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『ウルトラマンジード』 第15話「戦いの子」

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ある者は復興の為に、ある者は生きるために。
って、そういう感じですね。
そこにある、志と言うのは非常に虚しいもので終わりを告げると思うと、やっぱ侵略や己の種族の事だけを考えた破壊って言うのは下品なことであるのかが、良く解りますね。かつての、ウルトラマンXでグルマン博士が口にしていたことですが。
同じ種族でも思考が違えば戦争は起きる。
これが、人間の歴史で、争いの原点でもある。
今回のシャドー星人のことは、そういう意味にもなるのだろうと、そういうことを思いますわね。
に、しても、ゼガンを破棄しなかった理由は、是長、自分の命を賭けてでもウルトラマンベリアルと戦うという意思があったんだろうなーって、そんなことを思いますね。
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ゼナは、シャドー星が、ああなったからこそ、達観したような意見を持つようになったとか、そういうことを思ったりしていますし、ああした達観した世界の中で侵略の愚かさや、破壊の無意味さに気付いたのだろうとか、まさに、死を前にした財前五郎のような、そう言う気持ちですよね。
更に、モアがAIPに入った理由も描かれましたね。ああいう、ある意味、自分に無い人の光と言うものを見たからこそ、最終的に自分が必要。
AIPにおける、モアと言う存在は、予想以上に安らぎなのかもしれません。
そう、思ったのでしょうね。
まぁ、流石に、これは考えすぎかもしれませんが。
しかし、思えば、モアの存在があったからこそ、あの明るさ、闇を感じさせない天真爛漫さがあったから、今のリクを作り上げたと思うと、それはとても喜ばしいことであり、絶対に欠かせない存在。
そういう部分が見えてきますね。
そういう明るさだからこそ、本来は、その気があったかもしれない、ゼナも光に触れることで変わっていったのでしょうと、そういうことを思ったりします。
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さて、まぁ、それより、あれですよ。
ここで、箸休め回は、ある意味、終わったような感じがします。
問題は、次回です。
とうとう、ベリアルがやってきますね。
ただ、ベリアルも新形態があるとのことなので、それが、どういう状態になるのかが解りません。
やっと、見たかった部分が、こうして見れるような感じがしますね。
ここからが本番ですよ。
ここからが、あの、ウルトラマンジード、朝倉リクの本当の物語と呼べる場所にあるのかもしれません。
この、ベリアルと言う存在、まぁ、長い。
どれほど、これから、動き出すのか。
また、ゼロもね。
そして、噂の……
ロイヤルメガマスターも登場ということで、どうなるんだろ。

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仮面ライダーアマゾンズセカンドシーズン。

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シーズン2
トラロック事件から5年が経ち、実験体のほとんどが駆逐され、世界は平和になりつつあった。だが、今度は人間に感染するようになったアマゾン細胞「溶原性細胞」が蔓延し、普通の人間がアマゾン化するという事態が発生していた。これに対し、政府は新組織・4Cを結成し、アマゾン化した人間を秘密裏に駆逐していた。
そんな中、アマゾンに育てられ、4Cに教育を受けていた少年・千翼は、4Cを脱走後に不良集団・TEAM Xに拾われ、仮面ライダーアマゾンネオに変身し、生きる糧を得るためにアマゾンたちと戦っていた。だが、生まれつき食人衝動に駆られる千翼の前に、カラスアマゾンに変身して戦う謎の少女・イユが現れる。そんなイユに、千翼は初めて「食べたい」と思わなくなり惹かれていく。
時を同じくして仁もまた姿を現し、溶原性細胞の蔓延を防ぐために千翼を殺すと宣言して彼を狙うようになる。それと同時期に、溶原性細胞の遺伝子が千翼のそれと一致したことで、千翼は危険視されて凍結処分される。
千翼は仁と七羽の子であった。仁は千翼がアマゾンであることを危惧しており、彼が他人を殺す前に自らの手で殺すことを決意していた。だが、それを知った七羽は千翼と共に逃亡し、潜伏先で溶原性細胞を蔓延させる原因存在「オリジナル」となった千翼に食い殺されていた。だが、その七羽もオリジナルとなって復活していたことが判明する。

wikipediaより引用。
と、言うことで、皆、大好き、仮面ライダーアマゾンズのセカンドシーズンを一気に見た。なんていうか、アマゾンズっていう作品、全体が、そうだからかもしれないけど見ていて凄い疲れる。
まぁ、詳しいことは公式を参照ってことで。
とりあえず、気になったところをピックアップして、そこだけーって感じで。」
そんな感じでアマゾンズのシーズン2を見てなかったから一気に見たんだけど、シーズン1もそうだけど、この現代シリアスドラマ特有の意味ありげで全然無い間延びはどうにかならんのかい。ってなる。なんか、あれだけで凄い疲れるし、またかよ。って、なんか、ああいうのはやってるのかな?ってなるし、そこにお洒落感とか感じない私がダメなのか、どうなのか。
そもそも、そもそもアマゾンライダーが好きだからこそ、アマゾンズは敵味方問わず「アマゾン」って名前を付けたのは正直、嫌だったなー。
アマゾンズって原典の昭和のアマゾンライダーが大好きな自分からすれば不快な印象しか無いんよね。
ついでに、アマゾンズのシーズン1とシーズン2、どっちがいいだろう?って考えたけど、どっちもどっち過ぎて、どうもあれ。
一番、嫌なのがさ。
結局、バイオレンスシーンに力を入れすぎて作中の大事な要素を蔑ろにしてる部分が相変わらずなことね。シーズン2は特に、それが酷かった気がするわ。
もうシーズン2は悪趣味の領域。
疲れる理由は、なんていうかね。こういう部分のせい。あの、バイオレンスシーンで誤魔化しちゃう癖ね。それでいて、大事なドラマを描かないから、もう、なんていうか、萎えるんですよ。
そこで、なんか、内輪だけで盛り上がるドラマをやられても、本当に困るから、これ、勘弁してほしいです。
それで自分がアマゾンズと言う作品に対して感動やら、そう言う感情が突き動かされることが無い理由の一つとして登場人物の誰一人にも共感できない部分がある。
行動原理は解るけど、共感やら、そういう部分とは無縁のなんとやら。それでいて、勝手に掘り下げもなくドラマをサクサク進めちゃうでしょ?そういう部分が何か、もう見ていてだるいんだよねwいや、お前、ちゃんと、そう言う気になる部分を書かなきゃダメじゃん!ってなって、シーズン1は終わって、そして、シーズン2で、その弊害が出まくりですよ。
そのおかげで、ドラマの内容が凄い散漫になりすぎて、なんか、もう色々と整理するのが面倒臭くなってきた。
ドラマが散漫になりすぎて小林靖子が口にしていた『人であること』って部分が、なんか、響いてこないんですよね。
様々な視点のドラマを30分と言う時間の中に詰め込み過ぎなんよ。だから、色々とテーマやら、そういう部分が散漫になりすぎてて最終的に、このドラマ、何がしたいの?ってなる。
しっちゃかめっちゃかになってて、それでいて、重要人物が多いくせに、そう言う裏ドラマは描かないくせにバイオレンスシーンやら、そう言うものに力を入れるから、変に浮ついたものになってるし、やっぱ、そう言うのを描かないから、さっきも言ったとおり、バイオレンスシーンに力を入れてるな。って、思っちゃう。
後、白倉プロデューサー大好きなライブ感も相変わらず健在ですよw。それが、もう悪い方向に行くわ行くわで、何で、こうしたのさ。って。
代表的なシーンで言えば、下記のあれですよ。
駆除班
……のドラマもクローズアップされてるけど、シーズン1から、こいつらの繋がりの描写が物凄く薄っぺらいわけですよ。駆除班と言えばマモルって言うのがいたんだけど。これは、ファーストシーズンの記事を呼んでみれば解ると思うんだけど、マモルって言うのは敵であるアマゾンなわけです。んで、何故か、味方で、その「何故か」って部分が最後の最後まで描かれずに終わって、それが、セカンドシーズンにも入っても全く描かれない。
何で、そこまでバケモノに肩入れするのか。とか、そういう部分が全く見えてこなかったりとか、まぁ、そういう部分で内輪盛り上がりでドラマをやられてもーってなる訳で、最後まで自分達だけで盛り上がって、そのテンションだけでシーズン1は終わるんだけど、シーズン2でも、それは健在でした。
まぁ、かつての仲間に対して冷たく突き放すシーンもあるんだけど、それに対して、五年の間いですから、色々とありました。って台詞はありましたけどね。
でも、問題は、その色々とあった間の物語を描かない。
だから、ここ、響かないんですよね。
仁と七羽の物語
……も、そう言う台詞を軽く言うだけだから響いてこないし、それが仁と千翼の対立の主軸になる筈なのに、こういう部分がいい加減だからこそ、全く響いてこないわけだし。
最大の盛り上がりであるはずの二人の駆以降の話が、そんなに盛り上がらずに、なんか、まぁうん。って感じに終わるし。
1期でも言ったけど、何故、二人が惹かれあったのかが全く描かれていないからこそ、全く、そこに感動が無い。
そこに対する千翼に対する仁の
愛する人との間に生まれた子供を殺すという覚悟でありながら、そこは一期からの
だって、正直に言っちゃえば、仁って単なるかっこつけたおっさんですよ。
何故、七羽が惹かれて愛し合ったのか、それが全く描かれてないから毎度、なんか、もう浮ついた雰囲気しか無いのが無理やり感動させようとする雰囲気が正直、見ていて辛い。
それ描くだけで千翼にもっと感情移入できるんだよ。
だからこそ仁が「千翼を殺す。」って覚悟に対しても、あぁ、いつものね。くらいしか、そう言う印象しか抱けないんだよね。
矛盾はあれど、もっとドラマを掘り下げれば。と、思わずにはいられなかった。8話目の仁と七羽の回想シーンだって、あれは展開の伏線であって、登場人物の掘り下げじゃないし。
素材は良いのだから堅実にドラマを作ってほしかったな。って思うんですよね。
七羽の千翼の幼少時代を描いたシーンも、ちゃんと、そういう七羽と仁の前述のメロドラマを挟まないと。
って、思っても、それをやらないから。
ついでに、番外として……千翼と言えば。
ラスボスでもあり主人公の千翼がオリジナルどうのこうのって展開とかもあれなんだろうけど、最初から色々と身体検査とか、そう言うのはすべきだろ。とか、んなことを思った。だって、そう言う設定を抜きにしても、アマゾンって言う敵の存在なんだからさ、ちゃんと、そう言う精密検査と化しなきゃダメじゃん!人じゃなくて、アマゾンって言う畏怖すべき象徴であるからこそ、色々とやらなきゃいけないのに、普通に後に「ちゃんと精密検査をしとくべきだったー!」って、そんな感じの台詞を聞くんだけど「ホントだよ!」って思う以上に「いや、何で、やらなったの!?」って話ですよ。結局、そういうオリジナルでなくても何でも危険な存在であることは確かなんだから、ちゃんと隅々まで、そう言うのは調べておくべきだろ。って思いましたよ。
いや、もう、ここが最高のお笑いシーンだった。
んで、話を戻すとして。
千翼とイユの関係と、その出自から「人であること」に対する部分を色々とあるんだろうし、そこから人を食らうアマゾンの悲哀とか描いた方が良かったんじゃね?とか思うし、それで美月の人ならざるものであるアマゾンを殺す覚悟の台詞をもっと生かせたんじゃね?とも思うしで。
千翼とイユの純粋な実験体でも人から感染したタイプでもない歪なタイプのアマゾン同士が「人として」生きることへの拘りとか、なんか、そう言うのが見えないって言うかさ。イユが最初から感情のない部分が、どうも個人的には、それが千翼の独り相撲に見てしまうし、それが後の伏線になっているとはいえ、感情のない部分から、徐々に、何か芽生えるとか、なんか、でも、あの3話のデートが肝として描きたかったし、敢えて、それでバケモノの子供であると言う部分の悲哀が目立つんだけど。でも、何故か、終盤、これがプログラムされたことであるはずなのに、人としての感情を取り戻す。って言う、何じゃ、そりゃ。って感じで、もうちょい含みを持たせてほしかったんだよね。
素材は凄い良かったのに。
だから、そう言う終盤のイユの人としての覚醒を描くための下準備をもっと丁寧に描いてほしかったのに、色んなドラマが散漫になっちゃったから、凄い中途半端になって、終盤で取ってつけたように、そう言うテーマを描いたような部分も強いわけだしで、あれですよ。中途半端になっちゃって感動と言うか、置いてけぼり感あった。
ドラマの展開がテーマの為の伏線ではなくて、展開の為の伏線になってしまっているから、あぁ、こういうギミックで、どうせ、こうなるんだろうな。って言うのが見えてしまうのがどうもね。
千翼とイユの関係性の描き方は個人的に面白いと思ったからこそ、この流れが非常に残念だなーって思いました。
ってか、そもそも、今回の事件の原因は明らかに仁が全てにおけるシーズン2の物語の間接的な黒幕だよね。
だからこそ、そういう部分から仁と千翼と七羽のドラマは強く描かなきゃいけないはずなのに、出会えば喧嘩するばっかで、なんか、もう、うるせぇ親子喧嘩ばっかなのが、もう、何とも言えぬ(・ω・)
まあ、もう、ここは語ると面倒くさいけど、もっと、この二人のドラマを描いてほしかったのはある。それで仁と千翼の親子のドラマをどっしりやってほしかった。
そうすることで、人間だからアマゾンになった親に家族を殺されたイユと、アマゾンだから人からアマゾンになった親に殺される運命にある千翼の関係が良い対比になったと思うのに。
でも、千翼とイユの物語としては、多々疑問がありつつ、あれは、あれでいいのかな。とか、そう言うことは思う。
ただ、色々とあるけどね。
まあ、もう、ここは語ると面倒くさいけど、もっと、この二人の終盤に結びつくためのドラマを描いてほしかったのはある。それで更に仁と千翼の親子のドラマをどっしりやってほしかった。
でも、ほら、バイオレンスシーンやら、他のキャラクターのドラマに時間を割きすぎたから、物凄く千翼とイユのドラマは終着点の有終の美さえも凡庸に変えてしまったのは悲劇でしかない。
ついでに、場面が飛び飛びすぎてデビルマンの実写版を見ているような、そう言う気分にもなったりするしで。
ただ、良かった部分と言えば、何だろう。
誰もブレた主義主張をしていないと言う部分だろうか?と思う。あぁ、考えてみれば、そういう部分が生きると言う部分に繋がってるのかなーと思う。
結局、アマゾンズシーズン2を見ていて思ったけど、ドラマがシーズン1以上に散漫になりすぎてて、これは何がやりたかったの?「人としてどうのこうの」ってテーマじゃなかったの?
って思えるくらいには何がしたかったのか解らなかった。悠と美月のメロドラマやら、駆除班やら、4Cやら、親子やら。
そして、一番、気になったのが、これ。
そもそも根本的なこととしてなんで、最後のアマゾンズの戦いは描かれなかったのか。
あそこの悠を交えたオメガ、アルファ、ネオの戦いを描くことで、その異質であるアマゾンである千翼が生きるという部分を鮮烈に、ある意味、もっとも生きるという執念を見せる覚悟を描ける話だったのでは?って思った。
それこそ、シーズン1で言ってた生きるということは戦うことという部分を、バイオレンスなアマゾンズの格闘シーンをバンバン入れて、それでも最終的に千翼の死をちゃんと描くことで作品のテーマそのものを最後の最後だけは綺麗に昇華することも出来たはずなのにしなかったのは萎えた。
ここを描くと描かないで、凄い大事だったと思うんだけどね。
主役の話だからこそ、それなりに描かれてはいたけど、別々に色々と描かれすぎたり、アマゾンズの特有のバイオレンスシーンのせいで、色々と誤魔化されてしまった気がする。
悠と美月
なんや?
こいつら、イチャイチャしおって。
位の印象しかない。
そのくせ、やたら時間を食うし、同じ話題の事ばっか言うから、正直、なんていうか萎えるというか。それなりに悠は話における仁を止められなかった責任がある。
とは、言っていたけど、でもやってることは甘ちゃんばっかで、覚悟が足りないのでは?とも思うけど、それが悠の人間性なんだろうけど、なんだかなー
ただ、それが続くというのは、あれです。
色々とね。
己を信念を持っていたけどね。
ただ、やっぱり、甘ちゃんな部分が枷になったりと、ねぇ?仁は殺っておけばよかったのにね。
とか、まぁ、もう、うん。
疲れたから、そこはどうでもええわ。
もう、アマゾンズのお話、終わり!
疲れた!

ってか、とある歌詞のオーイエーってどうよ?(・ω・)

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ウルトラマンジード第14話「シャドーの影」

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さて、まぁ、融合獣ではない新たな怪獣であるゼガンと言う存在なのですが、皆さん的に、この怪獣、何かありそうな感じですよね。胸にカラータイマーとかありますし。
そういう部分が気になって仕方ないですよねー。
今までは、融合獣だったので、やっぱり、こういう怪獣は嬉しいですよね。オリジナルかどうかは、それは、二話構成らしいのであれですけど。
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れにしても、ゼナのことは、確かに良く解らない。って思ったけど、それ以上に、シャドー星人の母性、大変なことになっているらしいですね……ベリアル、凄いことしちゃったなーとか、そういうことを見ていて思ったりした。見ていたり、効いていたり、まぁ、そういう感じで、大変だわね。
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しかし、見ていて楽しいんですけどね。
とか、思いながら、まぁ、なんだろう。
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そういえば、あのシャドー星人、クルトだっけ?あれ、ゲキレッドだよね。
それにしても、見ていて思うのは、やっぱり、母星の崩壊から様々な思考が生まれたのは言うまでもないようです。それにしても、あのゼガンと言う怪獣が、どういう存在なのかわからないのは問題ですが。
さて、まぁ、あのカラータイマーの様なものを考えると……
ふと、思うことはパイロットとしてシャドー星人をーって感じですかね。
ただ、使い続けると生命を削り続けるタイプのようにも見えるけど、どうなんだろ。
子の前半だけだと何とも言えない。
なんか、関係ありそうだよね。
ゼガンは、シャドー星人の生態兵器のようですね。さて、まぁ、何故、ゼナ、それを所有していたのかとか、そういうことを考えますけど、やっぱり、あれで地球を守る最終兵器のような感じにするんだろうな。とか、そんなことを思っていました。
ベリアルの攻撃で過激派と穏健派に別れて、その子弟が、こういう感じで別れたというのはありがちだけど、悲劇だわね。
悲劇から生まれた、この戦いは、モアが取り込まれるという形で終わりを迎えたわけですが。
どうなるんだろうね。
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回は、リクたちの話ではなく、前半は導入部分だったので、まだ何とも言えないので文章が少なめに……いや、それでも、これから牙狼とか見るから大変なんですよ……
全ては次回へ続くか。

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ウルトラマンジード……は、総集編です。

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なんか、ゼガンとか、そういうのが出るっぽいですね。
そういう感じで、総集編はゆっくりと見るのが基本。
こういうかいは骨休めが出来て良いです。
やっぱり、こういうのは重要というか、なんというか、そういう感じがしますね。こっから、入る人も色々といるだろうということでね。
これが、重要な伏線になることもあるし。
色々とあります。
尚且つ、総集編というのは見ていて楽しいですし。
牙狼の総集編のように、ただで終わらないスタイルは良いものです。
やっぱ、新撮を見るのは良いんですよねー。
ってか、レムに何を……
いや、何でもない。
そういう感じで、良い総集編だった。

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『ウルトラマンジード』第12話「僕の名前」

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そんな感じで、今回の話なんですけどね。前回、あそこまでやると、今回の復活劇って、かなり難しいことになると思うわけです。それを如何に最高の復活劇として描くのか、それが、最大の何とやらな気がします。
あ、思ったんですが、ウルトラマンジードって本筋にゼロが絡まない物語の方が面白いと最近、感じるようになりました。ゼロが絡むと、どうもね。
しかも、あっちはパワーアップしちゃったし。シャーないのかもですが。
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リクはたくさんの人に愛されているんだろうなー。だからこそ模造品として扱うケイの言葉よりも自分を家族として人間として見てくれる人間の言葉が何よりも暖かく自分を励ます言葉になるんだろうと思った。
自分を愛してくれる人たちの言葉って言うのは悪意に満ちた存在よりもあった強いんだと思う。
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この部分はリクのケイに対する「貴方は何もない人だ」と言うセリフからわかるようにケイにあるのは正直なところ、ベリアルの忠誠心とリクへの嫉妬しかなくて、リクのように自分が模造品であろうとも自分の命を大切にしてほしいと思える人が多くいるという、この絶対的な差が勝利を生んだのだと思う。
またウルトラの父のカプセルが、自分の名付け親から出てきて、リトルスターを宿してからずっと見守っていた。って言うのも、リトルスターというものを良い感じに取り扱ってきた要素を上手く活かしているんだなーって、思いました。
思えば、ウルトラの父も遠くから息子たちを見守る存在だった。
短い時間の中で良く、ああいう完成度の高い親子のドラマを描けたな。と感動して涙が出たのを覚えてます。
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これもウルトラマンという世界観だからできる不思議さだよね。円谷のマジックに、こうしてかかってしまうような感じ。
ついでに、マグニフィセント何かに似てる。って思ったら、これだからだ。
止むを得ず育てられない事情が出来ても、自分のことを常に見守っていたという幸せを改めて感じることが出来た。
この手の復活劇って言うのは熱いんだけど、私は、それ以上に暖かさを強く感じた話でもあった気がする。
初登場でありながらも、ここまで暖かいのはリクの人柄から生まれる物語の暖かさ。
そういう事情だからこそ名付け親であるからこそ今回の事件を通していてもたってもいられなくなって、リクに手紙を出したんだと思うと、そこに父性としての親心が見えてきて泣けてくるね。
父親としての厳しさを見せつつも、それでも自分の子供であるからこそ生きてほしいと願うドラマに泣いちゃうの。
改めて第三者として新たな登場人物を出すことでリクを見守っていたのは、レギュラーの登場人物だけではないということを描くことでリクは様々な人から愛されているということを描いている気がする。
ガイさんが最終回に永遠に不滅なものは「愛」と説いたように、それは、この世界でも同じなんだろう。
また、ジード自体は世間から嫌われているけど、それでもリクを愛してくれる人がいる。って言うのは、リクにとっては大きなアドバンテージなんだろうなー。レギュラーの登場人物ではなく第三者で、それも名前を付けてくれた大事な人の言葉だからこそ、染み渡る言葉と言うのは大きいと思うのです。
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こうした部分から生まれたマグニフィセントと言う形態は、かなり好きですね。
外見的なカッコよさの特徴も含めて、本当に好きになる。
まさにマグニフィセントはリクを見守ってくれる人たちの力で生まれた形態なんだろうなーって、改めて、ジードの物語の暖かさに心が惹かれていきます。
残酷性の中に見える暖かいドラマって言うのは、実にウルトラらしいドラマな感じがします。
ライダーで言うとクウガとか、そこらな感じで。クウガ自体が荒川さんや寺田さんの好きな円谷作品へのリスペクトが小刻みに見える部分がありますし、ジードも、そういう従来のウルトラらしさを継承してますね。
こういう話って、あの、やろうと思うと凄い説教臭くなったり30分の間でやると、非常に大味になったりすることもあるというのに、何故、特撮の世界は、こういうドラマがちゃんとできるのか。
それは、やっぱり非日常の世界であるからこその説得力であると思う。
非日常と言う世界におけるドラマ。
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怪獣と言う存在、超能力、ウルトラマンと言う非日常。
人によってはご都合主義とも言うけど、これはウルトラマン、ひいてはヒーロー作品における非日常と言う世界だからこそ30分のドラマと言う世界の中で暖かさを形成することが出来るんだろうね。
この手の世界の中だからこそ許される手段。
こういう特撮だからこそできる世界の面白さって言うのは良いですね。
そこから生まれる人の暖かいドラマと言うのは自然と戦いと言うのが当たり前における殺伐とした世界の中で癒しと潤いを与え、改めて特撮作品と言うのが一筋縄ではない残酷なドラマで片付くものではないというのを改めて実感します。
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さて、どうなる。

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