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ヒーローママ☆リーグ作戦1「時短で解決!キラキラヒーローママへの道」


あ、これ、連続作品だったんだ!!
予算がないので割愛する!!が妙に笑わせるwww
と、いう事で役者さんは実際に結婚している女優さんを使っているらしく、これが結構、面白かった……いや、マジで。そして、これは、キュウレンジャーVSスペーススクワッドの前日談だそうです。
なんか、ヒーローの、その後の彼女等の物語という事で結構、楽しいですね。全員、人妻になってもなんか美人よねー。あれから十年近く経った人とかいる訳だし。
ってか、お前ら、そこで変身して良いんか?w
とか、まぁ、人妻の大変さってホント、大変だなーと。
人妻とヒーローの両立って、それこそ大変すぎる……
リアルに、その為にどうしようか?と頑張りつつ、戦いながら家事するのは無理だわ。本当に人妻とヒーローの両立って大変なんだな―って言う、彼女の達の気苦労が見えますのでねw
見れる人は、本当に見てくださいw
ゲストも楽しいので。
彼女達の努力と言うのは涙ぐましい程に辛い……
それ程、家庭とヒーローの両立と言うのは難しいのだ。

ここ、物凄い大事。
ってか、メタフィクション的なナレーションが妙に作風と被ってて、それが妙に笑えるのです(つ=ω=)つ
あー、何か、妙に楽しかった。

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ジャスティス・リーグ……お前ら、それでええんかい。


風邪だから、ジャスティス・リーグを見てるけど、良く解らないのが出てきて「?(・ω・)」ってなってる。そんな感じで、アメコミ映画を見ていたっていうか、風邪の時にアメコミ映画とか、なんか、だるい時にアメコミ映画を見ているんですけどね。あの、日本の特撮ヒーローを見てしまうとですね。熱が入ってしまうわけですよ。
ウルトラマンXとか、あそこらへんね?
んで、そういう時に、あまり、熱の入っていない、それなりに時間をつぶせそうなときに、こういうアメコミ映画を見るんですけどね。これが、意外と、いい暇つぶしになるし、異文化交流的なものになる。
異文化交流かどうかは知らないけどね。
そんな感じで、あれですよ。
ジャスティス・リーグですよ。
日本でいう、オールライダーVS大ショッカーの前章のような、とりあえず、そういう感じの映画ですよ。そういう感じがするけど、でも、あの映画に比べると、こっちのが面白かったかなーとか思ったりする。まぁ、こっちのが、オールライダーよりも金をかけている。っていうほうが強いんですけどね。いや、やっぱ、ヒーローに金をかけることのできる、アメリカって羨ましいなーとか思ったりはしますね。
テレビと言う人にとってはタダと言う感覚で見れる長丁場で高レベルのドラマと大人は1800円で外伝、続編、後日談の何れかが見れるのが日本の特撮ヒーロー作品。
映画故に当然の如く最新技術とハイレベルのクオリティだが常々、1800円を支払わなければ作品の全容が解らない、これがアメコミ映テレビドラマで作品が完結して日本でアベンジャーズ的なことをやるなら、劇場版一本と現役作品を見ていれば理解できる日本の特撮ヒーローのが見やすいとか、そういうのが出るのは解る気がする。
年に数回とはいえ毎度、1800円も出すのはどうもなーってなるような、そういう気がする。画。
ついでにアメコミ映画のように一本の映画に無理やり情報を詰め込み過ぎず、日本の特撮ヒーローの場合はテレビで放映するドラマの中で既に情報やら様々なことを完結させたりすることが多いので劇場版は劇場版で適量な新たな情報量だけで楽しめるというのは結構、大きいような気がする。
昨日、見たジャスティス・リーグとか情報量が多すぎて窮屈なつまらない映画にハイスピード展開な映画になってたのは否めないしねー(つ=ω=)つ
ましてや日本の場合、よく作品が解らず映画から作品に入った人のために最低限の情報を与えたりするしなー
派手な映像を見るとね。
あー、なんか、いい感じだわーって感じで時間が流れていくのを感じる。何もできないときにやると、本当に、あの時間が心地よく思えてくるんですよ。
いや、まぁ、そこは、どうでもいいんだけどさ。
アメコミ映画って、やっぱ、あれよね(つ=ω=)つ
ってか、この映画っていうか、アメコミヒーロー映画ってさー。

一作目に情報量、入れ過ぎ(つ=ω=)つ

だよね。
毎回、情報量が多くて、そこが面倒くさいんだけど、もう、わざわざ、見る必要もないから、適当に流しちゃうんだけど、それは、それで面白みがなくなるっていうねー
冒頭で、よくわからないやつ、出てくるしね。


そんな感じで、物語は、こういう感じである。

「スーパーマンがいねーし、なんか超人的な能力を使う奴を集めてチームを作って有事の時に備えようや。」

チームを作る

善戦はするも色々とアレ

「やっぱスーパーマン、いねーとやばいから蘇らせようや。」


いや、お前ら、それでええんか(・ω・)

そんな感じでスーパーマンが蘇ったら蘇ったで面倒になるしで、なんか、もう、そういうあれですよ( ・ω)


そんな感じで、見終わってさ。
お前ら、これでいいの?って部分がすごいデカかった。
いわゆる、バットマン、ワンダーウーマン、フラッシュ?アクアマン?後、一人、あ、サイボーグか。こいつ五人の物語じゃないわけですよ。
なんか、五人のヒーローの活躍劇というかスーパーマン復活の為の物語になってしまってるのが、何ともまぁ。
しかも、スーパーマン復活のための動きが、ものすごくあっさりしまくってるのが、また泣ける。
ついでに、そのきっかけを思わせる出来事が、ものすごく、まぁ、大敗じゃなくて、それなりに勝利を収めていたりというか、痛み分けに近い状態だから、なんか、もう、そこまでやっておいて、お前ら、それでいいの?ってなっちゃうわけですよ。
だって、ウルトラマンだって、ウルトラマンがいなくなったら人間は、防衛隊で最大限の努力をする。いつまでもウルトラマンに頼りっぱなしはだめだ!ってなるじゃない。ウルトラマンって、そういう部分から卒業して人の成長を描く部分もありますからね。いつでも、彼らが返ってこれるように頑張ろう!って感じでさ。
でも、こいつら復活する手段やら、そういうのを得たら、すぐに復活させよう!って、お前ら、ヒーローとしてのプライドとか、それでいいの!?合理的過ぎる考えで、それでいいの!?いや、そりゃ、強力な力は必要かもだけどさ!
少なくとも、ねぇ?
まぁ、ええか(・ω・)
いや、ウルトラマンの防衛隊とかと違ってスーパーマンほどの力はなくても、普通の人間よりも凄い能力を持った奴が5人もいんだからさ(・ω・)ってなるわけじゃない。
これ、日本のヒーローに置き換えるとさ。
スーパーマン=ウルトラマンとして捉えると、ほかのアメコミヒーローは仮にね。バットマン=仮面ライダー1号、ワンダーウーマン=ズバット、サイボーグ=キカイダー、フラッシュ=イナズマン、アクアマン=変身忍者嵐として例えるとしましょうや。
こういうくらいにはアメリカでは有名というか強い連中でしょ?
アメコミの個々のヒーローの認知度っていうのはさ。
んで、こいつらがピンチになった時、ウルトラマンを蘇らせよう!
ってなるだろうか?
逆に日本のヒーローは彼、ウルトラマンの志を受け継いで己を鍛えて戦おう!ってなるものじゃないの?
ってなったりする。
いや、お前ら、そう簡単に、お前らのヒーローのプライドって、そんなものなの!?って逆に驚いちゃったんだけどね。
ワンダーウーマンは反対してたけど、あっさり乗っちゃうし。
スーパーマンも復活したら下で面倒くさいことになるんだけど、なんか、女を連れてきたらあっさり解決するしで、ほんと、スーパーマン復活までのドラマに面白みがない。
ジャスティス・リーグのメンバーの活躍スーパーマンの復活は別々に分けてやるべきだったと個人的には思うし。
それでいいのかな?ってなっちゃった。
なんやかんやで、ウルトラマンの劇場版ってウルトラマンがさ。
様々な人から思いの力を借りて進化して人との絆で勝利するけどさ。
アメリカはスーパーマンと言う存在が完璧すぎるのかね?もう「あいつ一人で良いんじゃね?(・ω・)」ってなることが多くて、これが両国のヒーローの差かな?と。
「ウルトラマンだって神ではない」っていうセリフの名の通り、だからこそ僕らのために全力で戦う姿に視聴者の心が惹かれるんですよ。
でも、これは惹かれるだろうか?ってなる。
そりゃ、スーパーマンがいなくなって荒廃した世界で、奴が復活すれば、それは嬉しいかもだけど、でも、問題は視聴者の問題だよね。
オーブトリニティになる過程やら、ウルティメイトファイナルになる過程やら、ベータスパークアーマーになる過程やら、サイクロンジョーカーゴールドエクストリームになる過程やら、これらに比べると、あのスーパーマンの復活劇は、余りにも弱いというか、そういう感じがしないでもないんですよねーんで、その肝心かなめのスーパーマンの復活までの流れがドラマチックではないように感じたのも、あの映画が詰まらないと感じた理由かなー(つ=ω=)つ
そもそもワンダーウーマンに限っては、ジャスティス・リーグの前の単独映画で普通になんか、もう強い敵を倒してるしね(つ=ω=)つ
ってか、神を一人で倒してるんですよ?
お前、成長したとはいえ、あの頃の情熱はどこへ行ってしまったんだ!!
ってショックを受けたし。
ワンダーウーマンの映画は面白かったのにね。
ワンダーウーマン、最初は「スーパーマンの魂には安らぎをー」みたいなこと言ってたくせに、結局、復活に手を貸すんかい!!ってなるしでさ。
そもそもワンダーウーマンのスーパーマンを復活に反対な理由とか、そういう主義主張とか凄い好きだったのに、なんかね。
すげー、かっこよかったのに、何で!?
っていうね。
そういう感じですよ。
お前ら、それでいいのかよ!!
スーパーマン、復活させちゃっていいのかよ!
んで、もう最終的にスーパーマンが復活したら、まぁ、余計につまらない。
いや、サポートに徹するんだけど、でも万能すぎて、まぁ、もう、まさに「あいつ一人で良いんじゃね?」って感じの活躍をするからスーパーマン以外のヒーローの必要性を感じなくなってしまうという……そういう状態ですよ。
あの映画。
ジャスティス・リーグでワンダーウーマンに前作の様なワンダーさを全く感じなかったのは、監督の違いなのかなー(・ω・)
とか思いますけどね(・ω・)
まぁ、そんな感じですね。
特に予備知識は、まぁ、マンオブスティールとバットマンVSスーパーマンくらいは見ておけば、ある程度、楽しめるかなーとか、そんな感じはしました。
ただ、全体的に面白くない映画です。
世界ではテロがー
とか言いながら、その世界は、あまり描写されていないし、バットマンたちのドラマに時間を割くのがいっぱいで、そういう描写は薄いですから。
だから、楽しいかどうかといえば、それは人によるし、私は面白くなかった。
ただ、この前、見たパワーレンジャーの映画よりは楽しかったです。
オールライダー対大ショッカーよりは面白かったですし。
んで、スーパーガールってドラマがあるんだけど、そっちが面白くて、正直、ジャスティス・リーグの世界の映画は大丈夫かね?ってなるし。

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ワンダーウーマン……ガル・ガドットが美しい。

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漫画で、初めて、このワンダーウーマンと言う存在を知った時……え、マジで?これ、マジで?とか思ったのが凄い懐かしいです。
見ていて、恥ずかしい恰好の女性キャラって言うのは、結構、ゲームとか、アニメでは多いですよね。こっちの目のやり場に困るわー……って感じのさ。
ホント、あの、ああいうのエロいとは思うけど、まぁ、あの、流石にね……
って思うことがあるんですわ。
それで、ワンダーウーマンが実写化でしょ?
セクハラじゃね?
とか、冷めた目で思ってしまったんですよねー……
だからさ。
今のご時世に……
実写化と知った時は……
実写化……
え、実写化?
実写化ぁ!?

とか、思ってしまったのは良い思い出ですよ。しかしですね、いざ、内容を見てしまうとですね、理想と信念と己の哲学を持っている熱いヒーローだったんですよね。
そしてですね。
衣装は露出度が高いが、ジェンキンスのカメラは決してそれをいやらしく映したり、意味もなくアップにしたりしないところが、また、良いですね。
そういうことをすると、本当に萎えるから。
坂本浩一的な、そういうエロい目線が無いのが良い。
こういう映画って。
子の監督で良かった。
ってなったわ。
でも、ワンダーウーマン、あの露出の高い恰好で弾丸飛び交う第一次世界大戦の前線で暴れまわるのとてもシュールで面白い。
さて、まぁ、そういう感じでね。
純真無垢な穢れを知らないまま身も心も純粋に育った女がバットマンVSスーパーマンのワンダーウーマンになって行くための、物語。
さて、まぁ、内容としては個人的に凄い面白かった映画だと思いました。
DCEUって言うのは、なんか、残念だなーってのが多いんですけどね。
これは、良かったです。
さて、粗筋。
女性だけが住む島、セミッシラで育ったアマゾン族の王女ダイアナは、幼い頃から戦士になることを夢見ていた。母親であるヒッポリタ女王はダイアナの身を案じ、戦い方を学ぶことを禁止していたが、ヒッポリタの妹で史上最強の将軍と呼ばれたアンティオペの説得もあり、誰よりも過酷な修行を繰り返し、アンティオペに勝るとも劣らない強さを得る。
ある日、成長したダイアナは偶然「外の世界」から舞い込み、海岸で墜落事故を起こしたスティーブ・トレバーを救出する。真実の投げ縄を使って彼からドクター・ポイズンがマスタードガスの新兵器を開発していることを聞き出し、ダイアナは「外の世界」の悲惨さにショックを受ける。戦いを引き起こす首謀者・ルーデンドルフ総監こそが戦いの神アレスと確信したダイアナは、トレバーとともに「外の世界」へ旅立ち、戦争の早期終結のためロンドンへ向かう。

wikiから拝借したのは良いけど……
母親であるヒッポリタが「戦いは悲劇しか生まない。」って言葉がないね。
ようは、これです。
・理想と現実の乖離
これがワンダーウーマンのドラマの根幹です!
以上!!!
って言ったら、まぁ、楽なんだけどぉ~
初めて人に触れたことで現実の壁が押し寄せる。
第一次世界大戦のころのお話なんですねー。
あの戦争は全て、アレスのせいだ!!と、まぁ、アレスって言うのは
ただ、戦争は人の心が呼び覚ましたものであったりと。
ガル・ガドットが言ったとおり、「彼女がまだ世間知らずな100年前に遡る。若い理想主義者で純真。みんなが見てきたような経験豊富で思慮深い成熟した女性戦士とは異なる」このドラマなんですよ。理想と現実が生み出す、黒から生まれる成長物語なんですね。
一人の兵士と出会い、そして、現実世界に向かった時、人の持つ物の怪のような黒さを味わいながら、そこで人と出会い、悲劇を知り、そして人の暖かさ、必ずしも人は、ダメな存在だけではないという部分をありとあらゆる角度から味あわせてくれます。
全ては人が起こした悲劇でありながら、その根幹にあるのは、それが広がって全ての人が巻き込まれてしまうという戦争の哀しみから学ぶワンダーウーマンを現代っ子と例えるなら、ちょうど、その世界に降り立ってしまった我々とも解釈できる。戦争を知らない子供達なんて歌があるけど、
そこで戦争は人苦しめる、人の運命を変えてしまう。
そして人は世界を救うためなら愛する人を護る為なら命をも捨てられるという部分を美しいんだけど、それを美化することなく、ちゃんと悲劇として描くことでワンダーウーマンの覚醒と言うものに強く印象付ける仕様になっております。スティーヴン・トレバーのラストシーンにおける、恐怖の顔のまま自分が死ぬ最後の表情が非常に印象深いです。
あれを美化することなく描くことでワンダーウーマンの哀しみと、この時代の凄惨さ、戦いの虚しさ、このワンダーウーマンの映画の冒頭で語られたダイアナの母親が言う「戦いは悲劇でしかない」というメッセージを強く打ち出しているわけです。
人は愚かです。
でも、ちゃんと善い部分もあるからこそ人は価値があるのだと、ある種、日本でも多くの特撮ヒーロー作品で多く語られてきたことの王道的な面白さを少女の成長と一緒に描くことで泣いてしまう部分が、ここにある訳ですよ。泣くのは大袈裟ですけどね。鳴かなかったけど感動はしました。
このシーンが非常に強く印象に残る。
怒りと哀しみの入り混じった感情を持って、今回の主な敵を倒す。
これを知って、彼女はヒーローになっていく。
所謂、ウルトラマンタロウのね。
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この精神ですね。

純粋の中で、様々なことを学んだことにより、彼女は人の善意と悪意を知って現実を生きる。
それがワンダーウーマンという映画の面白さなのではなかろうかと、私は思いましたね。
じゃぁ、ここまで褒めると良い映画で終わるんですけどー。
問題はですね。
そういうガル・ガドットの美しさ、ワンダーウーマンと言う存在のかっこよさと小鹿が立派な大人のしかになるような純粋さの成長物語としては非情に面白いんですよ。
ただ、欠点はあります。
此処まで見れば、是非とも見てほしい映画として一本上げたいくらいなんですけど!!!!
此処で欠点を一つ上げます。
敵のインパクト弱い(・ω・)
これに限る(・ω・)
一応、黒幕は出てくるんですけどね(・ω・)
アレスさんって言うんですけどね。
どこに住んでんだろう?
とか見ていて思ったんですが。
それくらい、インパクトが弱い。
一応、物語の序盤から出てくるんですよ?
でも、そしたら突然ねぇ。
「ハハハー、私がアレスだったのだ―」
って、お前は、地獄大使……と比べても失礼だしなー……一応、神様だよね?何か、凄いことやってるな―とか、思いながらも、なんか、インパクトが弱い。
「戦争こそ人間の本性だ」とその愚かさを説きーねぇ。
過去にゼウスとの戦いに敗れて地上へ落ちたが、人間がゼウスの創造物の出来損ないである事を証明するために歴史の裏で人間を扇動して戦争の原因を振りまいた。
っていう、一見すると凄い設定なんだけどね。
なんか、うん。
残念。
この残念感は映画を見てください(・ω・)


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そんな感じでワンダーウーマンでございました。
敵は弱いけど、インパクトがね?
ただ、それ以上にワンダーウーマンの魅力で十分に引っ張られる映画でした。
だからこそ、ジャスティス・リーグだと、何故、ああなってしまったのか!!
と、言いたくなってしまうくらいの好きな映画ですね。
いや、マジで。
良いですよ。
惜しむらくは、このワンダーウーマンが……
スーパーガールと合流することは無いという事でしょうかね。
そんな感じでですね。
ワンダーウーマン、最近の洋画で一番楽しめましたので。
是非とも見てください。
スーパーガールともコラボしてるよ!
これだけだけどな!!

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スーパーガールシーズン1を見直して気になったヒーロードラマと恋愛ドラマの両立

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語るような題材ですが、言ってることは愚痴です。
恋愛を入れれば大人向け?
特撮ヒーロードラマと恋愛ドラマの両立って難しい。色恋を中心にしてしまえば世界の危機より女かよ。男かよ。とか、そういうことを言われてしまうことがある。
現に、そういう作品が多いことは否めない。
なんやかんやで、原因は恋人かよ。なんてのもあったりする。理由は色々とあれど、そこに色恋沙汰を持ち出されてしまうと、妙に魅力的なキャラクターが小さくなることもあるだろうと。
問題は、そのバランスなんだよなーとか、そういうことを思いました。
そんな感じで、スーパーガールのシーズン1のお話です。
改めて、見直しましたよ。
って、そういう話なんですけどね。
基本的な感想は、前回、書いているので、あれなわけでございますが。
さて、シーズン2と一緒に見なおして思ったことはですね。
色恋沙汰がメインになりすぎるとなんか、萎える!!それも物語に落とし込めてないと余計に!!!
そんな感じで、まぁ、恋愛要素のあれを言う(つ=ω=)つ
スーパーガールはさ(つ=ω=)つ
恋愛沙汰がメインになってから退屈なんよね(つ=ω=)つ
ミステリー要素は楽しいし、視覚的にも楽しいけど、恋愛要素が何か見てて怠い(つ=ω=)つ
なんか、やったらめったら、恋愛を絡めたがるのは国の特色なのかね―とか思ったりする(つ=ω=)つ
日本は変にヒーロードラマに男女の恋愛を突っ込みまくらないで、そこは妙に安心する(つ=ω=)つ
いや、でも例外はあるか(つ=ω=)つ
例をあげれば鳥人戦隊ジェットマンってのがあるんだけどね?いや、でも、あれは上手く絡んでたからなー。
スーパーガールって、このドラマの欠点を上げるのであればメインの男女の恋愛ドラマがくっそつまらん!!っていう、物凄く致命的な……部分がですね。
ヒーロードラマの恋愛要素なんて、この前のワンダーウーマンとかさ。あれ位がちょうど良いのかも。
ジェットマンのような奇跡なんて早々生まれない。
シーズン1の男女を巡る恋愛ドラマの面倒くささよ(つ=ω=)つ
この面倒くささ(つ=ω=)つ
解る?(つ=ω=)つ
何か大人向けの要素として面倒くさい男女のメロドラマを突っ込むってのもなんなんですかね?(つ=ω=)つ

でも百合なら許すんだろ?

って声が聞こえてきますがね。
許すよ!!!百合ならね!!!!( ・ ω ・ )
感動して両手から光線出すよ!!(つ・ω・)つ
って感じで、まぁ、百合なら良いんですけどね( ・ω)
言っちゃえば、作中の
それがヒーローとしての物語とリンクしているかといえば、そういう訳でもない!っていうね。
それが凄い問題なわけですよ。
何か、無理やり男女の恋愛に絡める部分がどうもね。
すっげー、食傷気味なのよ。
百合厨だから、どうのこうのってわけじゃないしね。
そうだったらTLにジェットマンとか紹介しないしね。
百合厨どうのこうの以前にですね……

この手の男女のお花畑恋愛脳全開なメロドラマはつまんない!!!!!

無理!!!!
所謂、スーパーガールって言うのは、今どきのステレオタイプと言うか、恋も出来るしー、仕事も充実―、ヒーローもがんばるーみたいな、そういう女性像を描いているわけですよ。
その中にある理想の現実のギャップが、メインでね。
そういう部分は上手く出来てると思うんですよ?
上手くね?
でも、メインであるはずのヒーローの物語と最終的に、地球の危機なのに、お前、男にどうのこうのかよ!っていう、そういう部分が強いのよ。
恋愛の前では地球のきき何て二の次―
いや、まぁ、大切な人に相談したい。って言うのもあるのかもしれないけどさ。なんか、正直、そう言うのばっかを後半からやられてしまったために、今回は印象が残らなかったんですよね。
んで、スーパーガールのシーズン1はですね。
恋愛メロドラマを色々と突っ込んだせいか、終盤の盛り上がる要素が明らかに盛り上がってないって言うか、盛り上がる気持ちにさせてくれないし、そういう気分が失せる。
所謂、恋愛ドラマパートのスーパーガールことカーラの女性像がステレオタイプとでも言うべきかさ、日本の月9ドラマの嫌なタイプの女の主人公っていう感じでさ。
仕事パートと、日常パートと、スーパーガールとしてのヒーローのパートは面白いのに恋愛パートはホント、なんかつまらない(つ=ω=)つ
久しぶりにスーパーガールシーズン1を見終わったけど感想は前と同じでヘテロ恋愛要素はいらん(つ=ω=)つ
って言うか退屈、邪魔、シナリオの盛り上がり要素を妨げてる感が凄い(つ=ω=)つ
だった。
どうせ男女の恋愛ドラマ要素を混ぜるなら、ウルトラマンネクサスの様な子供にトラウマを与えるレベルの要素をですね(・ω・)
ってかなんなんだろうね?
男女の恋愛ドラマに面白さを見いだせないから、ああなっちゃうのかね?
これを日本の映画で考えると、何があるか。
って言うと、これですよ。
この前、公開されたガッチャマンなんですよ。いや、あれに比べたらはるかにましなんですけど、あれに近いことをしちゃっているような感じ。宇宙刑事ギャバンTHE MOVIEとか、キカイダーREBOOTとか無理やり恋愛要素を突っ込み過ぎて失敗しているような、ああいう感じになってしまっているといえば、解って貰えるだろうと。
スーパーガールは、こいつら男と恋愛するより女と恋愛した方が上手く行くよなーって女性キャラが多そうなくらいには女性同士の関係の描き方は好きなんですよね。
いや、でも、ウィンと、その父親との確執とカーラとの恋の別れの話は面白かったんですけどね。これはマジで。
本題を変えるとして何で態々男に行くの?って言いたくなるくらいの上手さ。
ってことで休んだらセカンドシーズン行く。
カーラと叔母の愛憎溢れるドラマは本当に好きだったんだよね。
シーズン1は、その叔母が死んでしまってから、本当に、もう男女の恋愛メロドラマに支配されて行った残念感が辛い(つ=ω=)つ
いや、もうホント、最終決戦間近まで男女のつまらないメロドラマが展開されてて萎える(つ=ω=)つ
日本で言えば鳥人戦隊ジェットマンとか、牙狼とか、ウルトラマンティガとかあるけど、これらはちゃんとドラマに意味のある関係性を描いてるから面白いんだけどスーパーガールはそうじゃない。
ジェットマンは本当に、あの恋愛ドラマ要素を良く燃える展開へと最終回まで、そのテンションを維持できる男女の恋愛ドラマ要素を突っ込みまくって最終決戦も盛り上げる要素を入れてくれたな。って思うのよ。
流石はスーパー戦隊シリーズの歴史を変えた作品である(つ=ω=)つ
後、スーパー戦隊シリーズの光戦隊マスクマンも一話から最終回にかけて恋愛要素を突っ込んでんだよね(つ=ω=)つ
これもこれで結構、恋愛要素と、そういうヒーロー要素が上手く混ざり合ってんだよなー(つ=ω=)つ
それでいて面白いしね(つ=ω=)つ
ただ、ドラマ部分に力を入れ過ぎたせいか、マスクマンは巨大ロボット戦じゃ全くドラマが無かったんですけどね(つ=ω=)つ
座禅までする巨大ロボットまで出てたのに(つ=ω=)つ
まぁ、身も蓋も無いことを言えば、正直、ロボット戦なんていらなかった(つ=ω=)つ
それくらいドラマが面白かった。
ヒーロードラマで恋愛ドラマをやるなとは言わないけど、どうせやるなら、ヘテロであろうとも百合であろうともBLでも、ちゃんと物語に落とし込んでほしい。
って言うのはある。
やっぱ、それは日本の特撮ヒーロー作品で、そう言うのを多く知ってるからであってね。
色々と思う。
ネクサスの憐と瑞生のカップル
最初は任務で近づいた瑞生が、憐のまっすぐさや儚さなんかに惹かれてゆく仮定が無駄なく描かれてるように感じる
クールが短かったせいもあるのだろうか?
そういう部分が二人の中の運命と一緒に上手く物語に落とし込まれている証拠だと思いますよ(つ=ω=)つ
それでいて直接的な要素は最後の最後まで取っておくから、また視聴者をグッと掴むから、それが惹かれる部分もあるんだと思う。
そして、この二人の関係のドラマを盛り上げた立役者は堀内正美さん演じる松永管理官ではなかろうか?
あの管理官は地球の平和の為と言うのは解りつつも鬼畜なことを…
ヒーロードラマで恋愛ドラマをやるなとは言わないけど、どうせやるなら、ヘテロであろうとも百合であろうともBLでも、ちゃんと物語に落とし込んでほしい。
って言うのはある。
やっぱ、それは日本の特撮ヒーロー作品で、そう言うのを多く知ってるからであってね。
色々と思う。
そうなんだよ。ウルトラマンネクサスの憐編の男女の恋愛ドラマも上手いんだよなー。
恋愛要素を何処までちゃんと、ヒーローの物語に落とし込めるかってホント大事。
さっき紹介した、スーパー戦隊シリーズの百合カプも美味いくらいに物語に落とし込んでるから物凄く強い。
ジェットマンなんてスーパーガールも真っ青なドロドロの男女の恋愛ドラマを終盤までやってたからね(つ=ω=)つそれでいて面白い。
やるにしても、例え、どんだけ月9恋愛ドラマ風でも、ちゃんとヒーロードラマとして落とし込んでほしい。落とし込めなかったら、作品全体の面白さに繋がらない、寧ろ、ちぐはぐ感が出て微妙な雰囲気になってしまう。そういう感じなんですよ。
って、そういうことだよ(つ=ω=)つ
と、まぁ、なんだろうね。
今まで抑え込んでいたスーパーガールの不満が一気に爆発した(つ=ω=)つ

そしてエンディングは愛のソルジャー
名曲です。

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あ、うん。お帰りなさい……

”スーパー戦隊シリーズ”を”戦隊モノ”って呼ぶ人ほど、一本でも真剣に全話、見たことない説を推したい。


そんな感じで、見終わったのよ。
スタンドバイミー
スタンドバイミー戦隊パワーレンジャー!
ってことで、これは嘘ですけどね。
いやはや、まぁ、そういう感じですよ。
パワーレンジャーという事でね。
ま、もう、この時点でわかるでしょw
とりあえず、これですよ。
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POWER RANGER!って感じでね。
ついでに、キャラクターも好き嫌いでるだろうなーって感じで、まぁ、個人的にはどうでも良いかなーって。
日本のスーパー戦隊を……超えてないよなー。いや、金をかけている分、そういうところでは、お金をかけている気はするけどね。
スタンドバイミー版パワーレンジャーって感じですかね。でも、これはスタンドバイミーに比べると残念と言うか、何と言うか。
しかし、まぁ、折角のアクションも退屈と言うか、何と言うか。
ってか、レッドの悪友、後に出てないやん(つ=ω=)つ
あぁ、これは受けねーわ。
って感じにもなる。
日本のヒーローの戦闘初心者だと「力を与えられたなら自分達がやるしかないじゃん!力を与えられて何もしないんだったら、大切が人が死んじゃうよ!だから戦う!」みたいな流れがデフォだからこそ、力への恐怖や個人の問題を後の話に描いて成長に繋げて、まずは目先の恐怖に立ち向かう事から描く訳で。
ウルトラマンジードや、ジュウオウジャーの第一話を見ればわかるでしょう?
でもさ。
アメリカは、そうじゃないんだなーと思いました。
1時間半ほど5人のメンバーの成長を描いてて、それが、まぁ、日本じゃ出来ねーだろうな。って設定のオンパレードなんだけど、それが話の面白さに直結してるか?って言うと、別に、そういう訳でもない。丁寧なんだろうけど、そこに、スタンドバイミーのような盛り上げ要素があるかどうかといえば、そういう訳でもない。
ついでに、日本の青春系のスーパー戦隊でも、そういう展開は3,4話以降、ゆっくり一話丸々使って描いていく訳だしね。
別に、このパワーレンジャーが日本のスーパー戦隊を越えただろうか?って言うと別に、そういう訳でもない。
寧ろ、ゆっくりキャラクターを掘り下げる図は日本のスーパー戦隊もちゃんとやっているからです。
なんか重い設定、母親は病気とか、自閉症とか、まぁ、色々と日本じゃ出来ねーな―って部分ははあるけど、それがドラマに良い感じに響いているかどうか?って言うのもさ。別に、そういう訳でもない。
また微妙なところでさ。
ようはスーパー戦隊の第一話を2時間かけて作りました。って映画だから、まぁぁぁぁぁ、間延びしてるなーと。
制作サイドは、何故、スーパー戦隊シリーズが今でも続いているのか、それを改めて考えた方が良いような気がする(つ=ω=)つ
スタンドバイミーのような青春群像劇としても正直、あっちを知っちゃっている。って言うのもあるんだろうけどさ。
それに比べても、なんか、ティーンエイジャー特有のものからマイノリティなものまでねぇ、まぁ、自閉症とか同性愛とかのマイノリティな問題を持ってきました感あるんだけどさ。それが根本的にヒーローになる要素として、どういう関係があるのか?って言うと、さほど、それ、マイノリティである必要性はないよね?ってか、マイノリティであることを作品の物語に押し込めてないよね?ってなるしね。それがヒーローになる為のドラマに響くか?って言うと、そうでもないし。
キャラクター分けをしっかりするために、マイノリティとか、自閉症とか、そういう設定を態々、持ってきたなら、これ、物凄く暴力的じゃない?って思っちゃったわけですよ。
ULTRAMANの真木さんのように家族要素とウルトラマンの融合とか、そう言うのがある訳ではないし。
そういう彼らが、どういう風にヒーローになるか―って、流れも強引さはあったけど、パワーがない。
日本特有のスーパー戦隊の一気に認めてしまう強引なパワーが無いんだ。
それがね、スーパー戦隊のリメイクとしても一本のヒーロー映画としても面白くないなーって。
んー、あー、成長、成長ねー……って感じなんだけどさ。
青春群像劇としてもかなりいい加減な作品だなーって。
個々のメンバーの問題を出しておきながら、まぁ、うん。それだけ……みたいな。なんだろうね。そういう設定を出しておけば重いでしょ?みたいな、ね。そういう悩みを抱えてる彼らがさ。
どういう経緯でヒーローになるのか楽しみでしょ?みたいな部分も透けて見えちゃっててね。
青春してるでしょ!?みたいなね。青春、特有の悩みだぜ!?みたいなね。
別に日本だって青春してるターボレンジャーとかさ、メガレンジャーとか、ジェットマンとか、ライブマンだって悩まないわけじゃないし、寧ろ、物語上の節目やら、そうでないときも彼らは青春等で悩むしさ。別に、このパワーレンジャーにおける青春ドラマ要素がクールだとは思わない。
なぜなら、日本のスーパー戦隊シリーズは、必ず、そういう話を入れるから。
デンジマンとかも、バイオマンとかもさ、そうだしさ、ダイレンジャーやカクレンジャーだって、あれ、全員、初心者だぜ?トッキュウジャーなんて全員、実は子供なんだぜ!?って知ってるからさ。「あ、はい、そうっすね。」って感じでね。それにウルトラマンジードの主人公であるリクは大罪人の息子って設定だし「そうでもねーよ?」とはなる訳です。
そう言う問題はありますよ―って感じで、まぁ、それが特にドラマに響くわけでもなく、いや、それっぽいのがあるんだけど、なんか印象が薄いし。最終的に、あの設定は必要あったのだろうか?ってくらいには、あの、うん。
だって、「なぜ正義のヒーローへと変身できないのか?」という“理由”を模索する内容であるはずが、そこに個人の問題はさしてある訳でもなく、大事なことだから、もう一度、言うけど、変身する条件、個人の問題、関係ないし仲間を思う心って言う、うん。本当にあれだしね。「スタンドバイミー版パワーレンジャー」だね。って感じになっちゃうし。
んで、いつから、お前たち、そこまで気が許せる仲になったの?とも思うし。
個人の問題ではなく、じゃぁ、真の友達になる映画なんだね!っていう風になるし、そういうところ、スタンドバイミーだけど、あれは個人の問題が4人の少年たちに深く関わり合っていたのに、じゃぁ、これだって、そういう風に変身条件をスタンドバイミー風にすれば良いじゃん!ってなるし。
あの中で、ちゃんと、一本の映画として解決するためにスタンドバイミーはちゃんと正面からぶつかり合って自分なりの正しいとは限らないけど前へ向くための解決とか、そういう部分を見せているのに、こっちの場合は、「そういう問題はあるけど、俺たち、選ばれたし仲間だよなー!」になっちゃって、結局、それは、個人の問題であって、ヒーローとしての問題と一致しなくなってるような気がする。
これがスタンドバイミーとのデカい差なんですよ!
しかも、根本的に個人の問題は続編構想の影響があるのか解決してないし。
何か薄いな―とかね。
前半のドラマに面白さを感じなかったらダメな映画だと思う。
日本のスーパー戦隊だと、そういう個人の悩みを仲間達と成長に繋げて戦いを盛り上げるから面白いんだしね。

ここ、あんまスーパー戦隊を見ない人の忘れがちな大事な部分ね。所謂、パワーレンジャーを肯定するスーパー戦隊をあまり見ない映画評論家の意見は、こういう日本のスーパー戦隊ののドラマを忘れがちという部分がある。そして、こういうことを忘れている人ほど「スーパー戦隊」では無く「戦隊もの」という言葉を使う。
スーパー戦隊でスタンドバイミーをやりたい映画だったんだろうなーって思った。
でもスタンドバイミーに比べると微妙な青春群像劇ではあるけど。
だって五人の個々の問題とか日本の場合だとさ、1話以降にやるお話だからさ。別に、こういうことをしても真新しさも無いという、微妙な処ですよ。
だって同じ高校生であるターボレンジャーやメガレンジャーだって、毎回、様々な問題とぶつかって青春して深いドラマが生まれたしね。
別に、この作品、ドラマ的な部分で見せようとしてるんだろうけど「こういうことしてるから日本よりも凄いでしょ!?」アピールされても「そうでもないっすわ。」ってなっちゃうんだよね。
別に青春群像劇としてもターボレンジャーとメガレンジャーの方がよく出来てるしね。
単にパワーレンジャーの方は個々の問題の面倒くささと言うか、それが違うくらいで、暴論を言ってしまえばですね。
「金をかけて映画にしただけのスーパー戦隊第一話」というだけなんですよ。
と、言う感じでですね。
最終的に「あ、はい。日本のスーパー戦隊の方がドラマのテンポの流れとか素晴らしいんで、私、日本のスーパー戦隊で良いです。」みたいな感じになってしまった訳ですよ。
肝心のアクションも「まぁー、あ、うん。金かけてるなー」くらいだけど、やっぱ日本特有の面白さが無いよね。みたいな感じで。
「あ、パワーレンジャーも面白いじゃん!!」って言える部分が無いのが辛いのよ。
続編構想がある。って言うから、ここのメンバーの問題は次の話とかで色々とやります―って感じだからさ。
元より続編ありきの映画って、もう、そういうキャラクターの設定が単なる記号になっちゃってるようで、あれね。出し惜しみ感がつまらなくなっちゃってるね。
そういう部分が余計に退屈というかね。
じゃぁ、そういう思い設定は臭わすだけでも良いじゃん!とかさ。
無理にもうもろに、そういうスーパー戦隊で言う2話以降で明らかになる設定を、もろに出しているから、何か引っかかるしで、それが別に何か、映画本編では打ち明けるだけで終わっちゃうからさ。
いや、別にさ。
変身シーンまでが長くてもさ。
それまでの1時間半ほどのドラマが面白かったら、まぁ、これはこれで良いんじゃないの?って思うけど、明らかにBGMから「スタンドバイミー」を意識してる感が出過ぎて、その前半ドラマが物凄くつまらない。って言う致命的な自分の中での欠陥がね?辛い。意識していながらも、彼等の個々の問題は、そのまま放置で、しかもいつの間にか解決しているような部分が、もう続編構想丸見えな部分が金を出せ!って言ってるようでダメなんですよ。
んで、さらに、スタンドバイミーを意識して真似して滑っているような、そういうアレですよね。
「うわ、寒い……」
みたいな、まぁ、そういうアレですよ。
強引に友情を結び付けるような流れとかね。元より友人で良いじゃん。面倒くさいしさー。
「変身するキャラクター、皆、色々とあるよね?でも、これって青春だろ?」みたいなノリをアメリカンでやられても、ねぇ?
「まぁ、あるけどさ……じゃぁ、この映画の魅力ってスタンドバイミーのコピーなの?」
みたいなこと程レンジャー関連の問題の薄さは結構ある訳でしてね。
んで、続編構想ありきで作ったからか、まぁ、掘り下げ時間は多いけど全然、掘り下げ切ってないし、敵の描写もあるから、そっちにも時間は割かれるし。問題あって皆でワチャワチャやって「仲間大切やで。友達やで。」みたいな感じでね。
強引な流れでお涙頂戴展開をやって―みたいな。
何かねー。
あれだよね。
こういうキャラクターなんですよ!って感じだけで終わる。
日本の高校生戦隊と比べると物足りないし、アメリカのアクション映画としても、青春群像劇としても続編構想ありきで描き切ってないし、次に持ち込む感全開だから物足りないし、仮に、これをスーパー戦隊として見ても物足りないし、スーパー戦隊関係なく一個のヒーロー映画としても物足りないしで。
「なんか、うん、そうねー」
って感じでいつの間にか終わった。
ついでに、何で、ジュウレンジャー的な外見してんだろ?って言う、説明描写はありましたけどね。
まぁ、そこは見て頂ければわかるしいいんですけどね。
変身してからのBGMのラップとか変な恥ずかしさもありましたけど、やっぱ、金をかけて作った分、羨ましいなーとは思いましたね。はい。
まぁ、元よりスーパー戦隊の1話の流れを丸々、二時間映画にする。ってのもあれよねぇ。
って感じなことを思ったし映画という媒体を制作陣は解っていないような気がする。
日本製だけど「ULTRAMAN」だって第一話を、そのまま一本の映画にしたけど、映画としての出来は良いしねぇ?
まぁ、でもアメリカンな流れでしたし、アメコミ映画が好きな人は楽しめるんじゃないですかね?
とかは思いましたよ。知らんけど。
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「ULTRAMAN」の場合は良い感じの真木の家族への苦悩とウルトラマンになってしまった苦悩、日本で本当にベムラーが来た場合の要素を混ぜ合わせながらテンポ良くドラマに見せ場がある訳なのよ。
「パワーレンジャー」の場合、本当に1時間半後まで盛り上げ的な見せ場が無いのよね。いや、あれが、そうなのかなー?って思っても、別に、そこに魅力は無いしなーって感じだし。
簡単に他の映画違いを美比べるのであれば、こういう感じ。
最後に……
マイノリティ的な問題を描こうとしたら続編構想の為か敢えて描かなかったのか、それとも描き切れなくて単に「そういう設定です。」で終わらしたのか、その問題を描く続きが見たいなら「お金を出してね!」って露骨に言ってるような映画の内容は正直、下品だし本当に悪手。
そんな感じで、パワーレンジャーの感想、終わり。
あ、最後にね。
「よくも大獣神をあんなかっこ悪いデザインにしやがったなぁぁぁぁぁ!!!!!!絶対に許さんぞぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
はい。以上です。

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