PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

劇場版 牙狼〈GARO〉-GOLDSTORM- 翔 を改めて見る。

2015y09m24d_013919760.jpg
面白いって言えば、充分に面白いし、阿号もかっこいいし。そうなんだけど、やっぱり、どうなんだろ。って思うところがあったりする。
まぁ、前に語ったんだけど、そこはあんまり変わらないから、色々と思ったりするんだよなー。そう見ても、あまり変わらないと言うかね。
maxresdefault_20150930011255c96.jpg


・双竜法師と阿号のドラマ
もうちょい掘り下げればね。作って、出来あがったシーンとか、そういうのを入れれば、もっと、このシーンは良くなっただろうなーって思う。それか、そういう短編ドラマを作るとかね。
・ガロの鎧と阿号のドラマ
牙狼にするならと、色々と思った。そういう何かを入れてほしかった。流牙が牙狼の鎧を纏ったりとか、そういうのを見たかった。ここ、何かやりようがあったんだろうと思うのに惜しい。
・牙狼翔の鎧になるためのドラマ
割とあっさり登場する牙狼翔……いや、この劇場版事態、プロローグだから、そういう扱いなんだろうけど、私的にはもっとね、ドラマチックな展開で牙狼翔に代わる展開が欲しかったんだよ……
・阿号と少女のドラマ
嫌、正直、4番目は、もっと掘り下げてほしかったんだよね。ただ、なんとなく挿入した感じが強いんだ。
とはいえ。


内容は大雑把に見ると好きなんだけどね。ただ、細かく見ると、色々と「?」ってなっちゃう、これが、劇場版GSの世界なのよなー。
阿号のね。
機械故に生み出された極論だよなー……阿号の考えは。でも、それがホラーのいない世界を作る一番手っ取り早い世界でもある。
そして「守るに値する人間」に対して疑問も浮かぶ。前作で、そういう奴もいた。解っているからこそ二人は悩む。
流牙の場合は、同じような人間に出会いながらも、それでも莉杏のような人、様々な人と放浪する中で出会ったからこそ「どんな人の中でも守るに値する光がある」と、そう言いきれるのだろうね。だからこそ、人懐っこいんだろうなー。流牙は。
流牙が阿号の世界を否定したのは、沢山の人と接して人の心の光の面と闇の面、様々な感情に触れて来たからこそ、光の面を信じた流牙にとって、その世界は悲しみしかないんだよね。平和にはなるけど、結局虚しさしか残らない。だから否定する。
流牙の信念は「どんな人の心にも守るに値する光はある!!」は、これなんだよな。
改めて、流牙とは?
莉杏とは?
どういう信条でこれから動くのか。それを確かめるための話が、この劇場版GS翔であるとも言える。
「どんな人の心にも守るに値する光はある!!」
この信念を貫いたからこそ、最終回での奇跡が起きる。そして、それを感じ取ったからこそ、GS翔の終盤で阿号が人に力を貸すのだと……そう思うと、泣ける。
GS翔に入って莉杏の化粧具合も落ち付いてる感じがするんだよね。そこも大人っぽく見えるし、闇照との差でもあるのかな。
後、無駄に甲高い声じゃなくて落ちついた女性の声の口調ってのはやっぱ感じる。
魔、こういう感じですかね。改めてみた感想は。
ただ、全体的に楽しいんだけどね。
惜しい部分もあって目立つからね。
何とかしてほしかったな。
2015y09m24d_013556633.jpg
うん……
そして、次はテレビ版GS翔を語る。

| 牙狼 | 00:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://civer.blog122.fc2.com/tb.php/6477-fef4d416

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT