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蒼の世界

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あまんちゅ!TVアニメ放映記念!って事で、書いてみた奴。原作の3巻、18話目の話のオマージュって感じで。
いつもの世界観の神無月の巫女×あまんちゅ


 ふと、考えてしまうわくわくした感情に突き動かされて二人は長い長い道を歩いていた。気持ちの悪い都会の太陽の光を浴びて気分が不快になることがある。コンクリートジャングルと文明の利器に侵された都会の熱というのは想像以上に人の心と体に異変をきたしてしまうものなのだと、この自然溢れる大地の太陽を浴びてしまうと、心の中にある黒い塊のようなものが水の中に入れたドライアイスのように溶けていくような、良き心地よさに身を抱かれているかのようだ。
 都会とは違う自然の慈愛というものを全身で浴びて姫宮姫子と姫宮千歌音は何が面白いのか、唐突に、うれしくなって笑いあっていた。こういう雰囲気は、どこか、ネオ・ヴェネツィアのような雰囲気を受けて、あの世界に、ある意味、最も近い場所にいるのではないだろうか。
 心地よく、どこか懐かしさを感じる陽気に当てられて二人は今宵、泊りに向かう旅館に向かう。
 鳩が鳴き、空を自由に駆ける姿を見つめて波の音が耳を透き通るように駆け抜ける。自然が多い町での昼という時間は静かでいい。都会のような鉄の擦れあう不快な音が聞こえないから、ただ、少しだけ、煩い車が歩道の横を通るだけ。思わず、顔を傾けると、どこかで見たかのような白猫のぬいぐるみを助手席に乗せたキューブが走り去り、思わず、目をやってしまう。
 「あ……」
 ふと、白くて丸いあんちくしょうの姿が目に入った。なぜ、あれが、そんなことを思った瞬間には車は去って視界から消えていく。あの世界を求めていた時に出会った存在、名前をアリア・ポコテンと言ったか。あの世界の象徴だったのかもしれない。なぜか、あの世界と断片的に繋がっているような気がして、まるで、迷路に入り込んだ田舎の道は、雰囲気が違うというのに、どこかネオ・ヴェネツィアを思い浮かべてしまう。
 そういう雰囲気だからか、まだ、心に幼さがあるのか、どこか、素敵な出会いでもあるのかもしれないと、そういうことを妄想してしまう。そして、突き動かされるような、それは現実ではないのだろうか。夢か、現実か解らないまま、少女は、まだ遠い道のりを歩く。
 幻想的、とはいえ、そういう風に幻想感を見出していても灼熱の太陽の光を何時間も浴びたままというのは、やはり、心地良いと、同時に辛いものがある。
 一瞬、驚いたものの、疲れは、その感覚よりも先に痛みを痛感させる。徐々に苦痛に変わって行くのを肌で感じるほどわかる。
 「バス、待った方がよかったかしら……」
 「でも、2時間は、来ないらしいし……」
 「そうね……」
 田舎というのは、そういう自然というメリットはあるが、交通という部分に対しては時代に取り残されたかのように、いまだに1、2時間1本、2本が当たり前で姫子達が、この地に辿り着いたときは、すでに、バスが出てしまっていた後だった。
 最初は憧憬を抱いていたが、やはり、夏に入りたての、この雰囲気は凄い暑さを感じてしまう。先ほどから二人の額から流れる汗の量は、この陽気を延々と浴びるのは流石に体力的にも滅入って、脚も棒のように感覚と言う物が消えていくような気もした。
 二人のお気に入りのペアルックのワンピースも、汗でぐっしょりと濡れて不快な臭いを発している。早く、温泉に入って汗を流して休みたいと理想を抱いてしまうほどには、徐々に熱は二人の身体を蝕んでいた。
 「少し、休もうか。」
 「そう、ね。」
 とはいえ、温泉の前にまずは休めるスペースを探して、そこで身体を労わることも大事だ。しかし、歩いて休めるスペースは何処にあるのだろうとでも言いたくなるほどには、目の前に広がる光景というのは、そういうスペースが全く無い。
 海の方には砂浜があるものの、そこに降りる階段のような物が無いが故に降りて休むことも出来ない。少し、大きめな荷物はやはりネックだった。
 やはり、田舎と言うのは、都会に比べると空気が良い分、不便だ。と、そう考えていた。
 それに、本日、宿泊する予定の旅館は、そろそろだと言うのに全く見当たらないのも、徐々にストレスと疲れが溜まってくるし、絶望感すらも顔には漂って不満の溜息を吐いた。
 「それでね、この季節の海は……」
 そのときだ。気づかぬままに向こうから人が来るのが声で解る。
 ただ、少し、目がくらくらしてきて、目の前の光景がよく見えないし、それが自分の求めている幻聴か幻覚なのかもしれないと思うと、相当、脳内はマイナスイメージを生み出して悪い方向へとつなげていく。
 疲れは、相当、深刻化しているのが肌で解って、流石に思考が追いつかなくて、周りの光景が見えなくなりそうなほどだ。途端にと回が恋しくなるが、何と言うか、それが現金に思えてくる。
 「きゃっ!」
 「うぴょっ!?」
 疲れていたからなのか、お互い話に夢中になっていたから、気づかなかったのだろう。薄緑の髪の少女とぶつかり合い、互いに痛みを抑えるようなアクションを取りつつ、互いに前を見た。緑の髪の少女の隣にいた黒髪ロングの少女が小さな声で"大丈夫?"と、パートナーを心配する。このやり取り、まさかとは思うが、あまり詮索する前に姫子も姫子で正面からぶつかってしまい、痛がる姿を見て、千歌音が、そっと頭を撫でていた。
 痛いと同時に、申し訳な差も生まれて、クラクラする頭の中で、ぶつかった相手に謝ろうと、その目で彼女のことを探していた。
 「す、すみません……」
 「いえ、こちらも気づかずに……」
 と、その後は社交辞令、平謝りの連続となり、なんやかんやで、姫子と千歌音、そして学生二人は一度、近くにあった階段に降りて、近くの海の家に立ち寄ることになった。
 なお、降りている時は疲れていたのか、砂浜に降りる階段の存在に全く気付かずにいた。それほど、太陽の熱と言うのは人の体力や思考など、そういう感覚すらも奪っていくのだろう。
 海の家にたどり着き、久しぶりに足を止めて荷物を置いたら、足の痛みが全身に襲いかかり、蛇がキツく両足に巻きついているような刺激だった。ズキッと音がしそうで、考えてみれば1時間以上もあるいているのだ。痛くならないわけがない。それほどの痛みは顔と意識に表れているようで、何処か朦朧とし現実と夢の区別がつかなくなっている。
 「貴女達は、ここに用があるの?」
 「はい!」
 「その、部活で……」
 元気溌剌な緑の髪の少女と、隣にいる黒髪の少女は内気な雰囲気が伝わりながらも、甘い感触を感じる。
 ただ、伝わってくる雰囲気は、何処か微笑ましい。どこか、付き合いたてのレズビアンカップルのようなよそよそしさと初々しさを感じているが、二人は付き合っているのか。と、聞きたくなるほど、何処か、自分たちと同じ雰囲気のような物を感じ取る。だからこそ、そのことを直接、率直に聞けるわけでもないが、ただ、気になってしまうからこそ、ずっと二人を見つめていた。
 「そう言えば、お二人とも歩きで、どこまで向かおうとしてたんですか?」
 人懐っこそうな緑の髪の少女が、此方に顔を向けて話しかけてきた。恐れず、人と話すことが出来る、その雰囲気は、かつて宮様という仮面をつけて皆と接していたものと違う。天真爛漫な少女なのだろうと千歌音と姫子は見抜く。黒髪ロングの少女も、内気な部分が、かつての二人を思い起こさせた。
 どうも、やけにシンパシーを感じてしまうのは、何かを思わずにはいられない、何かを感じてしまうからだ。
 目の前で繰り広げられている二人の光景というのはほほえましく映り、その隣に、かつての自分がいる気がした。いや、あのころの体裁などにこだわっていた自分たちに比べれば、彼女たちの明るい空気と比べるのは随分と失礼な気もした。
 二人の暖かさと言うのは、何処か尊敬の意すら抱いてしまう。
 「あ、この旅館を探しているのだけれど……」
 「知らないかな?」
 「あ、これなら、近くですよ。」
 「とはいえ、あるいて、30分ほどはかかるけど。」
 「ぴかり、そろそろ、先生が帰ってくるんじゃない?」
 「あー、そっか。てこ、真斗ちゃん先生に送ってもらえれば良いんだよね!」
 やはり、目の前にいる二人は微笑ましい。お互いに携帯電話を見て時間や予定を確認して笑いあう。そう言った極自然の流れを、暑い日差しも気にせずにくっついてやるのだ。あれから、12年たった自分たちからすれば、その若々しさは十分な羨ましさが、見せつけるような初々しさとアグレッシブさが、そこにある。そこにあるのは、自分たちも、あそこまで堂々と出来ればという羨望さか、もう少し遅く、そう、彼女たちのような時代に生まれていればと思う。
 何やら見つめ合って話し合っている二人、そっと、手が触れただけで”てこ”と、呼ばれた少女が赤面をする。
 やっぱり、見ていて微笑ましい。
 こうして人前で、堂々としている二人の姿を見ているのは。その若々しさに溜息を吐いた時だった。
 「そろそろ、顧問が迎えに来るので、一緒に乗って行ったらいいと思います。」
 「いいの?」
 「はい!困ったときには、お互い様です!」
 天真爛漫な笑顔で答える姿
 (やっぱり、私達と比べるのは失礼ね……)
 昔と比べれば、良い笑顔を浮かべるようになったと自負くらいは許してもらってもいいだろう。とは、思う。
 「今、顧問の真斗ちゃん先生がジュースを買いに行ってるんですよ。ですから、ちょっと、待っててください。」
 肌を刺すような灼熱の視線を浴び続けていたのだから、座ってから、ホントに前進に痛みが走りわたっている。これ以上、歩くというのも酷だろうし、その申し出を断ると、後悔すると踏んで申し出を受けることにした。そして、これからは、もう、天国と呼べるほどの涼しさを得られると言う安堵のため息も吐いた。
 「あ、お二人は、ダイビングに興味ありませんか?」
 「え?」
 「ダイビング?」
 この二人の少女は、何を思って自分達をダイビングに誘うのだろう。その素っ頓狂さに、思わず、驚いた。
 姫子と千歌音の脳裏に疑問が走る。
 この二人も、自分たち二人を見て、何かを感じたのだろうか。それと一緒に二人は顔を見合わせ、この旅行、ただ、そこら辺を散歩したり、旅館を堪能するだけではと思ったのか、その二人から出されたプランを考えてみる。
 「今日は、部活で出来ませんけど、明日、お休みなので。それで、ここで出会えた御縁もありますし!」
 「その、凄く、面白いですよ?」
 必死に面白さをアピールする二人が若々しくて可愛らしい。
 ぴかりと、てこと呼ばれる少女が、何を感じて自分達を誘ったのかは解らないものの、ただ、何故だろう。恐らく疲れることであろうと解っていながらも、この妙にシンパシーと言えばおかしいかもしれないが、一目惚れに近いような、何処か眩しい二人の少女の申し出は断りたくない。不思議と、そんな気持ちにも駆られてしまう。断ったら、何故か、後悔してしまいそうだと思った。
 「それじゃぁ、お願いしようかな。」
 姫子が千歌音の意思を組んで言葉を放った後に、千歌音は静かに首を縦に振りこくりと頷いた。その言葉を反応を聞いて、パァァァと、少女達の顔が明るくなり、ぴかりという少女は、てこと呼んでいる少女を優しく抱きしめた。
 本当に初々しい。
 その後は、少女たちと雑談。
 暇が潰れるまで、ずっと、そういうことをしていた。ただ、最後まで体に覚える妙な引っ掛かりは取れることは無かったが、ただ、楽しかった。二人の言う部活の顧問とやらが来たのは、その数分後で赤毛の二人の男女と、2匹の猫を連れて帰ってきた。
 ぴかりとてこの要望に顧問の教師は快く引き受けてくれた。
 久しぶりに腰を浮かす感覚は快感のように痛みを伴い心地良い刺激を与えてくれた。車に乗った時はムワッとした変な車特有の臭いに吐き気が襲ってきたが、流石に、それは我慢した。
 「そう言えば、名前、聞くの忘れてたね……」
 「そう、ね。」
 二人の学生の名前、なんて言っただろうか。
 ”ぴかり”そして”てこ”
 もう一度、会うのだろうから、その時に聞けばいいだろうけど。と、軽く考えていたときだ。
 視界に、やはり、あの存在が目に入ってくる。
 そして、この車は、先ほど自分達の前を通った例の車ではないのかと。
 ただ、それよりも、気になってしまうことがある。
 あの、蒼い世界で見た……猫の存在だ。
 「この、ぬいぐるみ……」
 「あぁ、知ってます?ポコテン。」
 その名前は、確かに以前、たどり着いた世界にいた白くて丸い猫、アリア社長、本名アリア・ポコテンのぬいぐるみである。何故、これが、ここにあると言うのか、疑問に思う前に「あ、一匹あげますよー」と、気前よくプレゼントされた一匹の猫のぬいぐるみを抱きかかえて、これは、どういうことなのだろうか。と、二人して見件に皺を寄せて考えていたら、いつの間にか旅館の前にいた。
 何故、このぬいぐるみが、ここにあるのだろう。ギュッと胸を締めつけられたような気がして、姫子と千歌音の中で、やはり、ここは……と、脳裏に疑問が過ぎる。
[newpage]
 現実の世界というのは、早々上手く行くものではなく、こうして、旅館に辿り着くなり今までの疲れとアリア・ポコテンのぬいぐるみの謎と、そして、気になる少女達のことで、ずっと部屋でボーっとして眠ってしまい、気づいた時には本宮凪沙と園智恵理が到着しており、二人の膝枕で目を覚まし外の光景は黒に染まっていた。
 海を散歩しようと思ったが、1時間、直射日光に当たる散歩は、二人の体力を予想以上に奪っていたようだ。
 都会の喧騒が全く聞こえてこない場所と言うのは、それはそれで静かな牢獄の中にいるかのごとく不安になり落ちつかない時がある。裏では、機械仕掛けの破壊神たちや、異形の能力者たちが暴れる前兆なのではないのだろうかと、前の様々な世界を体験して乗り越えたからこそ、そういう警戒心のような物が二人の身体にアラームとなって、鼓動や何かが誤作動する。あのような異質な世界は、これからの物語を紡ぐ二人にとって牢獄に近い世界であり、愛し合えたとしても不必要に膨大な障害と言う物が襲いかかる理不尽さと言う物がある。
 変に与えられてしまった警戒心というものはストレスという名の渦へと人を誘い込み、抜け出せないように黒い何か、足のようなものが掴み取る。
 しかし、今、この場所にいるのは、あの殺伐とした世界では無く夢の世界なのではないだろうか。
 どうも、あのネオ・ヴェネツィアを感じつつも現実の狭間に半身を置いてあるような感覚。ここは、非常に近くて、ある意味、ものすごく遠い世界なのかもしれない。
 それほどまでに、二人の部屋を照らすライトと淡い月の光は、力が無いようにも思える。
 気にしすぎなのかもしれないが、この世界が終ってしまうのかと思えてしまうような、また、ああいう世界が来るのではないか。意識しなくてもフラッシュバックしてしまう前世の記憶が重い。
 まだまだ、油断はできないということだろうか。
 それはそれで御免こうむりたいというものがあるのだが。そういう煩わしさをどうにかするためにこういう時こそ、ネオ・ヴェネツィアのような世界に足を運びたいと、そういうことを考えてしまうのだが、簡単に行ける場所ではない。
 だから、ある種、近しい世界観の、こういう場所、熱海を選んだのだが、やはり、ああいう場所のような安息感は、ここには無かった。
 似ているだけではダメなのだと、改めて、そういうことを眠気眼を擦りながら痛感する。
 「姫子……」
 「千歌音ちゃん……」
 不安をかき消すように、次の世界では、こういうことはないように。そんなことを望みながら、静かなさざ波の音が二人の耳元に響く。浴衣を身に纏い愛を謳歌して、いつもと違う場所で混ざり合う。
 「ぐったりだね。」
 「知らない環境だからよ。」
 姫宮姫子と姫宮千歌音は、時折、夜が怖くなることがある。
 明日が消えてしまうかもしれないという恐怖と、また、機械仕掛けの破壊神や、異能者たちの行進……あの世界は下手をすれば凌辱者たちの誘い手に捕まり不快に染まる。ある種、ああいう世界で、穢れを知りつつも、肉体は美しいままで二人だけの世界を構築し、そのまま、次へと繋げることができたのは幸福なことと言える。
 そんな不快だけど大切な前世の記憶、そんなもを旅行で、そういう気分を吹っ飛ばすために来たというのに、旅行先で夜を恐れてしまえば、そういうことを忘れる目的で来たと言うのに本末転倒だ。
 自分達のやり切れない思いに呆れながらも、そこには知らない環境に泊まるということは楽しみと同時に恐怖もあるのかもしれない。それは生活習慣であり、いつもと違うを味わうことはどこか恐怖に近いものがある。人の生活のサイクルなんて少しでもずれが生じれば不便さを感じて文句を言う。
 「忘れるために来たのにね。」
 「忘れると、いざ、事が起こってしまった時に怖いから……。」
 それが怖い。
 今がとても幸せと呼べる環境と言えるなら、なおさらだ。だから、レズセックスの時間も長くなるし、そうして互いが一番感じられる瞬間を常に謳歌する。前世が前世であるがゆえに夜や眠りというものには人一倍敏感になってしまうから、二人は常に一緒。
 そして、まだ、このご時世、自分達のような存在を受け入れてくれる場所は少ないからこそ、そう言った者たちの味方になれるように姫子と千歌音は豪邸を改装してレズビアン専用シェアハウスを作り上げ、それを生業としているが、そのシェアハウスの管理業務をメイド達にいったん、任せてこうして時折、旅行に出る。
 一瞬、期待してしまうのかもしれない。あの忌まわしいことから完全に忘れられることを。だが、あれが無ければ自分たちは、今のように転生するたびに何度でも愛し合える関係にはなれなかっただろうとも思う。
 辛かったことも多いが、それと同じくらいには……ただ、それも、こうなってしまえば……
 「姫子さん、千歌音さん。先にお風呂、いただきました。」
 「おかえりなさい。」
 「えぇ。私たちも、後で行くわ。」
 浴衣に着替えて腕を組みながら、そっと優しい笑顔を浮かべて、改めて二人が挨拶をする。
 アイドルとしての業務も小休止なのか、本宮凪沙と園智恵理は、この旅行についてきてくれた。妹分として扱っている彼女たちが、こうしてきてくれることは何よりも嬉しい。
 常に二人は忙しさゆえかぐったりして帰ってくる。
 そういう意味での小休止としても、二人は誘いに乗ってくれたと言うわけだ。
 そして今……
 「お待たせしましたー。」
 「ここが姫子さんと千歌音さんの見つけた旅館。」
 今、島村卯月と渋谷凛も合流した。顔には少しの疲れが見えている。
 熱海の旅行に付き合ってくれる人を募集したら、この二組がわざわざ、付き添ってくれたというわけだ。こうして旬なアイドルの二組が来てくれるのは嬉しい限りだ。
 ただ、やはり、この4人も疲れているのだろう。
 まともに休んでいるところなど、ここ最近は見たことも無いし、テレビなどで出ずっぱりな部分を見てしまうと、やはり大変なのかもしれない。理想的な仕事についたとしても、その全てが理想とは限らない。いやな仕事から逃げたくなる時もあるだろう。
 そうなると人は逃げることに対して、ありきたりな説教をしてくる。
 ただ、それは間違いに違いないのだと、ただ、こうしてふれあっているだけで思うこともある。そうして思うことは逃げることは悪なのではなく逃げた後に、これからどうするかを考えないのが問題なのだと、ふと思うことがある。これからの自分をどう見つめ直すかなのではないのか。と、少し休めて己を見つめ直すことも大切だからこそ、この小旅行という逃げも悪いことではなく、自分を改めて見つめ直す旅でもあるのだと。
 こうして六人で何かを離して不安を紛らわすこととて大事な人間のリフレッシュ方法なのだと心に思う。
 自分たちであれば、あの悪夢からの断ち切りであると言っても良い。考えないようにするには、どうすればいいのか、なんて、考えていた。だと、言うのに。
 「疲れから逃げるための旅行だと言うのに、疲れるようなことが頭にばっかよぎって、どうするんだろ……」
 「そう、ね。」
 流石に互いに苦笑し合いながら、もう一度、凪沙と智恵理、卯月と凛を連れて温泉に入ることにした。
 そして、ここに来るまで、今日、出会った変にシンパシーを感じる二人の女の子との出会い、あの二人に出会った時の、それは
 「そう、凪沙と智恵理、卯月と凛に出会った時と同じね。」
 その話を口にして、気になると付添い人たちは会ってみたい思ったが、それぞれの予定を入れてしまっていた。
 ゆえに、明日のダイビングは二人だけということになるのだが。
 「いずれ、一緒に暮らす日も来るかもしれませんね。」
 卯月が、その出会いに対しての未来を浮かべるような言葉を口にして姫子が「そうね。」と、いつもの優しい頬笑みを浮かべたまま口にして、そのまま温泉に肉体をつけた。暖かい温泉の湯が良い感じに身体の中に溶け行くような感覚を思えて、心地良さを覚え、姫子の肩に頭を置いてリラックスする。
 こうしていれば疲れが取れるような暖かさに身を包まれて、この後は部屋に戻り布団の中で世間話……やはり、こうしている瞬間が楽しい。何処か学生時代に戻ったような忘れた心地良さがあった。
 ただ、なんとなく、この場所に、こういういつもと同じことをするのが癒しなのだろうか。何もかもを忘れたような、辛いことなど無かったかのような、この楽しい感覚。
 やはり、あれは夢だったのだろうか。実感のある、ただの、そういう夢であったかのように求めていたユートピア、それは……忘れていた物を掘り起こすかのように蘇る二人の記憶。
 ここが、そうなのだろうか。友人たちともに波打つ海の近くに己の身を置く。暖かな温泉の温もりは、今日までの記憶を呼び覚まし、そして、最後に笑顔と初々しさが印象的な二人の少女が眼に映る。凪沙達と同じような感覚はなんだったのだろう。
 しかし、この温泉特有の心地良さと言うのは、徐々に、その思考すらも奪って行くように大きな息を吐いてリラックスを促し、そして、その思いに負けて行く。全ては、湯に流れて行ってしまったかのようにポッと火照った肉体が徐々に疲れることを考えさせる意思を奪い取る。 これが旅行に置いてある種、最も正しい形でもあるのだろう。
 凪沙と智恵理、卯月と凛も、そのまま温泉に浸かりリラックスをした表情を浮かべて行く。あの世界は、何処にあるのだろう。ただただ、なんとなく、この近くにあるような気がしてやってきてしまった姫子と千歌音、それに付いてきた凪沙と智恵理、卯月と凛。
 互いにだらしないとでも言うか、腐抜けた顔を浮かべて家にある風呂では堪能できない心地良さが、どれだけ身にして見てきているのかが良く解る。そうして、少し不安が紛れた初夜は6人で百合乱交をするつもりではあったが、それ以上に疲れが歩き疲れと仕事疲れが合って体力の限界に近い状態だったのを思い出し、そのまま眠りについた。
 静けさを纏った優しい波の音と同時に包み込むような柔らかさを持った太陽の光が6人を照らした時には仲良くと、そんな言葉が似合うくらいには、まだ安らかな寝息を立てており、昨日、もらったアリア・ポコテンのぬいぐるみが優しい瞳で見つめていた。
[newpage]
 起きて新鮮は海のモノを使った朝食を取ったのは良かった。新鮮なものを取り入れたせいか、妙に動きにもキレがあるように感じる。さて、これから、目の前のビーチで行われる少女達のエスコートがあるダイビングだと言う現実を思い知った時、色々と疲れていると言うのに、何故、このようなことをしてしまったのか未だに疑問に苦しむ。
 昨日の女学生二人の言葉に負けてしまったという部分もあるのだろうが。
 凪沙と智恵理、卯月と凛はすでに外に出て自分たちのまわりたい場所に既に向かって足を進めていた。自分達も、そういう観光らしい観光をすれば良かったのだろうと、少しは後悔したが、それでもダイビングに行きたくなってしまったのは、また、あの時の二人の少女に会いたかったからかもしれない。
 それに、断ってしまうのも、どうも悪い気がする。
 そうこうして現れた二人のダイビング部に所属する少女……昨日の二人が現れる。
 「小日向光です!」
 「大木双葉です!」
 ダイビング、最初は二人とも気乗りではなかったが予約してしまった手前と、キャンセルすればするで用意してくれたことに対して申し訳ないという勿体なさから、結局は来てしまったのだが。だが、肉体的にぐったりとした感覚は抜けなくて、何処か間抜け面と呼べるような顔をかつての宮様と姫君と呼ばれた女は浮かべている。
 それはそれで収穫があったことを確認する。それが、目の前にいる二人の仕草で恐らくは同類だろうと、その絡む一つ一つの仕草を見ると、やはり微笑ましく見えてくる。例えば、一緒に話しているだけで友人と居る時以上に楽しそうにする笑顔や、恋人独特のふわっとしたオーラ、時折、唇同士を接近させて二人とも頬を紅く染めてしまう仕草等など。
 「お二人に楽しんで頂けるように、精一杯お持て成しします!」
 こなれたように、案内されて、ダイビングをするために準備やら、資料やらを書かされた。
 もう一人の髪の長い双葉という名前の女性は初めての接客なのだろうか。必死に隣にいるショートヘアの光と恋人繋ぎをしながら、必死に楽しませるために頑張ろうと声を張り上げているのが解る。
 「よろしくね。私は来栖川姫子です。」
 「私は、姫宮千歌音。」
 その後にダイビング用のスーツを身に纏い、潜る前に説明を受ける。命のためには、と、言うことで真剣に話を聞き、光は慣れているのか細かい整備を淡々とやってのけるが、双葉の方は手こずっていた。
 「大丈夫だよ。てこ。」
 ふわっとしたような感触が双葉を包みこむ。焦っている姿を見て、光が、そっと双葉を包みこむように諭し、ゆっくりと安心してするように、その道を示した。やはり、どこか似ている。あのときの自分たちと。互いに支えあい、そして、10代で終わる不幸の輪廻を断ち切るまでの、互いに互いを助け合っていた自分たちに。
 いや、人と人は助け合う、ましてや、こういう形だからこそ、なおさらというのはあるのだろうが、それでも、やはり、女同士で、そういう部分を見てしまうと、そう思わずにはいられないのは、パートナー以上の絆のようなものを、この短いやり取りの中で感じ取ることができる。だからこそだろう。早まって、気づいた時には聞いてしまっていた。
 どうも、好奇心は抑えられないことに流石に自分で自分に対して頭を抱えていた。
 「ねぇ、この前、会った時から気になってるんだけど、二人は付合ってるの?」
 思わず、口にしてしまう、付き合っている素振りを隠しているかのような仕草の中にあるのか、隠しきれない初々しさと言うのは、やはり長年、レズビアンカップルと過ごしていると解ってしまう物がある。天真爛漫さの中にある光の表情が紅く染まっていく。どうやら、当たりらしい。
 双葉が光の手を強く握って、必死にジェスチャーで示そうとしている姿に思わず笑ってしまう。
 その初々しさが、どうも可愛らしく映って仕方ない。見守ってあげたくなってしまうのは、ずっと見ていたくなってしまうのは、自分達の繰り返してきた人生の性と言う物なのだろう。
 双葉と光も、こういう質問をしてきたという意図を感じて、気になったように二人に対して言葉を紡ぐ。
 「その、じゃぁ、やっぱり……」
 「えぇ。私達も愛し合ってるの。」
 薬指に光る二人の結婚指輪を見せた。
 「ふわぁぁぁぁ……」
 「凄い、綺麗……!」
 光と双葉は食い入るように見てくる。その表情には、自分達も何れは。そういう風な妄想を繰り返している輝く瞳と感動が詰まっているような言い方で、そんな、ほほえましい二人を見ていると、自然と姫子と千歌音まで笑顔で零れてしまう。屈託の無い笑顔というのは良い。
 そうして、彼女たちと会話の花を咲かせる、この時間は何よりも楽しい。少々、心に募った何かが浄化されていくようにも感じた。まるで、この二人といると、あのネオ・ヴェネツィアにいるかのような、そういう雰囲気を二人は持っているのだ。安らかで、柔らかな、そういう感触を持っている、蹂躙や破壊とは真逆の世界にいる心を二人は持っている。
 自分達に娘が出来たら、こういう感じになるのだろうか?そんなことすら考えてしまいそうになる。
 連れてきた子たちは、芸能界と言う場所は何れも華やかなことばかりではないと言うことで、その笑顔に疲れが見える。しかし、この二人は、まだまだ、それを知らない。
 これから知るのだろうが、まだ、知らないからこそ無垢な笑みと言うのを浮かべることができる。だから、自分たちと同じ形のカップルの二人が、そう明るい顔を浮かべているのが良い。その微笑ましさをいつまでも観察していたいと思っていた時だった。
 「そろそろ、海に行きませんか。」
 「そう言えば、もう、準備が終わってたんだよね。」
 「じゃぁ、エスコートをお願いして良い?」
 姫子と千歌音が双葉と光、そしてダイビング部のメンバーに連れられて、そして、海の中に入り込んだ。注意等は、最初の時点で受けていたし、後は、潜るだけ。
 それでも、久しぶりの未知の世界は肉体が緊張で震えてしまう。それを察してか、光と双葉が強く手を繋いで、神秘の青の世界に入り込む。やはり、こういうベテランと言うのは一緒にいるだけで頼もしい。
 「あ……」
 「これは……」 
 海の中に入った瞬間のことだ。
 久しぶりに水面に足を付ける感覚は、異世界に導かれているようで、ゾクっとした感覚が襲いかかる。しかし、確かな手の感触は伝わってくるのだ。
 光が姫子を、双葉が千歌音の手を繋ぎをエスコートし、そして、千歌音と姫子も手を繋ぐ。 
 何処までも、そこには暗い闇のような青が続き、一瞬だけ、脳裏に、あの機械で動く神々が脳裏に過ぎる。
 だが、そこに、その存在がいないのは、それでも、この世界は優しさに包まれたかのように妙な暖かさを、そこに醸し出していた。途中で重力が効かなくなったかのように、どちらが上で、下なのか、それが解らなくなって行く。
 下降する度に、自分達は別世界にいるのだと言う感覚を理解して行く。
 地上ではなく、海中と言う世界の中で、ふわふわと浮かぶ。まだ、海面から太陽の光が照らされて、夜のように暗い海を照らしてくれるが、それも、奥へ潜るたびに徐々に光は希望を失ったかのように消えていく。
 吸い込まれるような恐ろしさだ。不安になる世界に、彼女たちは、何度も足を運んでいるのだと思うと、その勇気に感服してしまう。
 心が闇に染まりそうな時の恐ろしさを思い出し、そして闇に吸い込まれる恐ろしさ、微かにある互いの恋人とナビゲーションをしてくれる彼女たちの暖かさが頼りで会っても、この暗さは、怖い。もう、上がってしまいたい。地に足のつかない、すいこまれる恐怖に思考が狂ってしまいそうになる。パニックになってしまいそうな時だった。
 足を突く場所が無いと言うのが、これほどの恐怖だったのか。改めて、その恐ろしさ、おぞましさを理解した。
 音も無く、ただただ、自分の中の心臓の鼓動だけがやたら強く耳を打つ。
 (千歌音ちゃん……千歌音ちゃん……千歌音ちゃん……)
 (姫子……姫子……姫子……)
 互いに二人は名前を呼び合い、手を強く握りあった。
 深淵へと誘おうとする恐怖に満たされようとした時だった。その二人の心から恐怖を取り除くように、下から多量の白い花々が浮かび上がっては消えていくことに気付いた。
 それが、一瞬だけ二人の思考を逸らした。
 この海底、深い蒼の世界に広がる白い花々が咲く世界。
 (これは、ダイバーの息……?)
 ふと、双葉と光の吐く息が、この世界を、今、作り上げていることを理解した。そして、この息が、自分達の居場所を教えてくれるのだと理解した。 
 ロープと二人の少女の手と恋人の手の感触。それを頼りに美しき世界に意識と目を奪われて行く。圧迫された時は、先のナビゲーションで聞いた耳抜きをする。
 「!!!」
 「!!!」
 不意に視界が開けて、その世界に美しさを感じた。暗い深淵の世界から、まるで、太陽が昇った地上のような世界。
 あの暗闇にいた感覚が、まるで嘘のようだ。目の前の世界が光に覆われたと感じたのは、一面の蒼いの世界に驚きを隠せずに、海の中が幻想的に光る瞬間に「これは!夢だ!」と、ただただ、心の中で叫ばずにはいられなかった。
 海に肉体を包みこまれて、一種の無重力に近い感覚が生まれて、それが生みと言う存在の優しさそのものなのだと気付き始めたとき、安らかな、母親のような抱き心地に包まれて、その安らぎに姫子と千歌音は身を委ねている。心地良さは二人が一緒に寝た時のような、そういう安らぎがある。
 ただ、眩く輝かしい世界。心地良い夏の日差しを受けた海の暖かさが、この身体を完全に包み込んだと思えた瞬間の安らぎは、あの世界を思い出す。
 海の世界と言うのは、こうまでウェットスーツ越しから伝わってくる直の海の暖かさは、まるで母親に抱かれているかのようだった。

 これが、海……

 全く知らなかった海と言う存在の暖かさを、肌で感じている。姫子は千歌音に抱きしめられている時を、千歌音は姫子に抱きしめられている時を、この海の感触を全身で味わっていた。
 そして、何かが語りかけてくる。周りには無数の白い花々が咲き誇っては消えていく、神秘的な世界。この蒼の世界の中で、自分たちの記憶を見つめていた。
 泡の中に自分達の辛い記憶が映っては水面に消えていく。
 かつての、この世界に生まれる前の二人の辛くも乗り越えて掴み取った過去の世界。これがあるから、今の自分達は確かに存在しているのだと、それを理解はしている物の、まだ……不安と言うのは残る。確かに、不幸の輪廻は断ち切られる筈であり、一種の使命を帯びた枷から取り除かれた自分達であると、あの時、告げられても、それでも……信じられない物がある。
 本当に、これからの未来は……
 時折、見てしまう、あの機械仕掛けの神々たちの破壊が幻影として映るのは?
 そう、不安に陥っていた時、泡が自分達の、これからの未来を映し始めた。その未来に映る自分達の記憶は、とても喜びに溢れているかのようだった。海は、これからの自分達の記憶を見せてくれた。
 記憶の、どれも、これも、自分達のことを歓迎してくれているかのようだ。この海の光の世界のように、革新的なものだと本能は悟る。これから自分たちの未来に起こる、確かな幸福であり、人として当たり前の二人が結ばれ幸せになれる世界。
 それが永劫に続くと知った時、急激な安堵が二人の肉体を包みこんだ。安心と喜び、その確信、そして、今まで抱いていた物が単なる幻想、それは、巫女として遥かに続く転生を繰り返す中で残った力の一部でもあった事、そして、時折、起こる幻影も過去の投影。しかし、思い出してしまうのは……どうにもならない。だから、忘れようとしていたと言うのに。
 何故、見せてくるのか。と、思うと同時に、この世界の美しさに心は何度も奪われて、そういうもが上書きされる感触が、この手に満ちている。
 ただ、この美しき浄化されそうな光景は、それさえ、忘れてしまいそうになる。
 この神秘的な蒼の世界の中で、光と双葉が絡む姿は、人魚たちの戯れにも見える。白い軌跡を描き、海上に出れば消えてしまう白い花々は二人を迎え入れてくれた。此処にいるダイバーたちが泡を吹いて、この世界を作り上げていることを知る。少女達が舞いあがる。
 姫子と千歌音の精神の中にある、その心、ただ、難しい言葉で着飾るよりも、この世界は全てを、あの世界で出会った水無灯里の言葉を借りて、全ての思いを込めて二人は言う。

 ”素敵だ。”

 この世界は優しい神秘で出来あがっている。どの絵画や、それ芸術作品と呼ばれるもの以上に。そのことを理解した瞬間、海のもたらす暖かさを感じ取る。
 その美しさに気を目と思考が慣れ始めたとき、では、何故、その泡が自分たちの過去を見せたのだろう。疑問が浮かぶのは当然だ。神秘的な世界であろうとも、この世界は現実なのだから。
 それを忘れさせるほどの心地良さである、海の暖かさに触れあい、そして、振り返った瞬間だ。
 そこに……
 「「ケット・シー……」」
 「大きい猫だー!」
 「え、嘘、まさか……ふわぁぁぁぁぁ!」
 双葉と光も、その存在を理解しながら、流石に、この光景に驚きつつも二人は違う反応を見せる。
 「ぷいにゅ。」
 「あ、ポコテン君……」
 「あれって、ぬいぐるみのキャラクターじゃ……」
 双葉と光も、この現実離れした状況には驚かずには居られなかった。
 いつのまにか、目の前に、あの時、あの街で見た大きな猫と、先ほど出会った白猫、アリア社長が、そこにいた。真摯のような井出達で、未だに変わることの無い。金の瞳に黒いボディと、立派な尻尾……
 あぁ、忘れることの出来ない、あの猫の王が、そこにいる。
 このまま海面に出れば、あの街に行ける。海の中なのだろうか、いつの間にか海特有の質感と言うのを感じなくなっていた。ふわりとした何かと同時に、望んだ世界が向こうにある。
 ケット・シーが優しく微笑みながら近づいてくる。だが、その瞳の優しさは、忘却するほどの美しさで彩られた、向こうに連れて行ってくれると言うわけではないようだ。
 「ぷいにゅ。」
 「あ……」
 その時、二人の中でアリア社長を通してのケット・シーの言葉が走った。
 「ぷいにゅい、ぷいぷいにゅ。」
 「貴女は……」
 現れた猫に対して、四人以外は他の周りの誰も気づいていない。
 双葉と光にとっては真斗の車の中にいる、もらったぬいぐるみである存在であり、そして、姫子と千歌音にとっては、過去、ネオ・ヴェネツィアで知り合った大きな白猫だった。
 その猫が、実際にいるのだから、双葉と光が驚くのは無理もないだろう。
 だが、その感覚以上に姫子と千歌音は、この場所に、二人がいること、そして、わざわざ、自分達のために言葉を紡いでくれること、伝えてくれることに感激していた。
 「ぷいにゃぅ。」
 その猫は、海のように蒼く輝く瞳で、こう告げる。「それは乗り越えなければならない、ある意味、最後の試練」だと言うことを、辛い記憶を忘れて、この世界で楽しい記憶でいっぱいすることが、姫子と千歌音に与えられた……。それが、今まで二人を苦しめていた幻影も、何もかも全てが杞憂であったのだと言うことを理解し、暖かな安堵が二人の身体を包みこんだ。
 しかし、何故、この海は、それを映し出す。先ほどまでいた、白猫の存在も消えていた。
 そうして、白猫が消えて、意識が現実に戻ることに気付き、海の世界にいるのだと認識し、それを戻ったと理解した。
 (千歌音ちゃん、凄い綺麗……)
 (えぇ……本当に……)
 ただ、自分達が、あの世界に行きたいから、そう強く願って、気づけば、何故か、この街に来ていたのは、ケット・シーが呼んだから?
 でも、何故、ケット・シーは自分達を呼んだのだろう。
 考えているうちに大きな肉球が姫子と千歌音の頭を優しく撫でた。そして、新たに出会った双葉と光もだ。水の世界だと言うのに、その毛皮や肉球の柔らかい感触がしっかりと伝わってくる。
 ふと、その柔らかさに撫でられることに浸っていた時、何かをケット・シーは自分達にくれたような気がした。
 双葉と光は、何か安らかな物に包まれたかのように、大きな猫に会えたことに興奮している。
 「わざわざ、これを届けるために……」
 「貴方は、ここへ呼んだの?」
 ケット・シーは首を振り、否定する。それは、その言葉を伝えるためだと伝わってきた。
 ならば、あの公園でも良いのではないか?そうは思ったのだが、わざわざ、この世界にまで呼んだ理由は……ケット・シーは一瞬だけ、辺りを見回して、にっこりと笑う。
 「まさか、この世界を……」
 「私達に教えるために?」
 確かに、こういう世界を見てしまえば、まだ、この世界も捨てたものではないと言うのを改めて知る。 
 あの暑苦しいコンクリートジャングルで吹き荒れる熱い風ばかりではないのだ……
 そして、光と双葉を会わせたのも、今日と言う出来事に対して、姫子と千歌音が有意義になるであろうと絶対的な確信があったからであり、この世界に連れて来てくれる水先案内人になるであろうと、そういうことを知った。
 再び、ケット・シーは優しい笑みを浮かべた。
 ネオ・ヴェネツィアも素晴らしいが、わざわざ、この素晴らしい世界を教えるためにケット・シーが妖術を使ったと言うのは、その微笑みから見て取れた。
 そして、自分達は落ちつきを取り戻して、これからの、この世界での楽しみ方を改めて理解すると同時に微笑んだ。
 また、時期が来れば自分達を迎えに来てくれるらしい。そういう意思を感じ取った。そのために、良い物を見せるためにわざわざ、ここまで呼んだり疲れさせると言うのは、この大きな猫も。
 大きな楽しみを胸に秘めて、そして、思い返すことは確かにある。
 苦労した分、その分、楽しんだことも確かである。
 体験してきた思い出は、全て、悪いことばかりではない。
 ならば、それは己の心の弱さが招いた結果と言うことになるのだろうかと、二人は思う。姫子と千歌音は安らぎを取り除き、そして、このようなことまでしてくれたことに感謝の念を抱いていた。
 「まさか、貴女……」
 じっと瞳を見つめるだけ。しかし、何故だか、その意味が解ってしまう。悲しみから来る幻影は誰もが抱いてしまうこと。それが人と言う生き物ならば逃れることはできないのだと言うのは解っている。
 だからこそ……
 ケット・シーのした行動を理解した。その悲しみを忘れるために……なにより、そんな苦しいこと以上に……
 「この私たちの愛を裂くモノが無い世界を楽しませるために、わざわざ、こういうことをしたんだね。」
 そして、ケット・シーとアリア社長は手を叩いた。パチッと、言う音が響く。音が二人の耳の中に入り込んで優しく響いた瞬間、突然、ふわっとした感触の後に、また水の感触が肉体に戻る。ケット・シーは、まだ、水の中にいる。心が躍り、奇跡と言う物に浸っていたことを自覚する。
 そのケット・シーのしてくれたことに関して悦びを覚え、そして感動し、感謝の意を伝えようとした時だった。
 フワッとした、ケット・シーとアリア社長が手を叩くたびにふわっとした感覚が水の感触が蘇った。
 そして、大きな光を纏った瞬間、また、気づけば、この海の世界に戻り、双葉と光が海から上がる時間であることに気付き、それを教えていた。海から地上に上がる瞬間、パチ、パチンと言う音が延々と四人の中に響く。ケット・シーとアリア社長が、まだ、自分達を見守ってくれているのか。頭が地上に出るまで、四人は、その音を延々と聞いていた。
 フワッとした感覚の中で、少女達は、いつまでも神秘的な感覚に身を包まれていた。
 そして、姫子と千歌音は圧倒的な海の蒼き美しさと神秘さに魅了され、今まで怒っていたありのままの全てを受け入れ、それを、また、一つの思い出として刻んだ。
 もう一度、振り返った時、そこにケット・シーとアリア社長が、まだ見つめているような気がした。笑顔で見つめる、その視線は姫子と千歌音が自分達の感謝の意を感じ取っているように思えた。
[newpage]
 地上に戻り、更衣室で用意されていた、ウェットスーツを脱ぎ、用意された水着を纏って女性用の風呂に入りながら、いつの間にか自分たちの首に海のように蒼いアクアマリンの宝石が付いたネックレスが付いていることに気づく。
 これが、ケット・シーのくれたものかと思いながら、会話が途切れたことにいたたまれなくなったのかボーっとしつつ海の中での感想を双葉と光に聞かれた。ありのままのことを聞きつつ、ケット・シーとアリア社長のことも素直な言葉で感想を口にした。まだ、これだけは二人だけの秘密にしたかったから。
 あのようなスペクタクルなことに対して信じられる、そして、共有できる友人がいると言うのは、何処か、特別な絆で結ばれたようで四人は童心に戻ったように笑顔で笑いあう。
 そして、一番、気になり、妙に印象に残っていたのは海の中でケット・シーと合わせて拍手の音が聞こえたこと。
 「そういえば、海の中にいるとき私たちの歓迎をするようにパチパチって音が聞こえたの。」
 「不思議だったわ。初めて来た私たちのことを歓迎してくれているようだった。」
 「そうですね……」
 「私も、ああいうの初めて……」
 幻想であるかのように語る。
 四人が笑いあいながら、あの現象のことを思い出す。ケット・シーの拍手によって、あの波が岩を打つ音が明確に聞こえた。こんなことは、ダイビングを始めた光と双葉にも初めてのことだったらしく、四人して、あの世界の繋がりとケット・シーの存在を確かめることができたからだ。思い出は確かに、そこにあるのだから。
 今回はいつも以上に、海が、自分達を歓迎しているようだった。
 そう感じ取ると、人は、何処か、今まで張りつめていた物が発散されたようにリラックスした顔を浮かべる。姫子と千歌音も例外ではなく、二人の心には安らぎで満ちていた。
 「でも、これは海がお二人を歓迎しているんですよ。」
 ふと、双葉が、そう言った。同じ感覚を、かつての彼女も経験をしたらしい。
 「ようこそ、この海に。って……」
 「そう、そうか……」
 その意見を聞きいれながら、妙に納得して姫子と千歌音は笑いあう。二人には、ケット・シーの言葉は聞こえなかったらしいが、姫子と千歌音には確かに聞こえていた。それこそ、確かに、”ようこそ”と、言うように。
 この旅行の意義、それを全て仕組まれていたことだとしても、ここまでしてくれたことは、二人にとっては、これほど有意義なことは無いと思えるほどには二人の心の中に一種の余裕な物が産まれていた。
 だからこそ、楽しいと言う感情が強く先行する。
 「海が……」
 「はい。」
 「ようそこ、いらっしゃい。って。海がお二人を歓迎したんです!それと、また、会おうね!って。それと、私たちとの出会いに!あの、おおきな猫さんも、白い猫さんも!」
 顔を紅くして双葉が、今まで見せたことの無いように饒舌で屈託の無い無邪気な笑顔を見せて、それがどれだけ興奮しているのかが伝わってくるし、そう何処か恥ずかしくなることを力説する姿には思わず、誰もが笑顔にする魔法が込められていた気がする。一気に風が吹いて、双葉の言葉をもっと力強いものにし、そして、その言葉は姫子と千歌音の中に確かに溶け込んだのを実感していた。
 ケット・シーも、確かに……

 ”またお会いしましょう。”

 と、口にしていた。
 二人の中で、そして、最初に抱いていた何もかもが言葉によって不安はかき消されて行く。
 単純にして明快ではあるが、それしか言いようが無いのだ。そして、何処か自分達の抱いていた心のもやのようなものも海と、彼女たちの笑顔によって消えていたことを姫子も千歌音は気づかなかった。
 ただ、何処か、全体の調子が良い。ダイビングの疲れ以上に、清々しさが、この身に生まれている。久しぶりの充実感を、この身体に感じており、そして、姫子と千歌音は、それからの旅行の日々を、光、双葉と共に過ごすことにした。
 この街の素敵を、もっと知りたくなったという好奇心からだ。双葉と光は喜んで、姫子と千歌音の手を握り、様々な場所へと歩いた。
 「ありがとう。貴女たちの出会いのおかげで、とても有意義な旅行になった気がする。」
 ぐったりとして膝枕を要求した千歌音を姫子が受け入れつつ、最後の日は旅館の部屋に二人を招待して最後は女同士の会話をすることに決めた。
 千歌音がぐったりしているのは、結局、あれから、二日、熱海の観光を楽しみつつ、なんやかんやで最終的にダイビングをしてしまったから、その疲れが、ここで一気に出てきた。
 あの海の世界の魅力がたまらなく愛しいのだ。人の中にある不安や、何もかもをちっぽけであると思わせるほどの壮大さが。
 最初は、乗り気が無かったのに、その時の感情が嘘だったようにだ。
 そして、ダイビング後の休憩室で、ぐったりした疲れを癒すような、気だるさに満ちた身体が外から入ってくる吹き荒ぶ風を浴びる瞬間が、とてつもなく心地いい。
 心の浄化と言うのは、このようなことを言うのだろうと実感していた。
 「また、旅行をする時も貴女達にお願いしたいな。」
 「よ、喜んで!」
 いつの間にか、彼女たちと一緒にいることが二人には楽しくなっていた。
 それは、双葉と光にとっても同じであり、この短い時間の間に4人はかけがえの無い友人になっていたのだ。
 年の差は離れている物の、それは障害でも何でも無く楽しいと思える友人関係。
 障壁なんてものは無く、いつの間にか、ダイビングによって信頼関係は気付けば培われていた。凪沙と智恵理、卯月と凛のような、こうして、また親友が増える。そのことに喜びを感じていた。
 「そうそう。二人に、私たちの連絡先を渡しておくわね。」
 そう言うと姫子と千歌音は鞄に入れていた携帯電話を取り出して二人に連絡先を教える。また、熱海に来た時、双葉と光が案内をしてくれるように。
 「これで、二人が東京に来るときは私たちが案内できるね。」
 四人は無邪気な笑顔を浮かべていた。姫子と千歌音の顔には、もう、何処か幻影で苦しめられていたような疲れは無い。光と双葉は、姫子と千歌音の思い出を振り返りながら胸に刻みつけるように懐かしんでいた。自分より年上だけど、素敵な二人のお姉さんとの思い出は、それだけでかけがえの無い物になっていたのだ。
 「それじゃぁ、また、ここに来た時、私達も二人を案内しますね!」
 ダイビングの間に起こった不思議な出来事と、この出会いによって結ばれた四人の友情を祝福するように風が吹き、眩しい太陽の光が部屋に入り込んだ。
 今日で暫く別れると言うのに、その辛さを感じさせないのは、また会えるという確信と、不思議な思い出を共有した確かな絆が4人にはあるから。それが、なんだか嬉しくなって、四人は笑いあいながら手を繋ぎ合う。
 そして陽の光に当てられたケット・シーからの贈り物であるアクアマリンの宝石と、アリア・ポコテンのぬいぐるみの瞳は蒼く燦々と輝いていた。
 この出会いは、まさに、蒼の世界が与えてくれた奇跡だった。

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