2015.12.31 Thu
堕落を司る文明の利器と令嬢夫婦
「うぅ、寒い……」
「こんな寒いのに幼稚園に行くなんてナンセンスよ……」
子供たちが愚痴や不満をまき散らしながら、幼稚園バスが迎えに来る場所まで足を運ぶ。姫子と千歌音に似た幼い子供達と手を繋いで寒い風と戦いながら、4人は前に進む。
冬真っ盛り。
そんな言葉が似合う寒い日に冬用の衣服を完全に身に着けて、もう12月の淡くも寒い風を味わいながら、また、1年を越すことが出来るのか。と、季節を感じ取る。あとは、このまま、犯罪等に巻き込まれずに平和に行けば二人にとって幸せと言える。
与えられた幸福と言うのを謳歌できるというのは最大の幸福と言えよう。
そして、前までは10代しか楽しめなかった人生を、今度は死ぬまで。所謂宿命のメビウスのリングは永遠の愛を誓い合うエンゲージリングのような存在へと昇華されていった。そうして、気づけば三十路に入り子供も生まれて、今ほど楽しいと言える人生もないだろう。何もない日を謳歌する。
二人で結ばれて、今日も今日とて寒い風が突き抜けて、こんな場所から早く帰りたい。
そんなことすら考えてしまう。もう、此処まで寒くなったのなら解放しても良い、あの存在を思い出す。それは希望、冬と言う季節を快適に過ごす希望そのものと言えるだろう。眉間にし泡を寄せて、綺麗な顔が少し歪む姿を見ると如何に冬と言う季節が人間にとって酷なのか。と、言うのが良く解る。
子供は風の子と言いながらも、二人の娘も不快感を露わにした顔を浮かべて、何とかバスが来るコンビニ前に足を止めて、バスが来るまでコンビニでから揚げを四つ購入し、身体を暖めて一時的に寒さを忘れたかのような、ほっこりとした顔を浮かべた。
「帰ったら……」
「そうだね。さすがに、今日は寒いよね……」
そうして、冬に生み出す希望のことを考えながら、バスを待っていれば、特徴的なカラーの幼稚園バスが目の前に現れ、既にから揚げを口にし終えていた娘たちがバスの扉の目の前で待っていた。
「姫子ママ、千歌音ママ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい。」
聖ミカエル女学園幼稚舎のバスに乗り込む娘達を見送った後に晩のオカズの材料を購入するために足をスーパーに向ける。こういう時こそ、暖かい物を食べるのだ。と、そういう使命感に駆られる。なべ物が良い。肉をたくさん使った鍋でも食べようか。
「それに、寒いし、そろそろ、あれの出番ね。」
「そうだね。」
千歌音のいうアレ。
この時になると寒さが苦手な人間でも楽しみになる家庭用の暖房器具。それの楽しみに胸を躍らせ、他愛のない会話が繰り返されて互いに微笑みあう。
「帰ったら、用意しましょう。」
「さすがに必要な季節だよね。」
先ほど購入したコンビニの焼鳥を頬張りながら歩き、身体が暖まった。と、感じるも、こうなるのは一時しのぎに過ぎない。だからこそ、早く、あの文明の利器の封印を解かなければ。と、誰もが思う季節。
「にゃぁー。」
「ねこさん、こんにちは。」
ふと目の前を通り過ぎる猫を二人で撫でつつ、その毛を、多少、揉みながら、ふわふわの毛波を堪能する。かつての世界で出会った火星猫ではなく普通に首輪があり、その毛波から良く手入れされている猫なのだと解る。そんな猫は特に、これから絡むことは無いのだが。きまぐれにつき合った、ねこは、きまぐれに何処かに行き、目の前からいなくなる。
そして、近くのコンビニに寄り唐揚げを購入し、食べ歩きしながら近くのスーパーで食材を購入してから帰路についた。
こうしているとお嬢様的な生活からかけ離れすぎて、乙羽が見たときは卒倒しそうになったのを覚えているが、一度覚えてしまった味は止めることが出来ないように、ついつい、コンビニには立ち寄ってしまうのだ。季節外れのアイスをコンビニで買ったりし、そんな楽しみはお嬢様生活を繰り返していれば絶対に味わえないことだろう。
「姫子!600円のいっぱい入ったバニラアイスも買いましょう!後、100円のアイスを二つ!」
「ちょっと待って。お昼ごはんの食材、揃えなきゃ。」
所謂、庶民だった姫子と、こうして結ばれたことで得られた経験は千歌音にとっては愛しき形の無い財産である。
家で乙羽が作ってくれる奴も美味しいが、それとは違う物が、こういうところの菓子にはあると言うのだから、世の中わからないものである。基本、食事は夫婦二人で作り上げて、そして娘達と一緒に食べる。なるべく、メイド達に頼らないようにはしている。
彼女たちはシェアハウスの住民たちが要望を出す時に食事の用意をする。それ以外は基本、厨房を借りて自炊だ。
「贅沢かしら?」
「かもね。乙羽さんのは美味しいし。」
しかし、あれとは違う。
このような二人だけの秘密を持つことは、ちょっとしたことではあるが学生時代に戻れるような気分になる。
そんな些細なことが嬉しくて互いに笑いあう。
「っ……」
「冷えるね。」
「そう、ね。」
気づけばもう12月。
冬の寒い風が吹き荒れる季節。
露出している肌の部分に冷気が侵略し、無防備にさらされている部分は当たれば嫌でも肉体が震える構造には慣れながらも、それ以上に突き刺すような肌の痛みが機械仕掛けの破壊神以上に直接的に与えてくれる。
文明の利器と言うのは、人を怠けさせるためにある。しかし、この寒さを思えば、肌を突き刺すような寒さを考えれば文明の利器に甘えたくなる。と、言うのは解らないことでもない。凍える風に眉を潜めながら、マフラーをつけて外に来ればよかった。と、後悔した。マフラーを付けても、どうしても露出してしまう顔と言うパーツは風と言う侵略者から防ぎようは無いが、気休め程度にはなる。
「やっぱり、またコンビニによって、からあげも買いましょうか?」
「そうしようか。」
スーパーを出てから、そのまま、近道に入るルートに足を運んだものの、暖をとるという誘惑に負けて足をコンビニに戻して、改めて唐揚げを買いなおすついでに、うまそうな焼き鳥も購入して、改めて帰路に就いた。
凍える寒さというものは、どうも人の欲望を戦いものに突き動かしてしまうらしい。
少し、太った。
そんなことを思いながらも、これには逆らえない。と、欲望にあっさりと負ける。
そして、館に帰れば当然というわけではないが、改めて欲望を引き出してしまうものがある。こうなると、早く帰って、あれが欲しいと思えてくる。互いに、顔を見合いながら、その今、欲しがっている文明の利器に対して同じことを思い頷いて早足で二人の棲んでいる場所へと戻り始めた。
「姫子!12月よ!」
さらに言えば、この季節は、やたらと千歌音が騒がしい。
確かに、クリスマスや大晦日と、色々とイベントはあったりはするものの、その程度のことで騒ぐ姫宮千歌音ではない。
「そうだね。12月、もう年越しの準備をしなきゃいけない季節……」
早い。と、感慨深くなっていたが息を荒くし、下手すれば鼻息まで出ているほどにはしゃいでいる恋人の姿に苦笑しながら、荷物を置いて、何がそんなに楽しいのか。一緒にいるだけで、こんなに楽しいのに。と、思いながら、千歌音は目を輝かせて言う。
「それも大事だけど、もっと大事なものがあるでしょ?」
「はいはい。」
言わなくても分かっている。
彼女の欲する物は、そういうイベントという日ではない。
「じゃぁ、お手伝いしてね。」
「もちろんよ!」
そろそろ、三十路にさしかかっていると言うのに、このことに関しては千歌音にとって、そのイベントはクリスマスや年越しよりも大切なようだ。
とはいえ、一人であるのなら、そこに、そんな意味は無いだろう。
姫子と一緒だから。
姫子と言う女が自分の前にいるから、この道具が心地良い。
その道具が無ければ冬を過ごす意味が無い。まずは、買ってきた食材を冷蔵庫の中にしまいこみ、そして、動き出す。
「姫子。」
ウズウズし、目を輝かせている千歌音の瞳を見てしまえば、思わず許してしまう。とはいえ、冬だから、それが無ければ姫子とて年は越せない。と、までいけば大袈裟だが無いと寂しい。
千歌音は、無ければだめだと言う。犬、それか子供のような姿にも見えなくもない。
「おこたの用意?」
「そう!」
「その前に、お片付けをしないとね。」
「解っていてよ!だから、これを……」
と、千歌音から渡されたのは三角巾とエプロン。ソレを身に付けながら、急ぎ準備を始める。
「はいはい。」
苦笑して口に出してしまえば、ニパァっと、子供のような純粋な笑顔で応えてくる。
子供に甘えたい母親の笑顔、その物。恐らく、自分以外には絶対に出してくれない姫宮千歌音の顔とも言える。これがあるから、思わず、ふわりとしてしまう感情に包まれる。
炬燵。
如何せん、令嬢であるが故に今まで持つことの無かった暖房器具。
部屋の片づけや、掃除、炬燵をお出迎えするために必要なことを全て行いながら、千歌音の顔をちらっとのぞくと、ハロウィンでお菓子を欲しがっている子供のような表情を浮かべてサボっている。
楽しみで仕方が無いのだろうが、こういう顔を見てしまうと、甘やかしてしまう自分がいることに気付く。
「千歌音ちゃん、お手伝い。」
「そ、そうね。」
それでも、早く出したいなら甘やかしてはいられない。と、思いつつ、テキパキと動き始める千歌音を見て注意するのをやめた。広いリビング、基本は姫宮家に使えるメイド達がすぐさま掃除をしてしまうために、そんなに汚れてはいないのだが、それでも、気づかない部分や散らかっている部分、スペースを作るために必要なことをしなければ狭い空間となってしまう。
そういうことを考えながら片づけなければならない。
そうして、それが終われば……
「いよいよだね。」
「えぇ。」
「はぁー……待っていたわぁ……炬燵ぅ……」
うっとりとした表情を見せながら。組み立てられた目の前の存在を見て、思わず、猫のように、その中に入り込んだ。
「本当に好きだね。おこた。」
「だって、これで姫子や皆と一緒に、ぬくぬく出来るじゃない。」
炬燵という文明の利器に取りつかれたお嬢様は簡単に籠絡される。
とはいえ、炬燵と言う道具の威力が、そこまであるのは、この世界に生きている人間が経験すれば誰もが思い知ることになる。お嬢様である千歌音も、その一人だった。高貴故にお嬢様の知らないことは多い。
「姫子、これは何……?家にあるテーブルでは物足りないの……?」
デパートで姫子が初めて購入しようとした炬燵を前に最初はいぶかしげな表情を浮かべていたのを今でも覚えている。
不安と言うより、姫宮家が購入した家具であるからこその自信と言う物があったのだろう。
それを市販で売っているテーブルと取り替える意味と言うのは、良く解らないのだ。テーブルの裏にある装置を見なければ、普通のテーブルにしか見えないし、それが、どういう効果をもたらすのかも解らない。だが、初めて起動して、それを体験してしまった時には、その表情は蕩けたようにだらしなくなり、炬燵の使者であるかのように冬場は余程のことが無い限り、炬燵の中に引きこもるようになった。
更に、その炬燵に入りながらアイスを食べる。なんて事にも悦びを覚えて、お嬢様は、こうして今のようになっていると言うわけだ。千歌音は、既に炬燵の中に身を入れており、スイッチを入れる前の少し冷えた炬燵の中でソワソワしながら、姫子が電源ケーブルをコンセントにつなぐのを待っている。
そして、いざ、スイッチをオンにする。
まだ、暖かさは来ない。
しかし、徐々に広がり始めている。
この炬燵は、スイッチを入れても、強弱のスイッチを強にしない限り、赤く染まらないタイプ。弱でもすぐに広がり始まるが故に、気にすることは無い。
「ふわぁぁぁぁ……」
千歌音が歓喜の声をあげた。暖かさが広がってきたのだ。全身が限りなくリラックスし、ゆったりと傍にいつの間にか置いておいた座布団に頭を置いてぐったりとする。
「あぁぁぁぁ……」
幸福感、ぬくぬくとした心地良さが千歌音に安らぎを与え、そのまま思考することを忘れさせてしまう。
そうしてくると、人はどうなるか。と、言えば怠けて何もしなくなる。それが、炬燵の持つ魔力と言うものだ。とはいえ、最初は、この炬燵の魔力には簡単に抗っていた。
しかし、姫子と一緒に入り、あった丸ことによって、好きな人と怠惰を共有することによって毒は一層、千歌音の中に入り込魅、依存していってしまった。
じんわりと来る、足のつま先からやってくる暖かさと言うのは、何とも言えないものがある。その炬燵を味わった時の表情に、かつて宮様と呼んで敬い慕っていた人間たちは何を思うだろう。
すでに乙羽を始めとするメイドたちは諦めの境地ではあるが、最初に見たときは、頭痛が痛いという表情を浮かべていたのを覚えている。姫子としては、そういう顔を見られるのは嫌なことではないのだが、やはり、周りからは多少なりとも失望の顔を浮かべてしまうこともある。長年慕ってきたメイドたちは確かに、そういう部分はより強くなるだろう。
宮様としての千歌音を求めてしまうこともあるのだろう。とはいえ、その枷のようなものを解き放ったのが姫子なのだが。そんなことよりも、千歌音は猫のように炬燵の中でリラックスしている。
「さ、姫子もいらっしゃい。」
「はいはい。」
そっと、横に入り込み互いに顔を見つめあう。
そのまま自然と足を動かして絡ませあい、密着しあうように互いに身体を引き寄せる。
何度も何度も行っている事だというのに、やはり互いの大切な人の前になると顔が赤くなる。
静電気が走ったように心臓の鼓動が激しくなる。それは、まだ二人の身体の中に愛があるということ。輝かしく、初恋に近い状態でドキドキ出来る若さの証なのかもしれない。
なんだか、おかしくて、このドキドキしてしまう自分に嬉しくもなり、笑みが零れてしまう。
老けていく互いの彼女の姿を見合いながら年を取り、そして、愛し合う。
愛を育み合い、二人は、こうして生きてきた。それは、この年齢まで生きることが無かったからだろう。必ず、何かしらの運命に翻弄されたからこそ、こうして当たり前の日常に愛を重ねる行為をする。
「やっぱり、良い匂い……」
「姫子のだって、そうよ……」
炬燵と言う小さな二人だけの熱帯世界で混ざり合い顔を近づけて、毎日、こうしているのに飽きない。
日に日に成長する互いの愛する人の思いを感じ取ることが出来るから、いつでもいつまでも胸の高揚感は止まらないのかもしれない。愛すれば愛するほど、もっと互いが愛しく尊くなる。鼓動が止まらない。愛しくて仕方ない。千歌音の視界に淡い唇が入り込んだ。何年たっても変わることの無い、その淡い桃色の唇、何年たっても頬が赤くなり、瞳が潤い始める。
何度も何度も、その蒼い瞳は姫子の唇、その肉体を見つめてきた。
抱きしめて、姫子の陶器のような白い肌を抱きしめる。暖かな柔肌の感触を確かめる前に千歌音は姫子の身体に足を絡めてきた。動けなくなるが、これもこれで、恒例行事だと慣れた顔を浮かべてしなやかな姫子の腰のラインを撫でるようにしながら手を滑らせて、そのまま抱きしめた。
そのまま姫子の胸に顔を埋めながら、猫のように体をくねらせて眠りについた。
そんな千歌音の優しく抱きしめて姫子も眠りにつきそうになる。
昼食の準備や、そういうことをしなければならないと言うのに、徐々に力が抜けていく様と言うのは、二人から生きていく力を休ませてしまう。
ふと、姫子の忘れていた物、これが炬燵の魔力。
包み込まれてしまえば人は一気に堕落の一途をたどる。
人からやる気などと言うものを奪い取る人類の生み出した最高であり最悪の魔物と言っても良い、それに取りつかれてしまえば、思考の停止なんて言うものが、そこにはあり、怠惰と堕落を司る白い肌を持った二人の美女は優しき寝顔を浮かべながら炬燵の中の魔物に敗北してしまう。
「ぐー……」
「んぅ……」
買い物からの疲れなのか、身体は休息を求めて、そのまま炬燵の温もりに敗北してしまう二人の姿が、そこにあった。
無気力になり、そのまま眠りに誘ってしまう、まさに究極兵器である炬燵。姫宮千歌音が初めて触れて、その魔性に取りつかれたのは、もう何年前のことか。寒さに敗北し、温かさにも敗北し、そして、眠気にまで敗北した二人の母親は意識を失い、安らかな寝息を立てて眠りについた。
二人が目を覚ました時は既に乙羽が溜息を吐いて家事の全てをこなしていた時だった。
「お二人とも、こたつで寝るのは結構ですが、やることをしてからにしてくださいね。」
子供の迎え、選択、そして今晩の食事の用意まで全てをこなしていたことを話したことには気づいていたが、如何せん、眠気と言う物が、その話の7割ほどを聞き流していた。呆れていることくらいは声色で解ってはいたが寝ぼけている頭と言う物は都合よく、全ての会話が流れていくものらしい。
ふわりとした意識が、まだ現実に戻りたくないと言うように、乙羽の言葉はただのノイズにしかならなかった。とろんと、再び残った眠気が眠りを促しはじめていた。乙羽の顔はテレビの砂嵐がかかったのかのように、二人の眼には良く映っていない。
「そう言えば、娘達が……」
「千歌音さま……先ほど、言いました通り、お嬢様達は全員、私が迎えに行きました。」
ドスの利いたキツイ声でしかられた。と感じる中、この乙羽は時折、白い火星猫と同じトーンで声を発する時がある。そんなことを思い出しながら、キツイトーンで何を言われたのかすらも忘れてしまう。
「眠い……」
見れば娘達も炬燵の中で眠っていたし、そして「わぁー、炬燵だー」仕事を終えた凪沙と智恵理が目を輝かせて、帰ってきたままの衣服で炬燵の中に潜り込む。これを出せば、このシェアハウスに住む住民たちは、全員、この中に入りこむのだ。
「智恵理、ちゃんと着替えてからじゃないと……」
「そ、そうね。炬燵の前だからつい……」
気づけば、四方に、このシェアハウスの住民達が帰宅し、炬燵を担当して眠りにいざなわれそうだった。
「暖かい……」
「ねー。凛ちゃん。」
仕事終わりで、炬燵となれば何かする気力すら奪ってしまうのは仕方ないことなのだろう。グダグダした日常が、そこには待っている。
「卯月ちゃんも凛ちゃんもお疲れ様。」
流石に、こうなってくると姫子と千歌音も眠気から解放されて、むくりと立ち上がり、周りとの会話にお茶を濁し始める。改めて周りを見ると随分と、そういうカップルが、このシェアハウスに住んでいる物だと二人は思う。
最近、某プロダクションにも出資をしているからか、そちらの系列で、このシェアハウスと言う名の豪邸に住むカップルも少なくは無い。こうしてわちゃわちゃしながら暮らすのも楽しい日々だ。そういうことを思いながら、ふと、思い出したことがあった。
「そうそう、来年、また、新しい住民が来るのよ。」
無論、レズビアンカップルであるが。
「どんな子が入ってくるんですか?」
「それは、来てからのお楽しみ。」
需要は大きい。
渋谷で条例を作られて、数年経ったが全国的に広がり、やはり、こういうレズビアンカップル専用のシェアハウスと言うのは需要がある。そうして、そんな住民たちと姫子と千歌音は接し、そして色々と学んでいったことを思い出す。
こうして周りを見ると思い出す、一つ一つの思い出なんて言う物。
こうして親交を深めあうことによって生まれたなんとやら。思い出に浸りながらも、そろそろ、年の暮れ一年が終わろうとしている。今年も、沢山のカップルが入りこんできた。唐突に、今年の出来事が色々とフラッシュバックしてくる。
来年は、どういう年になるのか。しかし、そんなことより……
「ふぅ……やっぱり、冬の時期は炬燵に限るわね……」
「ねー……」
炬燵の魔力に比べれば、そんなことは些細なことだった。
「こんな寒いのに幼稚園に行くなんてナンセンスよ……」
子供たちが愚痴や不満をまき散らしながら、幼稚園バスが迎えに来る場所まで足を運ぶ。姫子と千歌音に似た幼い子供達と手を繋いで寒い風と戦いながら、4人は前に進む。
冬真っ盛り。
そんな言葉が似合う寒い日に冬用の衣服を完全に身に着けて、もう12月の淡くも寒い風を味わいながら、また、1年を越すことが出来るのか。と、季節を感じ取る。あとは、このまま、犯罪等に巻き込まれずに平和に行けば二人にとって幸せと言える。
与えられた幸福と言うのを謳歌できるというのは最大の幸福と言えよう。
そして、前までは10代しか楽しめなかった人生を、今度は死ぬまで。所謂宿命のメビウスのリングは永遠の愛を誓い合うエンゲージリングのような存在へと昇華されていった。そうして、気づけば三十路に入り子供も生まれて、今ほど楽しいと言える人生もないだろう。何もない日を謳歌する。
二人で結ばれて、今日も今日とて寒い風が突き抜けて、こんな場所から早く帰りたい。
そんなことすら考えてしまう。もう、此処まで寒くなったのなら解放しても良い、あの存在を思い出す。それは希望、冬と言う季節を快適に過ごす希望そのものと言えるだろう。眉間にし泡を寄せて、綺麗な顔が少し歪む姿を見ると如何に冬と言う季節が人間にとって酷なのか。と、言うのが良く解る。
子供は風の子と言いながらも、二人の娘も不快感を露わにした顔を浮かべて、何とかバスが来るコンビニ前に足を止めて、バスが来るまでコンビニでから揚げを四つ購入し、身体を暖めて一時的に寒さを忘れたかのような、ほっこりとした顔を浮かべた。
「帰ったら……」
「そうだね。さすがに、今日は寒いよね……」
そうして、冬に生み出す希望のことを考えながら、バスを待っていれば、特徴的なカラーの幼稚園バスが目の前に現れ、既にから揚げを口にし終えていた娘たちがバスの扉の目の前で待っていた。
「姫子ママ、千歌音ママ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい。」
聖ミカエル女学園幼稚舎のバスに乗り込む娘達を見送った後に晩のオカズの材料を購入するために足をスーパーに向ける。こういう時こそ、暖かい物を食べるのだ。と、そういう使命感に駆られる。なべ物が良い。肉をたくさん使った鍋でも食べようか。
「それに、寒いし、そろそろ、あれの出番ね。」
「そうだね。」
千歌音のいうアレ。
この時になると寒さが苦手な人間でも楽しみになる家庭用の暖房器具。それの楽しみに胸を躍らせ、他愛のない会話が繰り返されて互いに微笑みあう。
「帰ったら、用意しましょう。」
「さすがに必要な季節だよね。」
先ほど購入したコンビニの焼鳥を頬張りながら歩き、身体が暖まった。と、感じるも、こうなるのは一時しのぎに過ぎない。だからこそ、早く、あの文明の利器の封印を解かなければ。と、誰もが思う季節。
「にゃぁー。」
「ねこさん、こんにちは。」
ふと目の前を通り過ぎる猫を二人で撫でつつ、その毛を、多少、揉みながら、ふわふわの毛波を堪能する。かつての世界で出会った火星猫ではなく普通に首輪があり、その毛波から良く手入れされている猫なのだと解る。そんな猫は特に、これから絡むことは無いのだが。きまぐれにつき合った、ねこは、きまぐれに何処かに行き、目の前からいなくなる。
そして、近くのコンビニに寄り唐揚げを購入し、食べ歩きしながら近くのスーパーで食材を購入してから帰路についた。
こうしているとお嬢様的な生活からかけ離れすぎて、乙羽が見たときは卒倒しそうになったのを覚えているが、一度覚えてしまった味は止めることが出来ないように、ついつい、コンビニには立ち寄ってしまうのだ。季節外れのアイスをコンビニで買ったりし、そんな楽しみはお嬢様生活を繰り返していれば絶対に味わえないことだろう。
「姫子!600円のいっぱい入ったバニラアイスも買いましょう!後、100円のアイスを二つ!」
「ちょっと待って。お昼ごはんの食材、揃えなきゃ。」
所謂、庶民だった姫子と、こうして結ばれたことで得られた経験は千歌音にとっては愛しき形の無い財産である。
家で乙羽が作ってくれる奴も美味しいが、それとは違う物が、こういうところの菓子にはあると言うのだから、世の中わからないものである。基本、食事は夫婦二人で作り上げて、そして娘達と一緒に食べる。なるべく、メイド達に頼らないようにはしている。
彼女たちはシェアハウスの住民たちが要望を出す時に食事の用意をする。それ以外は基本、厨房を借りて自炊だ。
「贅沢かしら?」
「かもね。乙羽さんのは美味しいし。」
しかし、あれとは違う。
このような二人だけの秘密を持つことは、ちょっとしたことではあるが学生時代に戻れるような気分になる。
そんな些細なことが嬉しくて互いに笑いあう。
「っ……」
「冷えるね。」
「そう、ね。」
気づけばもう12月。
冬の寒い風が吹き荒れる季節。
露出している肌の部分に冷気が侵略し、無防備にさらされている部分は当たれば嫌でも肉体が震える構造には慣れながらも、それ以上に突き刺すような肌の痛みが機械仕掛けの破壊神以上に直接的に与えてくれる。
文明の利器と言うのは、人を怠けさせるためにある。しかし、この寒さを思えば、肌を突き刺すような寒さを考えれば文明の利器に甘えたくなる。と、言うのは解らないことでもない。凍える風に眉を潜めながら、マフラーをつけて外に来ればよかった。と、後悔した。マフラーを付けても、どうしても露出してしまう顔と言うパーツは風と言う侵略者から防ぎようは無いが、気休め程度にはなる。
「やっぱり、またコンビニによって、からあげも買いましょうか?」
「そうしようか。」
スーパーを出てから、そのまま、近道に入るルートに足を運んだものの、暖をとるという誘惑に負けて足をコンビニに戻して、改めて唐揚げを買いなおすついでに、うまそうな焼き鳥も購入して、改めて帰路に就いた。
凍える寒さというものは、どうも人の欲望を戦いものに突き動かしてしまうらしい。
少し、太った。
そんなことを思いながらも、これには逆らえない。と、欲望にあっさりと負ける。
そして、館に帰れば当然というわけではないが、改めて欲望を引き出してしまうものがある。こうなると、早く帰って、あれが欲しいと思えてくる。互いに、顔を見合いながら、その今、欲しがっている文明の利器に対して同じことを思い頷いて早足で二人の棲んでいる場所へと戻り始めた。
「姫子!12月よ!」
さらに言えば、この季節は、やたらと千歌音が騒がしい。
確かに、クリスマスや大晦日と、色々とイベントはあったりはするものの、その程度のことで騒ぐ姫宮千歌音ではない。
「そうだね。12月、もう年越しの準備をしなきゃいけない季節……」
早い。と、感慨深くなっていたが息を荒くし、下手すれば鼻息まで出ているほどにはしゃいでいる恋人の姿に苦笑しながら、荷物を置いて、何がそんなに楽しいのか。一緒にいるだけで、こんなに楽しいのに。と、思いながら、千歌音は目を輝かせて言う。
「それも大事だけど、もっと大事なものがあるでしょ?」
「はいはい。」
言わなくても分かっている。
彼女の欲する物は、そういうイベントという日ではない。
「じゃぁ、お手伝いしてね。」
「もちろんよ!」
そろそろ、三十路にさしかかっていると言うのに、このことに関しては千歌音にとって、そのイベントはクリスマスや年越しよりも大切なようだ。
とはいえ、一人であるのなら、そこに、そんな意味は無いだろう。
姫子と一緒だから。
姫子と言う女が自分の前にいるから、この道具が心地良い。
その道具が無ければ冬を過ごす意味が無い。まずは、買ってきた食材を冷蔵庫の中にしまいこみ、そして、動き出す。
「姫子。」
ウズウズし、目を輝かせている千歌音の瞳を見てしまえば、思わず許してしまう。とはいえ、冬だから、それが無ければ姫子とて年は越せない。と、までいけば大袈裟だが無いと寂しい。
千歌音は、無ければだめだと言う。犬、それか子供のような姿にも見えなくもない。
「おこたの用意?」
「そう!」
「その前に、お片付けをしないとね。」
「解っていてよ!だから、これを……」
と、千歌音から渡されたのは三角巾とエプロン。ソレを身に付けながら、急ぎ準備を始める。
「はいはい。」
苦笑して口に出してしまえば、ニパァっと、子供のような純粋な笑顔で応えてくる。
子供に甘えたい母親の笑顔、その物。恐らく、自分以外には絶対に出してくれない姫宮千歌音の顔とも言える。これがあるから、思わず、ふわりとしてしまう感情に包まれる。
炬燵。
如何せん、令嬢であるが故に今まで持つことの無かった暖房器具。
部屋の片づけや、掃除、炬燵をお出迎えするために必要なことを全て行いながら、千歌音の顔をちらっとのぞくと、ハロウィンでお菓子を欲しがっている子供のような表情を浮かべてサボっている。
楽しみで仕方が無いのだろうが、こういう顔を見てしまうと、甘やかしてしまう自分がいることに気付く。
「千歌音ちゃん、お手伝い。」
「そ、そうね。」
それでも、早く出したいなら甘やかしてはいられない。と、思いつつ、テキパキと動き始める千歌音を見て注意するのをやめた。広いリビング、基本は姫宮家に使えるメイド達がすぐさま掃除をしてしまうために、そんなに汚れてはいないのだが、それでも、気づかない部分や散らかっている部分、スペースを作るために必要なことをしなければ狭い空間となってしまう。
そういうことを考えながら片づけなければならない。
そうして、それが終われば……
「いよいよだね。」
「えぇ。」
「はぁー……待っていたわぁ……炬燵ぅ……」
うっとりとした表情を見せながら。組み立てられた目の前の存在を見て、思わず、猫のように、その中に入り込んだ。
「本当に好きだね。おこた。」
「だって、これで姫子や皆と一緒に、ぬくぬく出来るじゃない。」
炬燵という文明の利器に取りつかれたお嬢様は簡単に籠絡される。
とはいえ、炬燵と言う道具の威力が、そこまであるのは、この世界に生きている人間が経験すれば誰もが思い知ることになる。お嬢様である千歌音も、その一人だった。高貴故にお嬢様の知らないことは多い。
「姫子、これは何……?家にあるテーブルでは物足りないの……?」
デパートで姫子が初めて購入しようとした炬燵を前に最初はいぶかしげな表情を浮かべていたのを今でも覚えている。
不安と言うより、姫宮家が購入した家具であるからこその自信と言う物があったのだろう。
それを市販で売っているテーブルと取り替える意味と言うのは、良く解らないのだ。テーブルの裏にある装置を見なければ、普通のテーブルにしか見えないし、それが、どういう効果をもたらすのかも解らない。だが、初めて起動して、それを体験してしまった時には、その表情は蕩けたようにだらしなくなり、炬燵の使者であるかのように冬場は余程のことが無い限り、炬燵の中に引きこもるようになった。
更に、その炬燵に入りながらアイスを食べる。なんて事にも悦びを覚えて、お嬢様は、こうして今のようになっていると言うわけだ。千歌音は、既に炬燵の中に身を入れており、スイッチを入れる前の少し冷えた炬燵の中でソワソワしながら、姫子が電源ケーブルをコンセントにつなぐのを待っている。
そして、いざ、スイッチをオンにする。
まだ、暖かさは来ない。
しかし、徐々に広がり始めている。
この炬燵は、スイッチを入れても、強弱のスイッチを強にしない限り、赤く染まらないタイプ。弱でもすぐに広がり始まるが故に、気にすることは無い。
「ふわぁぁぁぁ……」
千歌音が歓喜の声をあげた。暖かさが広がってきたのだ。全身が限りなくリラックスし、ゆったりと傍にいつの間にか置いておいた座布団に頭を置いてぐったりとする。
「あぁぁぁぁ……」
幸福感、ぬくぬくとした心地良さが千歌音に安らぎを与え、そのまま思考することを忘れさせてしまう。
そうしてくると、人はどうなるか。と、言えば怠けて何もしなくなる。それが、炬燵の持つ魔力と言うものだ。とはいえ、最初は、この炬燵の魔力には簡単に抗っていた。
しかし、姫子と一緒に入り、あった丸ことによって、好きな人と怠惰を共有することによって毒は一層、千歌音の中に入り込魅、依存していってしまった。
じんわりと来る、足のつま先からやってくる暖かさと言うのは、何とも言えないものがある。その炬燵を味わった時の表情に、かつて宮様と呼んで敬い慕っていた人間たちは何を思うだろう。
すでに乙羽を始めとするメイドたちは諦めの境地ではあるが、最初に見たときは、頭痛が痛いという表情を浮かべていたのを覚えている。姫子としては、そういう顔を見られるのは嫌なことではないのだが、やはり、周りからは多少なりとも失望の顔を浮かべてしまうこともある。長年慕ってきたメイドたちは確かに、そういう部分はより強くなるだろう。
宮様としての千歌音を求めてしまうこともあるのだろう。とはいえ、その枷のようなものを解き放ったのが姫子なのだが。そんなことよりも、千歌音は猫のように炬燵の中でリラックスしている。
「さ、姫子もいらっしゃい。」
「はいはい。」
そっと、横に入り込み互いに顔を見つめあう。
そのまま自然と足を動かして絡ませあい、密着しあうように互いに身体を引き寄せる。
何度も何度も行っている事だというのに、やはり互いの大切な人の前になると顔が赤くなる。
静電気が走ったように心臓の鼓動が激しくなる。それは、まだ二人の身体の中に愛があるということ。輝かしく、初恋に近い状態でドキドキ出来る若さの証なのかもしれない。
なんだか、おかしくて、このドキドキしてしまう自分に嬉しくもなり、笑みが零れてしまう。
老けていく互いの彼女の姿を見合いながら年を取り、そして、愛し合う。
愛を育み合い、二人は、こうして生きてきた。それは、この年齢まで生きることが無かったからだろう。必ず、何かしらの運命に翻弄されたからこそ、こうして当たり前の日常に愛を重ねる行為をする。
「やっぱり、良い匂い……」
「姫子のだって、そうよ……」
炬燵と言う小さな二人だけの熱帯世界で混ざり合い顔を近づけて、毎日、こうしているのに飽きない。
日に日に成長する互いの愛する人の思いを感じ取ることが出来るから、いつでもいつまでも胸の高揚感は止まらないのかもしれない。愛すれば愛するほど、もっと互いが愛しく尊くなる。鼓動が止まらない。愛しくて仕方ない。千歌音の視界に淡い唇が入り込んだ。何年たっても変わることの無い、その淡い桃色の唇、何年たっても頬が赤くなり、瞳が潤い始める。
何度も何度も、その蒼い瞳は姫子の唇、その肉体を見つめてきた。
抱きしめて、姫子の陶器のような白い肌を抱きしめる。暖かな柔肌の感触を確かめる前に千歌音は姫子の身体に足を絡めてきた。動けなくなるが、これもこれで、恒例行事だと慣れた顔を浮かべてしなやかな姫子の腰のラインを撫でるようにしながら手を滑らせて、そのまま抱きしめた。
そのまま姫子の胸に顔を埋めながら、猫のように体をくねらせて眠りについた。
そんな千歌音の優しく抱きしめて姫子も眠りにつきそうになる。
昼食の準備や、そういうことをしなければならないと言うのに、徐々に力が抜けていく様と言うのは、二人から生きていく力を休ませてしまう。
ふと、姫子の忘れていた物、これが炬燵の魔力。
包み込まれてしまえば人は一気に堕落の一途をたどる。
人からやる気などと言うものを奪い取る人類の生み出した最高であり最悪の魔物と言っても良い、それに取りつかれてしまえば、思考の停止なんて言うものが、そこにはあり、怠惰と堕落を司る白い肌を持った二人の美女は優しき寝顔を浮かべながら炬燵の中の魔物に敗北してしまう。
「ぐー……」
「んぅ……」
買い物からの疲れなのか、身体は休息を求めて、そのまま炬燵の温もりに敗北してしまう二人の姿が、そこにあった。
無気力になり、そのまま眠りに誘ってしまう、まさに究極兵器である炬燵。姫宮千歌音が初めて触れて、その魔性に取りつかれたのは、もう何年前のことか。寒さに敗北し、温かさにも敗北し、そして、眠気にまで敗北した二人の母親は意識を失い、安らかな寝息を立てて眠りについた。
二人が目を覚ました時は既に乙羽が溜息を吐いて家事の全てをこなしていた時だった。
「お二人とも、こたつで寝るのは結構ですが、やることをしてからにしてくださいね。」
子供の迎え、選択、そして今晩の食事の用意まで全てをこなしていたことを話したことには気づいていたが、如何せん、眠気と言う物が、その話の7割ほどを聞き流していた。呆れていることくらいは声色で解ってはいたが寝ぼけている頭と言う物は都合よく、全ての会話が流れていくものらしい。
ふわりとした意識が、まだ現実に戻りたくないと言うように、乙羽の言葉はただのノイズにしかならなかった。とろんと、再び残った眠気が眠りを促しはじめていた。乙羽の顔はテレビの砂嵐がかかったのかのように、二人の眼には良く映っていない。
「そう言えば、娘達が……」
「千歌音さま……先ほど、言いました通り、お嬢様達は全員、私が迎えに行きました。」
ドスの利いたキツイ声でしかられた。と感じる中、この乙羽は時折、白い火星猫と同じトーンで声を発する時がある。そんなことを思い出しながら、キツイトーンで何を言われたのかすらも忘れてしまう。
「眠い……」
見れば娘達も炬燵の中で眠っていたし、そして「わぁー、炬燵だー」仕事を終えた凪沙と智恵理が目を輝かせて、帰ってきたままの衣服で炬燵の中に潜り込む。これを出せば、このシェアハウスに住む住民たちは、全員、この中に入りこむのだ。
「智恵理、ちゃんと着替えてからじゃないと……」
「そ、そうね。炬燵の前だからつい……」
気づけば、四方に、このシェアハウスの住民達が帰宅し、炬燵を担当して眠りにいざなわれそうだった。
「暖かい……」
「ねー。凛ちゃん。」
仕事終わりで、炬燵となれば何かする気力すら奪ってしまうのは仕方ないことなのだろう。グダグダした日常が、そこには待っている。
「卯月ちゃんも凛ちゃんもお疲れ様。」
流石に、こうなってくると姫子と千歌音も眠気から解放されて、むくりと立ち上がり、周りとの会話にお茶を濁し始める。改めて周りを見ると随分と、そういうカップルが、このシェアハウスに住んでいる物だと二人は思う。
最近、某プロダクションにも出資をしているからか、そちらの系列で、このシェアハウスと言う名の豪邸に住むカップルも少なくは無い。こうしてわちゃわちゃしながら暮らすのも楽しい日々だ。そういうことを思いながら、ふと、思い出したことがあった。
「そうそう、来年、また、新しい住民が来るのよ。」
無論、レズビアンカップルであるが。
「どんな子が入ってくるんですか?」
「それは、来てからのお楽しみ。」
需要は大きい。
渋谷で条例を作られて、数年経ったが全国的に広がり、やはり、こういうレズビアンカップル専用のシェアハウスと言うのは需要がある。そうして、そんな住民たちと姫子と千歌音は接し、そして色々と学んでいったことを思い出す。
こうして周りを見ると思い出す、一つ一つの思い出なんて言う物。
こうして親交を深めあうことによって生まれたなんとやら。思い出に浸りながらも、そろそろ、年の暮れ一年が終わろうとしている。今年も、沢山のカップルが入りこんできた。唐突に、今年の出来事が色々とフラッシュバックしてくる。
来年は、どういう年になるのか。しかし、そんなことより……
「ふぅ……やっぱり、冬の時期は炬燵に限るわね……」
「ねー……」
炬燵の魔力に比べれば、そんなことは些細なことだった。
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