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その魔法にかかったお客様ったら

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新作公開記念+神無月と言うことで、好きな作品のクロスオーバー。
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ARIA×神無月の巫女・・・・・・ichiiさん、神無月の巫女のイラスト、描いてくれないかなー
神無月の巫女単品と、神無月の巫女×ARIA……

神無月の巫女10周年記念+1周年+2015年神無月
ARIAアニメ版放映から10周年+映画公開記念


完全なる自己満足のクロスオーバーSS


「ん……」
ぐったりしながら、姫宮千歌音は目を覚ます。
身体にジメっとした何かを感じると同時に着ている衣服が汗でビショビショになって気持ち悪くなっていることに気付いた。
都会の夏が生み出す弊害というのは全裸で、この街を歩いて過ごしたとしても心地の良いものではなく、何か害を、その身に受けて窒息死してしまいそうな気持ち悪さがある。
人並より大きな胸はぐっしょりとして下着までヌメっとした感覚と、どろっとした纏わりつくような嫌な汗、ジメっとした感触がどうも気持ちが悪い。
「着替えましょう。」
熱中症にでもなったかのように頭がクラクラし、その中で妙に印象に残る夢の内容が頭の中をループしていた。
夢の中で何かが自分と姫子を呼んでいた。夢にしては良くあるファンタジーと現実を混ぜ込んだような世界。どうせ、ただの夢だと思ったが、夢の場所は一緒に姫子と花見をした場所と言う、妙にリアルな夢だ。
だが、人の夢と言うのは総じて記憶から消えやすい。所詮は幻想と言う部分が強く消えていく。
しかし、今回は妙に頭の中に残る。
それになにを意味するのだろうと考える間もなく、千歌音の身体に気持ち悪さが襲いかかった。暑い中で直射日光が降り注ぐ中、ソレを諸に浴びながらクーラーを効かせていたのだ。お世辞にも身体に良いとは言い難い環境である。
「暑い……」
姫子の仕事が終わったら、一緒に外に出かけよう。
そんな思いを秘めながら、クーラーの効きすぎた部屋を出て姫子の仕事が終わるまでに弁当を作ることにした。
部屋の中にずっといると出てくる気持ち悪さに当てられて、ぐったりと吐き気が襲いかかった。
外の暑さに当てられたくは無いから、ボーっとしながら、今日は過ごそうと思っていたときだ。
突然、身体が変調をきたし、気だるさが肉体を襲った。部屋にいすぎた罰があたったのだろうか。そんなことを考えながら我慢しようとしたが、徐々に気持ち悪さは肉体を侵食していった。考えてみれば、ここ三日は外に出ていないと言うことに気づく。そんな時に、思い出したのは「こもりっきりになると、身体の調子が悪くなっちゃうよ。太陽の光を浴びて、リフレッシュしよう?」と、姫子の言葉を思い出す。
ゆっくり体を動かせば、気持ち悪さが徐々に解消されていく。
ソレが、自分にも襲いかかったのか。
なんて考えながら、こんな状態なのに仕事に打ち込んでる姫子に、ちょっと苛立ちを覚えた。
「姫子も、仕事などしないで私とずっと一緒にいれば良いのに……」
正直、働く理由と言う物は無い。
しかし、姫子が自分とばかり遊ばないで、仕事をしながら生活を送る。と、言うのは、これに近い何かがあるからだろうか。等と、考えつつ、仕事を頑張っている姫子を労うと同時に、終わったら散歩をして一緒に弁当を食べよう。そんな夫婦生活を思い浮かべながら、ゆっくりと作り始めた。
「場所は……あそこにしましょう。」
姫子と一緒に弁当を食す場所。
思い浮かべる絶好の景色の場所。ただ、誰かが自分達を呼ぶように。そこへ誘導するかのように。
そこは……


夏の季節。
「外に出たいけど……こう暑いと嫌になるよね……どっか、千歌音ちゃんと遠くに行きたい。」
ハァ……
と、ため息を吐いた後に、行くなら、夏だけど涼しい場所を望みたくなる。
脳内に思い描かれる世界は常に幻想的で外でも快適に過ごせる住み心地の良い人間にとって都合の良い世界。
望めば、そういう場所に行きたいものだが、そう簡単に、そんな避暑地が見つかるわけでもないし、姫宮家の買い取ったプライベートアイランドとて涼しさを求めると何か違う。
妹分である凪沙と智恵理を連れていったが、涼しさとは無縁の世界であることは重々承知している。軽井沢、そんな感じの避暑地を思い浮かべるとするならば地元が最初に来るものの、特にそこに行きたい訳でも無い。ただ、何処か、夏と言う世界を感じながら開放的な涼しさに包まれる場所。
そんな我儘な感情を内心に秘めて、此処ではない何処かに飛んでいく妄想を繰り返す。
そうしていくうちに、集中力が途切れて吐き気が襲いかかる。
部屋の中でずっと仕事をしていた代償だ。
姫宮姫子は内職を終えて集中力を完全に切らしてから襲いかかる吐き気。こう暑いと解っていても、クーラー全開の部屋で快適に過ごしていたとしても、部屋にこもりっきりになると人間の身体と言うのはおかしなもので徐々に妙な気持ち悪さに襲われることがある。ソレを我慢することもできるのではあるが、流石に身体が、その気持ち悪さを抑えることが出来ずに悲鳴をあげて、それは吐き気となって襲いかかった。
「終わったら、外に出よう……千歌音ちゃんと一緒に……」
そんなことを考えていると、一瞬、脳裏に何かが走った。
見知らぬ雰囲気と風景、何かがフラッシュバックした後に、ふと、また、あの場所に行きたくなった。誰かに飼われている黒い猫が水先案内人をして待っている、あの花見をした場所へと。
最初は一人で。次は大切な人と。次は大事な友人達と一緒に。いつもの人気の無い都会の路地裏を歩き、春だけに見せる特別な場所へと向かうために歩く。
千歌音は一緒に行ってくれるかもしれないけど、本心ではどうなのだろうか。ふと、そんなことが気になっていた。
何故、あの場所が脳裏によぎったのか。夏と言えども、あの場所は暑いだろうに。ただ、今、一瞬、脳裏に世界の絵が明確に走った時、そこに行きたいと肉体と精神が訴えかける。何かが急かしているかのようだった。
外の世界を見れば鬱陶しいほどに太陽の光がバカみたいに照りつけて、いざ外出する決心を決めたすぐ後に自分の中で外に出る気力が消えていくのを感じていた。
陽の巫女であろうとも、この太陽の暑さは恨めしい。部屋の中、クーラーを全開にしても光は侵略し姫子の肌を焼く。
「行きたいけど……」
思い浮かべるのは、やはり春に一緒に桜を見た場所。
何故、あの場所なのか。良く解らないが、何かに呼ばれているような、そんな錯覚さえも覚えてしまいそうだ。疲れて、とうとう、幻聴でも聞いたのか。そう思うと、なんだかおかしくなって苦笑する。
しかし、行きたくないと言う訳ではない。
千歌音ともう一度、あの場所に。
「千歌音ちゃん、一緒に来てくれるかな?」
頭の中に最愛の人を描きながら問いかけて見るが何も答えるわけがない。
ただ、4月から今日までの千歌音を思い出す。既に炬燵の時期を脱したが故に、そういう方面ではアグレッシブにはなってきたものの、それでも、自分のエリアである家と言う名の世界の心地良さと言う物に甘えている部分がある。
もしかしたら、今もそう思っているかもしれないと思うと、どうにも誘うのを悪く感じてしまう部分がある。
お嬢様であるが故に、庶民の炬燵やら、そういう物を覚えたら、どっぷりと浸かってしまった姫宮千歌音。冬や夏と言う極端な季節になると、下手に外に出るよりも家にいる方が文明の発達した世の中では心地良い。夏と冬は、そういう人間の堕落する心に付け込んだ文明の利器が活躍する時期だ。
しかし、コンクリートジャングルで構成された街と言うのは実際に天気予報で発表される気温よりもはるかに高いなんてのは、この御時世、当たり前で外に出るのもだるいし、そう言った器具に甘えてしまうのも、また仕方のないことか。
面倒も無く、手軽に行える部屋で行う神聖な行為。
もし、千歌音がクーラーと言う文明の利器に甘えっぱなしであるのなら、避暑地に行くより二人きりで部屋の中での快楽を司る最上級の娯楽を選ぶだろう。それに、炬燵はいらないとはいえ、今度は照りつける太陽の暑さが外に出ることをためらわせる。
こうも、毎日、35度以上の気温が続くと、一日中、籠ってクーラーの効いた部屋で眠りたくもある。
暑いときは寒さを求め、寒いときは暑い物を求める。人とは、余程のことが無い限り、殆どがそういう生き物だ。それは恋人も例外ではない。
そう行くと
「あら、姫子と交わる以上に最高の娯楽なんてあるのかしら?」
と、悪戯な笑みを浮かべてくるような、そんな最愛の人の優雅な笑顔が思い浮かぶ。そんな千歌音の反応を予想していた時だ。
「姫子……こもりっきりになると気持ち悪いわね……」
会えなくなって寂しくなったのか、目の前の青のかかった黒髪と胸の大きい彼女が目の前に現れた。
「それに、やっぱり、好きな人の前にいないと寂しいわ。」
その凛々しい顔に子犬のような可愛さが付与されて、より魅力的に映る恋人の姫宮千歌音。文明の利器に頼ったからこそ、特に汗で肉体が濡れて官能的に見える。と、そういうことは無い。
いつもの美しいままだが、気だるさと言う物が全体に滲み出ていて、下手をすれば倒れてしまいそうな危なっかしさも秘めている。よく見ると、目の焦点が合っていない。ぐったりしているのが、その表情から良く解る。
「どこか、行こうか?ついでに、お昼ごはんも外で。」
「えぇ。そうね。」
ちょっと準備をしてから千歌音を連れて、ちょっと散歩に向かう。
千歌音も、ずっと籠りっきりだ。変な気持ち悪さが襲いかかって耐えきれなくなったのだろう。
それと姫子がいなかった。と、言うのも一つの理由かもしれない。
千歌音が一緒の部屋にいなかったのは、最愛の人は一緒にいると仕事の邪魔になるから。と、部屋から出て行った。別に一緒にいても何もないのだが、千歌音なりに気を使ってくれたのだ。と、そう思うことにして千歌音と一緒の時間を我慢して仕事に打ち込み、今日は予定よりも早く終わった。
昼までかかると思ったが、まだ、11時半だ。それを知った時、ちょっと遠いところまで歩いて、外で昼食をとるのも悪くない。そんなことを思った。
「姫子、仕事、終わったのでしょう?何処かに行きましょう?」
妙に急かしてくる。
しかし、何処かに行きたいのは本音。
「そのために、お弁当も作ってきたの。」
用意周到とでも言うべきか。
自慢げか、褒めてほしい子供のように弁当を差し出した。
暑いが、部屋の中に籠っていては、それもまた地獄。外に出て、何かを張らさなければ肉体に毒が溜まるような、そんな気持ち悪さから逃れたい。ぐったりとして吐き気に襲われたような顔も、何処か艶っぽい。
「疲れているなら、良いのよ?でも……」
出来れば、ちょっと我儘を聞いて欲しい。なんて、事を考える。
「私も、ちょっと、外に出たかったから良いよ。」
許可が出た途端、子供のように千歌音の顔が笑顔になる。いつもの凛々しい顔が、子犬の顔そのものだ。姫子しか見せない無邪気な表情に思わず、顔がほころんでしまった。
「姫子、その、もし決まっていないのなら、一度、あの場所に行きたいのだけれど。その……」
「それって……まさか、春に行った、あの桜が咲いていた場所?」
千歌音が言う前に姫子が行きたい。と、思った場所を答えて、千歌音は行きたい場所を当てた姫子に「どうして解ったの?」と、言う顔をした。
「何となく、私も、そこに行きたい。って思ったから。なんでだろうね。花は散っているのに、何故か、あそこに行きたい。って思っちゃった。」
「私もよ。」
そう姫子が千歌音に言う。
どうやら、あの場所が気になって仕方ない。
二人が引き寄せられたように、あの場所に向かうように脚を進めていた。
その理由は解らない。
ただ、なんとなく、夢の世界で、頭の中で、あの世界が描かれたから。そうした二人の意見が合致して弁当を持って着替えの準備をしてから二人は家を出た。
いつもの路地、何かある訳でおないと言うのに胸がソワソワする。ただ、外の空気に当たり陽の光を浴びた時、徐々に心地良くなっていく。
とはいえ、家の中にいたときよりも外の気温は当然、暑いし、天気予報で言われた以上にコンクリートで造られた街は太陽の熱を浴び続け、地獄と言っても等しいほどには暑くなっている。そういう意味で今度は天候でぐったりする。天気予報の気温の発表よりも高く感じるからだから見た都会はぐらぐらと建築物が蜃気楼のように揺れている。
エアコンによって放出されるガスが、さらに、暑くさせて、そう見せていると思うと、流石に、そういう風に開発したエアコンなんてものを怨みたくもなったりする。
だが、こうして手を繋いでいる今、手の汗でぐっちょりとした感覚が両手にヌルっとして、何故か、それが少し心地良い。
そうして、いつもの裏路地に入った時、そこには
「ニャゥ?」
帽子を被った黒い猫が、そこにいた。
青い瞳で、スラリとした体形、それだけ見れば普通の猫だと言うのに、何故か、それが毎回、会うたびに別世界の住民なのではないのか?と考えてしまう。
ただ、そこに巫女としての感覚なのか邪悪な意思は感じられない。
「こんにちは。にゃんこさん。」
「にゃぁぅ。」
そっと、頭を撫でると、嬉しそうに鳴く。
そうして導かれるままに猫の誘導に従い、ついていく。
「この子、飼われている猫よね?」
「だと、思うよ。」
首輪が付いているし、中華風の文字に彩られた帽子と言い、本当に何処かに飼い主がいるのではないか?と、思うが、近所を散歩していても、決して、この裏路地以外には存在しない。
ただ、不可思議で美しい存在が、何処かに連れていってくれると言う感覚は童心に戻り心躍らせる。自然と先ほどのだるさを忘れるように姫子と千歌音の顔が自然と笑顔になる。そうして、いつもの道に入り込み、此処を抜ければ前に花見をした場所に辿りつく。どうも、この場所を歩くと不思議と肉体すらも子供に戻っていく気がした。
汗の匂いが鼻孔を擽る。暑いと社会人というゾンビたちは呻きたくなる気温だと言うのに、不思議と身体は暑さを感じない。心地よい暑さとでもいうべきで、あるべき自然におおわれた、この場所では夢、そう表現してもおかしくはないし、この世界にたどり着けばだれもがそう思うことだろう。
汚染されたような暑さではないのだ。科学という技術によって汚染されて現代の成長する生き地獄を作り上げた地球という場所とは、どこかが違う。だからこそ、此処は何処か未知の世界と繋がっているのではないか。
幻想的な気分に浸らされて、燦々と照りつける太陽の輝きでさえも、それを暑さとして捉えることを忘れてしまいそうになる。都会だと言うのに田舎を感じる東京の裏路地にある、時代に取り残された木漏れ日の道。遊園地に行く子供のような心境だ。それとも、異国の地に足を踏み入れるような、そんなワクワクした童心に戻るような気持ち良さもある。
額に流れる汗が心地良いと感じるほどにだ。暫く、心身ともに気持ち良くなってくる。一種のトリップに近い状態に入っていくのを感じた。
暑さを越えて肉体の内側から心地良い冷たさが入り込む。それと同時に道に光が差し込んだ。太陽の日差し以上に暖かい光、いつもと違う不思議な光が二人の身体を包みこんだ。
「え……」
声を発する暇すら与えない。
ただ、光に肉体が包まれる。
不思議と恐怖の感じない、いや、その光の向こうに行きたいとさえ感じてしまうほどの光。
感覚がおかしくなっているのか、だが、そこに恐怖は無かった。
何か、子供のころ知らない場所に旅行に行くような、そんな好奇心さえも肉体が蘇らせた。
姫子と一緒なら、千歌音と一緒なら、そんな感覚も合わさって、ふわりとした心地良さが身体を包みこむ。
光の向こうにある世界。
一番の眩しい光が二人と一匹の猫のシルエットを完全に消した時、そこは、前に花見をした場所では無かった。
まだ明るい場所、ただ、明らかに、その場所は自分たちの知っている場所ではない。
「線路に路面電車……?」
明らかに東京ではない。
魔法にかかったかのように、いつもの場所でも無く、見知らぬ場所に自分達はいる。
いつもの裏路地を通ってきた場所、どこで、道を間違えたのか。あの猫が場所を間違えたとでも言うのか。
「にゃ。」
しかし、その猫は、この場所であっている。と、でも言うかのように二人を促した。
猫が連れて来た場所は丘の上に一台の路面電車が、ただ置いてあるだけ。
テレビで良くある田舎の駅。
錆びてはいるが整備されていることが解る線路が敷かれており、今なお現役で動いていることが解るし、下手すれば誰も寄り付かない場所で、鉄道マニアが喜んで集まりそうな場所だ。知らない場所だと言うのに恐怖を感じない。
ただ、何か巫女として、また呼ばれてしまったのか。こういう見知らぬ場所に来ると思う。
何処か、世界全体が優しく神秘的な世界に包まれているような気がした。ふわりとして、気を許してしまえば一生、此処で二人で暮らすのも悪くない。何故か、そんなことさえも考えてしまう。どうして、そう思考してしまうのか。元の世界と手優しい住民たちはいると言うのに。
「そんなこと、考えちゃった。」
「姫子も?」
「うん。」
どうせなら、凪沙や智恵理達も、此処に連れてくればいいとさえ思ってしまう。何故か、そう優しさに溢れている気がする世界だった。
「にゃ。」
「来い。と、言っているのかしら?」
暫く見とれていた時、黒い猫が促すように鳴いている。
冒険心をくすぶられ、不思議とネガティブな思考を遮らせるような空間、此処がどこなのか、そんな疑問さえも吹き飛んだ。
何故か、帰りたい。戻りたい。そんな感情に包まれてあたふたすることは無かった。ここは人生の楽園とでも言うべき場所とでも言うべきか。何故か都合の良い妄想が現実になる。
「にゃ。」
猫の案内した場所は例の路面電車。
「乗って。って言ってるの?」
そう言うと猫は、ただ頷いた。率先して安全であることを示すように猫が先に乗る。ソレを見て良く解らないが安心できた。猫と人間の信頼関係とでもいうのか。人に話せば笑われてしまいそうな出来事だ。
「にゃっ。」
姫子たちも座れるように猫達が席を開ける。此処に乗る乗客はすべて平等なのだろう。猫たちの気づかいが、なんだかおかしくなって、それでも猫達が「早く座って」と促している。
ファンタジーの世界なのか、それとも夢の世界なのか。区別さえもわからなくなる。実は仕事の後、弁当を作った後、部屋でそのまま寝ていて自分達は寝ているのではないか。だから、こんなファンタジックな夢を見て、そして、見知らぬ場所でワクワクしているではないか。
「にゃぁぅ」
「にゃうにゃう。」
そう考えさせることを忘れるように路面電車の中には沢山の猫の客達は今か今かと電車が動くのを待っているかのようだった。運転手は、やたら背が大きく、横幅も大きい。自分たちの身長以上に大きい、その運転手の姿。顔が見えないのが、何処となくミステリアスな雰囲気を醸し出し、これまた不思議と安心感を出していた。
こういう雰囲気の場所は初めて。
また、あの時のように鉄の破壊神達がいるような場所でもない。
また、もし、そうであれば残り粕の力が何か反応すると言うのに、そういうわけでもない。
「なんか、知らない場所なのに、ウキウキしちゃう。」
「えぇ。どうしてかしら。」
知らない場所だと言うのに。もしかしたら、別世界かもしれないと言うのに。そうこうしている間に路面電車が動き出した。心地良い風が吹き渡る。東京には無い優しく心地よい風だ。ふわりとして、身を任せていれば眠くなってしまいそうな、そういう優しさに包まれた風。
この世界の全てを象徴しているかのようだった。暫くして、美しい青い海が視界に入った。気づけば海の上を走っているのだ。比喩でもなく、水面に線路が敷いており、それを走っている。いつ、そうなったのか。どうして、こうなったのか。と、言う野暮なことを考える前に、心が童心に戻っていく。
「嘘……」
ただ、そう言葉を発することしかできない。潮の匂いが二人の鼻孔を擽り、照りつける太陽は元の世界よりも爽やかだ。ジメっとした汗ではなく、爽やかな汗が二人の身体を濡らしていた。
「これは、夢だ……」
そう、夢なのだ。そうでなければ、この光景は信じることはできない。血液の流れがよくなるのを感じ興奮によって熱くなる。気持ちよく流れ出る汗は、裸になって、この海を泳ぎたい。なんて田舎できれいな水の川を見つけた少年のような気分に浸らせる。
人に話しても信じてさえくれないだろう。ただ、この潮の香りも、爽やかな風と暖かな太陽も、この身を焼くような輝きも現実。揺らめく蜃気楼すらも、そこにはない。背中に羽があれば、そのまま飛び出して、どこかへ向かってしまいそう。二人は今、一緒の幻想を共有している。いや、夢と言っても良いかもしれない。曖昧にもほどがある、現実離れしすぎた世界。
かつての鉄の破壊神が暴れた、あの世界でも、非現実的ではあったが、この世界は、そういう殺気的なものが無い。しかし、非現実的である。二人が体験した世界は、そうした非現実的な殺気に包まれたものであった。
だからこそ、この暖かな世界で創られた非現実的な世界を夢だと思ってしまう。姫子も千歌音も、夢を見ている。そう思わなければ、この光景を信じる事が出来なかった。
だが、改めて考える。この潮の香り、風の感覚、全て本物だと思う感覚、本当に夢なのだろうか。東京じゃない、別世界の何処か。あり得ない現象が起きている。考えることは愚かしい。だから、考えるのをやめよう。この光景を楽しもうとした。
美しく、優しいと表現できる癒しの世界。なにか、人の中にある黒い感情が浄化されるような、そういう世界。
異世界、変わった力と共に数々の並行世界を歩いてきたからこそ、ある種、この世界は二人にとって心を裸にして心地良く眠れる、そんな場所。
確かに自分と言う存在が、此処にある。
この世界を受け入れてしまおう。
夢ならば、夢で良い。
なんであろうと、此処は自分と言う存在がいると言う十分な素材で包まれた世界なのだから。
夏に見た幻。
この世界は、そういう場所。
この自分たちを乗せた路面電車は、何処へ案内してくれるのだろう。千歌音と姫子が談笑し、猫達と戯れながら話していたときだ。その二人が乗り込んでいる幻想なのか現実なのか、その区別がつかなくなる中で路面電車は、とある喫茶店の前で止まった。
その先にはレールすらない。
周りを見て回せば白い壁に覆われて、どこかイタリアのヴェネツィアを思わせるような、そんな異国迷路と呼んでいいような、日本の建築技術ではない世界の技術で作られた見渡す限りの路地が続いている。
青空に白い壁が続き、水路が配置されて、血液の循環経路のように蒼い道が張り巡らされている。遊園地や、そういうものではなく、街そのものが芸術的とでもいうべきかもしれない。
血液の流れのような青い水路に白い壁のコントラストに石畳と言う自分達の世界では無い。美しい青い水の水路、まさに、此処は水の都と呼んでも良い。ヴェネツィアに似てるが、それを模したテーマパークと言うわけでもなさそうだ。それに人の気配と言うものがない。ただ、何かが自分たちを歓迎してくれている。
根拠のない何かが、背中を後押しして、脚を一歩踏み出し、この先の世界へ向かおうとした。
この歩くだけで好奇心がそそられるような場所へ。
先ほどから、肉体が精神が、この街を歩きたいと思って鼓動を激しくしている。
此処は、此処は、どこなの。
悠久の安らぎの場。
開放的な太陽の輝きが不快にならずに心地良いと思えるほどの爽快さ、街を吹き抜ける大きな風が頬を擽り髪を揺らす。滅多に味わえない心地良い感触が生まれ自分たちを包む空気が、今まで以上に優しく感じる。
吹き抜ける風に反応した汗が冷たくなり、身体の底からちょうどいい涼しさを身に纏っていた。
目の前にある喫茶店を尻目に前に踏み出そうとした時だ。
「みゃぁ?みゃみゃぁ?」
「此処が終点だよ?はいらないの?」
そういうように猫達は首をかしげて訴えるようにし喫茶店の中に、我先にと入っていった。
入らなければならないのか。
ここの街を散策してみたいのだが。
これから、どうしようか。そんなことを考えている時目の前に妙な生物が二足歩行で歩いて出てきた。
「ぷいにゅ。」
ウェイターの衣装を着こんだ青い瞳のお腹が大きい白猫がいる。
マシュマロのような腹に、麻呂眉、純粋な子供だけが持つことの許される目を輝かせながら、人一倍大きい白い猫のような何かが変わった鳴き声をするを発していた。ただ、何処か間の抜けたような印象も受けるし人懐っこそうだ。
しかし、猫としての特徴を持っているし、この幻想的な世界の住民なのだろう。そう考えると、何処か合点がいく。動くたびにお腹を揺らして、姫子達を歓迎するかのように「お待ちしていました。」なんて仕草を取りながら喫茶店に入るように促す。
「ぷいにゅい、ぷぷい。」
「入れ。って言うの?」
「ぷい!」
コクリと頷いて、手際良く、そのウェイターの衣装を身に纏った白猫は、お客様を案内し、姫子と千歌音は、その誘導に従った。常識と言う範疇を越えた世界にいることを理解してしまえば、こんな生物がいるのも簡単に受け入れてしまう。
周りを見ればイタリアのような街並みの風景、芸術に彩られた、その場所にポツリとある小さな喫茶店。
街並みを楽しみたい。と、思ったが、猫達が促すので仕方なく喫茶店の中に入った。内装はレトロな雰囲気で、シーリングファンが回っている。
バーカウンターが椅子が10ほど並んでいて、カウンターの後ろにはテーブルが6つほど並び、テーブルを囲むように椅子が4つ配置されている。
レトロなラジオから流れるジャズミュージックが、この喫茶店の魅力を惹きたてている。ドラマや映画でしか見たことのないようなレトロな喫茶店、映画のセットではないのか?そう思ってしまう。
この白と蒼のコントラストで描かれた世界にはぴったりな世界だ。
しかし、違和感を覚える。
夢の世界とはいえ、人が全くいないのだ。
だが、それをかき消すかのように都合よく次の思考が入り込む。
夢の世界だからなのか、それとも、別の何かの意思が介在しているかのようだ。
今は、この夢の世界を楽しんでほしいと。自分たちの都合の良い楽園を描いているから姫子と千歌音の二人しかいないのだろう。そう自己完結したときだ。
「あら、珍しいお客さんね。今日は、そういう人たちが来るとは聞いていたけど。」
「社長、早くお客様を席に案内してください。」
「え、人?」
目の前にいた、出会ったことのない褐色肌で丸眼鏡状のサングラス、小太りで、既に老年に入ったような顔つきの人が、そこにいる。男か女か分からない、謎の人。
夢の世界なら、一度、会っている人間がトレースされて、夢の中にあらわれるのだろうが、この人物には会ったことが無い。ただ暴力的にこちらの世界に入り込んで来ようという意思はなく、よくある喫茶店のマスターとして二人をもてなす準備を慣れた手つきでしなやかに行っている。
常に第三者としての立場を忘れないような振る舞いでありながら、少し、世話好きそうで歓迎するようにニタっと、口の先端が釣り上がる。歓迎するようなスマイルは、この世界の不思議さと人物の持つミステリアスな部分を表わしたかのようだ。
「ぷいにゅい。」
「社長、お疲れ様です。」
「にゅっ。」
「いらっしゃいませ。水の都ネオ・ヴェネツィアにようこそ。私、アリアカンパニーの灯里と申しますっ!そして、此方が……」
「ぷいにゅ!」
「アリア社長です。」
もう一人は桃の髪色をした特徴的なもみあげを持った少女だった。その声のトーン、白い肌にエメラルドグリーンの瞳に引き寄せられる。白い水の妖精のような衣服を身に纏い、世界の素敵を敏感に感じ取るような、とにかく世界を楽しんでいるかのような優しい顔を浮かべている。千歌音は一瞬だけ、その少女が姫子に見えてしまった。
その彼女の発するオーラが似ているのか、いや、姫子をもっとマイルドにしたような感じだった。
天真爛漫な人柄だと、その声色から分かる。
「あら、社長さんが案内したの?」
「ぷーいにゅ。」
「え、違うんですか?」
「ぷい。」
違うよ。と、言うかのように首を振る。
不思議と姫子と千歌音には、その白猫の言っていることが解った。
「ニャァ。」
「ヒメ社長が連れて来たんですね?」
「にゃぁぅ。」
自分たちを案内した黒猫が、そう促す。
此方を見て目をキラッと光らせる。アニメに出てくる恰好をつけたキャラクターのようだ。
「まぁ、こっちにいらっしゃい。」
老年の喫茶店のマスターが席に座るように促した。
言われるがままに座り、周りを見やる。運転手も何も言わずに椅子に座って何かを飲んでいる。
「ようこそ、いらっしゃいました。ゆっくりしてくださいね。」
「はぁ……」
不思議な空間だ。
夢と言う都合のいい場所だから安心できるのだろう。不思議と暑さは感じないし、身体の汗も消えていた。
「まぁ、アイスミルクでも飲みなさい。後、うちは持ち込み、OK。そのお弁当、食べて良いわよ。それに、お昼だもの。お腹、すいてるわよね。」
状況が掴めていない二人を落ち着かせるようにマスターがアイスミルクを差し出した。
それを口にして心を落ち着かせ、この場所の空気を二人は身体全体で感じた。
「夢の世界だからかしら?凄い落ちつくの。」
「私もだよ。千歌音ちゃん。」
そっと千歌音が寄りかかった。ほんわかした優しい雰囲気に飲まれたかのようだ。
身体を優しく包む風が吹き抜ける感触と、太陽光を浴びる心地良さが、二ついっぺんにやって来る。
セックスした後のような充実感が二人を包みこむ。眠ってしまいそうなほど心地良い優しい空気が充満する。抱えていたバッグから昼飯用の弁当を取り出し、アイスミルクをお共に口にする。
「美味しい……千歌音ちゃんの愛情がいっぱいだね。」
「姫子……」
夢の世界だから、そうした恥ずかしい台詞を、こういう場所でも平然と姫子は口にする。
千歌音は姫子に、そう言われるだけで心満たされる。姫子の言葉一つ一つが千歌音の中に溶け込んでいくようだった。
苦労して弁当を作った甲斐があった。心の底から、そう思うと自然と笑顔になる。暖かい。煩わしい暑さではない。ポッと、昔、懐かしい恋心が蘇るような姫子と出会った時の恋心を思い出す。
「あれから、もういっぱい、経ったね。」
「そうね。」
遡れ色々な記憶がある。
ただ、それでも必ず千歌音と姫子は一つになった。辛く苦しいことも、これからの人生では幸せになる。運命の巫女だった二人。寄り添いあいながら、用意されたアイスミルクを一緒に飲みあう。こんな幻想的な世界で、それが出来る幸せ。夢とはいえ、悪くは無い。淀みの中の泡沫のように記憶と愛は流れる。何故だろうか。東京にいると、現実すぎるが故に、また鉄の破壊神達が目の前に現れるのではないか。と、不安になることがある。
だが、ここは、あまりにもそれとは無縁すぎて自然と優しい笑みが零れる。神経が擦り減っていくような緊張感も無く、ただただ、優しさに満たされていく。ふふっと笑いあい、手を繋いで、栗色の髪と藍色の髪が揺れる。恋人と、此処で語り合う。それが、なんだか幸せになっていく。ふわりとしたような、ぬるま湯につかまってるとでも言うべきか。甘い吐息が空間を二人の幸せオーラで包んでいく。
千歌音も甘えたくなって、姫子にもっと寄り添った。密着して姫子の鼓動を千歌音が感じた。肩を乗せて、ただただ、目を瞑って寄り添っているだけで、どうして幸せなのか。ふわふわした空気に包まれて、体内に溜まった都会の膿を全部出してくれるような、そんな感じさえある。思えば、此処は水がうねる音とレトロなラジオから流れる音楽しか聞こえない。
都会の機械同士が擦れ合って生まれる音が全く聞こえないのだ。人の住む象徴の音が聞こえない、静かな場所、あぁ、そう考えると、此処は夢の世界であり、人間の住む世界とは無縁の場所なのだろうと思うのも無理はない。
眠りに入りそうな夢の心地良さに包まれて千歌音と姫子はジャズの音楽と共に流れると気を楽しんでいた。
「ぷいにゅぅ。」
ズズーっと、ストローで器用にアイスミルクを飲み終えた白猫が、何処か、幸せそうな姫子と千歌音の雰囲気を感じ取ったのか釣られて一緒に笑う。と、同時に、白猫が二人の、まだ残っている弁当に目をやった時、自然と涎が出てきた。
「ぷい……ぷいにゅぅ……」
「社長ったら、食いしん坊さんですね~」
桃色の髪の少女、灯里の声で、白猫が何を求めているのか解った。
「もしかして……このお弁当……」
「食べてみたいの?」
姫子と千歌音が白猫、アリア社長に話しかけてみた。なぜだか、言葉が通じる。夢の世界の住民なら、自分の言葉だって。革新のない己の意見を通して言葉が形となって白猫に届いた。
「ぷいにゅっ」
こくりと言葉が伝わったかのように頷き、無邪気な子供のように目を輝かせて求めた。
「おいで。」
「ぷい!」
姫子の言葉に白猫が席を移動して、此方の近くまでやってきた。その腹部のもちもち具合は触りたくなる誘惑に駆られる。少年の瞳のように好奇心しか無い無邪気な瞳で、姫子と千歌音ではなく、二人が食している弁当に目を向けている。
そんな食いしん坊な猫に二人は箸を持って適当にあったおかずを掴んで白猫の口元に運んだ。
「ぷいにゅぅ~!」
「お弁当、そんなに美味しいんですかー?」
「ぷい!」
とても美味しいと表現するように無邪気な笑顔を浮かべて両頬を持ちあげた。灯里は、それに合わせて親のように微笑む。
「貴女も、食べる?」
「え~良いんですか~?」
と、言いながらも目を輝かせているのは、よほど気になると言うことなのだろう。余程、この隣にいる猫はグルメなのか、信用できる関係でも築いているかのようにオーバーなリアクションを取りながらも悪意の感じさせない灯里にアリア社長がフォークで弁当のおかずを突き刺して灯里に差し出した。
「あーん!」
口にして、もぐもぐと口を動かす。
「美味しいですー!」
歓喜と言う言葉が良く解る表情豊かな灯里とアリア社長だ。知能は極めて人間に近いことを、これだけで解らせる。
「ぷいにゅっ!」
「あわわ、社長、そんな二人に……」
「大丈夫だよ。この子、変なことしないだろうし。」
満足して、今度は姫子と千歌音の間に身体を置いてリラックスする。ふてぶてしさを感じないのは、この白猫の持つ魅力なのだろう。そっと、腹を撫でれば可愛い声をあげながら、喜ぶ。そうして二人で白猫と遊んでいたときだ。全ての弁当の残りを白猫に上げた後、弁当箱を片付け、二人はもう一度、アイスミルクを注文した。
「どうですか?この都市(まち)は。」
暇しているのだろう。猫以外の客がいないし、マスターは音楽を聞きながらゆっくりし、話しかけて来た灯里と言う少女は姫子と千歌音に興味があるように話しかけている。人見知りをしない少女なのだろう。初めての人と会話できることを楽しんでいる。と、でも言うかのような好奇心に満ち溢れた顔だ。
「とても、綺麗です。」
「何度でも来たくなりますね。」
蒼と白のコントラストで彩られた優しさで包まれたような素敵で溢れた街……白いお揃いのワンピースを着て冒険したくなる。何か不思議で素敵で知らないものがある、暖かさに溢れた世界。いや、人が忘れてしまった物が全てつまった世界とでも言うべきだろう。
東京の風景を思い出せばなおのことだ。
目の前にいる白猫の瞳は、この世界の全てを焼香しているようだ。この場所を言葉で表現するなら、これがしっくりくる。
「うわー、素敵な表現ですね~」
満面の笑みで世辞でもない、ストレートな言葉を発する。恥ずかしくないのだろうか。いや、そういうことを平然と言えるほどに素晴らしい環境の中で生きて来たのだろう。
「二人はどこから来たのかしら?」
そう言えば。と、言うようにマスターが二人に尋ねる。喫茶店の他愛もない会話と言えば、こういう風に続くのだろうか。ただ、聞かれて困ることではない。
「東京から来ました。ちょっと、涼しい何かを求めたくなって。いえ、何かに呼ばれた気がしたのね。」
「そこにいる黒い猫についてきたら、いつの間にか此処にいたんです。」
「あぁ、ヒメ社長が連れて来んだったわね。」
ヒメ社長と呼ばれた道案内をした猫は、クールに二人を見やって、ただ「みゃぁ」と鳴いて、アイスミルクを口にした。
「東京、マンホームにある都市にあったわね。」
マンホーム、このマスターは一瞬、何を言ってるんだ。ふと、疑問に思った。いや、この世界は夢なのだ。そういう風に都市の事を略すこともあるだろう。
「でも、この世界は夢だろう。って。だって、路面電車が海を走るとか、そんなの。」
「それに、こんな理想郷に近い世界、私達の世界には無いもの。」
事の顛末を話して姫子は、この世界は夢だろうと断じて、言葉を付けたして千歌音も静かに頷いた。白い猫は、ただ、首をかしげるだけ。
「でも、夢と自覚しているなら、この世界は夢じゃないかもしれませんよ?二人は、それを分かっている気がします。それとも、もう重荷を背負う必要が無いから、そういう感覚は薄れているのかもしれないけど。」
ふふっと、何かを知っているかのように唇の端を釣り上がらせて灯里が優しい顔で笑う。
「まだ、若いわね。」
マスターが、そう言葉を付けたした。
「え?」
からかっているとか、そういう表情ではない。
「うたかたの世界は、必ずしも夢ではないかもです。」
「じゃぁ、これは、現実?」
「姫子さんと千歌音さんが、そう思うなら、二人にとっては現実です。きっと、二人が素敵な物に出会いたいって思ったから、この街に呼ばれたんです。だから、こうして素敵な出会いで私達は出会うことが出来たんですよ。」
恥ずかしげもなく、水無灯里は二人に告げた。
こんな夢物語を、そこに確信がある。と、言うかのような表情だ。
確かに求めていたのかもしれない。現実離れした避暑地を。ふわっとした風が一気に店の中に駆け抜ける。変わったこと、いや夢物語のようなことをを言う娘。しかし、何故、その言葉が肉体を走り、脳に響いたとき、不思議と、それを肯定したくなるほどの魅力があった。
肯定でも否定でも無い、彼女自身の言葉で紡がれているからなのかもしれない。そういうことを恥ずかしげもなく言えてしまう。その透き通った声から発せられる言葉に偽りを感じられなかった。真っ直ぐ、素直、天然、言葉で形容してしまうことなど出来ないほどに、その時の水無灯里の姿は姫子と千歌音には神秘的に写ったのだった。
そして、魅了されてしまった。
少女の持つ言葉の全てに。
この目の前にいる人、ねこ、そして、澄み切ったような青い空に青い海。これが、現実。
二人の辿ってきた記憶を繋ぎ合わせれば、その年齢は1万と2千年以上あるのは間違いない。しかし、世界の記憶と言うのは、それ以上に長いと言うことなのだろう。そして灯里は、姫子と千歌音がなんなのか、それを分かっているかのような口ぶり。いや、そういうのを見抜ける力があるとでも言うのだろうか。それを見越して、この場所に連れて来たというのなら、まさに、水先案内人だ。
「もしかして、私たちがここに来ること……」
「いいえ。」
今度はきっぱりと否定する。
「お二人が何だったのか。それは此方の方に聞きました。時を巡り未来永劫愛しあう、そんなロマンティックで素敵な言葉が似合う二人。そして、私は今日、隣のお客さんから特別な人が来るから歓迎するように。そう言われただけなんです。」
微笑みながらチラリと姫子と千歌音の横にいる客を見た。
「隣?」
隣の客。
そう言われると、先ほどの路面電車の運転手が、隣にいる。大きい大きいとは思っていたが、隣に座ると、より、その大きさが解る。それは姫子達の倍はある身長と見ても良いだろう。
大きな運転手は立ち上がり、帽子を脱いだ。すると、ピョコっと大きな猫耳が立ちあがり、改めて、その顔を確認できた。それは人ではなく大きな猫だった。瞳孔が縦に裂けた金色の瞳を持ち、キリッとした凛々しい紳士のような穏やかな表情。黒くしなやかな光沢のある毛皮はダイヤのように美しい。一見、熊のように見える手足のサイズだが、その猫特有の顔と瞳、口を見れば大きな猫だと誰もが解る。穏やかな表情を浮かべ、紳士のような立ち振る舞いをして、その黒い大きな猫はステッキを構えて優雅に振るう。
「夢だ……」
姫子と千歌音がそう思った。
”これは夢ではありません。ヒメを通して、少々、貴女方に涼を取ってもらおうと思い、此処に招待しました”
自然と、身体の中に、目の前の大きな猫の声が入り込んで来る。その全ての意思が解るように。
「ぷいにゅぅ?」
二人の太股の上で横になっていた白猫は「快適になれた?」と、言うように尋ねて来た。
「えぇ。とっても。」
「良いところだよ。」
「ぷいにゃぁ。」
再び浮かべる無邪気な笑顔。同時に灯里も微笑んだ。
何故か、この猫が笑顔になると、此方まで釣られて笑顔になってしまう。
「アリア社長はコミュニケーションをとる天才ですね。」
「そういえば……」
いつの間にか、気を許していた。こんなことは初めてだ。今までの人間関係でも、それなりに時間はかかった。が、ここまで短時間なのは初めて、その力も、この空間独特の物なのだろうと思った。
「ぷいにゅ!」
二人の太股から降りて、丁寧にお辞儀するアリア社長と言う白猫。そして、自分たちの倍はあるのではないのだろうかと言う黒猫。本当に夢なのか、現実なのか、この世界が解らなくなってきた。
夢だと自覚出来ているなら、それは現実かもしれない。
しかし、この世界は、どう見ても姫子達の知る現実ではない。だが、この雰囲気を感じてしまえば、そんなことは些細なことになっていくことに気付いた。
”驚かせてすみません。此方に、脅かす意図が無いのです。”
「うぅん。気にしないで。」
突然のことで驚いたりはしたが、しかし、この雰囲気と世界は嫌いではない。あまりにも心地良すぎるのだ。そう、悪くない。
全てにおいて理想的とでも言うべきか。裏にある不安と言う物すらも忘れてしまいそうになる。
「千歌音ちゃん、時間……」
「え?」
随分と長いこと話しこんでいたのか、いつの間にか、長い時間、此処にいたようで既に目の前の時計の針は5時を指していた。
「そろそろ帰らないと……」
「でも、どうやって?」
ふと、此処から来た集団は解っているものの、此処から帰る手段は良く解らない。ただ、ずっと、此処にいたいとは思う。だが、それと同時に大事な友人達を放っておいてまで、この世界に留まると言うのは、それはそれで何か違う。
此処の心地良さも素晴らしいが、あの世界にいる友人達も姫子と千歌音にとっては大事な存在でもある。
「では私がお送りしましょう。」
そう言うと、灯里は手を翳した。
そうすると喫茶店の入り口は街の風景がいつの間にか、先ほどの静けさと違う人が生き生きとした空間になっており全く違う風景に見えた。
この少女が言うのであれば大丈夫なのだろう。
本能が察して、二人は立ち上がり、その出口に向かって歩きはじめる。
”ネオ・ヴェネツィア、またのお越しを、お待ちしております。運命を乗り越えて愛を手に入れた陽と月の巫女よ。”
大きな黒猫は紳士的にお辞儀して、そのような言葉を呟き見送り、この喫茶店にいた全ての猫達が立ち上がって二人を見送った。
そうして、手を振って、灯里とアリア社長が案内する。
「こちらです。」
ネオ・ヴェネツィアの街を歩きながら、彼女の仕事道具のある場所に向かうようだ。ゆっくり歩きながら、活気のある風景を見て回ると賑やかな声が耳に入りこむ。
「あ……」
「あぁ、ネオ・ヴェネツィア名物の夜光鈴ですね。」
「夜光鈴……?」
その説明を聞き、どうやら、この地域の風物詩であることを知る。ただの風鈴のように見えて、そういうものではないらしい。少々、興味が出てきて、それを察したのか灯里がネオ・ヴェネツィア来訪記念と言うことで二人分を購入し、プレゼントしてくれた。
ボーっと見つめながら、揺れる短冊に追うようにアリア社長が首を揺らす。
それが、なんだかおかしくなって自然と笑みが零れた。
暫く歩いて、この街を堪能した時、そこには白いゴンドラが水の上に浮いていた。
「さぁ、お手をどうぞ。」
慣れた手つき、おもてなしの心を表わしたような表情で二人に手を差し伸べた。アリア社長はなれた感じで飛び乗り、姫子と千歌音も灯里の手を取ってゴンドラに乗った。ちょっとした注意事項を受けて、この水路に添ってネオ・ヴェネツィアの空港に向かうと言う。
「綺麗な街……風も心地良い……」
「なんだか、ここに一生、いたくなってしまう。」
不思議と素敵で構成されている、このネオ・ヴェネツィアと言う場所、水色の水路が徐々に夕陽に染まっていく。血のような醜さは無く、ふわっとした優しさに包まれたような色。
身を委ねていたら、このまま眠ってしまいそうな程良い暖かさに幸せ色に染めた欠伸をついつい発してしまう。
灯里は空気を呼んで、何も聞かないまま二人の思うままにさせていた。手を繋ぎ、寄り添いあう恋人同士の二人。運命の巫女と言う業務から解放された御褒美ともいえる。
夜光鈴が鳴り、水路に響き渡る。
その音色が染みわたるように心地良い。この街の風が、そうさせているのか。
ゆったり肩を預けてしまう千歌音を見て、思わず姫子は微笑んだ。言葉にしてしまえば陳腐になってしまいそうなほど優しさに包まれた街。
人も、猫も、街も、水も、何もかも、自分達を歓迎していると、そして、それを受け入れている。この街の不可思議さが、そうさせているのか。ただ、考えることが億劫になって来るからこそ、それを受け入れてしまう。
そう巡っていると、それで良いという結論にたどりつく。
「ネオ・ヴェネツィアの魔法にかかったんですよ。きっと。」
「そっか、魔法か……」
ネオ・ヴェネツィアの魔法、この心地良い感覚が魔法と言うのなら、そうなのだろう。この街の、そういう感覚に正解と言う物は無いのだ。
たゆたう波にゴンドラが揺れながら、沈む夕陽を眺めて、二人だけの世界に入り浸る。波が子守り歌のように包み込み二人を揺らして優しい空間に飲まれて眠ってしまいそう。
このゆったりした感覚が癒しであり、焦りを必要とさせない優しい空気で満たされていた。
そうして世界に包まれて酔っていたときだ。
「お客様、お待たせしました。」
優しい声が二人をトリップから目覚めさせた。
目の前にあるのは空港。
しかし、誰も見えていないかのように入口の先は、あの時、来た時と同じように光り輝いている。
手を差しのべられてゴンドラから降り空港に誘導され、眼の前にあるこの入口の近くに立つ。そうしたら、また世界が静かになった。その瞬間、これが別れのときだと知り、あの世界にまた戻るのだと理解する。
それを知ると、なんだか名残惜しくなって、脚を前に進めることすら億劫になってしまう。気に入ってしまったのだ。短時間だが、味わった、あの喫茶店の雰囲気、この街の空気、水、そして人の温かさ。それを全て象徴している目の前の少女との別れに。
短い時間だと言うのに、随分とも魅了されてしまったものだ。
そして、水無灯里と言う少女にも。
「あ……」
そして、忘れていた。
と、でも言うかのように大きな黒猫が突然、あわてて出てきてハンコを取り出し、黒猫も二人の額にハンコを押した。
ポンっと言う音がした後に額に強い衝撃が二人の身体に走る。
「え?」
その意味に何があるのかを考えたとき、笑顔を浮かべた二匹の猫と灯里が手を振った。
「またのお越しをお待ちしております。」
そう口にして。
「でも、私達は自由にここには行くことが……」
ちょっと苦笑しながら、今生の別れになるかもしれない笑顔で姫子と千歌音は二人に言う。
「大丈夫です!その時は……」
「ぷいにゅ!」
「にゃぁー」
望んだ時、アリア社長達が必ず迎えに来る。水無灯里は二人に告げて、ケット・シーと共に満面の笑みで頷いた。
「ぷいにゅ!」
”また来てね!”
そう言うかのように、アリアと言う名前の白猫は笑顔で近づき、二人の額を肉球でポンと触れた後、二人を見送った。
この世界の猫達は自意識と言う物を自分たちのいる世界の猫よりも強く持っているのだろうか。考えていた時には、姫子と千歌音は光に飲まれていた。振り返ったが、そこに、もうネオ・ヴェネツィアの影も形も無い。あるのは都会の喧騒だった。あぁ、もう、あそこにまた行けなくなるのか。
そう思った時には東京独特の生暖かい風が頬に触れた。


ネオ・ヴェネツィアと呼ばれた場所に比べて、爽やかさを感じない都会独特の夏の気持ち悪い風が二人を包みこんだ。夕陽が見えて、もう、夕方なのだと言うことを知る。
目の前には姫宮邸宅の玄関。
そこに自分達はいる。バッグの中がやけに軽く感じる。
取り出してみれば、中身の無い弁当箱があった。
「お弁当の中身、無いね……」
「やっぱり、あの世界は……」
アレは、なんだったのだろう。
弁当箱の中身は無い。そして、鮮明に覚えている、あの喫茶店の記憶。アイスミルクの味。アリアと言う白猫のお腹の感触。灯里と言う天真爛漫な少女。
二人で首を傾げて玄関の扉を開けた。
そうすると、
「姫子さん、千歌音さん!お帰りなさい!」
いつもの家に帰れば、凪沙と智恵理が二人を迎えてくれる。今日はアイドルとしての仕事は早く終わったのだろうか。特徴的な桃色のショートヘアと、水色のロングヘアのカップルが此方を見て微笑んだ。
時計を見やれば喫茶店を出たときと同じ17時。いや、少し進んで17時5分になっていた。
「って、なんですか……?そのおでこの……肉球のハンコ……?」
凪沙が、それに気づいたときには、二人は変な顔をしながら互いを見やった。見やれば二人の額に肉球のハンコが確かに押されていた。
見た瞬間に姫子は千歌音を、千歌音は姫子を抱きしめた。
抱きしめた瞬間にチリーンと風鈴の音色が鳴って、何だろうと音を辿ってみれば、あの時、灯里がプレゼントしてくれた夜光鈴が鳴り響いている。
あれは、夢ではなかったのだと。
確かに自分たちの体験した現実だったのだと、そう解った時、なんだかおかしくなって笑みが零れる。
思い返せば、二人の手に、アリアと名乗った白猫の腹部に触れた感触が残っている。
そうして、額にある肉球のハンコと言う、あの大きな黒猫が付けた証。これ以上に、あの世界は幻ではなく現実だった。と、言う確たる証。あの出来事も、丘の上から走り、海を渡った路面電車も、口に残ったアイスミルクの味も何もかも。
ただただ、夏が見せた蜃気楼と言う訳ではなく、本当にあの世界に行った真実を実感して、凪沙と智恵理が疑問の顔を浮かべる中、姫子と千歌音はただただ笑いあっていた。
ただ、わかるのは何か俗世から解き放たれたかのような笑顔を浮かべて、アイドルをしている二人にとってはえらく、姫子と千歌音の顔が眩しかった。ほんわかした何かに包まれて、心が浄化された。
そう実感できる優しい世界の思い出を二人で笑い合った後に窓を見やった瞬間、例の大きな紳士の黒猫が丁寧にお辞儀をして消えていった。
「やっぱり、あれは……」
「夢じゃなかったね。」
改めて笑い合う。
それが嬉しくなって、癒しが全身に広がる何かを感じ取り、今日の不可思議な現実で構成された思い出だと知る。
そうして二人は素敵な夏の思い出を胸に収めて眠りについた。
部屋に飾った夜光鈴の光を見つめながら。

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