| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

よくもこんなキチガイ映画を!劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer

hero.png
ヤバい。これほど失笑という言葉が似合う映画は実写版ガッチャマンを見て以来かもしれない……

142056_01.jpg
実写版デビルマンを、1デビルマンと言う単位にするとします。
1デビルマンが増えると、実写版デビルマンよりはましという単位です。

73e90c30aca8779a0c16931be393c57a.jpg
そうなると、実写版ガッチャマンは2,3デビルマン位です。
今回の映画である、劇場版仮面ライダージオウも2,3デビルマン位です。

映画館で見た時は、劇場版オーズは6デビルマン位だったんだけど、改めて見ると2,3デビルマン位しか無いな。これ。
デビルマンと、2デビルマンの間の溝は大きいと思う。
いや、映画館で見た時は、そのつまらなさに語る必要もないとは思っていたが、改めて冷静な視点で見れば、これは大傑作なのかもしれないと思い、再度、視聴したのですが、やはり、ダメなものはダメだった。

・まぁ、もう、まともに語る気はないので、以下、もう、個人的に失笑した部分

・戦国時代なのに明らかに平成の技術で手入れされた植え込みとか出てきて失笑するしスッゲー萎えるんだけど。予算がないのか、そういう部分が見え見えすぎて戦国時代な舞台を作るんなら、もうちょい、そういう部分をちゃんとしなさいよ。

・平成って醜くね?とか言いながら、平成ライダーのアイテムを使うのはどうなんですかね?

・正直、ソウゴに共感性を抱けなかったから、何て言うか、どうと言うか。ぶっちゃけ、もうテレビ版のジオウですら個人的に冷めた目で見ていたので色々とあれ。ここは、もう、あの、うん。そっちの感想を見ていただければ。

・如何にも、「これが、俺たちの出した平成の歴史の答えだ!」みたいな演出や、そういう台詞回しをしているけど、「いや、お前らに言われなくても、歴史って、そんなもんだし、なんで、そんなことを、こいつ等は偉そうに言っているのか?」と。
一時期、アホみたいに大河ドラマとかにハマってた自分からすると、別に解釈ってそういうもんだし、こいつら、何を言ってるの?今更。

・敵に対して特に何も思わない。掘り下げがない。

・ダパンプの他のメンバーの棒演技っぷりはどうにかならんかったのですかね。

・演出、寒い。

まぁ、そういう感じで、これですね。ラストの演出が寒い。って、そのままなんだけどさ。あの、もう、これに関しては言うまでもなく、何て言うかねw
もう、語ることすらアホらしいのでw今回の敵のライダーのボスを倒すシーンは、本当に、くっだらねぇ……ってなるしかなかったので。本当に酷い。
はい。
まぁ、こんな感じで。
もう、特に、もう深く語る気のない映画と言うか、何と言うか。

もう、良いや……
どうでもよくなっちゃった……
見た後に倦怠感が残る映画とか本当に酷い。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ウルトラマンタイガ 最終回「そしてタイガがここにいる。」

2019y12m21d_113942260.jpg
はぁー……なんか、年の終わりって感じがするよね。ウルトラマンの最終回って。
そう言いながら、これがアップロードされる頃は新年を迎えているんですが。
ウルトラマンタイガとは……って考えるけどね。
最終的には自分の中では面白い。って言えるウルトラマンだったんだけど、でも、如何せん要素を突っ込み過ぎた感はあるよね。
それによって、大味に見えてしまう部分も、それなりに会ったのが個人的には惜しいところだなって思う。4クールだったら、さして問題がないレベルだが。
やはり、2クールのウルトラマンってことで、商業的な部分もあるので、色々と大変なんですよね。言ってしまうと、ほら、ウルトラマンXの怪獣の力を使ったサイバーアーマーとか、エクシードXの活躍とか、色々とあったわけでございますが。
そういう部分と、さらに言ってしまえば、お話のテーマと要素を絡ませるわけですから、必然的に過剰な部分が良く出てしまうのがニュージェネウルトラマンと呼ばれる作品の弱点だと思うんですよね。
牙狼の場合は、そうならないのは、基本、商業とか、そんな絡んでいない部分も手伝って好きな作風を割り化し、自由にできる。
そこ行くとさー……
やっぱり、個人的に思うんだけどね。
3クールにならねーかね。
3クールなら、まだ、この不満要素は面白く解消できると思うね。
来年の3月くらいまでやっておけばなーとは思った。
さて・・…まぁ、他に気になるところもあるんですが。
そういや、ヘルベロスって結局、どういう怪獣だったんやろ。
超コッヴのような、わけもわからず送られてきた怪獣なんですかね。
あれも。
ただ、ちょっとやんちゃな性格ってだけで実は……ってのはありそう。
ああいう怪獣って生態とか気になる。
光の国にいた時代のタイガって、同年代の中では、まだ孤独だったと思うんだよね。
タロウやウルトラの父、ウルトラの母がいても、家族関係以外は、何か、そういうイメージがある。
フィリスって友人がいたけど、それ以外だと同年代の友人って、いないって言えば大げさだけど多くは無かったと思う。
ウルトラ兄弟からは結構、良い扱いをされていたようだし、だから家族関係は良好だとしても友人関係は、そんなに恵まれていないからこそタイガの心のよりどころって家族が大半だったんじゃないかなと。
タロウはタイガのソレを見抜いたから広い世界に旅立ち友人を作らせることが0話の目的だったと思う。タロウのことは好きだし尊敬もしているんだけどタロウの息子ではなくタイガとして見てほしいって言う部分が暴走してしまうのがタイガの中盤までの物語かなーと。二律背反的な感情ですかね。
タイガとタロウの関係って言うのは。
トレギアが「タロウの息子」って言うたびに冷静さを失ってたし。
こういうことを考えちゃいますね。
いや、割とマジで。
さて、まぁ、次は劇場版。
楽しみよ。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ウルトラギャラクシーファイト ニュージェネレーションヒーローズ 最終回「ウルトラマントレギアと言う男を考える。」


あのダークキラーと戦った疲労状態でトレギアと戦ったなら、そりゃ、苦戦するわーとか思った。
しかも「光の国を潰す」って言っている以上、あそこで休んでる暇はないし。

何気に、グルーブとトレギアの対決は、今までのウルトラマンから学んで新たなウルトラマンのアイデンティティを創り上げたグルーブと、今までのウルトラマンのアイデンティティを否定したトレギアの対決であるというのは結構、面白いのよねー
トレギアの人格の基礎は、たぶん、脚本家の中ではオーブの時には既にあったんだろうなー。
オーブも身もふたもないことを言ってしまえば「光も闇も同じ」ですからね。
その心持を自分がどうするか。って話でもあるし。
「貴様らに私の何が解る。」って流れはタロウに対して自分の内なる感情を話したときに模範的、納得のいく答えしかもらえなかったと思うの。
トレギアはタイガに対してタロウの息子、ひいてはM78星雲の思考停止の連中として見てしまう部分から上記の台詞を吐いたように思われ。
トレギアは自らを「闇のウルトラマン」と称されることが非常に不快な顔をしていたけど、「正義と悪は無い」「光と闇は紙一重」と口にした、彼の言葉には昨日のタイガの最終回を含めてどれほどの出来事が彼を苦しめたのだろう?と考えてしまう。ウルトラマントレギアって存在自体がメタフィクション的な目で見ると「ウルトラマンのアイデンティティ」に挑戦するキャラクターなんですよね。
彼の存在が今後のウルトラマンの形を自由にさせるのではないか?トレギアが主役の作品が来そう。
あれが、タイガの第一話に繋がるのであれば、それは、解る気がする。
ウルトラギャラクシーファイト、トレギアが黒幕だったのは言うまでもないんだけどウルトラダークキラーがニュージェネを壊滅させれば僥倖、倒されたとしても疲弊したニュージェネが自分の相手は大人数であろうともまともにできないことを読んで光の国に移動するという策謀はあったのかもしれない。
もし追撃してきたとしても魔術的な要素で翻弄は出来るし、あのタイガの冒頭に繋げるのならトレギアは、あそこで光の国を壊滅させるつもりは無かったのではないか?
もしかすればタロウが期待しているギンガ達の満身創痍状態を見せつけ自分が勝利することで自分の哲学を立証するつもりだったのでは?
2019y11m24d_101506582.jpg2019y11m24d_101555986.jpg
ニュージェネヒーローを傷つけてタロウに絶望と自分の考えを刻み付けるのが目的で、更に光の国の壊滅を目指す。ベリアルのように暴れれば、それこそウルトラの父やウルトラ兄弟、マックス、パワード等と相手をしないといけないんだろうけど、トレギアは光の国を壊滅させる術はあるんだろうなー。
何か、トレギアって人によって結構、印象が違うよね。
敵という言葉に囚われて「闇のウルトラマン」と称する人もいれば、私のように「虚無の哲学者」に捉える人もいたりとか。
「闇のウルトラマン」って言うよりトレギア自身は「虚無のウルトラマン」って言った方が正しいような気がする。
光の国の壊滅を狙ったのもトレギア自身、己の哲学の証明。それこそ、光が常に闇に勝利するとは限らない、その思考と、ウルトラマン共通の正義は誰かの悪であるという部分の認識。
後者の部分、それがトレギアの抱く「光は正義と決めている宇宙の番人」に対する否定でもあるというね。
トレギアにとってウルトラマンの正義は、そういうものでもあるという。
まさに、正義の逆は、もう一つの正義という言葉を証明するという。
ウルトラマンと言う世界だから出来る問題よね。
トレギアはトレギアの正義……いや、彼の動きを見れば信念の為に暗躍するウルトラマンなんですよね。
「ウルトラビッグマッチ」でトレギアがゼロに対して「生命は迷い悩むからこそ美しいもの」と評していた未熟なタイガに対してトレギアがしたことは自分の考えの証明を理解させることだったんだろうなー。
特にタロウに自分の正しさを証明する為に16話で、あそこまで激情になった。
それが果たされそうになった時、トレギアの毛嫌いする絆の力でトライストリウムになるし、それでヒロユキに対しての挑戦が始まるんよなー。改めて絆の力はいかほどの者かと。
そして最終話、図らずともタイガと絆を結んでしまったという、絆を否定したトレギアには屈辱だった筈

2019y12m22d_111211291.jpg
こういう決別を意味するシーン、弱いんだよね。

トレギアにとって親友のタロウから己が満足を得られる回答を得られなかったからこそ一人、光の国を出て己を満たす回答を見つけに行った先にニヒリズムに囚われてしまったように思える。
謎が明かされないからこそ、トレギアってどんどん気になる。
ダークネスヒールズのように舞台で明らかにされるか、所謂、トレギアが主役のトレギアファイト見たいなのがあっても良いと思うから、どんどん、彼を知りたい。って気になってくる。
トレギアの虚無の奥にある作品のテーマに対する「アンチテーゼ」的な存在と、それでも作品のテーマである「共存」に「誰かに笑われたって構わない、自分の信じる道を貫いて」がむしゃらに突き進むタイガの成長という、まるで真逆の存在の対峙でもあるわけですから。
虚無の奥底には何もない筈のトレギアがタイガの光を暖かいと称して「光を信じてしまった」自分に対する憤慨であり、さらにタイガとヒロユキに軽蔑していた「光の番人としてのウルトラマン」と称されたことに対する屈辱は彼のアイデンティティには許されないことなんですよね。
本来なら、こういうのって色々と考える筈だけどトレギアの場合は逆に憤慨するんですよね。
まさに「光の力は、そんなものではない。」とでも言うかのように。
言ってしまえば確かに命のやり取りの戦いに「正義」は無いですよ。
正義の敵は別の正義ですからね。
トレギアは特撮ヒーローの中で描かれる「正義の行い」を嘲笑する存在なんですよね。
ウルトラマン、ライダー、スーパー戦隊、魔戒騎士、宇宙刑事等などの行動を「光の番人」を気取ることに嫌悪を抱く。
奥底は同じであるというのをウルトラマンでやる。って言うのは凄いのよね。
これを信じてきたはずの自分のアイデンティティが、決別したタロウの息子であるタイガに見せつけられてしまったことに対する、己の存在意義を否定される辛さが冷静で残酷なトレギアを殺してしまったことは皮肉だよね。信じてきた物が言いようのない実感で裏切られたんだから。
自分の中ではトレギアって色んな意味でベリアルや、ゼロ以上に人間らしいウルトラマンだと思うんですよね。
そういう部分が。
所謂、高みから嘲笑して人の絶望を楽しみつつも、実はそういう部分から見える根底が最も人間臭いウルトラマンだと思うのよ。
あの光を信じてしまったら自分が見てきた物は何だったのか。
実感して自分の中のアイデンティティが崩壊してしまうほどの出来事だったのよ。
絶対的に世界を破滅に導いた怪獣を救う光が「暖かい」と感じてしまった、あの瞬間、自分のアイデンティティを自分で自然と否定したから。
2019y12m22d_111153883.jpg
分が否定していた「ウルトラマンの光」を一瞬でも「暖かい」と称して受け入れてしまったトレギアの中にある屈辱感って言うのは、何とも言えないはず。
自分で自分の今までを否定してしまった訳ですから。更に、その後、タイガからウルトラマンであることを嫌でも自覚したから。
その後、ほら、太陽をバックに輝くタイガトライストリウムを見て「タロウ……」って呟くけど、その後のトレギアって言うのは光を否定することでトレギアなりの未来に進んだはずの彼が実は過去に縛られて未来に進んでいることは無かったという演出が、また辛いんだよね。
あそこで、トレギアは自分の全てが間違いだったと、その頭で嫌でも理解してしまうけど、それじゃぁ、「自分の今までの人生ってなんだったんだ!?」ってことになっちゃうんですよね。
ある意味、悪役にとっては死よりも辛いことだと思うのよ。
自分で自分を否定ってのは。
2019y12m22d_111405966.jpg
結局、「ウルトラマンの光」に対して一番苦しんでいたのは自分だろうし、恐らく、トレギアもタロウに対して親友だったから自分の考えを吐露したけど、トレギアとしては満足のいく答えを得ることは出なかったと思うの。だから虚無に入って否定することで今の自分を作ったのだと。
このウルトラマンから語られる背景の虚しさって言うのは、どうにも出来ないものがあると思う。
そういう人間臭さがあるから、トレギアのこと好きなんですけどね。私は。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

仮面ライダーゼロワン「シャイニングアサルトホッパーはかっこいいんだけど……」

ELyZtlpU4AAlCZG.jpg
今日は展開が雑過ぎる!!!
仮面ライダー滅、割とあっさりお亡くなりになったな―。まぁ、ヒューマギアだから、これから、嫌でも復活するんだろうけど、そういう部分があるんだろうなーと。
ゼロワン、色々と思うところもありつつ個人的に楽しいんだけど、全体的な感想としてアトムの呪縛からは逃れられないんだなーって部分がある。
アトムが偉大過ぎる。
何か、そう感じると、割と、来るものは無いよねw
ってのもあるんだろうけど、これが功罪なんですかね。
晩年でも手塚治虫はアトムを後悔していた話もあるし。
いや、ちょっと待ってよw
なんで、イズが普通に戦場にいるんだよwいや、もう、それと同時に、あいての神経を逆なですることを言うのはどうなのよ?まだ、そこ、人としてわかっていないというか、そういう部分なんだろうけどさ。相手の感情を汲み取れないなんとやら。ヒューマギア同士だと、そうなんだろうけどさ。
だからさー……
戦場に連れてくるのやめよう?伊豆を。
心配するよりも前に、それ、おかしいだろ。

戦場ですよね。

危険が伴う場所で、しかも相手はヒューマギアをハッキングする相手なのに、なんで、そこに味方のヒューマギアがいるんだよ!w
これはおかしい。
滅亡迅雷の最終決戦の場で相手が何をするかもわからないヒューマギアをハッキングして洗脳する敵なのに戦場にいずを連れてくるっておかしいでしょ。
連れてくるにしても戦場の枠外に置いておくとか、そういうことしてりゃいいのに。
あからさまなドラマを挿入されたら、あんた。
いや、変なギャグを入れるんじゃないよ!
シリアスシーンなんだからさぁ!
ついでに、アークの意志ってのも結構、SFだとありがちなものですね。
ELyaubDUYAAST9A.jpgELyaJpjUYAEsCTl.jpg
そこ行くと、やっぱり、そこは手塚治虫の呪縛から逃れることは出来ない。ってことになるんですかね。でも、そこいくと、なんやかんやで、シャイニングアサルトホッパーの中で、アークが意志を見せたのは、それは使う人間次第によって色々とあるだけで、本来、意思は無いんだろうと。
単なる人に力を貸すだけのコンピューターでしかないというのがあるのかもしれない。
それをやったら、ヒューマギアはショックなんだろうけど。 
に対して色々とあれなので、思うところはあるんですが。
なんやかんやで、アークがいしをわたしていると
ってか、ヒューマギアの直し方、知らないのに、とりあえずラボに連れていくとか、それも正直、どうなの?って言うのを感じちゃう。
イズのシンギュラリティの覚醒にしても、ちょっと、解りにくいよね?
「あ、あれ、そういうことか。」ってなっても、割と回想だけ振り返ってあっさりで終わっちゃうからこそ「ん?どういうこと?」「あ、シンギュラリティの覚醒?」ってなって終わるし。
アサルトシャイニングホッパー、かっこいいのに、この展開の雑さは酷いなー……
今までご都合的な部分は色々とあったけど、今日は特にひどいな(=ω=;)
タイガのナイトファング回以上に酷い(=ω=;)
正直、エグゼイドも、この作風だったから私、そんなハマらなかったんだよね。
仮面ライダーゼロワンも、やっぱり、この作風になってきたなー。
無理やり、一章二章とかで区切りをつけようとするから、こうなっちゃうんだよ。
ついでに、会社の方も自分の利益だけ考えて、この非常事態を考えないのも、いくら私利私欲に塗れているとはいえ、そういうスタイルはどうかと思います。
バンダイの都合もあるとはいえ、流石に強化フォーム、多く出し過ぎじゃない?
その弊害もあるような感じがしないでもない。
今日の仮面ライダーゼロワンは。
ついでにイズって存在に、そんな感情移入とか、そういう愛着とか、そういうのが沸かないからこそ、正直、どうでも良いと言うか、なんかね。寿司回の時だってご都合的にイズだけマギアにならなかった展開もあって、来るものがないと言うか。
ELyf0FDUUAEazuY.jpg
折角、かっこいいデザインのライダーなんだから、ちゃんとやってよ。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『ウルトラマンタイガ』 第25話(終)「バディ ステディ ゴー !」

2019y12m21d_113907961.jpg
ウルトラマンタイガとは「共存」をテーマにしたウルトラマンである。

2019y12m21d_113214589.jpg
2019y12m21d_113912061.jpg2019y12m21d_113914411.jpg
さて、ウルトラマンタイガと言う作品は作中のメッセージを理解すれば、それはとても印象が変わってくるものです。
私の意見だけど、結局、タイガの共存というテーマにおいて、視聴者がタイガがタロウの息子という部分に拘ってタイガというウルトラマンを見ようとしない時点で作中の他者を理解し合うというテーマを全く理解していないように思える。
何よりM78のタイガU40のタイタスO-50のフーマと出自の異なるもの同士が共存し合って絆を深め合い、トラウストリウムを生み出した。って言うのはあるんですよね。
共存をテーマにしてるから、異なる星のウルトラマンがチームを組む。ってだけで大事なのよ。
タイガというウルトラマンが、トレギアを説得するという行動に出たのは、やっぱり、それだけでタイタスやフーマと共にいたからであり、彼等の存在意義がーってあるけど、探せばいっぱいあるよ。
タイガって「共存」を作品全体のテーマに置いて一話一話、共存に対して起きる問題や、メッセージ、その難しさを描いている。って言うのが自分の考えでさ。
だから、タイガが異なる出自のウルトラマンとチームを組むって言うのは本当に、これは大事な要素なんですよ。
そしてウルトラマンタイガは宇宙人との共存とかを扱うからこそ綺麗ごとで終わらせるような話ではなく、ちゃんと、難しい問題を入れる、こういう話を入れるのは偉いと思った。
ちゃんと負の要素を入れるというだけでも、ウルトラマンX同様、個人的に評価が上がるポイントですよ。
これって言ってしまえばニュージェネで言えばウルトラマンXと同じなんですよね。
今日はウルトラマンタイガの最終回ってことで。
6話以降から前半の総集編終了までは正直、傑作もあるけど微妙で。
ただ後半から作品のテーマが見えた時から見直したら凄い面白い作品だと自分は感じた一作だった。
ようはテーマに沿っていてもお話の根幹がつまらない。ってケースが前半多いのが辛い。正直に言えば、ガーディアンエンジェルとか社長をだまし続けて、最後だけ良い人な部分を見せた奴の話とか、ああいうの苦手なんだよね。
2019y12m21d_114544630.jpg2019y12m21d_114418926.jpg
でも、あのガーディアンエンジェルの中にカナのイージスとしての根幹の思想があるんですよね。
だからこそラストに政府のモデルケースとして、どの宇宙人も受け入れるというスタイルに出たのはイージスはカナさんの強い強い志が大きな器を作って、たくさんの出会ってきた人を惹きつけたように寛容な組織になったんだろうとは思う。
侵略宇宙人だろうがヴィラン・ギルドだろうが彼等の本質を見抜き組織に引き入れる暖かさがイージスのアットホーム感を生み出したんだろう。
ウルトラマンパワードのジャミラの話でも、この流れは描かれたな―。
「ウルトラマンは宇宙人であっても戦う怪獣や宇宙人がいるからこそ人類の味方として受け入れられる。そうじゃない宇宙人や怪獣は敵になってしまうことは怖いこと。」
って、そういう話ね。ウルトラマンパワードのね。ジャミラの話を思いだすんですよ。
あそこで語られる台詞の一つ一つが、割と真面目にタイガの「共存」やウルトラマンと他の宇宙人の違いという部分を同じように描いているので、そこを抑えるから、割としっくりくる。
ところどころ不満はあるけどタイガの全体的なテーマであろう「共存」ということに対して捉えていたとは思うのよ。
それを見せつけたのが、ウーラーとの共闘作戦で解ったけどさ。侵略や破壊は何も生まないけど、ウルトラマン、地球人、宇宙人が手を貸せば今まで文明を滅ぼしてきた存在を救うことも出来る!これが、共存なんだよ!って話になるんだよね。
ただ、宇宙人の排斥を願う人間達はやけにあっさりだった感じがある。尺の問題かなー……
序盤の宇宙人排斥運動について、やけにあっさりしたのは「ウルトラマンがウーラーを何とかしてくれたから、もういいや。」っていう部分があるのかもしれない。
そして、その根源がトレギアが護るべき存在達に対して絶望した身勝手さなのだろうとも思う。
2019y12m21d_113350545.jpg
さて、やっぱり宇宙人の排斥を願う人間を裏で嘲笑する存在として、当ブログでは注目してしまう、あのトレギアという男の存在ですね。
どれだけ黒いものを見てきたんだろう。ってなる。
トレギアが人と宇宙人とウルトラマンが共闘してウルトラマンの光をもってウーラーの光に暖かさを感じても、それすら虚無に陥る。って、何を見てきたのかが気になる。
これを混とんと言うのは、ある種、これがトレギアが虚無の申し子になった存在なのかもしれない。
この人間の言ってしまえば身勝手な部分なんですよね。
ウルトラマンって言うのは常に正しい選択を迫られる存在だからこそ、それが正しかったとしても絶対とは限らない。
現に、それが間違いだった。って話もあるからこそ、トレギアが虚無になった理由って言うのが、この一連の言葉から出てくるのかもしれない。
多分、これからのウルトラマンで敵として存在し続ける存在だからこそ、タイガでは明かされないだろうけどね。
生物って言うのは生きている限り、間違いを犯すからね。
タイガだって作中、間違いを犯しながらヒロユキと出会うことで己を成長させて、この最終回があるわけでさ。ウルトラマンとて生物だからこそトレギアはウルトラマンが光の番人を気取ることの危険性を説いているのかも。
自分の光の力とタイガの光線の力でウーラーを救い、それについて説いたタイガに対して親友の面影を見て散っていく。
タイガの中にタロウを見て感じたのは羨望と絶望の感情なんだろう。
トレギアはタイガのメッセージのアンチテーゼであると同時に、もう一人の主人公なんだろうね。
かつての光の暖かさに思いをはせたのは、たぶん、タロウとの間にあった楽しかったころの、まだ光の国を抜け出す前の記憶がよぎったんだと思う。
でもタイガと敵対したということは、それすらも苦痛に感じる程、彼が今の姿になってからの時間が長かった。ということなのかも。
トレギアの虚無は、どこまで深いんだろう。
タイガの中にかつての親友の影を見ても、なお、タイガと戦う心と言うのは。
それこそ、どんな絶望を見てきたのか、それが明かされるのは今後になるのかなー。
そして、割とあっさり解決した宇宙人排斥運動を解釈するのであれば。
序盤の宇宙人排斥運動について、やけにあっさりしたのは「ウルトラマンがウーラーを何とかしてくれたから、もういいや。」っていう部分があるのかもしれない。
そして、その根源がトレギアが護るべき存在達に対して絶望した身勝手さなのだろうとも思う。でも、タイガは、それに対して道外流牙ですよ。
2019y12m21d_112023457.jpg
でも、これ、ピット星人が語ったことですよ。あれで、あっさりとあの宇宙人排斥運動の部分が解決したけどさ。
でもピット星人が言ったとおりウルトラマンと地球人が一体化することが共存を示す可能性なのだというのを捉えて、これがウルトラマンとしての当たり前が地球人と宇宙人の蟠りを解消するのは「なる程」ってなる。信用を勝ち取るためには自分たちが、まず人間達を助けれなければならない。って言うのは、これは大事なことだよね。
思えば、ウルトラマンタイガは真正面から「差別」「偏見」と向き合った作品なんですよね。
そこから、メインの視聴者である子供層に向けてメッセージを発しようとするスタイルは思い切ったことをしたな。って思った。
ようは与えられるだけではダメで、互いに動くことで初めて共存の道が見えるという、だいじな描写だし、これなら排斥運動が解決した理由も解る。
周りに飲まれること無く、相手を個人を知って行けば、そういう世界は生まれない。って言うのをタイガはやってくれてさ。
それが、考えてみればウルトラマンタイガの全ての物語における根幹の話だった。だから、ナックル星人のオデッサの様な結末を迎える話もあれば、逆に救われる話もある。
これが、伝えたいことだったのかもしれないね。
ピット星人たちが動いた理由、人間を助けた理由って言うのは信用を勝ち取るためだと思うし、同時に、ウルトラマンと言う地球人と一緒に戦う存在が、自分たち宇宙人と地球人の共存の希望でもあるということを示す話し方って言うのは、人にも宇宙人にも凄い大事なことなんですよね。
牙狼の道外流牙のように「誰の心にも守るに値する心があることを作中で学んだ」からこそ、説得する手段に出たんだと思うのよ。
タイガの「俺は光を信じる!」って言葉は割とありがちだけど、タイガの場合はタロウを始めとしたアンドロアレス達の光や、何より闇落ちした時にタイガを救ったのはヒロユキの人としての光の部分であり、タイタスと、フーマの光だからこそ、この台詞に重みがあるんですよね。
タイガは、実は、あの作中の中で一番共存の可能性を見出した存在なのよね。
言うまでもなくアンドロアレスとの共闘だったり、そこからタイタスやフーマとの共存だったり。
そういう経験をしてきたからこそトレギアと改めて対峙した時、戦うのではなく「説得」という手段に出た。
これって、実は凄い変化で。
2話の時は「人を救うよりも怪獣を倒すべきだ。」って言ってたタイガが、今まで自分を苦しめてきたトレギアに対して「一緒に戦おう!」って言う構図は、これだけで彼が、この24話を通してヒロユキとどれだけ絆を育み成長したかが解る証でもあるんだよ。
さらにはタッコングと一緒に戦い理解することで、ウーラーの出自を聞いてからこそ「倒す」のではなく「救う」という手段に出たのも成長なんだよね。
一見、遊び回に思えたけど、ここで怪獣と共闘すること、チビスケとの経験によってタイガは怪獣の心を学ぶことも覚えたんですよ。
だからこそ、どれだけ自分たちを酷いめに併せた敵であろうとも、間接的にはウルトラマントレギアは、ウルトラマンタイガと共闘して救った存在であることは間違いないから、いきなり対峙するのではなくトレギアを「説得」する手段に出たのは本当に成長したなと思う。
タイガね。
2019y12m21d_114235006.jpg2019y12m21d_114310152.jpg
このまぁ一つ不満はあるけどタイガの成長物語としてなら、この最終回で良かった。不満のある話もあったけど、個人的に、この最終回でウルトラマンタイガの不満な部分は許した。
トレギアと対峙するとき、トライストリウムで挑むの、これは孤独なトレギアに対して自分が成長してきた要素である光や絆の象徴、その大事さを見せつける。ってことなんだろうね。
絆は確かに安っぽいかもしれない。でも、それは確かにタイガを成長させたのも事実だから。
n-2641-011.jpg
ウルトラマンタロウこと東光太朗も最初は明るくありつつも一匹オオカミな男だったけど、ZATのメンバーや健一、調子に乗ってテンペラ星人に敗北仕掛けた時も、ウルトラ兄弟と強敵を倒したことで成長してきたことを考えると奇しくも親子の辿ってきた道は同じなんだよね。
タイガは周りからタロウの息子としてしか見られないから数人の理解を示してくれる友人がいたとはいえ孤独だったし。
タロウは東光太朗が風来坊を気取って一匹狼だった部分、始まりは誰もが一人であるという部分が今思えば二人の共通点が凄い面白いな。
ZATの絆で強敵やウルトラ兄弟の絆で強敵テンペラ星人などの強豪宇宙人を倒して自分を強く成長させたウルトラマンタロウ。
ヒロユキ、トライスクワッドやアンドロアレスと出会い絆を育んで闇落ちから救われ思慮深くなりトライスクワッドという形で成長したウルトラマンタイガ。
そして最終回、タロウもタイガも二人は絆の力、人として成長した力をもって最後の敵を倒す。
ただし、タロウの場合は再度、旅に出て、タイガは地球に留まるという違いを見せつけて強敵に勝利する。って言うのはタロウとタイガは本当に上手いこと似てる親子だよね。
タロウの若さゆえに向こう見ずな部分なところがあるし、だから、タイガの物語って実は、あり得たタロウの物語でもあるという部分の証明でもあり二人は親子であるという部分が、今回の最終回はあると思うんだわ。
2019y12m21d_113942260.jpg2019y12m21d_113943888.jpg2019y12m21d_113952336.jpg
2019y12m21d_114000512.jpg
それを実感した時の「タロウの息子だ!」って言葉は強い。
あのウーラーを救った瞬間、ウルトラマンの本質を理解したタイガが「俺はタロウの息子だ!」って誇って言えるほどの存在になれたこと彼の物語の軌跡に、それだけで意味があるんですよ。
こういう成長をタイガがしてきたからこそ!
そして、トレギアは、ここで「タロウ……」って言うじゃん。未来に進むタイガと、過去に囚われたトレギアの対比になってるの非常にいい。だからこそ、トレギアは見上げることしか出来ない、タイガは未来に進む構図として、既に高みに上るという意思があるんですよね。
それが、二人の決定的な差になってしまったこと。
タロウの息子を自分のものにしようとしたトレギアからすれば、それは屈辱であるし、そんな彼から「光の国に戻ろう!」って手を差し伸べたタイガとヒロユキの姿は、とても屈辱だったんだと思う。
最後の最後で、そのつもりもないのに助けちゃって、その行動が本来、壊すはずの行動が救いになってしまうって言う、それによって「トレギアも本質はウルトラマン」と勘違いされてしまうことに対する皮肉と言えば良いんですかね。皮肉ですよね。
劇場版ウルトラマンタイガで、ウルトラマンタロウと対峙したことで、それをどう示すのか。
いや、まぁ、作品のやることが渋滞していたり、序盤は正直、話が面白くないなーって思うものもあったりはしましたが、全て、この最終回の為にあるのなら、それもやむなしだとは思う。
これがすっごい楽しみになる、そういう最終回でもあったのは個人的に、タイガを追ってきて良かった!って思った。
あー、あと、「また綺麗ごとかよ。」みたいな感想もあるかもだけど、こういうのはきれいごとになるのが良いんだってば!そういう世界を目指そう!って言うのも、ウルトラマンタイガ の共存に必要なテーマでしょうがよ!って話で、その綺麗ごとのアンチテーゼとしてトレギアだしね。
それが、イージスの目指す世界だし、それは、カナが例の元上司との会話でも見て取れるしね。
だから、ウルトラマンタイガ を一周だけで片付けないで、できれば二周してから個人的に改めて語ってほしい。
私、ほら今週タイガ関連の再視聴したけど、タイガのテーマが「共存」であること理解して序盤を見直したら、楽しめた話も結構あったから。
それでもダメだったら仕方ないけどね。
宇宙人排斥運動の予兆としては修の話とかはあったしね。
ヴィラン・ギルドは正直もうちょい描いても良かったとは思うけど。
一方でヴィラン・ギルドばかりと絡んでいると見知った人だから…って構図が出来てしまうから、敢えてヴィラン・ギルドを多く出さずに多くの多種多様の宇宙人を出したとは思う。
イージスが、そうやってヴィラン・ギルド以外の宇宙人と接することで宇宙人全体が悪いと言うわけではないという、ありがちな部分を描くし、ヴィラン・ギルドのやってきたことが、宇宙人排斥運動に繋がったのだと思うけど、ヴィラン・ギルドに関係のない宇宙人が地球人を助けたことによって、そして、ウルトラマンと人間の関係性を説いたことで変わっていく布石として描かれたし、マーキンド星人とマグマ星人は、これから彼等はイージスに就職して地球を侵略するのではなく護る立場につくこと、そうやって個人として接していくことに意味があるんですよね。
そうやって、徐々に変えていくスタイルが大事なわけで。
そういうイージスのメンバーが宇宙人や特殊な能力を持つ人間たちと接してどうしていくのかが序盤の物語だったわけだし。
設定面での宇宙人と人間の関係は、そこまで壊れているようには思えないし。
寧ろ、トレギアが物理的に壊してたことも多かったけど。
そもそもイージスって言う組織がアンドロイドやら宇宙人やら人間やらウルトラマンに変身する人間やらを普通に受け入れている時点で空中分解も糞もないとは思うけど。
周りに飲まれること無く相手を個人を理解すれば悲劇は生まれない。
これがタイガが共存をテーマとする中で一番伝えたいことだったんだろう。
これが思えば #ウルトラマンタイガ の全ての物語における根幹の話だった。だからナックル星人のオデッサの様な結末を迎える話もあれば逆に救われる話もある。
これがタイガが共存をテーマとする中で一番伝えたいことだったんだろう。
イージス主体のドラマは、いつもこうだった。
多少の粗さはあれど。
世間からの評価は厳しい部分もあるけど、それでも、私はタイガを好きだと胸を張って言えるウルトラマンよ。
#ウルトラマンタイガ を見ていて思うけど、いつもウルトラマンって言うのは何かを大人の視聴者にも教えてくれる、そういう作品なんだってのを改めて感じさせてくれるシリーズだなと思う。

| 特撮感想 | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT