴジラがあたしの住んでる地元をぶっ壊してくれたら、文句なく残念な部分に目を瞑って100点だった(・ω・)まあ、アタシの全体の感想を見て、なんていうか、従来のゴジラ像に引っ張られちゃってるんだろうなーって思われたら、ホント、その通りだし、そうとしか言いようが無い。周りの感想とか見て、どんだけ、ゴジラは凄いことになるんだろう。って思ったけど、でも、やっぱり、見終わって安心した。っていうか、あぁ、やっぱり、ウルトラマンXの方が凄いエンターテイメントとしては凄い楽しかったなー。ってのを再認識した。正直、やっぱ、エクシードXをワンパンで倒す。って時点で、それだけでシンゴジラのように焼け野原になるような、そういう部分もないのに、ウルトラマンの強化形態をワンパンで倒しただけで「おいおいおい、こいつ、どうやって……」ってシンゴジラと同じ気分になるから凄い。
どうでもいい話、シン・ゴジラの矢口と赤坂の思想は明確に違いながらも互いにどこか信頼している感じは結構、好き。
矢口の凍結作戦に関する赤坂の台詞にある「不確定要素が多い」って部分は、この作戦に関する信頼の裏返しのようにも思えるんですよね。それでありつつ自分は東京を焼くプランを推奨する感じね。同情とか、そういうのが無くてもいいから全てにおいて本土を焼かれるのを阻止するために東京を残すためにゴジラを凍結させる矢口と、核を撃たせることで世界中から同情の支援を確実なものにして復興に力を注げる状況を作り出す赤坂の違い……ってのは良い感じに描かれてて好きなのよ。
核で確実に倒せるか。っていうと、まぁ、今までのゴジラを見てると、逆に危険だろ。って思うけど、作中の人物は、それを知らないわけだしね。撃たれてたら確実に、あいつら、死んでた。って思うけど。
ゴジラ消滅とゴジラ凍結……
ただ、凍結させるにしても、あの後、凍結したゴジラをどうするのよ。っていうのが明確に見えないのがねー……やるなら、それをちゃんと描いてよ。っていうのは、やっぱ思ったんだよね。
四肢を欠損させたりするんですかね?どうするんですかね?凍結させた後は、どういうプランなんです?
政治劇は凄い好きなのに、そういう部分の詰めの甘さとか、そういうのがねー
そもそも、あの話、ゴジラを凍結させるにしても、共存云々にしても、その後をどうするのか。ってのが、なんとやら。矢口組の連中、基本、凍結させた後は考えてないような感じ。
赤坂も、そういう意味でも不確定要素って言ったんだろうけど、でも、それは、ちゃんと言わせるべきだった。
核で消滅できるなら、消滅させた方がベストなんだろうけど。
凍結プランと核プランは、ほぼ同時進行だったから、あれなんだろうけど。
ただ、凍結プラン自体は、確か、それなりに出ていたし、そういう時点で考える時間ってのはあったとは思うんだけどね。ましてや、ゴジラが東京に鎮座してから色々と時間があったんだし。
とりあえず、それでも凍結させることに精一杯だったんだろうけど。
どうでもいい話、ゴジラと共存って台詞があったけど、正直ね。
ウルトラマンXのように誰も「あれは人間の都合の良い形での共存じゃないか。」って突っ込みを誰か入れるべきでもあったと思う。
アレは、共存ではなく支配だからね。ついでに折り紙の流れとか、正直、唐突すぎだよね。
ただ、思うんだけど、凍結って永遠じゃないしね。凍っている間の、あいつを、そのまま放っておくんですかね。そういう部分が気になってあれ。
なんか、もう、怪獣ではなく、怪獣を越えた歪な何かに進化してたけど。このゴジラは。続編やるなら、なんか、もう、そういう怪獣からかけ離れたフォルムになるんだろうなーって思う。ついでに、核のスイッチは58分46秒くらいで止まったままとかだっけか。撃たれて、厄介なことになりそう。
そういや、ゴジラで、ああいう感じでアメリカが軍事支援するのって、初めてだった気がする。1984ゴジラだとアメリカとソ連が戦術核を試したくて仕方ない連中みたいな感じで登場した思い出。日米安保的な部分を持ち出すとか、そういう部分は、新しいなーなんて思った。ついでに、核のスイッチは58分46秒くらいで止まったままとかだっけか。
子の凍結期間に、あの歪な神をどうするのか。っていうのは、奇麗ごとでいいから、矢口のプランは見たかったなー。ついでに、英語をしゃべるとき、無駄にテンションの高い石原さとみの、あれは、どうもなー。
いやあ、ああいうキャラを出すにしても、もうちょい冷静に話すだろ……
っと、まぁ、話は逸れたけど。
まぁ、ああいうタイミングで凍結作戦って出さないとアウトなんだろうけどさ。収集付かないし、あの結末なら。
後、危険な歩く原発と言う災害と言う存在でしかない、ゴジラって、なんか、悲しくない?
あ、私だけ?そうですか。
絶望の化身とか、なんか、なんかなー。そういう存在であったの、まさに、もう東京で熱線を吐いて焼け野原にするまでのゴジラは、まさに、それだったんだけどね。あそこまで恐怖をあおる演出をしておいて、こんなぞんざいな形で終わるのかよwっていうかね。
それは、余りにもゴジラに対しては失礼ではなかろうか。普通に痛み分けって感じで、ゴジラが海に変える。くらいがちょうどよくて、無理してゴジラに勝って日本はまだまだやれるよーって、なんかなー。説得力と言うか、なんていうか、そういうのを感じないんだよね。
やっぱ、ゴジラを海に帰して災害から救ったー!なら、まだ、説得力はあったんだけどね。やっぱ、あれでやられちゃう。ってのは、前半の破壊神としてのゴジラに凄い申し訳ない。って思うの。
あれで、人類に勝てなかった方が恐怖と不気味さを兼ね備えたゴジラを演出出来た気がするし、あの東京に鎮座するシーンとか、あれに対してプラスな評価が自分は出来たと思うんだよね。ヤシオリ作戦ならぬ直飲み作戦は飲ませるところまでは成功したけど、ゴジラを抑えることが出来ずに、ゴジラが人類を見下すような表情を見せて、そこでエンディングに入る。
っていう方が、個人的には良かったなーって。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

在来線大爆破

劇場版アイカツスターズと同日に観賞しましたが、私もほぼ同意見だったりします。

ゴジラを倒す、もしくは無効化するのであれば、1作目の芹沢博士が自己犠牲と引き換えに…だったり、
ゴジラの逆襲のパイロット・小林さん根性の爆死がゴジラ封印のヒントを生み出した様に、
もう少し苦味のある落とし所が欲しかったかも、と個人的には思いました。
ただ、硬質で乾いたタッチのドラマパートや、禍々しさ満点のゴジラ造形を始めとした特撮パートは相当にスリリングで、本当に素晴らしかったです!

恐らくヒットを受けて次回作も作られるでしょうが、本作の直接的な続編ではなく、スタッフを入れ替えて全く別の世界観で拵えるというアプローチでも観てみたいかも。

| kwai | 2016/08/26 02:40 | URL |

kwaiさんへ

コメント、ありがとうございます。
やっぱり、前半の絶望感に比べれば、やっぱり、ラストの展開や、それまでの流れっていうのは、「うーん……」ってなるものが多いんですね。私だけじゃなくて、なんか、安心しました。

苦みのあるラスト、所謂、徹底したロマンチスト的なものを排除して、生まれてしまったものが呆気ないゴジラの封印ってのも、なんかなーと、思いました。今回、やるに至っていろいろなものを削ったそうですが、そこまで削ってしまった結果が、あの拍子抜けのラストなのかなーと思いました。総理を含む官僚たちの死で、それがなると思えば、それは、また違うと思う訳で。
やっぱり、やるなら、もうひとひねり欲しかった部分はありますよね。
本当に、素晴らしい部分はたくさんあるのに、やっぱり、こういう部分で思い切り足を引っ張ってしまうのは惜しいなーって思ってしまいます。

今回の世界は所謂、メカゴジラ的な存在を出すと、それだけで崩れてしまいそうなので、そういう超兵器が出せるのに説得力のある下地のある世界観で、何かやってほしい感じです。

| 月 | 2016/08/26 09:13 | URL |















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