2015.06.30 Tue
誓いのキス、それは甘美な香り。
「こういうお仕事になると、ああいうことしたくなっちゃいますよね。」
「あぁ、解るわ。だって、こういう衣装だものね。」
島村卯月が純白の衣装に身を包んで、一緒に着替えている美波と談笑している。
それをじーっと眺めながら、着飾られていく恋人の姿に見惚れていた。
ジューンブライド。
そんな都市伝説じみた風習の生きる、この日本。
「なんで、このメンバー……」
渋谷凛達、346プロに所属するアイドルと、他の事務所にも所属するアイドルと女優が4名づつ、計4組ほどが集まりつつ、その身に純白の衣装を身に纏っている。
シンデレラプロジェクト含む他の事務所のアイドルに、スポンサーの経営する結婚式場のカタログに、自分たちを含む数名の仲の良いアイドルがモデルとして選出されたわけだ。しかも、揃いも揃って、知り合いが多い。それも、アイドルとしてマスコミにでも嗅ぎつけられればバッシングを受けるであろう関係だ。
「美波、とても綺麗デス!」
「ありがとう。アーニャちゃん。」
キャッキャと、童心に戻るように、周りのカップル達は微笑ましく、パートナーの純白の衣装をまとった姿を見て興奮している。
「卯月ーまだー?」
「もうちょっとですよー」
向こう側から聞こえてくる着替えをしている自分のパートナー。
その光景を眺めつつ、凛は今回の仕事の趣旨を思い出していた。
プロデューサーの説明によれば、同性同士で結婚式を上げることが、ここ数年のうちに当たり前になってきたこと位は凛とて知っているが、それに対してスポンサーの経営する結婚プランナーの資料察しのモデルとして、同性カップルとして見られてもおか良くないアイドルグループの中で、仲のいい人材を提供する。と、言うのが、今回の趣旨なわけだが。
「ドストライクすぎるでしょ……」
凛は思う。確かに、凛とはバージンまで互いに捧げあった仲でもあるし、それからこじれるどころか、むしろ関係は進展してるくらいだ。
(まさか、盗撮されてたりする……?)
嫌な考えが脳裏によぎるが、それにしても、そこまでするなら、とっくにマスコミに金を渡して儲けている連中のすることだろうし、そこまで下衆なことをしてまで知りたい。と、思える連中も、そこまでハイリスクを犯すにしても、あるなら、危険なファンくらいか。考える。
しかし、そうされていたら、デマ的なものでネットにも流出はしているようだが、そういう物すらない。
(やっぱり、嗅覚的なものなのかな……?)
今回の仕事のために名目上、仲の良いアイドルが選出されたわけだが、実際は仲が良すぎるどころか愛しあっている仲。スポンサーのオーナーが、そういう物に対する嗅覚が鋭いのかどうなのかは分からないが、全員、この趣旨としては当たりの組み合わせだと言うことには流石に驚きを隠せない。
親友である48Gの本宮凪沙と園智恵理は、そのオーナーの名前も、どういう人物かも知っているようだが、流石に教えてはくれない。ただ、とても誠実な人。とは、教えてくれたが。
(花嫁姿か……いつかは、私も、卯月と……)
アイドルに恋愛はタブーとはいうが、明らかに、このメンバーの構成はスポンサー側に見透かされているとしか思えない。と、そんな思惑に乗りながらも、自分の愛する少女の、そういう姿を見てしまえば許してしまいそうになる。
「凛ちゃん、どうですか?」
満面の笑みで島村卯月が踊るように純白の衣装を舞わせた。こういう物を見ると、眼福と呼ばれる効果が出て、何もかもを許してしまう。
(可愛いなー……このまま、してみたいけど、出来るかな?)
初めて出会ったころに抱いた花の精を思わせる、その可憐さに渋谷凛の鼓動が虜になったことを表わすように華の女神とでもいうかのような、何とも言えない壮大で尊いもの凛の心は移り変わる。卯月の掌に包まれたかのような心地よさを感じる。
6月、祝日も無い退屈な月。とはいえ、アイドルともなれば、祝日なんてものは当然、仕事で潰されるのが、それでも、こういう月になると誰であろうと退屈にはなるだろう。そんな憂鬱な気持ちを吹き飛ばす。そんなことが出来るのは、よほどのイベントが無ければ不可能に近い。気まぐれに雨が好きな人と言うのもいるが、たいていの場合は、そんな日常に支障をきたす雨に鬱陶しさを覚える。
しかし、今の渋谷凛の心は違う。大地を濡らす雨水、それは、凛の歓喜の涙なのかもしれない。梅雨という、今までのことを考えてみれば、ブルーになる季節も喜ばせることが、喜びの雨と捉えるほどにまで、その心は弾む。
このアイドルの仕事というのは実にありがたいものだ。アイドルになってから、衝撃と嬉しさが襲う中、改めて、この職に就いたことを感謝する。感謝しても、感謝しきれない。という言葉があるが、まさに、その通りで、気を許したら、このまま気を失い倒れてしまうだろう。
ただただ、圧倒的な感謝の心を持って、自分たちを採用したプロデューサーの存在を尊い存在だと思う。今ほど、心のうちが震えている渋谷凛と言うのも珍しい。
顔に出さないものの、羽ばたけるような、天にも昇る気持ちとは、大げさかもしれないが、そういう物なのだろう。
「凛ちゃん、どこか、変じゃないですか……?」
「変じゃないよ。綺麗だよ。」
島村卯月と交際を初めて、互いにバージンを捧げあって、どれくらい経ったことか。
仕事場では二人の関係がばれないように卯月はいつもの敬語口調。これが家に帰ると甘えてくるような口調になって余計に可愛くなる。この関係を知っているのは同じ事務所の新田美波とアーニャ、そして、今、この場にいる別の事務所に所属してるアイドルの本宮凪沙と園智恵理のみ。
共通していることは、この二組も、卯月と凛と同じ関係であると言うことだ。
互いに互いのことを尊敬しあい、そして、愛しあっているからこそパートナーのことをやたら気にかけたり、仕事中、一緒にいれば内心、惚気てしまうこともある。
(ホント、華の精霊みたい……)
聞いていれば、こっちが恥ずかしくなるような凛の心情など露知らず、その想いをバカ正直に心の中で刻み込む。
(カメラを持ってくればよかった。)
こんな自分の彼女を永遠に自分の記憶に刻み込みたい。
脳内で、その可憐な姿を焼きつけても、やはり、現物にしたい。と、そんなことを考えるのは当然のことだろう。
自分の彼女なのだ。自慢したい。誰かに、その姿を見せたくなる、その姿、ただただ、見せたい。
内なる感情は、愛欲に塗れるかのように凛の中身は卯月に染められていく。あわよくば、その衣装を身につけたまま、夜にしたいと、そんなことを考える。
華の精霊。
そう思えば凛の視点ではそう見える。天使の羽根でもくっつけていれば、もう、神々しい何かに見えることは間違いない。
(このまま、上手く行くのかな?)
自分が、卯月のような衣装を付けていないからだろうか。
唐突に、自分の大切な人であるはずなのに、何処かへ行ってしまうような不安感に煽られた。
誰かに奪われる、その妄想だと言うのに襲い来る抉り取られるような、虚しさのような凛の中に渦巻く。
(卯月は、私の心から、いつか離れていくんじゃないかな……)
気の早い考えということに気づかず、そういう物に渦巻く。
目の前の存在が綺麗だからこそ、本当は自分のものになっていないのではないか?
衣装が変わるだけで尊く遠い存在に見えてしまう卯月。
何処か、抱く不安。卯月の初めてとて、自分が貰ったのだ。卯月から直接、凛に捧げると年上とは思えないほどに可憐で無垢な少女のような顔で甘えてくる。この先、自分以外の男、いや、別の女と一緒になるかもしれないと考えると、やはり、想像しておきながら嫌悪感に満ちてくる。自分のモノなのに。と、そんな独占欲も生まれてくる。
とはいえ、そうした悶々とした感情を夜にぶつけて発散し、卯月に自分の証であるマークを付けるのが渋谷凛という女その物なのだが。この自問自答も、また、こうして解消されるのだろう。
「凛ちゃん、凛ちゃん。」
「どうしたの?卯月。」
輝く女神のような存在が目の前にいる。しかし、可愛い。抑えきれない想いという物が沸々とわき上がる。このまま、押し倒してしまおうか。徐々に熱くなっていく体が本能と共に、凛に、そう促そうとする。
このまま、華の妖精を籠の中に閉じ込める魔女になっても良いから、完全に卯月を自分のものしたい。思考と感情が渦巻く。この白く純白の衣を身に纏った少女を己の色に染め上げたい。
「え、と……凛ちゃんも、そろそろ、着替えてください。って担当の人が。」
「え、あ……」
等と、そんな恥ずかしい卯月に吐露できない感情を心の中でポエムのように綴っているうちに、凛の番が巡ってくる。
部屋を移動させられ、凛は一人ウェディングドレスをスタッフに手伝ってもらいながら着替える。
この間に、卯月の会話が聞こえてきた。互いのパートナーのことや、今後のことについてなど。よく、こんな場で話せる。と、思ったが、考えてみればスポンサーが理解がある人と言っていたことを智恵理と凪沙が行っていたことを思い出したがゆえに考えることを放棄した。
徐々に彩られていく自分を眺めていくと、これで、卯月と同じ場所に建てるのだろうか。と、そんなことを考えてしまう。とはいえ、自分の場合、華の精霊ではなく、何だというのか。
卯月と同じ純白のウェディングドレスを纏って、それからと、卯月と自分を比べてみると、この仏頂面の自分と満面の笑顔が魅力の卯月。どことなく、感情を表情で表すことが苦手な凛としては、釣り合わない。そんなことを考えてしまうのだが、ドレスアップが終わった自分を見て、卯月は何を思うだろう。
「終わりました。」
と、スタッフに告げられてから、歩きにくさを感じつつ卯月の前に出た。
他のグループは撮影を開始して現場に向かったり、まだ、談笑をしていたりする。美波とアーニャは、まだ出番が来てないようで、恋人らしく微笑ましい桃色な会話をしていた。
「凛ちゃん!とっても、似あいます!」
どうかな?と、尋ねる前に卯月が子供のように甲高い声を上げながら喜んでいた。卯月が、似合うというのだから間違いない。
「本当、二人揃うとお似合いの夫婦みたいね。」
見つめた美波が、微笑みながら、そう告げた。そのまま仕事に向かい、この控室から消えていく。気づけば二人きりになっている。
「褒めてくれたね。」
「う、うん。」
鏡で、卯月と自分の揃ったダブルウェディングの姿を眺めた。さらに、自然と腕まで組んでくる。新婦と新婦が入場する前段階のようにも見えた。こうやって、二人でバージンロードを歩いていくとなると、そんな妄想をするだけで鼓動が激しくなる。
「お似合い夫婦……って言われちゃった。」
「うん。」
突然、敬語が終わり、二人きりになったことで恋人モードの卯月に入った。
年上とは思えないほど幼く見える。
さらに、今日は、ウェディングドレスを纏っているということもあるのか、やたら、はしゃいでいるように見えた。凛は、そんな卯月の姿を、当然のごとく可愛い彼女だ。と、感動すら覚えていた。
このまま、二人きり、更衣室の向こうにはスタッフがいるとはいえ、ばれない程度にはできるはず。
そう考えると息を飲んで卯月を押し倒して、このまま、淫らな妄想に身を任せた行為をしたくなる。
誰もいないし、こういうときくらいは。
卯月は何を考えているのかわからない。
こうして、恋人同士でウェディングドレスを纏い、腕を組んでバージンロードを歩く妄想をしているのだろうか。
天使のような笑顔の彼女を、チラッと見たが、卯月は凛に”ちょっと恥ずかしいけど嬉しいね”と、言うように凛に照れ隠しの含めた笑顔を見せた。心臓をギュッとつかまれたように、身体がビクッと反応した。
付き合い続けて、まだ、数か月ほどではあるが、仕事上や友人としてだったら、絶対に店内であろう卯月の表情に翻弄され続けている気がする。
「嬉しそう。」
「え?卯月……?」
それは卯月の中にある、恋人の凛といると本当に楽しいという本心を隠せない心の表れである。卯月とて凛に、子供っぽく見られていないだろうか?と、ついつい意識してしまうことがある。
だが、このクールで甘えてくると可愛い恋人と、こういう衣装を着て仕事をするというのは特別な何かを思うのは無理もないことだろう。誰もが、この場所にいた誰もが、そういうことを思っている。大切な人とウェディングドレスを身に纏う意味。
「凛ちゃん。」
「ん?」
「私、幸せだよ。凛ちゃんと、こうして一緒に……」
言おうとしたが、言わなくても凛には解っている。同じ感情を抱いているからだ。だから、凛は我慢できない。
「卯月……良い、よね。」
キスの態勢に入ろうとする。
卯月と交わりたい。
まずは、この姿で、結婚を誓うように。
だが、卯月はと言えば。
「もう少し、待ってね。」
と、拒否された。
「凛ちゃん、私、やってみたいことがあるの。」
何かを含むような笑み、いつもの2割増しの笑顔でやりたいことがあるという表情。
こういう場所だ。
何かやりたくなるのも無理はないだろう。ただ、そのあとは真剣な顔つきになった。
「な、何?」
いつもは見せない、その顔。
真剣な顔と言うのは、普段、そういう表情を見せないがゆえに魅力的だ。
「私……」
「島村卯月さん、渋谷凛さん。仕事、入ってください。」
何かを口にしようとした瞬間、仕事の出番が回ってきた。と、スタッフが告げに来る。
空気の読めない奴。内心に怒りを溜めながら卯月と現場に向かう。何をしたいのだろう。
それを聞いた時、「つくまでやっぱり内緒。」と、お姉さんぶったような言い方をして、ただただ、凛の感情を弄ぶかのように現場までは、いつもと違う妖しい笑みを浮かべていた。妖艶とでもいうべきか。捉えて離さない、その表情。
卯月の表情に注目していても、何もボロは出さない。卯月は、こういう少女だったか。それとも、自分の気づかない一面なのか。何かを探りいれようとするたびに、その本心が見えてこない。何をしてみたいのか。この歩いて、数分しかかからない場所で探りを入れようとする。
あと少しすればわかるというのに、なぜ、知りたいと思うのか。
卯月の中にある何かを探り、そして、生で思いに触れたくなる。
卯月の肉体に、こうして触れているのだから、もっと、互いの思いが共有できないのか。と、そんな馬鹿げたSFみたいなことを望んでしまう。
ふわりと、下感触で凛の腕を受け止める卯月の身体。
様々な思いが感情が混ざり合う。
(思春期みたいじゃん……)
撮影現場についたらついたで、そのまま撮影を開始する。
何から何まで支持を受けて、仕事をこなすのだが、卯月が自分と何をしたかったのか。
そんな感情を露知らずと、当の彼女は、この仕事の撮影を楽しんでいる。
凛自身も、心、此処にあらずというわけではない。だが、やはり、卯月と、こういう仕事をするのは楽しい。
ちょくちょく、気になってしまうが、少し、顔を見ると、今は仕事をしなきゃダメだよ。と、釘を打つような表情をする。
(気になるじゃん……卯月がなにしたいのか……)
他のグループも、屋内や屋外で順調に撮影している。
こうしていると、ホントに結婚式に臨むカップル達のようだ。周りを見れば、卯月のしたいことが解るのだろうか。”鈍い”と、思われているような感じで苦笑の表情を浮かべている。
そうこうしている間に、楽しい撮影作業も終わり、スタッフが気を利かせてオフショットの撮影を許可してくれた。本格的に結婚式のようなことをするカップルもいれば、ウェディングドレスで走りまわるカップルすら出てくる。
そんな中で、卯月は凛に告げた。これから、したいことを。ただただ……
「島村卯月……」
卯月がしたかったこと。それは、このチャペルの中で。
「あなたはこの姉妹と結婚し、神の定めに従って夫婦になろうとしています。」
結ばれるための言葉。
こういうことをしておきたい。
卯月の、ほんの我がまま。
凛が好きだから。ちょっと早めに、凛と。と、言う少女らしい、いや卯月らしい我儘だった。そして、例の口上まで、わざわざ、神父役まで買って出たメンバーが言う。
「あなたはその健やかなるときも、病めるときも、つねにこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを重んじ、これを守り、その生命の限り、かたく節操を守ることを誓いますか?」
「はい。誓います。」
少し顔を紅くしながら、頷く花嫁。
これが、将来、確実に自分の物に。
今、両想いの状態を続けていると、そうなると思うと凛の思考は卯月一色に染まる。
”ずっと、一緒だよ?”
上目遣いで、そう見つめてくる表情に凛自身、一瞬、意識を失いかけた。
毎回、こうして心臓の鼓動が激しくなる。
卯月には、緊張させられっぱなしだ。
本番じゃないと言うのに、いざ、こういうことをするというのは何故、緊張感を抱いてしまうのか。ただ、卯月の顔を見れば、やっぱり、この人が自分は好きなんだ。なんてことを改めさせた。
「渋谷凛……」
「は、はい!」
こういうことをしてしまうと、ますます凛は、自分の独占欲が強くなるじゃないか。
理性と呼ばれるものが、そう告げる。言わなければならない誓いの言葉を聞いて、思わず、頬が熱くなる。
互いにウエディングドレスを着ているから、本当に結婚する、そのような疑似的感覚に酔っていた。
「あなたはこの兄弟と結婚し、神の定めに従って夫婦になろうとています。」
そうしていくうちに、これを絶対に、今のままで終わらせないように。
何れ、家族や友人を呼んで式が上げられればいい。ふとした、決意のような物が生まれる。
「あなたはその健やかなるときも、病めるときも、つねにこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを重んじ、これを守り、その生命の限り、かたく節操を守ることを誓いますか?」
「ハイ」
緊張して、声が上ずった。
「それでは誓いのキスを・・・」
容赦なくイベントは進む。
「え…?!」
本当にするのか。
いや、人前でするとか、そういう物では無く、いざ、こういう場所で、それも、こういう恰好でするということに何か特別な感情が凛の中で渦巻く。
卯月は凛のキスを待っている。
甘美な果実の香、卯月の暖かいイメージそのままの感色の唇は、ほぼ、毎日、味わっていると言うのに、衣装だけでこうも変わるものか。
うっとりと眼を閉じている、その見慣れた可愛らしい表情に悩ましげな顔を浮かべてしまう。
この特別な暖かい感情、いつも以上に激しい肉体のコール。
いよいよ、凛が卯月の両肩に両手を置いた。その刹那、爆発したかのような衝動が凛を襲った。これが、緊張と言う物であると、何度も味わっているのに、何かが違う。
顔を傾け、卯月の唇に自分の唇を寄せた。
自然と動いている。
意識しなくても、それが自然に刷り込まれているようにだ。吐息を肌で感じられるほどに近くなっている。そっと、卯月が自分の両腕を凛の腰に回し、凛も同じことをした。
お互いに本気も本気。
この場所で交わると言うことの意味。
疑似であると言うのに、崇高なもの。
この先、数年後に同じことをする、いわばシュミレーションだと言うのに、でも、やはり、人間的な本能が、この場所で行うキスを特別なものだと認識させている。
互いに引き寄せあい、肉体を密着させた。ふたりの顔が向きあう。そして、心の中でタイミングを計る時計を動かす。徐々に、顔を近づけて、卯月と交わろうと唇を重ねようとした。凛の時計の中で後、1秒となった時だ。
「んっちゅ……」
「んん……」
卯月も顔を動かし、唇は凛が思っていた以上に早く重なった。
しかし、一度、重ねてしまえば甘い時間が二人の肉体の身体から発せられた。
いつもと変わらないと言うのに体がとろけてしまいそうだ。
いつも以上に二人の肉体が溶け合うように、混ざり合うように一つになっていく感触を、この身で感じていた。
想いが膨れ上がる。
幸せにしたい。
この人と一緒に幸せになりたい。
そんな感情が爆発して、熱いキスを交わす。
貪りあうように、それこそ、本当に一つになるかのようにだ。心と体が、より重なりあうような気持ちよさ。己の感情に従順になって、舌を出して絡ませた。ぬちゅぬちゅ、淫らな水音が響き渡り、周りに聞こえようとも気にとめない。見せつけるかのように、自分たちの幸せを表わすように水の音が激しくなる。
嫌な感じがしない。
肉体の躍動を抑えきることが出来ない。口唇を吸われ、目の前で蕩けた顔を平気で見せる淫らな彼女。全てが発熱したように情熱的になっていく。
肉体の火照りが、とうとう、我慢できなくなって抑えて来たものを開放するようにジュワッと下半身が疼き始めた。
「ハ……はぁ……はぁッ……」
「凛ちゃぁん……」
いったん、唇を離して、つぷぅーっと両唇の間に伸びる唾液の糸が二人の熱いキスを物がたらせていた。
「続き……」
したい。
だが、
「凛ちゃん、美波ちゃん……その、これ、一応、お仕事だから……」
美波が流石に静止した。
付き合っていれば、良く解る。
あれだけ、情熱的なキスをすれば下半身が疼くし、その続きをしたくなる。
誓いのキス、それは甘美な香り。
「あぁ、解るわ。だって、こういう衣装だものね。」
島村卯月が純白の衣装に身を包んで、一緒に着替えている美波と談笑している。
それをじーっと眺めながら、着飾られていく恋人の姿に見惚れていた。
ジューンブライド。
そんな都市伝説じみた風習の生きる、この日本。
「なんで、このメンバー……」
渋谷凛達、346プロに所属するアイドルと、他の事務所にも所属するアイドルと女優が4名づつ、計4組ほどが集まりつつ、その身に純白の衣装を身に纏っている。
シンデレラプロジェクト含む他の事務所のアイドルに、スポンサーの経営する結婚式場のカタログに、自分たちを含む数名の仲の良いアイドルがモデルとして選出されたわけだ。しかも、揃いも揃って、知り合いが多い。それも、アイドルとしてマスコミにでも嗅ぎつけられればバッシングを受けるであろう関係だ。
「美波、とても綺麗デス!」
「ありがとう。アーニャちゃん。」
キャッキャと、童心に戻るように、周りのカップル達は微笑ましく、パートナーの純白の衣装をまとった姿を見て興奮している。
「卯月ーまだー?」
「もうちょっとですよー」
向こう側から聞こえてくる着替えをしている自分のパートナー。
その光景を眺めつつ、凛は今回の仕事の趣旨を思い出していた。
プロデューサーの説明によれば、同性同士で結婚式を上げることが、ここ数年のうちに当たり前になってきたこと位は凛とて知っているが、それに対してスポンサーの経営する結婚プランナーの資料察しのモデルとして、同性カップルとして見られてもおか良くないアイドルグループの中で、仲のいい人材を提供する。と、言うのが、今回の趣旨なわけだが。
「ドストライクすぎるでしょ……」
凛は思う。確かに、凛とはバージンまで互いに捧げあった仲でもあるし、それからこじれるどころか、むしろ関係は進展してるくらいだ。
(まさか、盗撮されてたりする……?)
嫌な考えが脳裏によぎるが、それにしても、そこまでするなら、とっくにマスコミに金を渡して儲けている連中のすることだろうし、そこまで下衆なことをしてまで知りたい。と、思える連中も、そこまでハイリスクを犯すにしても、あるなら、危険なファンくらいか。考える。
しかし、そうされていたら、デマ的なものでネットにも流出はしているようだが、そういう物すらない。
(やっぱり、嗅覚的なものなのかな……?)
今回の仕事のために名目上、仲の良いアイドルが選出されたわけだが、実際は仲が良すぎるどころか愛しあっている仲。スポンサーのオーナーが、そういう物に対する嗅覚が鋭いのかどうなのかは分からないが、全員、この趣旨としては当たりの組み合わせだと言うことには流石に驚きを隠せない。
親友である48Gの本宮凪沙と園智恵理は、そのオーナーの名前も、どういう人物かも知っているようだが、流石に教えてはくれない。ただ、とても誠実な人。とは、教えてくれたが。
(花嫁姿か……いつかは、私も、卯月と……)
アイドルに恋愛はタブーとはいうが、明らかに、このメンバーの構成はスポンサー側に見透かされているとしか思えない。と、そんな思惑に乗りながらも、自分の愛する少女の、そういう姿を見てしまえば許してしまいそうになる。
「凛ちゃん、どうですか?」
満面の笑みで島村卯月が踊るように純白の衣装を舞わせた。こういう物を見ると、眼福と呼ばれる効果が出て、何もかもを許してしまう。
(可愛いなー……このまま、してみたいけど、出来るかな?)
初めて出会ったころに抱いた花の精を思わせる、その可憐さに渋谷凛の鼓動が虜になったことを表わすように華の女神とでもいうかのような、何とも言えない壮大で尊いもの凛の心は移り変わる。卯月の掌に包まれたかのような心地よさを感じる。
6月、祝日も無い退屈な月。とはいえ、アイドルともなれば、祝日なんてものは当然、仕事で潰されるのが、それでも、こういう月になると誰であろうと退屈にはなるだろう。そんな憂鬱な気持ちを吹き飛ばす。そんなことが出来るのは、よほどのイベントが無ければ不可能に近い。気まぐれに雨が好きな人と言うのもいるが、たいていの場合は、そんな日常に支障をきたす雨に鬱陶しさを覚える。
しかし、今の渋谷凛の心は違う。大地を濡らす雨水、それは、凛の歓喜の涙なのかもしれない。梅雨という、今までのことを考えてみれば、ブルーになる季節も喜ばせることが、喜びの雨と捉えるほどにまで、その心は弾む。
このアイドルの仕事というのは実にありがたいものだ。アイドルになってから、衝撃と嬉しさが襲う中、改めて、この職に就いたことを感謝する。感謝しても、感謝しきれない。という言葉があるが、まさに、その通りで、気を許したら、このまま気を失い倒れてしまうだろう。
ただただ、圧倒的な感謝の心を持って、自分たちを採用したプロデューサーの存在を尊い存在だと思う。今ほど、心のうちが震えている渋谷凛と言うのも珍しい。
顔に出さないものの、羽ばたけるような、天にも昇る気持ちとは、大げさかもしれないが、そういう物なのだろう。
「凛ちゃん、どこか、変じゃないですか……?」
「変じゃないよ。綺麗だよ。」
島村卯月と交際を初めて、互いにバージンを捧げあって、どれくらい経ったことか。
仕事場では二人の関係がばれないように卯月はいつもの敬語口調。これが家に帰ると甘えてくるような口調になって余計に可愛くなる。この関係を知っているのは同じ事務所の新田美波とアーニャ、そして、今、この場にいる別の事務所に所属してるアイドルの本宮凪沙と園智恵理のみ。
共通していることは、この二組も、卯月と凛と同じ関係であると言うことだ。
互いに互いのことを尊敬しあい、そして、愛しあっているからこそパートナーのことをやたら気にかけたり、仕事中、一緒にいれば内心、惚気てしまうこともある。
(ホント、華の精霊みたい……)
聞いていれば、こっちが恥ずかしくなるような凛の心情など露知らず、その想いをバカ正直に心の中で刻み込む。
(カメラを持ってくればよかった。)
こんな自分の彼女を永遠に自分の記憶に刻み込みたい。
脳内で、その可憐な姿を焼きつけても、やはり、現物にしたい。と、そんなことを考えるのは当然のことだろう。
自分の彼女なのだ。自慢したい。誰かに、その姿を見せたくなる、その姿、ただただ、見せたい。
内なる感情は、愛欲に塗れるかのように凛の中身は卯月に染められていく。あわよくば、その衣装を身につけたまま、夜にしたいと、そんなことを考える。
華の精霊。
そう思えば凛の視点ではそう見える。天使の羽根でもくっつけていれば、もう、神々しい何かに見えることは間違いない。
(このまま、上手く行くのかな?)
自分が、卯月のような衣装を付けていないからだろうか。
唐突に、自分の大切な人であるはずなのに、何処かへ行ってしまうような不安感に煽られた。
誰かに奪われる、その妄想だと言うのに襲い来る抉り取られるような、虚しさのような凛の中に渦巻く。
(卯月は、私の心から、いつか離れていくんじゃないかな……)
気の早い考えということに気づかず、そういう物に渦巻く。
目の前の存在が綺麗だからこそ、本当は自分のものになっていないのではないか?
衣装が変わるだけで尊く遠い存在に見えてしまう卯月。
何処か、抱く不安。卯月の初めてとて、自分が貰ったのだ。卯月から直接、凛に捧げると年上とは思えないほどに可憐で無垢な少女のような顔で甘えてくる。この先、自分以外の男、いや、別の女と一緒になるかもしれないと考えると、やはり、想像しておきながら嫌悪感に満ちてくる。自分のモノなのに。と、そんな独占欲も生まれてくる。
とはいえ、そうした悶々とした感情を夜にぶつけて発散し、卯月に自分の証であるマークを付けるのが渋谷凛という女その物なのだが。この自問自答も、また、こうして解消されるのだろう。
「凛ちゃん、凛ちゃん。」
「どうしたの?卯月。」
輝く女神のような存在が目の前にいる。しかし、可愛い。抑えきれない想いという物が沸々とわき上がる。このまま、押し倒してしまおうか。徐々に熱くなっていく体が本能と共に、凛に、そう促そうとする。
このまま、華の妖精を籠の中に閉じ込める魔女になっても良いから、完全に卯月を自分のものしたい。思考と感情が渦巻く。この白く純白の衣を身に纏った少女を己の色に染め上げたい。
「え、と……凛ちゃんも、そろそろ、着替えてください。って担当の人が。」
「え、あ……」
等と、そんな恥ずかしい卯月に吐露できない感情を心の中でポエムのように綴っているうちに、凛の番が巡ってくる。
部屋を移動させられ、凛は一人ウェディングドレスをスタッフに手伝ってもらいながら着替える。
この間に、卯月の会話が聞こえてきた。互いのパートナーのことや、今後のことについてなど。よく、こんな場で話せる。と、思ったが、考えてみればスポンサーが理解がある人と言っていたことを智恵理と凪沙が行っていたことを思い出したがゆえに考えることを放棄した。
徐々に彩られていく自分を眺めていくと、これで、卯月と同じ場所に建てるのだろうか。と、そんなことを考えてしまう。とはいえ、自分の場合、華の精霊ではなく、何だというのか。
卯月と同じ純白のウェディングドレスを纏って、それからと、卯月と自分を比べてみると、この仏頂面の自分と満面の笑顔が魅力の卯月。どことなく、感情を表情で表すことが苦手な凛としては、釣り合わない。そんなことを考えてしまうのだが、ドレスアップが終わった自分を見て、卯月は何を思うだろう。
「終わりました。」
と、スタッフに告げられてから、歩きにくさを感じつつ卯月の前に出た。
他のグループは撮影を開始して現場に向かったり、まだ、談笑をしていたりする。美波とアーニャは、まだ出番が来てないようで、恋人らしく微笑ましい桃色な会話をしていた。
「凛ちゃん!とっても、似あいます!」
どうかな?と、尋ねる前に卯月が子供のように甲高い声を上げながら喜んでいた。卯月が、似合うというのだから間違いない。
「本当、二人揃うとお似合いの夫婦みたいね。」
見つめた美波が、微笑みながら、そう告げた。そのまま仕事に向かい、この控室から消えていく。気づけば二人きりになっている。
「褒めてくれたね。」
「う、うん。」
鏡で、卯月と自分の揃ったダブルウェディングの姿を眺めた。さらに、自然と腕まで組んでくる。新婦と新婦が入場する前段階のようにも見えた。こうやって、二人でバージンロードを歩いていくとなると、そんな妄想をするだけで鼓動が激しくなる。
「お似合い夫婦……って言われちゃった。」
「うん。」
突然、敬語が終わり、二人きりになったことで恋人モードの卯月に入った。
年上とは思えないほど幼く見える。
さらに、今日は、ウェディングドレスを纏っているということもあるのか、やたら、はしゃいでいるように見えた。凛は、そんな卯月の姿を、当然のごとく可愛い彼女だ。と、感動すら覚えていた。
このまま、二人きり、更衣室の向こうにはスタッフがいるとはいえ、ばれない程度にはできるはず。
そう考えると息を飲んで卯月を押し倒して、このまま、淫らな妄想に身を任せた行為をしたくなる。
誰もいないし、こういうときくらいは。
卯月は何を考えているのかわからない。
こうして、恋人同士でウェディングドレスを纏い、腕を組んでバージンロードを歩く妄想をしているのだろうか。
天使のような笑顔の彼女を、チラッと見たが、卯月は凛に”ちょっと恥ずかしいけど嬉しいね”と、言うように凛に照れ隠しの含めた笑顔を見せた。心臓をギュッとつかまれたように、身体がビクッと反応した。
付き合い続けて、まだ、数か月ほどではあるが、仕事上や友人としてだったら、絶対に店内であろう卯月の表情に翻弄され続けている気がする。
「嬉しそう。」
「え?卯月……?」
それは卯月の中にある、恋人の凛といると本当に楽しいという本心を隠せない心の表れである。卯月とて凛に、子供っぽく見られていないだろうか?と、ついつい意識してしまうことがある。
だが、このクールで甘えてくると可愛い恋人と、こういう衣装を着て仕事をするというのは特別な何かを思うのは無理もないことだろう。誰もが、この場所にいた誰もが、そういうことを思っている。大切な人とウェディングドレスを身に纏う意味。
「凛ちゃん。」
「ん?」
「私、幸せだよ。凛ちゃんと、こうして一緒に……」
言おうとしたが、言わなくても凛には解っている。同じ感情を抱いているからだ。だから、凛は我慢できない。
「卯月……良い、よね。」
キスの態勢に入ろうとする。
卯月と交わりたい。
まずは、この姿で、結婚を誓うように。
だが、卯月はと言えば。
「もう少し、待ってね。」
と、拒否された。
「凛ちゃん、私、やってみたいことがあるの。」
何かを含むような笑み、いつもの2割増しの笑顔でやりたいことがあるという表情。
こういう場所だ。
何かやりたくなるのも無理はないだろう。ただ、そのあとは真剣な顔つきになった。
「な、何?」
いつもは見せない、その顔。
真剣な顔と言うのは、普段、そういう表情を見せないがゆえに魅力的だ。
「私……」
「島村卯月さん、渋谷凛さん。仕事、入ってください。」
何かを口にしようとした瞬間、仕事の出番が回ってきた。と、スタッフが告げに来る。
空気の読めない奴。内心に怒りを溜めながら卯月と現場に向かう。何をしたいのだろう。
それを聞いた時、「つくまでやっぱり内緒。」と、お姉さんぶったような言い方をして、ただただ、凛の感情を弄ぶかのように現場までは、いつもと違う妖しい笑みを浮かべていた。妖艶とでもいうべきか。捉えて離さない、その表情。
卯月の表情に注目していても、何もボロは出さない。卯月は、こういう少女だったか。それとも、自分の気づかない一面なのか。何かを探りいれようとするたびに、その本心が見えてこない。何をしてみたいのか。この歩いて、数分しかかからない場所で探りを入れようとする。
あと少しすればわかるというのに、なぜ、知りたいと思うのか。
卯月の中にある何かを探り、そして、生で思いに触れたくなる。
卯月の肉体に、こうして触れているのだから、もっと、互いの思いが共有できないのか。と、そんな馬鹿げたSFみたいなことを望んでしまう。
ふわりと、下感触で凛の腕を受け止める卯月の身体。
様々な思いが感情が混ざり合う。
(思春期みたいじゃん……)
撮影現場についたらついたで、そのまま撮影を開始する。
何から何まで支持を受けて、仕事をこなすのだが、卯月が自分と何をしたかったのか。
そんな感情を露知らずと、当の彼女は、この仕事の撮影を楽しんでいる。
凛自身も、心、此処にあらずというわけではない。だが、やはり、卯月と、こういう仕事をするのは楽しい。
ちょくちょく、気になってしまうが、少し、顔を見ると、今は仕事をしなきゃダメだよ。と、釘を打つような表情をする。
(気になるじゃん……卯月がなにしたいのか……)
他のグループも、屋内や屋外で順調に撮影している。
こうしていると、ホントに結婚式に臨むカップル達のようだ。周りを見れば、卯月のしたいことが解るのだろうか。”鈍い”と、思われているような感じで苦笑の表情を浮かべている。
そうこうしている間に、楽しい撮影作業も終わり、スタッフが気を利かせてオフショットの撮影を許可してくれた。本格的に結婚式のようなことをするカップルもいれば、ウェディングドレスで走りまわるカップルすら出てくる。
そんな中で、卯月は凛に告げた。これから、したいことを。ただただ……
「島村卯月……」
卯月がしたかったこと。それは、このチャペルの中で。
「あなたはこの姉妹と結婚し、神の定めに従って夫婦になろうとしています。」
結ばれるための言葉。
こういうことをしておきたい。
卯月の、ほんの我がまま。
凛が好きだから。ちょっと早めに、凛と。と、言う少女らしい、いや卯月らしい我儘だった。そして、例の口上まで、わざわざ、神父役まで買って出たメンバーが言う。
「あなたはその健やかなるときも、病めるときも、つねにこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを重んじ、これを守り、その生命の限り、かたく節操を守ることを誓いますか?」
「はい。誓います。」
少し顔を紅くしながら、頷く花嫁。
これが、将来、確実に自分の物に。
今、両想いの状態を続けていると、そうなると思うと凛の思考は卯月一色に染まる。
”ずっと、一緒だよ?”
上目遣いで、そう見つめてくる表情に凛自身、一瞬、意識を失いかけた。
毎回、こうして心臓の鼓動が激しくなる。
卯月には、緊張させられっぱなしだ。
本番じゃないと言うのに、いざ、こういうことをするというのは何故、緊張感を抱いてしまうのか。ただ、卯月の顔を見れば、やっぱり、この人が自分は好きなんだ。なんてことを改めさせた。
「渋谷凛……」
「は、はい!」
こういうことをしてしまうと、ますます凛は、自分の独占欲が強くなるじゃないか。
理性と呼ばれるものが、そう告げる。言わなければならない誓いの言葉を聞いて、思わず、頬が熱くなる。
互いにウエディングドレスを着ているから、本当に結婚する、そのような疑似的感覚に酔っていた。
「あなたはこの兄弟と結婚し、神の定めに従って夫婦になろうとています。」
そうしていくうちに、これを絶対に、今のままで終わらせないように。
何れ、家族や友人を呼んで式が上げられればいい。ふとした、決意のような物が生まれる。
「あなたはその健やかなるときも、病めるときも、つねにこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを重んじ、これを守り、その生命の限り、かたく節操を守ることを誓いますか?」
「ハイ」
緊張して、声が上ずった。
「それでは誓いのキスを・・・」
容赦なくイベントは進む。
「え…?!」
本当にするのか。
いや、人前でするとか、そういう物では無く、いざ、こういう場所で、それも、こういう恰好でするということに何か特別な感情が凛の中で渦巻く。
卯月は凛のキスを待っている。
甘美な果実の香、卯月の暖かいイメージそのままの感色の唇は、ほぼ、毎日、味わっていると言うのに、衣装だけでこうも変わるものか。
うっとりと眼を閉じている、その見慣れた可愛らしい表情に悩ましげな顔を浮かべてしまう。
この特別な暖かい感情、いつも以上に激しい肉体のコール。
いよいよ、凛が卯月の両肩に両手を置いた。その刹那、爆発したかのような衝動が凛を襲った。これが、緊張と言う物であると、何度も味わっているのに、何かが違う。
顔を傾け、卯月の唇に自分の唇を寄せた。
自然と動いている。
意識しなくても、それが自然に刷り込まれているようにだ。吐息を肌で感じられるほどに近くなっている。そっと、卯月が自分の両腕を凛の腰に回し、凛も同じことをした。
お互いに本気も本気。
この場所で交わると言うことの意味。
疑似であると言うのに、崇高なもの。
この先、数年後に同じことをする、いわばシュミレーションだと言うのに、でも、やはり、人間的な本能が、この場所で行うキスを特別なものだと認識させている。
互いに引き寄せあい、肉体を密着させた。ふたりの顔が向きあう。そして、心の中でタイミングを計る時計を動かす。徐々に、顔を近づけて、卯月と交わろうと唇を重ねようとした。凛の時計の中で後、1秒となった時だ。
「んっちゅ……」
「んん……」
卯月も顔を動かし、唇は凛が思っていた以上に早く重なった。
しかし、一度、重ねてしまえば甘い時間が二人の肉体の身体から発せられた。
いつもと変わらないと言うのに体がとろけてしまいそうだ。
いつも以上に二人の肉体が溶け合うように、混ざり合うように一つになっていく感触を、この身で感じていた。
想いが膨れ上がる。
幸せにしたい。
この人と一緒に幸せになりたい。
そんな感情が爆発して、熱いキスを交わす。
貪りあうように、それこそ、本当に一つになるかのようにだ。心と体が、より重なりあうような気持ちよさ。己の感情に従順になって、舌を出して絡ませた。ぬちゅぬちゅ、淫らな水音が響き渡り、周りに聞こえようとも気にとめない。見せつけるかのように、自分たちの幸せを表わすように水の音が激しくなる。
嫌な感じがしない。
肉体の躍動を抑えきることが出来ない。口唇を吸われ、目の前で蕩けた顔を平気で見せる淫らな彼女。全てが発熱したように情熱的になっていく。
肉体の火照りが、とうとう、我慢できなくなって抑えて来たものを開放するようにジュワッと下半身が疼き始めた。
「ハ……はぁ……はぁッ……」
「凛ちゃぁん……」
いったん、唇を離して、つぷぅーっと両唇の間に伸びる唾液の糸が二人の熱いキスを物がたらせていた。
「続き……」
したい。
だが、
「凛ちゃん、美波ちゃん……その、これ、一応、お仕事だから……」
美波が流石に静止した。
付き合っていれば、良く解る。
あれだけ、情熱的なキスをすれば下半身が疼くし、その続きをしたくなる。
誓いのキス、それは甘美な香り。
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